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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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020 雨上がりの夜空の下で(2)【メリー視点】

 急に声を荒げたメリーにアイゼアはきょとんとしている。全員の視線がメリーへと集中していた。メリー自身も自分のありえない行動に驚いていた。この程度で自分の感情の制御すらままならなくなるとは思っていなかったのだ。


 手を目元に当て、静かに長く息を吐き出した。情けなさと罪悪感と自己嫌悪が胸の奥から溢れ出す。

「すみません……」

 メリーは居た(たま)れない気持ちで、食べかけの魚に視線を落とす。


「僕が悪かったよ。失礼な質問だったね」

 明るさを失った静かなアイゼアの声が聞こえる。彼は悪くはない。今までの自分の口ぶりなら、そう勘違いされてもおかしくはなかった。


「いえ、私が悪かっただけです……少し昔を思い出してしまって」

 言い訳のように、罪滅ぼしをするように言葉が零れた。しんと静まり返る、何とも居心地の悪い静寂。その静寂を静かに破ったのは、ずっと落ち込んで静かだったフィロメナだった。


「……あんたさ、魔力は十分そうに見えるけどそれでも酷い扱い受けてたってこと?」

 気遣わしげな若草色の瞳がメリーを見つめている。焚き火の炎に炙られたその色が、不安定に揺れているように見えた。気まずさを感じ、メリーは視線を焚き火へと逸らす。


「私は別の意味で扱いは悪かったですけど、魔力が少なくて酷い思いをしていたのはフランや友人たちで」

「フラン……?」

「あぁ、フランは私の妹です。殺されてしまったんですけどね」

 短い人生。苦しいことが多かっただろう。あんな形で終わらせられてしまった幼い命。大きくなったら、せめてフランだけでも自由に幸せに生きられるようにと願っていたのに。


 そのための資金だって少しずつ貯蓄していた。そのお金も復讐の旅という形で消費されている現実に皮肉を感じざるを得ない。


 ふと我に返れば、相変わらず気まずい沈黙が流れている。先程までの和やかさが嘘のように、完全にしんみりと湿っぽい空気になってしまっていた。ただでさえ沈み込んでいる全体の空気を悪くして何も良いことなどない。


『殺されてしまったんですけどね』


 今一番良くない言葉を、一番かけてはいけない人に言ってしまったような気もする。アイゼアが気を遣って話しかけていたことに気づいていただけに、自身の軽率さを恥じた。


「えーっと、空気重くしちゃいましたね」

 何かこの空気を戻す方法はないか考え、ふと思い出す。食べかけの魚を地面に突き刺し、服の下にしまった布袋から四つ折りにした写真を取り出す。


「フィロメナさん、見てください」

「これは……?」

「私の家族です。こっちがミュール兄さんで、こっちが妹のフラン、真ん中が私なんですけど」

「あ、それ僕も見て良いやつかなー?」

「どうぞどうぞ」

 アイゼアやエルヴェもメリーとフィロメナの周りに集まり、写真を覗き込む。


「ミュール兄さんは体が弱かったんですけど、すごく努力家で優しくて精神的にも強くて……尊敬できる兄なんです。フランは酷い思いをしても全然めげないし、いつも明るくて、そこにいるだけでみんなを笑顔にしちゃうような子だったんですよ。私の自慢の兄妹なんです」


 比較的明るく話すように心がけ、その意図を汲んでくれたアイゼアも明るく振る舞ってくれていた。だが──


「でも、フランってさっき殺されたって……」


 思い出したように呟かれたフィロメナの一言で振り出しに戻る。


 だがそれ以外にメリーには明るくできそうな話題は持ち合わせていない。何とかフィロメナの気持ちを少しでも前に向かせなければと、言葉を探そうとしていた。


「あんたは、フランを殺されたときどう思ったの?」


 それよりも早く、フィロメナの方から尋ねてきた。ドキリと心臓が跳ねる。フィロメナは今、大切な仲間たちを殺されたばかりだ。落ち着かなければ。これ以上の失言は許されない。


「どう……って言われても」


 あまり思い出したくはなかったが、フランが『解離』したときのことを思い出す。


悲しみ、憎しみ、怒り、絶望、後悔。


 その全てに当てはまるようで当てはまらないような、複雑に混ざり合った感情が渦巻いていた。あまり感情的になり過ぎないように慎重に言葉を選ぶ。


「何か一つ挙げるなら、自分の無力さが悔しくてたまらないです」

 助けられなかった。間に合わなかった。守りたいという思いも、修練を積んで身につけた魔術も武術も、救いたいと願って学んだ魔法薬学も、何もかもが届かなかった。


 伸ばした手から大切なものがすり抜けて零れ落ちていく瞬間。クランベルカ家という大きな権力の前にただただ屈し、膝を折るしかなかった現実。

 張り裂けそうな程の悔しさ。相手を(ひね)り潰せるだけの力が自分にあればと強く思った。いや、実際に今もそう思い続けている。


「無力……ね。あんなに戦えてもそんなふうに思うものなのね……」

「戦う力だけでは敵わないものもありますから……フィロメナさん、起こったことはもう変えられません。変えられるのは今と未来だけなんです。だから私、フランの最期の願いを叶えるために、ミュール兄さんを連れ戻すって決めたんです。フランは強い子だったから、その生き様に恥じないようにって」


 どろどろとした決意を、復讐という言葉を用いずにできるだけ前向きな言葉に言い換えて伝えたつもりだ。決して明るい決意ばかりではないが、フィロメナの気持ちを前向きにするにはこれでいいし、知らなくていい。


 フィロメナは少し考え込んだ後、何か()き物が落ちたかのような清々しい表情へと変わっていく。


「変えられるのは今と未来、だけ……そうよね。そうよね……考えているだけじゃ何も変わらないもの。ありがとう、メリー」

「え、あ、はいっ」

 フィロメナの目に最初の光が戻り、ガシッと強く手を握られた。よくわからないが、気力が戻ったのならもう何でも良い。単純で助かった。何とか良い流れになってきたと静かに胸を撫で下ろす。


「そういえば、アイゼアさんも兄妹がいるって言ってましたよね。写真とか都合良く持ってたりしません?」

 メリーはこのまま一気に空気を立て直すつもりでアイゼアへと話題を振る。


「実は、都合良く持ってたりするんだな〜」

 アイゼアはジャケットの内ポケットから手帳を取り出すと、その中に挟んであった一枚を取り出してこちらへ差し出す。


「……地上界では写真を持ち歩くのが定番なのか?」

 スイウはあぐらをかき、興味なさそうに頬杖をつきながらこちらを眺めている。


「僕はなかなか会えないからこうやって持ち歩いてるんだよ。遠征任務もあるから、騎士には持ち歩いてる人、結構多いと思うけどね」

 という騎士団事情を聞いたところで、メリーは借りた写真に目を落とす。


 年齢が離れていると聞いていた通り、双子の弟妹はフランと同じくらいで十歳前後に見える。ただ、二人とアイゼアは髪の色も瞳の色も全く違い、顔立ちも全然似ていない。


「なんというか、似てないんですね。アイゼアさんと」

「僕はウィンスレット家の養子だから、直接血の繋がりはないんだ。僕が養子になってから二人は生まれたんだよ」


 なるほど、と似ていない理由に納得する。人間と霊族で結婚し、更に養子まで受け入れていたというのだから、アイゼアの養父母は相応の人格者なのだろうと容易に想像がついた。


「なら、お前相当家での居心地悪いんじゃないか?」

「スイウ様、そんな意地悪を(おっしゃ)らなくても……」

「よくある話だろ? 養子を貰ってきたら子供ができて、愛情がそっちへ向かなくなったーなんてことはさぁ」

 空気を読んでくれ、と内心ヒヤリとするも、アイゼアは待ってましたと言わんばかりににまりと笑う。


「そのとき僕はもう十五歳になる年だったからね。自分から身を引いて家を出たよ。でもたまに実家に帰ると僕の食べたいものを作って歓迎してくれたし、カストルもポルッカも兄だと慕ってくれる。本当の家族みたいに接してくれたんだ。だから僕は二人をこの命に代えても守るって決めてる。引き取ってくれた両親に恩返しもしたいしね」

「へー。そりゃ、自前の運の良さに感謝しとくんだな」

 そう語るアイゼアの顔は穏やかで誇らしげで、ほんの少しだけ寂しそうにも見えた。


 メリーはアイゼアが心底羨ましかった。血が繋がっていなくても、両親に愛され、兄妹に慕われ、帰る場所があるのだから。血が繋がっていてもメリーの父は家族とは呼べない。呼びたくもない。


 母親の記憶はほとんどない。メリーが五歳のとき『黄昏の月』を生んだ罪悪感で自殺したと聞いた。それも怪しい。母を追い込んで殺したのではないかと大人になった今では思う。


 数を把握できない兄弟たちは、今何人が生きているのかもわからない。メリーが家族と呼べるのはミュールとフランだけだった。

 二人のいないノルタンダールの屋敷は、もう帰る場所ではない。道具として生まれ、道具として育ち、道具として消費されていく運命。


 そんなの冗談じゃない。人として生き、人として死にたい。それはメリーの願いであり、ミュールの願いであり、フランの叶わぬ願いとなった。


 アイゼアの姿はメリーの理想であり憧れであり希望そのものだ。どこにでもありそうなありふれた幸せはずっと──メリーにとって喉から手が出るほど欲しいものだった。


 家族の話に花を咲かせるアイゼアと、楽しそうにそれを聞いているフィロメナとエルヴェ。眩しいなぁ……と心の中で呟く。


 羨んでも何も変わらない。手に入らないものはどうあがいても手に入らないのだ。ミュールとフランと三人で穏やかに暮らすという夢も(つい)え、今の自分にできることは、ミュールが道具として消費される前に救い出すことだけだ。


「ねぇ、メリーの兄妹の話も聞かせてよ」

「へ……」

 ハッと我に返り、フィロメナへ視線を向ける。


「天族には家族ってのはないから、聞かせてほしいなって」

 フィロメナは元の調子が戻ってきているらしく、少しだけ期待に目を輝かせている。


「良いですけど、何から話せば良いんですかね……」

 もちろん話す内容は、幸せだった話限定なのはわかっている。取り乱さずにいられるかな、と少し不安になりながらメリーは話し始めた。


 記憶を辿るように。閉じられた残酷な日々の中にも、確かに幸せはあったのだと確認するように。それは決して幻ではなかったのだと、共有する。


 夜はまだまだ長い。パチンと焚き火の木が爆ぜ、火の粉が舞う。それは空へと昇り、夜の闇へと溶けていった。

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