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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
後日譚:その『執念』は、世界の果てさえ越えていく
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102 落ちゆくは夢か現か【メリー視点】

 夢を見た。それは身を焦がすような復讐心に堕ちた青年の記憶だった。今まではぼやけて見えなかった顔が鮮明に見えるようになっている。


「アーテル、次の実験の被験体を頼まれてくれないか?」

 黄金色の髪と深い緑色の瞳をした青年……フィーニスだ。フィーニスは少し躊躇(ためら)いがちに視線を下へと逸らす。その表情が今回の実験がかなり危険なものであることを物語っていた。


「許可が下りない実験なんだ。だが、成功すれば間違いなく現状を(くつがえ)すだけの結果を得られる」

「具体的にどの程度の強化がされるんだ?」

「……複数体の魔獣を一人で相手できるようになる」

「本当か? そんなことが可能なのか?」

「実験が成功すれば、だけど」

 それが事実なら、今までとは比べ物にならない破格の力を得られるということだ。その危険な賭けに、アーテルは躊躇(ためら)いもなく乗った。


「フィーニス、俺はお前を信じる」

「ありがとう、アーテル。君が成功して功績を残せば、この技術の実戦投入に繋がるかもしれない。そうすれば……」

「俺たちの悲願は達成される」

 フィーニスと共に(うなず)き合った。魔物風情に人類が絶滅させられてたまるか。根絶やしにできるのなら手段は選ばない。互いが望む魔物のいない未来を夢見て、今はただ突き進む。


「なら実験は明日の正午に決行する」

「あぁ、頼む」

 クリスティナを殺した魔物共を許すつもりなどない。アーテルの生きる意味は魔物をこの世から一匹残らず根絶やしにすることだけだった。

 それももうすぐ叶う。復讐を遂げられる。胸の高鳴りと高揚感が抑えられなかった。


 次の日の正午、予定通り実験は決行された。手術台の上に乗り、全身麻酔がかけられる。意識はすぐに途絶えた。



* * *



 リディエの街についたのは昼下がりの午後のことだった。街の様子は特に異様な感じもない。ただ人々が夜を恐れていること以外は。


「あんたたち旅人か? ツイてないな。この街は数日前から夜に気味の悪い獣の声が度々聞こえるんだよ。段々近づいてきてるのか声も日に日に大きくなっててさ。避難した人もいるけど、俺も逃げた方がいいのかねぇ……」

 宿屋の主人が眉間に深いシワを刻んで苦笑しながら、重々しいため息をついた。


「それはどこの方向から? 何時頃くらいなんだい?」

「うーん……ハッキリはわからないけど、ここより南……かなぁ。時間は日暮れとか夜中とかバラバラだな。でも日中には聞こえないね」

「なるほど……」

「そんなことより、悪いことは言わないから、あんたたちはできるだけ早くこの街を出た方がいい」

「親切に教えていただき、ありがとうございました」

「よくできた坊やだな。どういたしまして」

 丁寧に礼儀正しくお辞儀をするエルヴェを見て、店主の表情は少しだけ和らいだ。



 案内された部屋に入った途端、三人が険しい表情でスイウを見つめる。


「スイウ様、やはり様子が変です」

 エルヴェの言葉の意味がメリーにはわからず、成り行きを見守ることにした。


「魔族は眠らなくても平気なはずよね? なのにあんたは眠っててずっとうなされ続けてたわ」

「スイウ、何か良くないことが君には起きてるんじゃないかい? できれば話してもらえると、こちらとしてもありがたいんだけど……」

 三人からの畳み掛けるような言葉にスイウは沈黙を貫き、鬱陶(うっとう)しそうに両手で耳を塞いで目を閉じる。


「ちょっと何よ、その態度! こっちはあんたを心配して──」

「待ってフィロメナ。スイウの様子、やっぱりおかしい……」

 部屋には沈黙が訪れる。それでもスイウはベッドに腰掛けじっと耐えるように耳を塞ぎ、目を閉じたままだ。その様子を全員が黙したまま見守り続ける。


『……セ……イヲ……』


 ぽそぽそと何かの話し声が聞こえたような気がした。だが誰も言葉を発してはいないはずだ。気のせいかと思ったが、今も耳元で小さな誰かの声が聞こえる。


「なんか、声が聞こえますよね?」

「……声ですか? 外で人の声はしますが」

「いえ、耳元で何かささやきのようなものが……」

 そう口にしたとき、ハッとした表情でスイウの視線がメリーを捉える。


「お前、聞こえるのか?」


 両手を耳から離し、どこか余裕のない表情でスイウに尋ねられる。


「何を言っているかまではわかりませんけど」

「魂を寄越せと延々と耳元で聞こえる。この街に来てからずっとだ」

 スイウは小さくまずいかもしれないな、と呟く。


「メリー、あまり耳を傾けるなよ。再契約を結んだ俺の魂が入り込んでるんだ。下手したらお前の魂まで欠片に持ってかれる可能性がある」

 スイウと再契約をしたこの魂は、スイウの魂と癒着して繋がっているようなものだ。スイウの魂の一部にはメリーの魂が、メリーの魂の一部にはスイウの魂が入り込んでいる。


 メリーはふと、契約してからの不思議な夢のことを思い出す。もしかしたらあの夢はスイウに関わるものなのかもしれない。


「スイウさん。私、再契約してからアーテルって人の夢を見るようになったのですが、これって……」

「……あれは、おそらく俺の生前の記憶だ」

「ちょーっと、二人だけで話を進めないで! あたしたちにもわかるように、説明してくれてもいいんじゃないかしら?」

 まさにフィロメナの言う通りだった。突然なんの話をし始めたのかわからないのも仕方ない。だが、軽々しく口にしていいのか悩ましい内容でもある。


「魔族は皆、元は死人だ。俺は魂が欠けてるせいで生前の記憶がない。魂に近づいたせいで、記憶が戻ってきてるだけだ」

 スイウは必要な部分だけを三人に説明した。不可抗力とはいえ、スイウの記憶を覗くような結果になってしまっていることに心苦しさを覚える。誰にだって知られたくないことや、秘密にしておきたいことはあるはずなのに。


「メリー、お前の見たものを三人に話しておいてくれ。俺は声がうるさくて思考がまとまらん……」

 あの記憶はあまり聞かれたくないもののはずで、だからこそ最低限の説明に留めたのだと思っていたがどうやら違ったようだ。


「……いいんですね?」

「あぁ。アイゼアとフィロメナはともかく、エルヴェには話しておいた方がいい。エルヴェも昔の記憶がないって話だからな」

 突然指名され、エルヴェは目を丸くした。

「私、ですか?」

 スイウは静かに頷く。


「おそらく生前の俺とお前は同時代を生きていた。間違いない……聞いておいて損はないだろ」

「わかりました。メリー様、見たものをお話していただけますか」

「スイウさんがいいのなら、もちろんです」

 メリーはアーテルとなり、追体験するように見てきたことを三人に話した。


自然が淘汰され、鉄と洋灰でできた灰色の世界。

魔物に殺され、蹂躙(じゅうりん)され、追い詰められた滅亡間近の人類。

皆が当たり前のように愛する者を奪われ、住む場所を追われていく現実。

機械人形(アンドロイド)が次々に戦場へ投入された話。

復讐に身を落とし、少しずつ人間離れした力を手に入れていく青年アーテル。

そしてアーテルがスイウであったという現実。


 魔族はろくな死に方をしなかった者だというが、アーテルの最期は……復讐の果てには何があったのか、それはまだわからない。

 メリーにとっては、あまりにも自分に重なるその姿と、待ち受けていた現実の過酷さに、息苦しさを覚えるほど胸が痛んだ。


「エルヴェは確か古代の魔工学技術で作られたアンドロイドだったよね。ってことはスイウは古代文明の人間だったってことかい?」

「私はそうだと思ってます」

 そんな気の遠くなるような遥か昔に、一体何があったのだろう。スイウの魂が欠けてしまった理由は依然として見えてはこない。


「……っく……ぅ……」


 スイウが頭を抱えて、小さく呻く。顔色は悪く、冷や汗をかいている。


 これまでにメリーの状態に連動して弱ることはあったが、スイウだけがここまで苦しむ姿を見るのは初めてだった。もし契約が主従逆であれば、今頃メリー自身も悶え苦しんでいたかもしれない。


「スイウ様、どうされましたか?」

「頭、が割れ……」

 そのまま体勢を崩すスイウをエルヴェが支え、ベッドへと寝かせる。スイウは意識を失ったようだが、今もうなされ続けている。これが三人の見ていた光景だったのだろう。


 気付けば日が傾き、夕暮れが近づいている。もうすぐ獣の声が聞こえ始める時間だ。窓から西の空を見つめていると、突然足元が覚束(おぼつか)なくなり蹌踉(よろ)めく。


「メリー、あんたもふらついてるじゃない。大丈夫なの?」

 フィロメナに支えられ何とか持ちこたえたが、段々と抗い難い睡魔が襲ってくる。


「すみません、なんか妙に眠気が……」

 閉じかけるまぶたを必死で開けようとするが、ゆっくりと上から暗闇が下りてくる。


「まさか、スイウと体調が連動してる?」

「メリー様!」

 全身から力が抜け、眠りへと落ちる。


『ヨコセ……タマシイヲヨコセ……』


 地の底へと引きずり込もうとする、まとわりつくような声がハッキリと聞こえた。


「違う……奪い返すのは、私たちの方……ですから」


 意識を手放す直前、その得体の知れない声の主に向かって、メリーは言い放った。

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