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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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024 一滴の油断(1)【アイゼア視点】

 一回戦の翌日、アイゼアとメリーは無事に二回戦、三回戦と勝ち上がっていた。二対二ということもあり、自身の戦闘力の範囲で十分にメリーをフォローしつつ戦える相手であった。


 援護対象がメリー一人にも関わらず、この程度で負けているようでは騎士の名折れだ。実戦は試合とは比べ物にならないほど厳しい。そういう死線を潜ることは何度もあった。


 次の準決勝は十五分程度の休憩の後で始まる。とりあえず一度控え室へ戻るよう指示されたため、今はメリーと二人で廊下を歩いている。

「アイゼアさん、次はどうしますか?」

「え? あぁ、そういえば次はスイウとエルヴェと当たるのか」


 スイウとエルヴェは全試合余裕で勝利を収め、その戦闘の鮮やかさから会場を沸き立たせていた。この先、安定して決勝を勝ち抜くならスイウとエルヴェに勝ちを譲った方が良いのは明白だ。何より、アイゼアとメリーは万が一スイウとエルヴェが負けたときの保険で戦っていたに過ぎない。


「痛っ……」

「どうしたんだい?」

「いえ、人とぶつかってしまって」

 隣を歩くメリーは左腕のぶつかったと思しき場所を右手で押さえている。


「痛む?」

「大丈夫です」

 メリーはいつもと変わらない表情でそう言った。


「それより、私たちは辞退した方が良いんでしょうか……仲間内で消耗するのもどうかと思いますし、戦い方についても少し学べましたし」

「まぁ、勝率を考えればそれが安全だろうね。負けた人たちには悪いけど、辞退を申し入れに行こうかな」

 メリーは無言で頷く。控え室ではなく受付へ行き先を変更し歩く。程なくして、メリーの歩く速度が遅れ始めた。


「メリー……?」

 歩みを止めて振り返ると、メリーは壁に手をついて下を向いている。近づくとその呼吸が浅く、様子がおかしいことにすぐに気づいた。


「アイゼア……さん、わた……」

 何か言おうとしているが声がハッキリと音になっていないのか耳まで届かない。そうしているうちにメリーはずるずるとその場に座り込んでしまった。


 話す余裕もないほど荒い呼吸を繰り返し、顔はすっかり青白くなっている。悠長なことをしている場合ではないと判断し、メリーを抱えあげて受付へと走った。



* * *



 到着してすぐに受付の女性へ声をかける。

「すみません。Fブロック代表、負傷で辞退します。それと、フィロメナという女性をここに来るように放送で呼び出してもらえませんか。大至急でお願いしたい」

 受付の女性も、抱えられているメリーの容態の悪さをすぐに察する。


「え、えぇ。わかりました。辞退も係の者に伝えておきます」

 受付の女性はすぐに手前にあるマイクのスイッチを入れ、放送をかける。機械を通した女性の声が会場全体に響く。


 しばらくすると、息を切らせて走ってきたフィロメナが受付へとやって来た。


「大至急って何よっ」

「フィロメナ、メリーの体調がおかしい。君は原因を探ったりはできるかい?」

「えぇっと……物によるわ。外傷とか何かを受けたものなら判別できるけど、病気とか内的要因のものはちょっと……」

「十分だよ」


 アイゼアはその返事を聞き、受付の女性に空いている部屋を一室貸してもらうように頼んだ。その部屋へメリーを運び、正面の窓のカーテンを閉める。万が一にも人が入らないよう扉の前に小さめの棚を置き、壁際から少し離れた位置に立つ。


「僕がここに立って見張りをする。フィロメナは原因を調べてくれないか?」

「わかったわ」

 フィロメナは強く(うなず)くと、背から淡い光を放つ白い翼がふわりと生える。柔らかな光に包まれた右手をメリーの胸の上にかざし、左手の人差し指と中指を額に当てて目を閉じている。


 フィールドの方から聞こえるくぐもったざわめきを聞きながら、その様子をじっと見守っていた。間もなくフィロメナは術を解除すると、メリーの左腕に両手をかざす。ちょうどそこはメリーが人とぶつかったときに押さえていた位置だ。


 何か施術を始めたということは、外的要因によるものだったという証拠でもある。フィロメナが治せる部類のものであったことにアイゼアは少しだけ安堵していた。やがてかざした手の中央にじわじわと小さな水の粒ができる。


「アイゼア、空き容器とか持ってないかしら?」

 さすがに空き容器をそんな都合良く持ち歩いていたりはしない。


「ごめん、さすがに持ってな……あっ」

「何よ?」

 アイゼアの脳裏に昨日の手荷物検査のときのことがよぎる。メリーのカバンの中には確か空の試験管が数本あったはずだ。


「メリー、悪いけどカバン開けるよ」

 おそらく聞こえてはいないが、一応礼儀として断りを入れておく。寝かせるときに外しておいたカバンの中から一本、空の試験管を取り出し、フィロメナに差し出す。


 その中にゆっくりと水滴を収め、栓をした。フィロメナはアイゼアに試験管を預けるとすぐに治療に戻る。ここまでの流れに無駄はなく、戦闘のときに狼狽(うろた)えていた姿からは想像もつかないほど手際が良い。


 メリーの額と胸に手をかざし、今度は光が波紋を描きながら体へと吸い込まれていく。フィロメナはメリーの様子を真剣な面持ちで見守りながら、口を開いた。


「アイゼア、これ毒よ。試合中に盛られたのかしら……」

「この試験管の中身が毒なのかい?」

「そうよ」

 中に入った透明の小さな水滴。栓を開け、手で扇いだが特に妙な臭いはない。


「毒を体から取り除いて、今は残留してる毒の浄化と毒で傷ついた体内の損傷に働きかけてるとこよ」

「メリーは助かるのかい?」

「損傷具合から言わせてもらうなら大丈夫だと思うわ。そんなにダメージは負ってないみたい。でも治癒術はメリーの魔力も消費するから、しばらくは安静にしてないとダメね」


 治癒術がどういう原理なのかはわからないが、フィロメナだけでなくメリーの魔力も消費されてしまうらしい。毒を抜き出した位置から考えれば、先程ぶつかったときに毒を投与されたに違いない。試合で持ち込まれたものではなく、外でだ。


 薄々勘づいてはいたが、やはり闘技場付きの医師ではなくフィロメナを頼って正解だったかもしれない。

 白い外套の集団が闘技場に関与していると想定すれば、毒を投与される理由がメリーには十分過ぎるほどある。とすれば、闘技場付きの医師に白い外套の集団の息がかかっている可能性も出てくる。考えを巡らしていると、突然扉が勢いよく棚にぶつかる音がし、扉の向こうにいる存在に警戒を向ける。


「誰だい? ここは今部外者以外立入禁止なんだけど」

「私です。スイウ様とエルヴェです」

 フィロメナを呼ぶ放送で何かを察したのか、不戦勝の連絡が通達されてすぐにこちらへ来たのだろう。アイゼアは棚をズラし、二人を中へと通す。


「受付でこちらにいると教えていただいて来ました」

「アイゼア、メリーは毒を盛られたのか……?」

 それまで黙っていたスイウが口開く。平静を装ってはいるが、僅かに上下する肩にスイウ自身も体調を崩していることがわかる。

 魔術の知識に乏しいアイゼアでも、契約相手であるメリーの体調にスイウが同調していることは簡単に察しがついた。


「みたいだね。でもフィロメナのおかげで毒も抜けたし、治療もしてもらえてるから大丈夫だよ」

「そうか」

 スイウは近くにある椅子に腰を下ろし、一つ深呼吸する。


「いつ盛られた? 試合中か?」

「いや、さっき廊下で誰かとぶつかったときだと思う。たぶんメリーの存在が相手に気づかれてるよ」

 アイゼアの言葉に全員が押し黙る。事の重大さを全員が理解している。ここからは本当に敵陣真っ只中の覚悟が必要だ。


「……状況も変わったし、宿に戻って態勢を立て直した方が良さそうだね」

「そうだな……」

「承知いたしました」


 気怠い様子のスイウと対照的にエルヴェが力強く頷く。メリーの体調がすぐには回復しない以上、スイウも万全というわけにはいかない。エルヴェにかかる期待と負担は大きい。それをエルヴェ自身も理解しているのだろう。


「ひとまず治療は終わったわ。宿に戻るのよね?」

「戻るよ。さっさと引き上げた方が安全だし、長居は無用だね」

 アイゼアはメリーを抱えあげると、フィロメナもつられるようにして立ち上がる。エルヴェが棚を元の位置へと戻し、アイゼアたちは宿へと戻った。


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