022 手を取り合うその理由は(2)【メリー視点】
今日の一回戦は八チームでのバトルロイヤル形式で行われ、出場チームの大半はここでふるい落とされる。最後まで残ったチームが二回戦へ進出し、そこからは二対二での戦闘に切り替わりトーナメント形式で進行する。
ルールは単純だ。左上腕の腕章を奪われるか、切られたら退場。意識を失った場合も、その時点で敗北が決まる。
故意の殺害は禁止。道具に関しては、見せ物であるという性質上、煙幕と他者の人体に異常を与える毒などの薬物関係、観客にまで被害が及ぶものが禁止されているが、それ以外は基本的に許可される。
事前に武器や道具の検査もされるため、上手く隠さない限りは持ち込まれることはない。
メリーは控え室に入ると早速検査のときにぐちゃぐちゃになったカバンの中の整理を始めた。魔術を封じ込めた試験管や空の試験管、投げナイフ、小型閃光弾、気付け薬と自作の痛み止めを取り出しやすいように配置していく。
整理を終え、腰のベルトにカバンを取りつけると見計らったかのようにアイゼアが話しかけてきた。
「対戦表がきてるよ。まぁ、悪くはないかなって感じ」
配られた対戦表を見ながらアイゼアが呟く。メリーもそばに寄り、粗末な丸テーブルの上に置かれた対戦表に視線を落とす。抽選の結果、スイウたちはAブロック、メリーたちはFブロックで戦うことになった。
A〜Hブロック、I〜Pブロックで最後まで勝ち抜けたチームが決勝で当たる。つまり両者が負けずに勝ち進んでもスイウたちとは必ず準決勝で当たり、潰し合いになる。決勝へ進めるのはどちらか片方だけだ。
「初戦や二回戦で当たるよりは良いけど、欲を言えば決勝まで当たらない配置が良かったかな」
「確かにそうですね。でも、順調に勝ち進めるとも限りませんし」
「……へぇ、意外と弱気なんだ?」
にまりと口角を上げるアイゼアの顔は少し意地悪だ。その笑みをじっとりと睨み返してやった。
「今回は全力出せないですし、アイゼアさんには醜態晒してますから、大口叩けませんよ」
「あれ。もしかしてさっきの話、気にしてる?」
アイゼアは苦笑しながら窓際のカウンターに背をを預ける。
「指摘されたことではなく、私が未熟なことを気にしてるんです」
これからも万全でない環境で戦う機会はいくらでもあるだろう。自分の未熟さに阻まれるなんて最もあってはならないことだ。これ以上、自分の無力さに打ちひしがれるのはごめんだ。
思考が内向きになりかけたとき、それを打ち破るように外からビリビリと空気を震わすほどの歓声が上がる。窓を閉め切っていてもわかるほどなのだから相当だ。
「Aブロックの一回戦が始まったみたいだよ」
Aブロックにはスイウとエルヴェがいる。メリーも観戦するために窓際へと寄った。控え室は二階席の上にあり、フィールド全体を上から見下ろす形になる。
八チーム、十六人がこの広いようで狭いフィールドの中で戦闘を繰り広げるのだ。やはり十六人が一堂に会する一回戦はあっという間に混戦の様相を呈する。
「さすがに十六人はすごいね。メリーもよく見ておいて。僕たちのときもきっとすぐにこうなる」
小さな音は歓声に掻き消され、聞こえてくるのは剣戟の音や魔工学兵器による魔術の音、あとは歓声ばかり。
フィールドは砂埃が舞い、視界も決して良好とは言えない。そんな中で音、気配、魔力が至近距離で混ざり合う。どれが自分に向けられたものなのかを判別するのは相当集中しなければ見極めが難しいだろう。
魔力、制御力、許容量、使役数、その全てに恵まれた才能を持つメリーは、遠近どちらも魔力で押しきるような戦い方しかしてこなかった。
だからこそ魔力や戦い方を制限された途端、急に上手く立ち回れなくなる。ある程度訓練してきたとはいえ、魔術を使用できない近距離戦闘を強いられるのが最も苦しい。
「スイウはさすがだね。全く負けそうな雰囲気がないよ」
スイウの立ち回りは本当に隙がない。その速さは他の追随を許さず、自身より体格の大きな相手にも決して押し負けない力まである。本当に一つの演武を見ているかのような鮮やかさだ。
それに加え、エルヴェが庇う必要もない動きを見せていることも大きい。枷のないスイウはあれ程までに鋭く強くなれるのかと思うと、羨ましさすら覚えた。
エルヴェは速さや力はスイウほどないものの、まるで軽業のようにひらりと攻撃を躱し、的確に弱点を突く。決して深追いはせず、ヒットアンドアウェイに終始しており傍目から見ても冷静に戦えていることがわかる。
「エルヴェは……なんか暗殺者みたいな動きをするね。どこで学んだんだろ? でもあの年齢と体格でここまで渡り合えるなんて、大人になったらもっと強くなるんだろうね」
「なんか爺臭い感想ですね」
「酷いなー。将来有望な少年に期待をかけただけなのに」
茶化したが、そういう考え方をするあたりアイゼアは根本的に面倒見が良く、他人の実力を客観的かつ素直に認められる性格なのだろう。
もしかしたら騎士団でも誰かを指導したりすることもあるのかもしれない。その場合もやはり、相当慕われるのだろうなと想像がついた。
「僕は君のこともそう思ってるんだけどね」
「……え?」
突然何を言い出すのかとアイゼアの顔を見た。アイゼアはフィールドへ視線を向けたまま話を続ける。
「スイウとエルヴェは天才の部類だよ。近距離っていうのは圧倒的な感覚と動きで相手を制することもできる。メリーも天才側だとは思うけど二人とは間合いが違うから、力押しや感覚だけではどうしても苦手な間合いに持ち込まれると相手のペースに飲まれやすいんだ」
アイゼアの話は的を射ている。圧倒的な力、速さ、技術で翻弄して戦える近距離戦闘と、才能があろうと術の発動時間や攻撃距離に制約ができる遠距離戦闘では勝手が全く違う。
それだけ隙があるということは近距離を得意にしている相手と一対一で戦えば、圧倒的に不利な立場に立たされるということだ。
「遠距離型の天才はもっと広く戦場を見られなければ真価を発揮できない。僕みたいな凡人もそうだけど、不利な状態から圧倒的な力を覆すにはそれなりに戦略がいる」
「凡人? アイゼアさんが?」
彼の戦闘力は決して二人に引けを取らない。凡人と言い表すのは過小評価ではないかと疑問に感じる。
「僕は天才じゃなくて努力型なんだ。実戦を重ねたり鍛錬や勉学も欠かさなかったよ」
「そうなんですね……何か意外でした」
本人が努力型と評するくらいなのだから相当研鑽を積んできたに違いない。そして今も着実に積んでいるのだろう。戦闘においても、力に任せることなく相手や状況をよく見ているように思う。
「ともかくメリーは力押しじゃなくて、僕と似たスタンスで戦う方が良い。だから僕は君と組んだんだ」
「それは私のためって言っているようにも聞こえますけど?」
「半分はそうだね。半分はみんなにさっき話した通りだけど」
アイゼアの視線がメリーへと向く。ふっと優しく細められた瞳は艶っぽく、蝶を誘い込む花のように蠱惑的な光を宿してメリーの姿を映す。
たが同時に、その妖しさはまるで蜘蛛の糸に絡め取られていくような心地でもあった。アイゼアの言葉をそのまま信じ、受け止めて良いものなのかとその目を見て考え倦ねる。
「心外だな。僕は君のこと信じてみることにしたんだけど、メリーはやっぱり僕を信用してないっぽいよね。これでも一緒に戦う仲間のはずなんだけど」
どこか寂しそうな表情で視線を逸らされ、なぜか少しだけ罪悪感が湧いた。
「それとも、まだ僕を警戒しなきゃいけない理由でも……あるのかな?」
アイゼアの口角が僅かに持ち上がり、心臓が一つ、強く脈打つ。アイゼアにクランベルカ家のことや、白い外套の集団の真実を知られるわけにはいかない。メリー自身がクランベルカ家出身だということは特にだ。
「そういうわけじゃないんです。一緒に戦う仲間ですし、そうですよね」
とっさに誤魔化したが、この先共闘していくのなら、過度の不信は足を引っ張る可能性がある。
知られてはいけないことはあるが、騎士としての立場を考慮しなければアイゼアの実力と人柄は多少信じても良いと思える水準ではないだろうか、と自問する。
人には言えない秘密の一つや二つはある。全てを明かさなければいけないということはないと自分に言い訳した。
「アイゼアさん、私はこのまま足を引っ張りたくないです。自分の実力不足で兄を救えないのは絶対に嫌ですから」
「うん、君ならそう言うと思ったよ」
そう返答すれば、アイゼアの人の良さそうな笑みが返ってくる。アイゼアがどの程度メリーを信用しているのかは推し量れないが、少なくともこの善意は“利用できそうだ”と思った。
「私に戦略の考え方を教えようとしてくれてるんですよね? どうしてそこまでしてくれるんですか?」
単純な疑問だった。アイゼアがメリーにそこまでしてやる義理はないし、恩を売った覚えもない。
「この前、兄妹の話をしてたよね」
その言葉にフィロメナの仲間と戦った日の夜を思い出す。うっかり場の空気を悪くしてしまい、何とかしようと苦し紛れに話したのは記憶に新しい。
「そのときに本当にメリーは兄妹を奪われたんだなってわかったんだ。それまでは半信半疑なところもあったから。簡単に言ってしまえば同情……かな。僕にも大切な弟妹がいるからどうしても重ねてしまってね」
あのときの話をそんなふうに感じて聞いていたのかと初めて知った。自分の弟妹と重ねて見る気持ちはわからないでもない。
メリー自身も、自分と兄妹の姿を重ね見てアイゼアを羨んだ。だからといって、優しくする義理はない。結局他人事なのだから放っておけば良いのに、とも思った。
「それに君は戦いの才能もあるから、今のままじゃもったいないし、全体を見られるようになれば心強いだろうなって思ったんだ。怒ったかな?」
「怒りませんよ。その同情、利用させてもらいますね」
「あははっ、どうぞどうぞ」
アイゼアは少しホッとしたように笑っていた。フィールドへ視線を戻すと、Aブロックの試合がちょうど終わったようだ。
「うわー、あんなに動き回ってて息も切れないのか。尋常じゃない持久力だね……」
アイゼアは若干引き気味に呟いた。二人は息を切らせている様子もなく、むしろ余裕を感じるくらいの涼しい顔で勝利を収めている。アイゼアの呟きには同意せざるを得ない。あれ程激しく動き続ければ、自分なら確実に息切れしているだろう。
「さて戦闘能力おばけには敵わないし、僕たちは僕たちの勝てる方法を考えようか」
そう提案するアイゼアは、どことなく生き生きとしていた。




