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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
後日譚:その『執念』は、世界の果てさえ越えていく
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107 執念は境界を穿つか【メリー視点】

 スイウが消滅して数日後、サンサーナ島の冥界の門の前にメリーの姿はあった。隣にはフィロメナ、クロミツ、モナカが立っている。


「本当に行くの? フィロメナちゃんと、オレと契約してるモナカはまだしもさ、メリーちゃんは契約も切れたただの霊族。基本的に生きてる人が冥界に足を踏み入れるのは禁止なんだけど……」

「なら、この門が私の声に応えて開いたら文句はありませんね」

 メリーの中に、恐れや躊躇(ためら)いはない。それでもクロミツの顔は渋いままだ。


「どうしてスイウのためにそこまでするんだ?」

「単純に気に食わないからです」

 短く告げた言葉の意味は伝わらなかったのか、クロミツはますますわからん、と腕を組み首を(かし)げた。


 理解してほしいとは思っていない。許可を待つつもりも、説得するつもりもなかった。メリーはさっさと門の方へと手をかざす。


「我が名は『   』、呼び声に応えよ」


 次の瞬間、門の向こう側に黄昏色の空が見えた。真っ赤な彼岸花の咲く平原が遠くまで続き、こちらの世界とは明らかに異質な世界が広がっている。スイウが冥界の門を開いたときと同様、無事に開かれたようだ。


──私の読みは当たってた。


「マジかよ。スイウの真名で門を開けやがった……」

「素晴らしい〜! 再契約と魔族……新しい事実がっ! 今のメリーは霊族なの? 魔族なの? どっちなのか調べ尽くしたい……!!」

 呆然としているクロミツと感激しているモナカを置いて、メリーは冥界へと足を踏み出す。


「待って、行ったら生きて帰れるかわからないわよ? 本当に行くのね?」

 フィロメナが不安に瞳を揺らがせている。皆で話し合って冥界へ行くと決めたはずだが、それでもメリーの行く末を心配してくれているらしい。メリーは安心させるように、いつもより笑みを深くした。


「門が開くということは、私の魂の中にスイウさんの魂が残ってるって証拠です。それって一応ちょっと魔族みたいなものなんですよ、たぶん。よくわかりませんし、面倒なのでそういうことにしておきません?」

「たぶんって……あっ、ちょっと!」

 あわあわと慌てるフィロメナすらも置いて、メリーは半ば開き直りながら堂々と冥界入りを果たした。


 どこまでも続く黄昏色の空と平原。その先に見慣れない建築様式の街のような建物群が見えた。街道を彩るように真っ赤な彼岸花が咲き乱れ、街と平原の間には大河が横たわっている。

 水は底まで見えそうなほど澄んでいるが、底が見えないほどに深い。その大河にかかる、門と同じ色の赤い大きな橋を渡っていく。


「全然遠慮がないな。道案内のオレを置いてってどうすんだよ」

「街っぽいとこまで一本道じゃないですか。迷える方が才能ですね」

 門から続く街道は一本しかない。普通に考えれば最短であの街のようなものを目指そうとするものだろう。モナカのように別のものに興味を取られなければ、だが。


「あんた、スイウっぽいとこあるよな。遠慮がなくて肝が座ってるとことか。ちょっと皮肉っぽいとこ」

 クロミツはカラカラと悪気もなさそうに笑う。肝は小さいつもりはないが、メリーにも緊張する場面はもちろんある。

 そういうものとは無縁そうなスイウよりは余程繊細にできているつもりだ。それとも魂が中に残っていることで、スイウの影響を多少なりとも受けているのだろうか。


「おーい、モナカー! 寄り道せずに早く行くぞー!」

 モナカは冥界に来ることができて終始興奮しっぱなしになっている。気になるものを見つけるとふらふらとそちらへ行ってしまうため、フィロメナが必死に引っ張ってきてくれていた。


 もたもたしている暇はない。メリーの中に残るスイウの魂がいつどうなるかもわからない。今この瞬間に忽然(こつぜん)と消えてしまってもおかしくはないのだ。最悪モナカとフィロメナは置いていくつもりで、メリーは歩調を早めた。



* * *



 クロミツに案内され、(とどこお)りなく冥王の元へと来られた。セントゥーロ王国のように謁見(えっけん)に面倒な手続きなどもなく、来ていきなり直接通され、人の社会とはまた違う規律や規範、秩序を持っているのだとわかる。


 最奥の部屋へ通されると、奥の玉座にスラリとした印象の女性が、長い美脚を見せつけるように足を組んで座っていた。しっとりとした長い直毛の黒髪に妖艶な体型。吸い寄せられるような深い黒の瞳はどこか濡れた色気を感じさせる。


「あ、何かぞくっとしてきたかもー……」

 モナカはそっとフィロメナの背中へと隠れた。メリーには特に何も感じられず、ずんずんと冥王の前まで歩み寄る。


 冥王はゆったりと笑みを浮かべたままメリーを値踏みするように眺め、口を開いた。


「生きた人の子は冥界へ入ってはならぬ。生きては帰せぬな」

「待ってくれ、冥王様。メリーちゃんは冥界の門を自力で開けてここまで来たんだ」

「ほぉ……? クロミツではなく、そなたが……か」

 冥王は初めて強い興味を抱いたのか僅かに体を起こすと、今度は値踏みではなく、何か珍妙なものを観察するような視線でこちらを見る。


「スイウさんと契約していた、メレディス・クランベルカと申します。頼みたいことがあって参りました」

 舐めるように這う視線にも構わず、メリーは話を進める。


「頼み? ふーむ……まぁよい、聞くだけ聞いてやろう。言うてみるがよい」

 冥王は気まぐれな性格なのだろうか。言動の端々に暇潰し感が滲み出ている。


「私の頼み事は一つ、スイウさんを蘇らせることです。いいえ、絶対に蘇らせてもらいます」

 語気を強めて言い放ったあと、しんとした静寂が訪れる。焦るような不安なようなそわそわとした気配を背中に感じた。冥王は、何を突然言い出すのかと言わんばかりにこちらを鼻で(わら)う。


「冥界の王とはいえ、生死を自由にはできぬのよ。跡形もなく消え失せた魂なぞ取り戻せん。とっとと諦めて帰るがよい」

 ひらひらと振られる手を一瞥(いちべつ)し、じっとりと冥王を睨みつける。見くびられている、メリーは直感でそう思った。


「おかしいですね……私は冥界の門をスイウさんの真名で開きました。それが何を示すのか、あなたはわかってるはずです」

 その問いかけに冥王は無言を貫いた。こちらを試しているのか、相手にするつもりがないのかはわかりかねるがこの程度で話を止めるつもりはなかった。そんな温い覚悟でわざわざ冥界にまで来ない。


「契約は互いの魂に(くさび)を打ち一つに繋ぐ行為。通常あり得ない二度目の契約は、深く魂が繋がりすぎてしまう。楔によってできた傷跡に互いの魂が食い込んだ結果、消滅後も私の魂にはその傷跡の分だけスイウさんの魂が残っている……違いますか?」

「ふむ、よう気づいたな。だが、それがどうした?」

 冥王は笑みを深くし、こちらを小馬鹿にしたように何度も小刻みに(うなず)く。


「メリーの中に残るスイウの魂から彼を呼び戻してほしいのよねー。理論上できるはずなのよー。冥王様のお力があれば、だけど。あ、わたし考古学者で冥界の研究もしてて、クロミツの契約者やってるモナカと申します。お見知りおきを〜」

「オレからも頼む。オレの力が足りないせいで二度も死なせちまった……オレはどうしてもスイウを救いたい」

「あたしからもお願い! スイウを犠牲にしたままなんて絶対嫌なの! 助けられるならその可能性に賭けたい……」


 冥王はそれでも首を縦には振らなかった。玉座から立ち上がり、ゆっくりとメリーへ歩み寄る。歩く姿も優雅さと妖艶さをまとっていた。どこか生を感じない不気味な雰囲気と威圧感があるが、恐怖は感じなかった。


「そなたたちがスイウを蘇らせたい気持ちはわかった。だが不可能だ。スイウを取り戻すにはそれだけでは足りぬ」

 そんなはずはない。モナカとも話したのだ。確かに魔族としてのスイウを取り戻すことはもう叶わないかもしれない。


「いいえ。魔族としては無理でも、魂の欠片があるなら妖魔として呼び戻せるはずで……っ!」

 冥王の長い腕が伸び、メリーの首を絞める。その細く白い腕からは想像もつかないほどの力強さで締め上げられ、足が地から離れる。


 冥王の腕を両手で掴み、何とか気道を確保した。首に爪の食い込む痛みと細くなる呼吸に息苦しさを覚え、思考を奪われそうになる。こんなところで終わらせられてたまるか、という意地にも似た思いが込み上げた。


「冥王様、やめてくれ!」

「人の子風情が生意気言いおって……そなたなぞその気になればこの場で殺してやれるのだぞ?」

「殺、す……?」


 思わず笑みが零れた。冥王はそんな滑稽(こっけい)なことを言うのか、と。スイウの話していたこととは全く違う冥界の有り様に、笑みを浮かべたまま冥王を見下ろした。


「恐怖におかしくなったか、人の子よ」

「まさか。まるで、人のようなことを……言うんですね。魔族は人の世に……干渉すべきではない。本来は無闇に人の命を……奪うわけにはいかない、そうですよね? なのに、冥王という立場のあなたが……よりにもよって、生意気なんて理由で私を殺す気で……?」 

「人の子のそなたに魔族の何がわかる?」


 脳裏にスイウの姿が浮かぶ。使命のために戦い、当然人を殺すこともあったが、人の命の重さに優劣をつけず、等しい重さで扱うよう努めていた。感情を極力挟まず、魔族として世界の秩序のために存在をかけて戦った。常に独特の矜持を持って駆け抜けた、気高い魔族のことをメリーは知っている。


「世界の秩序のためと……使命に生き、使命に散った魔族の生き様を、私は隣で見てきたんです……! 契約者、ナメないでもらえません?」

 その瞬間冥王の手が離れ、地に足がつく。急激に喉を通った空気に()せながら、後ろへ蹌踉(よろ)めく体をフィロメナが支えてくれた。冥王は心底愉快だと言わんばかりに大笑いを続けている。


「ずいぶんと豪胆な人の子が来たのものだ! この冥王に説教を垂れるとは、身の程知らずの愚か者め。破滅から世界を守った厚顔無恥の人の子よ……そこまでしてスイウを蘇らせたいのなら相応の覚悟はあろうなぁ?」

「当然です。そのために私は、わざわざこんなとこまで来たんですから」

 やっと冥王が耳を傾けた。あともう一歩だ。あと一歩で届かなかったこの手が……スイウへと届く。


「スイウを取り戻すには足りぬと言うたのは嘘ではない。魔族を妖魔にするには本来、その者の魂を半分、我の魔力、あちらの世界の魔力と触媒が必要なのだ。人の体に魂がある以上、方法も異なる。魔力に関しては我の魔力、お主の魔力でよいだろう。だが、触媒は取りに行かねばならぬし……何よりスイウの魂の欠片だけでは足りぬな」


 メリーはカバンから瓶を一つ取り出す。その中には藍色の花がぎっしりと詰まっていた。アイゼアが手土産にくれた白香(びゃっこう)藍花(らんか)だ。


「触媒はこの花で足りませんか?」

「何だ、持っておったのか。よいよい、これだけあれば十分過ぎるほどだ。これがスイウの性質の元となろう。それと、足りぬ魂のことだが……」

 冥王は目を細め、愉快そうに口が弧を描く。その視線はこちらを試すようでもあった。


「スイウの欠片を含めたそなたの魂、半分を貰おうぞ」

 ぞくりとするような気配と共に手が伸び、その人差し指がトンと胸を軽く突く。


「どうぞ。それでスイウさんを呼び戻せるなら」


 メリーは怯まず、じっと冥王の目を見つめ返す。胸を小突いた腕を掴み、覚悟を示すように胸元へと引き寄せた。


「待ってメリー! それ、ちょっと話が違うわ。半分も魂を持ってかれたらあんたは──」

「私が私の魂をどう使おうと私の勝手です。口出しさせるつもりはありませんよ」

「メリー……」

 フィロメナはそれきり何も言わず、スカートを握りしめて(うつむ)く。ここに来るまでにも、同じようなことはアイゼアやエルヴェにも言われてきた。


──それでも、私の命の使い道は……私が決める。


「それならオレの魂も使ってくれ。オレも妖魔になれば、魂の半分が余ってくるだろ?」

「クロミツよ、人の子を助けたいか……だが、魂なら何でもよいというわけではない。そなたの魂を半分使っても必要なのはスイウと馴染んだ人の子の魂の方。そなたの分は成功率を上げる程度の力にしかならぬぞ」

「それでもいいさ。オレにやれることがあるなら、全部やるつもりだからな。足りないなら魂全部使ってくれていい」

 クロミツはいつものカラッとした笑顔であっけらかんと豪語したが、冥王は呆れたように肩を竦める。


「まぁ、そなたは初めて()うたときからスイウ、スイウとうるさかったからなぁ。やれすぐに目覚めさせろだの、無理なら起きるまで自分を封印しろだのと偉そうに注文ばかりつけおって。結局千年以上も眠って……全く、凄まじい執念よ」

「そういう未練みたいなのがないと魔族にはなれねーんだし、しゃーなくないか?」

「そなたのような若造に一々説明されずともわかっておるわ……」


 短いやり取りの間に、散々に振り回された冥王の苦労が垣間見える。魔族が誕生する仕組みからして、一癖も二癖もある者たちが多いのだろう。それを束ねなければならないというのは想像以上に大変なことなのかもしれない。冥王は長い年月を重ねた深く重々しいため息をついた。


「人の子よ。理論上成り立つことと成功することは別の話と心得よ。魂が大きく欠けたままでそなたは生きねばならんが……その影響がどう現れるか、そしてどのような結果をもたらすかは我にもわからぬ。当然この場で失敗するかもしれぬし、下手をすればスイウと引き換えに死ぬことにもなろう。成功して地上界に戻っても、そこで何事も起こらないとは限らぬ」


 今更そんなことで臆しはしない。自分の死への恐怖は元々薄い方だ。それは良い事ではないのかもしれないが、今は良い方向に働いていると信じている。


「私、『必ず帰る』って仲間に言ってここへ来たんです。嘘はつきたくないので帰りますよ」

 心配してくれるアイゼアとエルヴェに必ず帰ると約束した。根拠も保証もないただの軽い口約束だが、ある意味願掛けにも近かった。


「今は不確定な未来も、言葉に宿る魔力が私を導いてくれるはずです」

「言霊の力か、健気なことだな。それにしても、怯えもせんし本当に可愛げのない人の子よ。ほれ、触媒を我に渡せ」

 冥王へ花の入った小瓶を手渡す。

「魔力を差し出せ」

 差し伸べられた手を取り、メリーは魔力を送る。


「む? そなた、黄昏憑(たそがれつ)きであったか」

「……黄昏憑き? 黄昏の月、ではなくてですか?」

「死の淵、黄昏の世界に住まう我らと同じ気配をまとう人の子には『黄昏が憑いておる』とな。だから黄昏憑きだ。黄昏は生と死の境界線にある。そなたは他の者とは違い、常にその境界に立っているものだと覚えておくがよい。それにしても……ふむ……相変わらず黄昏憑きの魔力は感じがよいな」

 冥王は目を閉じ、うっとりと安らいだ表情をしている。黄昏の月の魔力は魔族の力を高めるが、その魔力を受け取ってどう感じるかまでは知らなかった。


「おっと、魔力を貰いすぎるところであった。クロミツ、魂を半分を差し出すがよい」

 冥王の手がまるで水面に手を入れるかのように、すんなりとクロミツの胸に差し込まれる。クロミツが少し呻いたあと、引き抜かれた手には夕日色に輝く宝石のようなものが握られていた。


 自分の胸にも手を突っ込まれるのだろうか、それはちょっと……嫌すぎる。ここにきて初めて妙な緊張感を抱いた。

 冥王は集めたそれらを触媒のように魔力で練り、紐のようなものを編んでいく。


「よいか、これは通常の妖魔の召喚とは全く異なる。スイウの魂は魂を持つそなたが探しに行かねばならん。我はその手助けをし、そなたが見つけ出したスイウの魂とそなたの魂を使って召喚を行う」

 冥王の手が近づき、編まれた夕日色の紐と共に水に沈めるようにしてメリーの胸に差し込まれた。


 痛みも何もなく、何かをしている冥王の手をぼんやりと眺める。やがて手が引き抜かれると、胸の中から夕日色の紐が伸び、宙に漂うようにふわふわと揺れる。そしてもう片方の端を左手首に結ばれた。


「スイウを見つけたら、この手首に結ばれた紐をスイウの手首に結び直して戻って参れ。それができれば後は我に任せればよい」

 冥王の顔からスッと笑みが消え、黒い瞳がメリーの姿を縫い付けるように鋭く射抜く。


「そなたの意識はこれからそなた自身の魂の中へ落ちることになろう。その中でスイウを探すのだが、いくつか注意せねばならぬことがある。心して聞くがよい」

 緊張感が生まれた場の空気に、メリー自身も身の引き締まる思いになる。


「一つ、誘惑や恐怖に飲まれてはならぬ。二つ、紐を結んだら決して後ろを振り返ってはならぬし、言葉を交わしてはならぬ。三つ、紐の効力が消えかけたときは紐に戻りたいと念じること。さすれば紐を代償にそなただけは戻ってこれよう」

 冥王は魂に潜る際の注意点を簡潔に説明してくれた。注意点は全部で三つ、忘れないよう頭に叩き込む。


「スイウの魂まではその刀が案内してくれるであろう。己の魂だからと油断してはならぬぞ。同一の存在でありながら、魂は鏡に映した自身のように向かい合わせの存在でもあり、時としてその宿主を試す。魂はそなたの本来の本質の権化……とにかく気をつけることだ」

「忠告ありがとうございます。でも、自分と同じなら、スイウさんを助けたい思いもきっと同じはずですから」

「だとよいがな……では、目を閉じよ」

 指示されるがままにメリーは目を閉じた。額のあたりに手をかざされ、前髪がさわさわと弱い風に靡く。


「最後に一つ、自分の名を決して忘れるな。真名ではなく、そなた自身の名だ。真名は魂の名だからな」

 名前の重要性は魔術士であれば皆認識している。自分を自分として確立することのできる唯一の言葉だ。メレディス・クランベルカ、小さく声に出して呟く。


 ふっと一際強い風を感じた瞬間、体が吹き飛ばされ宙に放り出される。体の中をかき混ぜられるような奇妙な感覚が襲い、中にある何か大切なものが奪われていくような気がした。


 焦燥のような、虚無感のような、喜びのような、苦しみのような、悲しみのような、寂しさのような、安らぎのような、不安のような、複数の感情が湧き上がり、自分を見失いかけながらもまぶたを押し上げた。暗闇の中、白い光を目指して手を伸ばす。光が(まばゆ)く輝くと、一気に世界が開けた。

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