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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
後日譚:その『執念』は、世界の果てさえ越えていく
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103 最期ノ日【エルヴェ視点】

 夢を見た。それは気の狂いそうな絶望の始まりに立った青年の現実だった。

 目が覚めたばかりなのか、体が動かない。思考もまだ覚醒しきっていないのか、まとまりきらずに混濁している。最後の記憶は手術台の上で途切れている。実験は成功したのだろうかと、そればかりが気になった。


「アーテル、目が覚めたか? 実験は成功した! これで俺たちの悲願は叶う!」

 ずいぶんと下の方に小さくフィーニスの姿が見える。正面を向いたとき、ガラス窓に映る自分の姿の悍ましさに一瞬吐き気がした。


「これが、俺……?」


 体は巨岩のように大きく、熊のような、獅子のような、竜のような、何とも形容し難い姿をしていた。

 意識や感情は残されているが、声は言葉にならず獣のように唸り声を上げることしかできない。完全に人ではなくなった体がそこにはあった。本当に人間を辞め、引き返せない境地まで来てしまったのだ。


 だが、これで魔物を根絶やしにできるのなら、それでも構わなかった。人類を生存させたあと殺処分になったとしても、本懐を遂げられるのなら、もう……それで良かった。

 どの道、魔物を殺すことでしか存在価値を証明できない。魔物が根絶やしになれば、人の形を保っていようとお払い箱になるのは目に見えている。


 遠くから一つの気配が慌ただしく近づいてくる。その気配は不躾に部屋へと飛び込んできた。

 少し灰色っぽい黒髪に燃えるような夕日の色の瞳。その姿はクロミツに酷似しているが、間違いなくラーウムだった。ラーウムはアーテルを見上げ、顔を(しか)める。


「フィーニス、こいつは……!」

「ラーウム喜べ! アーテルを核にして実験は成功した。これで魔物をこの世から根絶やしにできる! 人類と魔物の戦いに終止符を打つときがきたんだ!」

 興奮気味に喜びの報告をするフィーニスの頬をラーウムは殴りつけ、胸ぐらを掴む。


「てめぇ……馬鹿野郎が!! アーテルをよくもこんなバケモノにしやがって!!」

「何をするんだ! 魔物を滅ぼすのが俺とアーテルの悲願だってことはわかってるだろう? なぜラーウムは俺たちの気持ちを理解しようとしない!!」

 バタバタと慌ただしい複数の気配と足音が遅れてやって来る。軍の者たちが次々とこの部屋へと押し寄せていた。


「フィーニス・ルーメン、国家反逆の罪で逮捕する!」

「反逆? 俺はずっと魔物討伐のために研究をしてきた!! 人類存続のためなのに、反逆とはどういうことだ!?」

「魔獣を作り出しておいて何を言う! フィーニスを捕らえろ!」

「……俺たちはこんなところで止まってる場合じゃないんだ。アーテル、邪魔者は排除する!」

 そう言われても人を殺す気はアーテルにはない。ないにも関わらず、この体は勝手に動き出す。


「おい……やめろ……」


 バケモノの体は小さく唸り声を上げるだけで、止まりはしない。


「フィーニス、俺に人を殺させるのか? 俺を騙したのかっ!!」

 そう訴えても、この口は言葉を紡がずただ吠え立てる。殺戮衝動が抑えきれず、体の制御もできず、ただ目の前の出来事を眺めていることしかできない。

 更に、自分以外の感情や声が頭の中へと流れ込んでくる。どうやらこの体は、複数の人間を利用してできているらしかった。


「アーテルやめろっ! お前は人を殺すようなヤツじゃねぇだろ! なぁ……オレの言葉までわかんなくなっちまったのかよっ!?」


わかっている。

聞こえている。


 だがこの体はもう、返事すらできない。フィーニスの命令には抗えないようにできている。振るった尾が施設を破壊し、前足が軍人たちを踏み潰す。


「アーテル!! フィーニス!!」

 フィーニスを肩に乗せ、軍人たちを轢き殺しながら進んでいく。この体は人間の攻撃を物ともせず、痛みも感じない。魔獣を一人で複数相手にできる、というフィーニスの言葉に嘘はなかった。この体であれば本当に魔物を根絶やしにできる日が来るかもしれない。


 フィーニスは決してアーテルを騙したわけではなかった。盲目になり過ぎた自分の愚かさが招いたことだった。全て、自業自得だ。


「アーテルは必ず、必ず俺が……!」


 押し潰されそうなほどの苦しげなラーウムの声が背後から聞こえたような気がした。



* * *



 夕日が西へと沈んでいく。スイウが倒れ、メリーまでも眠ったまま目を覚まさない。


「ダメね。スイウに引っ張られてメリーも目を覚まさないわ」

 フィロメナはかざしていた手を戻し、首を横に振る。治癒術で戻るものでもなく、穢れとも関係がないらしい。


 エルヴェには何が起きているのかわからないが、スイウの魂が魂の欠片に近づいたことで何かが起きた。そしてそのせいでスイウは苦しみ、再契約をしているメリーまで巻き込んだということだろう。


「残念だけど、今晩は僕たち三人で調査を進めるしかないね。二人がいつ目を覚ますのかもわからないし」

 アイゼアは悩ましげな表情で腕を組む。


「じっとしてても始まらないわ。とりあえず声のするっていう南の方を──」


 その瞬間、けたたましい獣のような咆哮(ほうこう)がガタガタと窓を揺らした。


「獣の声とは、今の声ではありませんか? 早く参りましょう!」

「えぇ!」

 エルヴェは確認するように声をかけると、フィロメナが頷いて返事を返す。アイゼアは返事をするより早く槍を掴み、窓を開け放っていた。


 ここは二階だが、そんなことも構わずに飛び出し、魔装槍の風術で落下の衝撃を柔らげて駆けていく。フィロメナも翼を具現化させ、飛び立った。エルヴェも二人に続き、窓から正面の建物の屋根へと跳ぶ。そのまま屋根の上を駆け抜け、後を追った。



 街を抜け、平原の街道沿いを走る。その先の山間から、巨体が街を目指して近づいて来るのが見えた。

 夕日に照らされた獣は巨岩のように大きく、熊のような、獅子のような、竜のような、何とも形容し難い醜い姿をしていた。


「何よ、あのでっかいバケモノ……薄気味悪いわね……」

 フィロメナが嫌悪感を剥き出しにしながら左手に盾を作り出し、片手に光輪を生成する。


「今日はまだ調査のつもりだったんだけど、まさかこんなものがお出ましとはね。この街の騎士だけでは厳しいかな……やるしかないけど」

 街に被害を出すわけにはいかない。戦力が足りなくてもここで撤退という選択肢はあり得なかった。


 そして何よりエルヴェが驚いたのは、あのバケモノが見覚えのある姿だったことだ。


 記憶回路が刺激され、視界と思考が混濁する。断片的にしか残っていなかった最期の記憶が蘇る。

 魔物を討伐するため、同胞たちが壊れていくのを遠征の度に見送り、戦い抜いてきた。主の元へ帰るという約束を果たすため、帰りたいというその一心で。だがあの日に見た魔物は今まで見た魔物とは一線を画していた。


 その魔物は「キメラ」と呼ばれていた。魔物討伐研究者の一人、フィーニス・ルーメンが生み出したバケモノだった。


 魔物の血を人間の体に取り込み身体強化を図る研究と機械人形(アンドロイド)の技術を転用し、複数の生きた人間と魔物の血、魔物の体を合成させることで作られた生体兵器。

 魔物のような強靭な体と破格の力を有した器に人の思考や知能、それを機械制御することで従えさせることを可能にしていた。


 倫理に触れたその研究は糾弾され、誰にも理解されなかった。研究者のフィーニスはキメラを使い、人も魔物も機械人形(アンドロイド)も関係なく、歯向かう者全てを無差別に虐殺していった。その阻止がエルヴェの最期の任務となったのだ。


 これまでとは比べ物にならない圧倒的な力で蹂躙(じゅうりん)され、瞬く間に同胞たちは物言わぬ物体へと変わっていく。バケモノの体は固く、攻撃は全く通らなかった。そしてエルヴェはキメラの尾から放たれた棘に動力部を貫かれ、破壊された。


 帰りたかった、ただその思いが一瞬頭をよぎってすぐに機能を停止した。


 エルヴェはキメラを討伐する戦いの最中で力尽きた。あの日に一度死んだのだ。その後キメラがどうなったのかはわからないが、ここでこうして生きているということは、人類は敗北したのだろう。


 この世界は自分の住んでいた世界とはずいぶん違う。あの頃の自分がいた場所は、森や木々など自然はほとんどなく、食糧すらも完全管理の下で生産されていた世界だった。灰色の建物が立ち並び、灰色の地面で埋め尽くされた色のない世界。今と変わらないのは空の色だけだった。


「私は……昔一度戦ったことがあります。あのバケモノに私たちは傷一つつけられませんでした」

「えっ!? あれが何か、君は知ってるのかい?」

「はい。私はあのバケモノ……キメラに破壊されたんです」

「ってことは、あれも古代に生きてたバケモノってことかしら?」

「そうなると、スイウのこととも無関係ではないんだろうね」

 アイゼアとフィロメナはそれきり押し黙る。キメラはすぐそこまで迫ってきている。


 あの頃とは少しだけ武器も違う。魔術のような技術も使える。自分の攻撃はどこまで通るだろうか。短刀を握る両手に力がこもった。


今度こそ、守ってみせる。


 そして間もなく、エルヴェたちとキメラは交戦を開始した。



 エルヴェは戦いながら、キメラがどのような攻撃を使ってきたのかを一通り二人に話した。そのおかげか攻撃を予測して避け、十分距離を取るようにして何とか継戦し続けている。

 それでも固い表皮にはなかなか攻撃は通らない。傷はついてもとても決定打にはなり得なかった。


「エルヴェ、何か有効打はない? 全然攻撃が通らないし、何度も近づくのも厳しすぎる……」

「冥界とか穢れとは関係ないみたいね。浄化の光も効果がないわ」

「クランベルカ家で見た子供二人のキメラを覚えていますか? これはそのキメラの完全体のようなものです」

 それが何を意味しているのかをアイゼアは理解し、苦々しい表情をした。


「つまり、生体兵器ってことかい?」

「そうです。人類が魔物に対抗するため、人間と魔物を融合させた生体兵器、それがキメラなのです」

「なんて(むご)い……そこまでしなければ魔物に勝てなかったの!?」

 そこまでしなければ勝てなかった、確かにそうかもしれない。だがそこまでしてでも魔物に対抗しようとした者がいた一方で、倫理に大きく反するやり方は当然非難された。そして人類はあの土壇場で、互いを潰しあったのだ。


「キメラの弱点は繋ぎ目だと言われています。あのキメラにも人間や魔物同士を繋ぐ境目があるはずなのです。そこを裂くしかありません!」

 複数のものが繋がり合っているあのキメラにはいくつも弱い箇所があるはずだ。そしてその一つ一つを引き剥がすしかない。


 熊のような、獅子のような、竜のような……その違和感の境目をめがけてエルヴェは鋭く地面を蹴る。短刀に雷撃の力をまとわせると、宵闇の中、青白く尾を引く光が流星の如く駆け抜けていった。

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