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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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026 壊レタ記憶ノカケラ【エルヴェ視点】

 赤い星の降る夜──エルヴェは村外れにひっそりと佇む小さな家の中にいた。家主のゼンザイが亡くなって早数年、エルヴェはこの家でずっと一人で暮らしていた。誰とも関わらず、森に行っては自然と動物に囲まれる生活を送っている。


 エルヴェを救ってくれた今は亡き家主は「外に出てたくさんの人やものに出会いなさい」と言い遺してこの世を去った。だが変化を求めない性格からか、その言葉に従う気にはなれなかった。


 一人を寂しいと思うことも、退屈に感じることもない。むしろゼンザイとの記憶に満ちたこの家が朽ち果ててしまうことの方が悲しかった。だからこの家を守っていることが今の自分のささやかな喜びだ。


 ただ時々、失ったはずの記憶が蘇ることがある。大切な人がいたこと、温かな記憶、冷たい記憶、そして記憶を失う直前の記憶。

 ゼンザイと出会うずっと前の記憶だ。それらが一体何だったのか、自分が何者だったのか、自問してもいまだに答えは出ないままでいる。


 カタンという固い音に思考が遮られる。ざわざわとした木々の音が妙に耳につく。風でも吹いているのだろうか。


 今日は動物たちも忙しなく落ち着かない様子だったことを思い出しながら、エルヴェは窓を開けて外を伺う。妙に生温い風が浅葱色(あさぎいろ)の鮮やかな髪を揺らした。ふと夜空を眺めると、赤い流れ星が無数に降り注いでいるのが見える。


「赤い、流れ星……」


一瞬、いつかの記憶が蘇る。


「お父さん、エルヴェ!  見て、真っ赤な流れ星がいっぱい!」

「うわ、すごいな……」

 ぼんやりと小さな少女と壮年の男性の姿が映像として頭に浮かぶ。


「きれいだねー!」

「そうかな? 父さんはちょっと怖いなぁ」

「そうかなー? ねぇ、エルヴェはどう? エルヴェはきれいだと思う?」

「そうですね……私は──」


──初めて見るはずの異様な光景。


「私は、この光景を見たことがある……」


 そう思った。おそらくこれも記憶を失う以前のことだ。隣にいたのは誰なのか、あの二人と自分はどんな関係だったのだろうか。命と引き換えても良いほどに大切な存在だったことだけは確かだったが、顔も名前もろくに思い出せないでいる。


 もう届かない何かへのもどかしさと焦燥感がモヤモヤと渦巻いて落ち着かない。再び赤い流れ星を見つめると妙に何かがざわつく。

 あの星があまり良いものではなかったと壊れた記憶が訴えている気がした。エルヴェは赤い流れ星から目を逸らせず、ただただ立ち(すく)んでいた。


赤い星──それは遠い過去と重なる悲劇の色であった。



* * *



 握っていた短刀が固い音を立てて弾き飛ぶ。くるくると天高く弧を描いて飛んでいく短刀が日の光を反射して閃いた。カランと無機質な音がし、エルヴェの首元には対戦相手の剣の切っ先がつきつけられる。勝敗が決した瞬間、会場が割れるのではないかと思う程の歓声が上がった。


「すごいですね。参りました」

 相手に敬意を払い一礼すると、得意気な様子の対戦相手の顔が見えた。エルヴェたちは“予定通り”決勝戦で敗退した。


 勝敗が決まれば後は表彰式を残すのみだ。準備が終わるまでは控え室で待機しなければならない。スイウはいつもと変わらずどっしりと構えて座っている。

 鋭い目つきで人相が良いとは言えず言葉も辛辣だが、挑発に乗ったり騒いだりするところは見たことがない。普段の振る舞いは見た目よりもずっと冷静な人だ。


 それは戦闘においても変わらない。力任せなように見えて動きには無駄がなく、どんな戦況も冷静かつ器用に対応していた。連携相手によっては能力を発揮しきれないと評したアイゼアの見解は間違っていないのかもしれない。


「賞金の授与とかは表彰式の後だったな。優勝したヤツらが動いたら作戦を決行する」

「はい」

「準備は済んでるか?」

 飛び道具や短刀、メリーから分けてもらった魔術試験管や薬品などの位置を確認する。メリーから預かった使い魔、エナガという種類のまるで三毛猫のような配色の小鳥も静かに肩に乗っている。


「問題ありません」

「違う、心の準備の方だ。人を殺す可能性がある。無理なら無理って言え、ガキには荷が重いだろ」

「え? あっ、それも問題ありません。心配してくださりありがとうございます」

「へぇ……」

 そう返事を返すとスイウは相槌を打ってから口を閉じる。エルヴェは、スイウが精神的な面に気を使ったことを少し意外に感じていた。


 いや、今までの行動から想定するなら、決心が鈍って作戦に支障をきたされては困る……といったところだろうか。本心はどちらかわからないが、それでも気にかけてくれたという事実がエルヴェにとっては嬉しいことだった。


「スイウ様はお優しいのですね」

「……は?」

「こちらの話です。お気になさらず」

 微笑んで見せると、スイウは特にそれ以上追求してくることもなかった。


 観客の声が遠巻きに聞こえる以外に音はない。スイウも自分も決して口数が多い方ではなく、話しかけられれば答えるが、自分から話題を振って話す性格ではなかった。だがこの時は違った。


「気になってたことが一つあるんだが」


 一昨日も昨日も不必要に話しかけてこなかったスイウに初めて話しかけられた。


「何でしょうか?」

 いつもと様子の違うスイウに、少しだけ身構える。

「お前、何者だ?」

 そう問われ、何と返せば良いのか言い淀む。何者、というのは何を指してそう聞いているのか、エルヴェには判断がつかなかった。


「その体格であれだけの力と速さが出るわけがない。それに……これは俺の主観の話だが、お前には人らしさとか気配みたいなものをあまり感じない」

 その質問はエルヴェに『人』なのか、と問うものだった。答えは簡単。「いいえ」と言うだけでいい。しかしエルヴェにはその言葉を口にする勇気がなかった。


 言いたくない。たとえ普通の『人』とは違っても、『人の心』は自分にもあると信じていたい。もし話せば周囲の反応がそれを否定するだろつ。バラバラに砕けた記憶の断片がそう訴えている。正直に話すべきかどうか逡巡(しゅんじゅん)しながら、言葉を選ぶ。



「私は……私は『人』でありたいと願っています」



 強く否定すれば、追求するように人との相違点を列挙されるかもしれない。含みを持たせた言い方で相手の言葉を否定せず、やんわりと牽制する。スイウはその言葉の意図を汲んだのか、何者なのかということについてそれ以上深く踏み込んでくることはなかった。


「人でありたい、ねぇ。そう思うならお前はもっと利己的に生きても良いんじゃないか? メリーとアイゼアを見てみろ。お前はちょっと『人』と呼ぶには利口すぎる」

「スイウ様からはそう見えるのですね。メリー様もアイゼア様も心根の優しい方々だと思うのですが……」

暢気(のんき)なヤツだな。好意的に見えるんだろうが、あんなもん上っ面だけだ。ただ良いように利用されてるだけだと頭に入れておけ」


 確かにメリーもアイゼアも、全てが全て善でできてるというわけではない。だがそれは自分にも言えることだ。全ての行動が善意でできているかと聞かれれば、答えはやはり「いいえ」だ。


 良い人でいたい、そう見られたい、誰かの役に立ちたい、褒められたい、必要としてほしい、大切にしてほしい。

 綺麗なばかりではない思いも含めて、エルヴェを「良い人」にしている。生きる意味を他者に依存しなければ、自分に存在価値を見出だせない。エルヴェは今でも自分のために生きるということが理解できない。


 そもそも理解する必要がない、というのが正確だろうか。だから『人』を羨む。『人』でありたいと願ってしまう。


「利用されていても構いません。それでも二人は私を気にかけてくださっていますから。私の力を必要としてくださるのなら、協力は惜しみません。誰かの力になれることは、私にとって喜ばしいことなのです」


 真っ直ぐにスイウの目を見つめる。良い人を演じているつもりはない。それが自分の本当の意思なのかはわからないが、エルヴェの思考はそう思っているのだと答えを出している。


 スイウは視線を逸らすと静かにゆっくりと息を吐く。そして目を伏せて小さく呟いた。「馬鹿なヤツ」と。遠巻きから聞こえる観客の声にすら負けそうな小さな声を、エルヴェの耳はしっかりと拾っていた。


* * *


 その後滞りなく表彰式は終わり、会場の観客たちも疎らになっていた。優勝者の二人は係員に呼ばれ、出口とは違う方向へと消えていく。


「エルヴェ、行くぞ」

「はい」

 気配や音に敏感なスイウが尾行し、その後ろをエルヴェがついていく。相手に感づかれないように気配を消すのは得意だ。息を潜めながら闘技場の奥へ奥へと進み、すれ違う人もとうとういなくなった。


 壁際を速やかに移動し、角から様子を伺う。その視界に白い外套を身に着けた人物を二人捉えた。係員が優勝した二人組を白い外套の二人に引き継ぐと、こちらへ折り返して戻ってくる。

 優勝者たちはその場で壁の向こうへと消えた。回転式の仕掛け扉になっているらしい。


「エルヴェ、一人頼めるか」

「お任せ下さい」

 アイゼアから白い外套以外の人物の殺害許可は出ていない。こちらの角へ近づく係員を慎重に待つ。あと十歩……五歩……二歩……一歩──


 姿勢を低くして一気に踏み出す。音も無く跳び、声も上げられない程の速さで後頭部に手刀を入れる。崩れ落ちていく体を支え、物影にゆっくりと横たえる。どんな些細な音も存在を気取(けど)られる原因になる可能性がある。倒れる音にも細心の注意を払わなければならない。


 スイウから先に進むよう目配せされ、それに小さく頷いた。回転扉まで移動し、スイウ同様壁に耳を当て向こう側の気配を探る。少なくとも近くには気配や物音を感じない。


 白い外套を着た二人の真似をして壁の隙間にある石を押すと、ゆっくりと地面ごと回転を始める。ここからはいよいよ本格的に敵陣地だ。短刀一本を右手に握り、敵の急襲に備える。


 壁の反対側は同じような石造りの通路が続いており、窓のない通路は光量の少ない灯りでは薄暗く心許ない。視界は悪いがエルヴェにとってはさほど問題ではなかった。静かに回転が停止し、スイウの後ろにつき警戒しつつ奥へと進む。


 しばらく歩くと、不意に通路の中程でスイウがこちらに手のひらを向けて止まった。その手の人差し指が左を指し、その後三本指が立つ。左側の通路に三人いる、ということらしい。


 スイウの視線が、やれるか?と尋ねている。エルヴェはすぐに一つ頷き、取り出した投げナイフ三本にメリーから借りた麻痺(まひ)薬を塗る。万が一急所を外したときの保険だ。


 通路を覗き込むとスイウの言う通り三人の白い外套を身に着けた構成員がいる。二人は会話しており、一人は奥で警備を担当しているのか扉の前に立っている。

 できれば奥に立つ警備員から始末したいが、敵の位置と距離を考慮するとかなり厳しい。音を立てずにここを越えるなら、勝負は一瞬でつける必要がある。


 まず狙うのは会話している二人のこめかみだ。仕掛けて良いか視線を送ると、スイウは(うなず)く。いつでも出られる体勢が整ったことを確認し、投げナイフを持ち直す。こめかみへ狙いを定め、一気に二本を放つ。


 直撃を確認せず通路へ飛び出し、二人の構成員を利用して死角を作り、警備担当の構成員を目指す。二人の構成員を飛び越え、射程に入った警備員の脳天めがけて投げナイフを放った。


 直後、エルヴェの存在に気づき上を向いた警備員の眉間に深くナイフが突き刺さる。脳天は外したが問題ない。棒立ちのまま後ろへ倒れていく男を間一髪支え、音が立たないように横たえた。


 先に襲撃した二人もスイウがフォローしてくれたようだ。一人はこめかみに命中しているが、もう一人は頬に刺さったらしくスイウが首を切ってトドメを刺していた。


 警備が立っていた扉の向こうに気配がないことを確認し、滑り込むように中へ入る。中はガランとした何もない大きな部屋だ。正面にはまた扉が見える。扉に寄ると、向こう側から声が聞こえ耳を澄ました。


────ってのは本当か?」

「勿論。ただ今すぐにというのは無理なんです。願いを叶えて下さるお方はネレスに居られるので」

「じゃあ、ネレスまで行けってことか」

「そうですね。ですが責任を持って我々がお送りしますのでどうぞご安心ください」

「なんだ。なら良いな」

「ではこちらへ……」

 コツコツと複数の足音が奥へと消えていく。


 どうやら『ネレス』という場所へ向かうらしい。そこに願いを叶えてくれる力を持つ者がいる。つまりグリモワールがそこにある可能性も高いということだ。


 とりあえず相手の居場所を特定できた。本来なら優勝して直接接触するつもりだったが、万全でない今は最低限の情報収集に留めるとアイゼアが判断した。用件が終わればさっさと撤収するに限る。


 だが油断は禁物だ。気配は殺したまま扉に手をかけ通路へと戻る。振り返ったスイウの目が鋭く細められる。


「まずい。走れエルヴェ!」


 スイウは何かを察知したのか、抜刀して元来た道を走り出す。エルヴェもそれに倣い、短刀を握って後を追った。


 直後、背後から強い殺気を感知する。前方にも複数人の構成員たちが見えた。挟まれた、そう思った瞬間スイウに首元を引っ張られ通路の角へ引き込まれる。角に入ったことで後方から繰り出される氷術をやり過ごす。前方にいた構成員たちはその氷術の巻き添えを食らったのか複数の悲鳴が上がった。


「エルヴェ」

 名前を呼ぶスイウの視線が肩に乗った使い魔に向けられている。作戦計画の変更だ。


「わかりました。変更お願いします」

 エルヴェは使い魔へと語りかける。「変更お願いします」を合言葉に、アイゼアの方にいる使い魔が魔力を辿ってここまで案内してくれる手筈(てはず)になっている。


 しかし使い魔は特に言葉に反応することもなく堂々と肩の上で毛づくろいをしている。本当にアイゼアへ伝わっているのか些か不安ではあるが、確かめる術はない。相手を伺うように覗き込んだエルヴェの目に飛び込んできたのは、十三歳前後くらいに見える少年と少女だ。


「侵入者は逃しちゃダメよね、グース」

「うん、殺すように言われたもんね」

 グースと呼ばれた少年ともう一人の少女はこちらに臆することなく平然としている。


「外に出れば騒ぎになるから無茶苦茶はできないだろ。とりあえず即刻離脱するぞ」

「はいっ」

 エルヴェたちは角から飛び出し、前方の敵を斬り倒しながら通路を引き返していく。


「ハックル、あいつらに俺たちの力を見せつけてやろうよ」

 背後からそう聞こえた瞬間、目の前に大きな水溜りが現れ、跳び退(すさ)る。しかし着地したその場で足と腕に何かが巻き付き、地面へと引き倒された。


 蔦だ。腕の蔦を切り払うも、次から次へと蔦が巻きつきズルズルと子供二人の方へ体が引き摺られていく。何とか這い出そうと短刀を地面に突き立てるが、石の床には刺さらず刃の擦れる耳障りな音が立つのみだ。


 身動きが取れなくなったエルヴェに構成員たちが襲いかかる。振りかぶったメイスがゆったりと、だが大きな力を蓄えながら頭部めがけて迫る。


 刹那、メイスは腕ごと斬り飛ばされていった。次は首を。更にその後ろに控え武器を振るおうとしていた構成員の首までもが、花を手折るように容易く切り落とされていく。時間までも凍りつかせたのではないかと錯覚するほどの鮮やかさだ。


 その構成員たちの背後から容赦なく飛んでくる氷の矢。スイウは死体を盾にして身を守りながら、エルヴェにまとわりつく蔦を刀で断ち切る。


「油断するな」

「すみません。ありがとうございます」

 逆手に持っていた短刀を持ち直しながら再び走り出す。


「逃さないよー」

 思わず振り返ると不敵に微笑むグースと、ハックルと呼ばれた少女の顔が目に入る。グースとハックルが手を繋ぐと体が光に包まれ、すぐに光が収束する。そこには一人しかいなかった。いや「一人」と呼んで良いのかも悩ましいものがそこにいた。


 上半身は氷晶でできており、比較的人の形を保っている方だが、下半身は植物のように緑色に変色し、根のような足と毒々しい色の花が無数に咲き乱れている。



 壊れた記憶の断片が呼び覚まされていく。立ち塞がるように(そび)え立つ異形の存在。



「何だコイツ。魔物を召喚したのか?」

「いえ……これは魔物ではありません」

 魔物なんてものではない。そんな当たり前にいるものではなく、造られたバケモノだ。その存在を自分は知っている。

「キメラ……です」

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