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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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013 夕闇に潜む思惑【アイゼア視点】

 燃えるように真っ赤な太陽が地平線に沈みかかっている。アイゼアたちはエスノを出立し、荷馬車に揺られながら南東へと進む。


 この荷馬車は、アイゼア自身が騎士団に手配して用意したものだ。「ほら、早速僕がいてよかったでしょ?」と言ったときのスイウとメリーの何とも言えない表情は忘れられないほど傑作だった。


 手綱を握り、馬鞭を片手に御者(ぎょしゃ)をしながら荷馬車を走らせていると、背後の荷台の幕が開く。そこからメリーが顔を出し、西の方角をじっと見つめていた。


「何かあったかい?」


 少し気になり声をかけると「いえ、荷台に乗ってるだけというのも退屈だったので」と特別変わったところのない返事が返ってきた。


 このメリーという人物は表情に感情が出るわりに、行動が読みにくい。性格、考え方、価値観、何を行動の基準としているのか、それらを把握できれば自ずと行動パターンが見えてくる。行動パターンが掴めれば、対処もしやすく先手を打つこともできるのだが。


 アイゼアは、ふとメリーたちと初めて会ったときのことを思い出す。ベジェの村で会話したときは、常識的で冷静なのはメリーの方だと思った。尋問でもあれほど疲弊していたにも関わらず、自ら追求されるような隙を見せることもなかった。


 一方で、鉱山での戦闘やエルヴェを同行させるときの会話では、スイウの方が冷静で物事を客観的に見ていた。スイウは感情や考えてることが表情からは読みにくいが、言動が比較的落ち着いている分、表立って無茶苦茶なことはしないだろう。


 だが、メリーは違う。自分の破滅すらも恐れない、一歩間違えばなりふり構わず大きく踏み外しそうな危うさを感じていた。


 おそらく人格の土台として常識は一応持っているが、何かを引き金にそのタガが外れてしまう。相手を殺すことも、エルヴェを(おとり)にすることも(いと)わない。アイゼアはその引き金はおそらく『ミュール兄さん』だと確信していた。


 自身も弟のカストルと妹のポルッカをとても大切に思っているからこそ、その気持ちは痛いほどに理解できる。だからといって好き放題に暴れさせるわけにもいかない。


 馬の背が橙色から茜色へと染まっていく。今日の夕日は一際(ひときわ)赤く美しい。確かにこれは眺めていたくなっても不思議ではないかもしれない。


 頬を撫でる風は夜の気配をひんやりとまとい始め、少々肌寒くなってきた。体を冷やすのはよくないだろうという思いが頭をよぎり、我ながらお節介な性格だと心の中で呟く。幼い弟妹を気にかけるあまり、いつの間にか染み付いてしまった思考なのかもしれない。


 アイゼアは視線をメリーへと向けた。だがその横顔を見たとき、かけようとしていたお節介な言葉を飲み込む。その表情は夕日を眺めているというにはあまりにも険しく、まるで今にも泣き出すのではないかと思うほどに逼迫(ひっぱく)していた。


「夕日を眺めてるのかと思えば、心ここにあらずーって感じだね」

 アイゼアは別の言葉を探し、声をかける。声色はあくまで軽く、冗談っぽくを心がけながら。


「へ?」

 という間の抜けたような声と同時に、メリーはビクッと肩を揺らした。


 驚かせるつもりはなかったのだが、彼女を動揺させてしまったらしい。メリーがゆっくりとこちらへ振り返ると目が合う。先程の横顔を思い出しながら、考えたことをそのまま言葉にしてみることにした。


「ねぇ、今お兄さんのこと考えてた? それとも白い外套の人たちのこと?」

「……詮索はやめてください」

 途端に警戒と不快感を露わにし、思わず苦笑が漏れる。これが信頼している相手ならまた反応も違ったのだろうが、昨日の今日ではこれが現実だ。


「ごめんごめん、悪気はなかったんだ。ただ、あまりにも険しい顔をしてるから、つい気になってね」

 気にかかったのは嘘ではない。きっとメリーはこちらが何か情報を引き出そうとしているのだと思っているのだろうが、自分にそんな気は更々ない。

 傷心の相手の傷を(えぐ)ってまで情報収集するほど、切羽詰まった状況ではないからだ。


 少し接してみた感じ、拷問や脅迫で無理に迫っても喋るタイプではない。下手をすればアイゼアを殺しに来る。その果てに命を落とすことになっても、僅かな可能性に賭けてその選択をしそうだとさえ思った。それに、情報を集めるのに、必ずしも本人の口から聞き出す必要はないのだ。


「それよりアイゼアさん。宿場町まではあとどれくらいですか?」

 やはりこの話を続けたくないのか、メリーの方から別の話題を振ってくる。その話題に素直に乗り、ジャケットの内側から懐中時計を取り出して開いた。針は十八時より少し前の位置を指している。


「今が十八時ちょっと前だから、着くのは二十一時頃じゃないかな?」

「あと三時間くらいなんですね」

 アイゼアたちが今、最終的に目指しているのはフラフィスという街だ。その街は傭兵を束ねるギルドのある街であり、セントゥーロにある闘技場の中で最も規模が大きく盛んな事から『武の街』とも呼ばれている。


 なぜこの街を目指すことになったのかと言えば、(さかのぼ)ること数時間前、ペシェというメリーの友人の使い魔がメリーの元へ連絡を運んで来たことが理由だ。


 可愛らしい(うぐいす)の使い魔が独特の鳴き声で(さえず)っていた。アイゼアの耳にはただの(さえず)りにしか聞こえないのだが、連絡を受けたメリーには人の言葉で聞こえるらしい。


 内容は、フラフィスで白い外套の集団を見たという情報を掴んだというものだと教えてくれた。自分を含め、それ以外は特に有力な情報もなく、この連絡を信じてフラフィスを目指すことになったのだ。


 今晩は峠の(ふもと)にある宿場町のドゥエルまで行く予定だ。歩けば深夜は過ぎるのが確実な距離を、荷馬車のおかげで日付が変わるより前に到着できる。少々無理を言って荷馬車を調達してもらったかいがあるというものだ。


 気づけば空がずいぶんと暗くなっている。夕日は地平線の彼方に沈み、残照だけの空は柔らかな紺へと変わっていく。


 メリーが指を荷台から伸びるランタンに向けて伸ばすと、ポッと音を立ててランタンに明かりが灯る。柔らかな光が二人と馬の背を照らし出している。魔力を使ってランタンを灯してくれたようだ。道具を必要とせず、指先一つで十分なのだから羨ましい。


「点けて良かったですか?」

「うん、ありがとう」

 メリーの姿が、妹のポルッカが明かりを灯す姿と重なって見えた。


「いつも思うけど、魔力で明かりが灯せるって便利だね。僕の妹もそうやってよく灯してくれるんだ」

 急に妹の話をし始めたせいか、メリーは少し困惑しているようだった。この話に踏み込んで良いのか、迷っているようにも見える。少しの沈黙のあと、遠慮がちにメリーは口を開く。


「……アイゼアさんの妹さんは霊族なんですか?」

「そう、父親が人間で母親が炎霊族。下に年の離れた双子の弟妹がいて、妹だけが炎霊族なんだ」


 その話に驚いたのか、メリーは目を丸くした。スピリアでは魔力が全てだと聞くうえ、人間自体もあまりいないらしい。異種族間で結ばれる話に驚くのも仕方ないことなのかもしれない。


「この国ではそんなに驚くようなことでもないけどね」

 セントゥーロは人間が大半を占めているが、かなり自由が尊重されている国だ。近年はスピリアからの移民も増えている。いろんな国から、自由を夢見て人が集まってくるのだ。現実はそんなに甘いものではないというのに。


「良いですね、自由で……」

 メリーはまるでひとり言のように小さく呟く。その顔は、羨望というよりは諦めに満ちたものだった。

 彼女は今、一体何を考えているのだろうか。想定していた反応とは違い、推し量りにくい。その表情に気づかないフリをしてアイゼアは話を進める。


「自由なのも一長一短だよ。いろんな人が集まってくるから、治安を維持するこっち側は大変なんだよね」

「私たちみたいな余所者(よそもの)も来ますし、さぞ忙しいんでしょうね」

「自覚あるなら君たちも大人しくして、僕の負担を減らしてくれると嬉しいんだけど」


 メリーの少しからかうような声音に、自身も冗談っぽく返すと「善処しますよ」と言い、少しだけ緊張が抜けたのか小さく笑っていた。

 だがその言葉の中に、やはり大人しくしようなどという考えがないのがわかり、アイゼアは小さくため息をついた。


 兄を救うという意思は固く、彼女は兄のためなら手段を選ぶことなくなんだってやってのけるつもりなのだろう。


 ならば自分がやるべきことは、彼女が暴走し過ぎないように監視すること、そして速やかに兄を救出してあげることだ。

 それが何よりも彼女の暴走を止める手立てになるはずだ。他国の人といえど、セントゥーロにいる間は保護対象でもある。誘拐という犯罪行為を解決するのも騎士の役目だ。


「お兄さんの救出は僕も手伝うよ」

「はい? アイゼアさんが手伝う理由なんてないですよね」

 (いぶか)しむような遠慮のない視線が刺さる。


「君たちが殺しにノリノリだったのを止めたように、僕には犯罪を解決する義務もある」

「……」

「それにお兄さんを助けたら、君は無闇に殺しに走らないだろう?」

 その問いかけにメリーは答えない。無言の中、荷馬車の車輪だけがガラガラと音を立てる。


「……意外と」

 メリーがぽつりと呟く。


「騎士の職務に真面目なんですね、アイゼアさん」


 その発言にアイゼアは面食らった。


「えっっ……僕がいつ不真面目だったっていうんだい?」

 出会ってから今までで職務を怠ったことなどない。自分で言うのもアレだが、むしろ真面目に働き詰め過ぎてるくらいだと思っている。そんなアイゼアの複雑な心境も露知らず、メリーは目を閉じてしばらく考えた後こう言った。


「雰囲気……?」


 雰囲気が不真面目とは心外だ。騎士の堅さがなくて親しみやすいと言ってほしい。

 これも騎士として上手くやっていくのに必要な技能だというのに、アイゼアの苦労は全く伝わらない。いや、伝わってくれなくても別に構わないが、複雑な気持ちだけは拭えそうになかった。


「君は失礼だな〜。初めて会ったときから今までを思い返してみてよ。僕、しっかり働いてたよね? 君たちには鬱陶(うっとう)しく感じるくらいにはさー」

「言われてみればそうですね。何ていうかその……ちゃらんぽらんな雰囲気に騙されてたかもしれません」

 ちゃらんぽらん。酷い言われようだ。その会話が聞こえていたのか、荷台の奥からこらえきれないといった様子でケタケタと笑い声が聞こえ始める。


「ちょっとスイウー。そんなに笑うとこかなぁ? ったく……そんなことより日も暮れたんだから、みんなしっかり野盗や魔物の襲撃に遭わないように警戒頼むよー?」

「わかりました。アイゼアさんも何かあれば言ってくださいね」

「そうさせてもらうよ」

「……兄の件ですが、よろしくお願いします」

 そう言ってメリーは頭を下げ、荷台へと戻っていった。すんなりと話を聞き入れてもらえたのは少し意外だった。


 アイゼアを信用したというよりは、騎士という立場に僅かな望みをかけたのだろう。少しでも多く、救出される可能性を創出するために下げたくない頭も下げる。これもきっと彼女なりの兄のための行動の一つなのだろう。


 それでも全く信用ならない相手にはかけない言葉だ。まずは一歩。でも確実な一歩だ。この国を守るためにも白い外套の集団は潰さなくてはならない。彼女たちの協力を最大限に得るためにも、重要な一歩を踏み出したのだ。

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