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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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023 混戦を潜り抜けて【メリー視点】

 メリーとアイゼアは、審判に呼ばれフィールドへと降り立つ。観客席は二階席までほとんど埋まり、割れんばかりの歓声は会場の空気を震わせていた。


 買っておいた外套のフードを被り、顔を隠すための仮面をつけている。当然メリーの視界は良くない。


「すごい人……」

 いつもより大きく顔を動かして観客席を見回す。こんなに多くの人が同じ場所に集まっているのをメリーは初めて見た。独特の熱気と高揚が肌に焼けるように伝わってくる。その雰囲気と勢いに圧倒されていた。


「大丈夫? 緊張してたりする?」

「緊張してないと言えば嘘になりますけど、大丈夫です」

「僕らが勝てなくてもきっと二人が勝ってくれるだろうし気楽にいこう。結局準決勝でどちらかは敗退するわけだし」

 アイゼアのいつもと変わらない様子に少しだけ気持ちが落ち着いた。


大丈夫、きっと勝ち抜ける。

上手く立ち回りを考えて今より強くなってみせる。


 そう自分に言い聞かせながら大きく息を吸い、吐き出した。そして試合開始の合図が闘技場の空に轟く。


 瞬間、弾かれたように全員が動き出した。メリーは魔術試験管を一つ取り出し一気に後ろへと後退する。近くにいた参加者の大半はメリーを狙っている。予想通りだ。


 アイゼアは試合前、女性で小柄なメリーは真っ先に狙われると予測していた。想定通りに事が運んだことで予定通りに動ける。


 メリーは頃合いを見計らい試験管を投げた。何か投げられたことに反応し勢いを殺す者、気づかずに突っ込んで来る者、気づきながらも突っ込んで来る者。接地までの時間を読んでいる者もいれば読めていない者もいる。


 だが関係ない。投げナイフで割ることで、相手の想定していた時間よりも早くに発動させる。試験管が砕けると、耳を(つんざ)くような爆発音と共に小爆発が起こる。


 数人が爆発に巻き込まれ棒切れのように吹っ飛んだ。その派手な演出に、観客たちが一際大きく歓声を上げる。何とか爆発を逃れた者はその光景に僅かに怯んだ。


 その隙をつき、距離を取っていたアイゼアが一気に腕章を奪っていく。その速度は速く、手際も鮮やかだ。開始数秒で六人を脱落させた。結果は上々、残りの敵は八人だ。


「何なんだ、アイツら」

 格下だと思っていた相手に足元を掬われたのが信じられないのか腕章を取られた参加者が苦々しくこちらを睨んでいる。


 メリーは壁際近くまで寄り、アイゼアも深追いはせずすぐにメリーの傍らで待機する。壁を背にするということは追いこまれるということでもあるが同時に背後から襲われる心配はない。敵の方向を限定することで警戒範囲を縮小し、注意を厚くすることができる。


 フィールドという限られた範囲かつ壁の向こうからの攻撃を想定しなくて良いからこそ有効な手段だ。距離を取ることで混戦から少しでも逃れ、敵同士を潰し合わせる狙いもある。そうすることで体力を極力消費せず、確実に生き残ることに注力する。


「道具なんかに頼りやがって……卑怯だな」

 そもそも手荷物検査も問題なく通ってきている。卑怯などと言われるのは言いがかりだ。


 男二人組のチームが武器を構え、こちらを警戒しながらじりじりと距離を詰めてくる。片方は大剣を片手に握った筋骨隆々とした体格の良い男、もう一人は片手剣を持つ細身の男だ。アイゼアは槍を、メリーは杖を接近戦用に逆手(さかて)に構える。


「あははっ、さっきの爆発にビビっちゃったのかな? そんな亀みたいな速度じゃ、日が暮れても僕たちに剣は届かないよ?」

「てめぇ……スカした顔しやがって。そんな生意気な口を利いてられんのも今のうちだからな」


 体格の良い男は、額に青筋を立てて苛立ちを露わにする。この程度の挑発に乗ってしまうくらいには沸点が低い短絡的な性格だとわかる。男は怒りに任せ、地面を蹴る。


「待て!」

 相方である細身の男の静止の声も振り切り、こちらへ駆けてくる。あまり速くないとはいえ、みるみる距離が縮んでいく。そして体格の良い男と細身の男の距離は開いていく。


 それでもメリーとアイゼアはそのままその場で動かなかった。いつでも動き出せるように、気取られない程度に構える。妙に男の動きがゆっくりはっきりと見えた。攻撃圏内に入ったと判断したのか、男が剣を持つ手を後ろへ引き振りかぶる。


まだだ。

まだ。

じっとりと背中にかいた汗が背を伝う。


「──散開!」


 アイゼアの号令と共に、二人はそれぞれ反対の方向へと跳ぶ。男の剣が先程までいた地面にめり込み、大きく抉られた。あれが直撃したらただでは済まないだろう。


 メリーは体格の良い男へ背後から攻撃を仕掛けようとしたが、魔力の気配を察知しその方向を見る。魔力の発生源は細身の男だ。剣を持っていたせいか霊族だとは思っていなかった。メリーはとっさに投げナイフを細身の男へ投擲(とうてき)する。


「なっ!」

 魔術の発動ギリギリのところで阻止し、鋭い金属音を立ててナイフが弾かれる。だがそれだけでは済まさない。更に地面を蹴り細身の男へ一気に間合いを詰める。


 魔術士の弱点はメリー自身が魔術士だからこそよく知っている。接近戦へと持ち込み、杖を短槍のようにして繰り出す。細身の男の武器は剣だが、接近戦はやはり得意ではないらしい。剣で自身を庇うので精一杯のようだ。


 あと一押し。メリーは少しだけ細身の男と距離を取る。それを好機と捉えたのか、細身の男の練り始めた魔力の気配がピリッと痺れるように肌に伝わる。想定していたより魔術の完成が早い。


 だがメリーも杖の切っ先で地面を薙ぎ、巻き上げた砂を相手の顔面に叩きつけた。


「目がっ」

 男は闇雲に手を突き出し、魔術を放とうとしている。


──前進だ。


 細身の男の手から魔術が放たれ、メリーへ向かって旋風が巻き起こる。メリーは避けるために下がらず細身の男に向かって突っ切る。その判断が早かったおかげか砂色の外套が僅かに裂ける程度で済んだ。


 目をやられ狼狽(うろた)える男の腕章を、すでに体格の良い男に勝利したアイゼアが速やかに駆けつけて切り落とした。


「ちょっと距離が離れてヒヤッとしたよ。この人まさか霊族だったとはね」

「魔力を感じたので妨害しました」

 一人一殺、強い敵には二人がかりで。距離が極端に開く場合は片方が追撃をやめ、二人で一人を倒す。そういう話になっていた。


「魔術を使われると一気に陣形や流れが崩される。多少距離は離れたけど、その判断は正解だよ」

 などと話しながらも二人の視線は、戦闘を繰り広げている別の参加者の方へ向いている。メリーたちを合わせて、残り五人になっていた。


 どうやら向こうでは二対一で戦っているようで、一人の方は防戦一方だ。体のあちこちに切り傷があり、かなり出血している。疲労と余裕のなさが表情や動きに出ているのが遠目でもわかった。


「手負いはすぐにやれるから、二人の方の片方を始末しよっか」

 チームでない者を一人ずつ残すことで連携を封じ、二対一対一の形に持ち込むようだ。だが一人がこちらの存在に気づいたらしく、銃口がこちらへ向く。


 引き金を引く僅かな指の動き、同時に膨れ上がる魔力。瞬間的に射出されるものがただの弾丸ではなく、魔弾であると察知する。


「アイゼアさんっ」

 自分より体格の良いアイゼアを弾き飛ばすために、肩から勢い良くタックルする。アイゼアは体勢を崩すも、すぐに持ち直し倒れかかったメリーの体を受け止めながら下がる。地面に当たった魔弾からは水晶の棘が伸びていた。地属性の魔弾だとわかる。


「うわー……エグいなぁ〜」

 あれが当たれば足か体を貫通していただろう。更に、あの魔弾を武器で防げばその場で術が炸裂したことを考えてゾッとする。


「着弾したときに即時発動する型みたいです。武器で防がず極力避けてください」

「了解。魔装備も感知できるのは頼もしいね」

 アイゼアは飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さず終始いつもと変わらない笑みを(たた)えている。焦りは一切出ていない。本当に余裕なのか、そう見せているだけなのかはわからないが。


「なんだ、お前霊族なのか。魔術を使わないってことは魔力の方はお察しなんだろ?」

 男は一人を相方に任せたのか、くるくると銃を手で遊ばせながら単身でこちらへと歩み寄る。挑発のつもりかもしれないが、意図的に魔術を使っていないだけのメリーには全く響かない。


「悪いが、初戦は勝たせてもらうぜ」

 二対一、有利なのはこちらだ。男はここまで残っただけのこともあって、余程腕に自信があるのだろう。男が銃を構え始め、魔力が増幅する一瞬を見極めて駆け出す。


 この男の相手はアイゼアよりメリー向きだ。魔弾を始めとする魔装備は通常の武器に比べ多彩な付属効果をもたらすことから人間の間でも使用者が多い。


 だがその弱点は発動するより先に魔力を放つことだ。魔弾を使った銃の場合は撃鉄(げきてつ)を起こすと魔力を放つ。そこを見極められるほどの訓練を積んだ霊族なら、引き金を引くより早く反応ができる。


 乾いた銃の音が鳴る頃、そこにメリーはいない。水晶の棘がメリーの動きを追随するように発生する。軽やかに、弾丸をすり抜けながら銃の男へ肉迫する。魔力はお察しなどと舐めきった態度をとったことを後悔するだろう。


「チッ」

 素早く繰り出されたメリーの杖の切っ先を男はもう片方の手に握ったサーベルで受け止める。鋭く響く剣と杖のぶつかり合う音。


 さすがに力では敵わず弾かれるが怯まず連続で畳み掛ける。その速度も物ともせず、こちらの攻撃は全て防ぎきられた。やはり接近戦ではなかなか相手を凌駕(りょうが)することができない。だが今はそれでいい。自分は一人で戦っているわけではない。


「なっ!!」

 男はとっさに身を(よじ)って背後から繰り出された槍をギリギリのところで(かわ)し、瞬時にこちらと距離をとった。時間稼ぎとはいえ一気に畳み掛けた分、メリーの息は上がる。


「大丈夫かい?」

「この程度、鉱山のときに比べたら大したことないですよ」

 隙を突いて腕章を奪えると思ったが、そこまで甘くはないようだ。魔術を使えないことがもどかしくてたまらない。せめて杖に魔術をまとうことができればと苦悩する。向こうで戦う別の二人の決着が着く前に何としてでもこの男を退場させたい。


 同じ手は通用しないだろう。距離が開いたことで男は剣から銃へと切り替え、メリーではなくアイゼアへと狙いを変える。撃つ前に勘づかれるメリーよりアイゼアの方が落としやすいという判断だ。


 だがそれは同時にメリーへの集中が薄くなることでもあった。アイゼアは銃撃に反応し、確実に避けきってはいるが、間髪入れずに撃ち込まれる銃弾を打ち払えず、距離を縮めるのは難しいだろう。


 とすれば近づくのはメリーの役目だ。一瞬アイゼアと目が合う。アイゼアを信じ、男の視界に入らない角度へ走る。


 その行動はバレているはずだ。たまに飛んでくる魔弾を躱しながら、メリーは静かに投げナイフを三本手にし、冷静にその時を待つ。


 アイゼアへ向けた銃が魔力を放ち始めた刹那、メリーは側面から投げナイフの一本を男へ、一本を男の前方へ、最後の一本を男の後方へ投げた。男の注意は自分へ向かう一本の投げナイフへ逸れ、剣で弾き飛ばした。


 メリーは思わずほくそ笑む。軌道を見切れるからこそ、男は罠にかかった。前後に投げたナイフは男が避けたときに当たることを期待したハッタリでも、うっかり外したものでもない。


 後方の一本はそう勘違いさせるための罠。前方の一本は別の物を狙って投げた。アイゼアに向けて放たれた魔弾にナイフが直撃し、砕ける。


「しまっ────

 男がそう声を上げる頃には水晶の棘が男の腕を貫いていた。その好機をメリーは見逃さない。炸裂した棘を躱し、男の腕章を奪い取った。男は貫かれた腕を庇いながらメリーを忌々しげに睨む。


「クソ……魔弾の魔力を読んで躱すって、なんなんだてめぇ……バケモノかっ」

 男は吐き捨てると、審判員に連れられて退場していく。その目には忌々しさと同時に怯えのようなものが混じって見えた。


──バケモノ


 その言葉は幼い頃、兄弟たちと戦闘訓練をすれば必ず一度は耳にする言葉だった。『黄昏の月』の魔力は、魔力を感知できる者──霊族に本能的な恐怖を与える。それに加えてクランベルカ家で最も高い魔力を持ったメリーは否応なく孤立した。


 当時はそれを悲しく思ったものだが、不要な感情を切り捨てた今となってはすっかり何とも思わなくなっていた。


 戦闘訓練は幼い頃から受けてきた。旅に出るまで人を殺したことはなかったが、幻術による訓練で“人を殺す経験”は山程積んでいる。そうしていつの間にか、人を殺すことに何の感情も抱かなくなった。


『お前、人を殺すことに躊躇いはないのか?』


 そうスイウに問われたとき、内心ドキッとした。“普通”に振る舞っているつもりなのに、どうしてそう見えたのか、と。そして今回のこれだ。どうも外から見ると“普通”には見えてくれないらしい。


 メリーはそれを仕方ないこととして片付けた。むしろもう『バケモノ』で構わないとさえ思っていた。どの道“普通”ではいられないのだから、より強くありたい。もっと、もっと……大切なものを守りきれるだけの強さがほしい。バケモノと言われたこの力でもまだ足りないのだから。


 直後、ポンと左肩に手が添えられ思考が遮られる。

「メリー、おつかれ。試合は終わりみたい」

「え?」

 アイゼアは別の二人が戦っていた方向へ指を差す。目を向けると一人は腕章を奪われ、一人は担架で運ばれていくところだった。担架の傍らは(おびただ)しい量の血で汚れている。


「相打ちだってさ。一応僕らが勝ち抜けたね」

「……良かった」

 混戦だからこその決着だ。敵同士の潰し合いに救われた形の勝利だった。


「じゃあ、はーい」

 そう言ってアイゼアは右手の手のひらをこちらへ向けて見せる。その体勢のまま動こうとしないことに首を傾げた。


「あれ、ハイタッチ知らない感じ?」

「あっ、ハイタッチは知ってますよ!」

 あの体勢はハイタッチを求めるものだったのかと理解する。


「アイゼアさん、一緒に戦ってくれてありがとうございました」

 お礼を言いながら、メリーも右手をその右手に合わせる。パンッと小気味良く鳴った音と共にじわじわと勝てた実感が湧く。


 苦手な接近戦のみでも勝てた。これは一重に自分の力だけではない。アイゼアのアドバイスやフォロー、連携の賜物(たまもの)だ。

 戦いで勝って嬉しいと思うのは正直人生で初めてかもしれない。この調子できちんと立ち回りを考えて戦うことを身に着ける、むしろそうするべきだと感じていた。


 『何事においても、冷静さを欠いた方が負ける』いつかミュールが言っていた言葉を思い出しながら。

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