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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
後日譚:その『執念』は、世界の果てさえ越えていく
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101 記憶【スイウ視点】

 夢を見た。それは道を踏み外した青年の夢だった。相手の顔が以前の夢より少しだけ鮮明に見えるようになっている。


「アーテル、また実験に参加したって本当か?」

 顔はまだぼんやりとしてよくわからないが、ラーウムの気配と声だ。怒っているような、焦っているような、そんな印象を抱かせる声色をしていた。


「本当だ」

 アーテルは彼の問いかけに端的に一言で返す。ラーウムが何を言おうとしているのか、すでに予測はできていた。


「もうやめろって! お前、みんなになんて言われてんのかわかってんのか?」

「知らん。俺は魔物を根絶やしにできるなら、なんだってやる。それに今は、手段なんざ選んでる場合じゃないだろ」

 事実を淡々と並べているだけだが、ラーウムは更に憤り、それを隠すことなく露わにする。


「それでいいのかよ。実験が失敗すれば取り返しのつかないことになるかもしれないんだぞ!」

「失敗はしない」

 それで構わん、と返答するより早くラーウムに答えたのはフィーニスだった。


「フィーニス……お前は親友の体を滅茶苦茶にしてなんとも思わないのか?」

 ラーウムがフィーニスへと怒りの矛先を向ける。身体強化の研究の中心人物の一人がフィーニスであり、彼の友人だからこそアーテルは真っ先に実験を受けることができている。

 実験はアーテル自身も望んで受けているのだから、ラーウムがフィーニスに怒りを向けるのは八つ当たりに近い。


「俺もアーテルも魔物を根絶やしにするって悲願がある。利害の一致じゃないか」

「二人共、おかしいって思わないのかよ……」

「おかしいとかおかしくないなんて論じても意味がないんだよ。人類の存続がかかってるんだ。ラーウムもわかってるだろう?」

 クリスティナの死から数年、人類はますます住む場所を魔物に追われ、絶滅の危機に瀕していた。


 近年では奉仕型の機械人形(アンドロイド)も戦闘用として転用され始め、次々に戦場へ送り込まれている。元より人口は減少していたのだ。そうでもしなければ魔物に立ち向かうだけの戦力など到底揃わない。


「わかってるに決まってんだろ、そんなこと。だけど……! 俺はアーテルが……人を辞めたとかバケモノだって言われてんのは聞きたくないんだって!」

 アーテルはクリスティナを失って以降、以前にも増して戦果を上げることに固執(こしつ)するようになっていった。人体実験を何度も繰り返し、人間離れしていく強さは、「最早(もはや)“人”ではない」と仲間からも恐れられるほどになっていた。


「俺だって身体強化の手術は何度か受けてる。でも、率先して被験体になろうなんて、どうかしてるだろ……」

「お前には家族がいるんだ、体を大切にして当然だろ。こういうことは俺みたいなのがやりゃいい。俺も早く強くなれるなら好都合だ」

 孤児のアーテルが犠牲になっても、悲しむ者はいない。そうなってくれるはずのクリスティナもすでに故人だ。戦うことでしか己の存在価値を証明できない。復讐にしか生きる望みを見出せない。


強く、もっと強く。


 強さを求め、戦場を駆り、魔物を一匹でも多く殺す。その時だけが唯一、生きている喜びを感じられる瞬間だった。当たり前の幸せを持っている者たちは後ろに控えていればいい。戦場は本来……ラーウムのような人間の居場所ではないのだ。


 話しても無駄だとラーウムを拒絶し、無言でその場を離れる。だが去り際にラーウムは叫んだ。


「この大馬鹿野郎っ……クソったれアーテル!!」


 それは切実な、友を思う気持ちの込められた心からの叫びだったと、今なら理解できる。


お前は、俺が死んだら泣いてくれるのか?


 そう心の中で問いかけ、そんなものは雑念だと切り捨てる。アーテルは引き返すという選択を捨てた。魔物を根絶やしにするか、この命が尽きるその日まで、止まることはない。



* * *



……ま、ス……さ……」


 誰かの声にスイウは薄く目を開ける。暗闇の中、うっすらと月明かりに照らされた浅葱色(あさぎいろ)の髪が見えた。

 心配そうに覗き込むエルヴェの表情に、また意識を失っていたのだと自覚した。地上界に来てから毎晩頭痛に襲われて意識を失い、妙な夢を見るようになっていた。


「スイウ様。昨夜もでしたが、またうなされておりました……本当に大丈夫なのですか?」

「別になんともない。迷惑かけたな」

「いえ、皆様よく眠っておられますし、私のことであればお気になさらず」

 何かあれば遠慮なくお申し付けください、と控えめに微笑むエルヴェに先程の夢が頭によぎる。

 奉仕型の機械人形(アンドロイド)も戦闘用として転用され始め、次々に戦場へ送り込まれている。アーテルは確かにそう思い浮かべていた。


「エルヴェ」

 胸の奥のざわつくような感覚にエルヴェを呼び止める。

「何かありましたか?」

「いや、少し聞きたいことがある。お前は以前、魔物と戦うために戦場へ送られたことはなかったか?」

 否定してほしいという思いが自分の中に僅かにある。そんなことはありませんでした、という返答を期待していた。だが、彼からの返答は酷く曖昧なものだった。


「わかりません……私は記憶が破損していて、昔のことはあまり覚えていないのです」

 申し訳なさそうに眉尻を下げたエルヴェが、更に言葉を続ける。


「私は一度動力部を破壊されて機能を停止したことがあります」

「アイゼアのときか?」

「いえ、それよりもずっと前のことです。そのときに記憶を破損したのだと思います。おそらくとても長い期間、私は眠っていました。私の記憶に残る世界と今見ている世界はずいぶん違うのです。ずっと前はもっと色のない世界だったといいますか……無機質、と言えば伝わるでしょうか? とにかく目を覚ましたとき、私は別世界にでも来たのかと思ったほど様変わりしていたので」

 エルヴェの言葉はまるで夢の内容を少しずつ肯定しているかのようだった。


「……奉仕型って何だ?」

「スイウ様は機械人形(アンドロイド)のことにお詳しいのですね」

 エルヴェは驚いたように目を(しばたた)かせ、詳しい説明をしてくれた。機械人形(アンドロイド)は大きく分けて二種あり、戦闘型と奉仕型に分かれ、そこから更に細分化される。


 奉仕型は主に人類の生活面の支援を目的としており、公私を問わず様々なところに投入されていた。エルヴェはその中でも家庭内での生活支援をするタイプらしい。料理や家事仕事を得意としていたり、他人に尽くしたがる性質はそこからきているのだろう。


「……の割には戦闘もこなせるんだな?」

「えぇ、人類を救うために戦っていたことは覚えております。言われてみればそれが魔物だった可能性は高いです。とにかくその戦いへ(おもむ)くよう指令が下った際に、相応の改修を受けたのではないかと思われます」

「そうか。話してくれて助かった。礼を言う」

「何かあればいつでも聞いてください」

 エルヴェは自身のベッドへ戻ると、本を手に取り読み始めた。スイウはベッドの上に再度横になり、車窓から空に浮かぶ月をぼんやりと眺める。


 自分の見た夢とエルヴェの話は一致している。エルヴェがアイゼアに破壊されて修理を依頼したとき、ミーリャが何度か口にしていた言葉がある。


 古代魔工学によって古代人に作られた機械人形(アンドロイド)、それがエルヴェなのだと。エルヴェはこの時代から見て古代と呼ばれる時代を生きていたとすれば、アーテルたちもまた古代を生きていた人類ということになる。


古代……一度目の破滅の前。


 冥王は一度目の破滅よりも前にスイウは死んだと言っていた。きっとこれは夢などではない。アーテルという青年の記憶だ。


 そしてアーテルはおそらく……いや、間違いなく自分自身だ。魂の欠片に近づいたことで、失われた生前の記憶が少しずつ戻ってきているのかもしれない。


『……コセ……シイヲ……』


 頭が鋭く痛み、また耳元で声が聞こえ始める。その声は日毎(ひごと)鮮明に、そして頻度も増えてきている。


 アーテルがもし自分なのだとしたら、確実に非業の死を遂げていることになる。

 魔族はろくな死に方ができなかった者の末路だ。深い後悔や未練、贖いきれない罪、そういった強い念を背負って死んだ者の魂が魔族になる。


 魂の欠片を取り戻すということは、それらの記憶も取り戻すということだ。真実を知ることに対する怖れはなかったが、わざわざ追体験させられているようで不快でしかない。他人の心や記憶を追体験させられるこの特殊能力……読心術と同じだ。段々と気が滅入り、静かに目を閉じて息を吐く。


 さっさと魂の欠片を見つけて終わらせればいい。冥王もそれが急務だと言っていたのだ。余計なことは考えず、粛々(しゅくしゅく)と魂の欠片を取り戻すことだけに集中すべきだ。スイウは心の中で強く決意を固めた。



 やがて夜が明け、サントルーサへと到着し一度アイゼアたちと別れた。

 今は残った四人で遅めの朝食をカフェでとっている。と言っても食べているのは、食事を必要とするメリーとフィロメナだけだった。


「モナカさんから返事が帰ってきませんね。そろそろ来てもいい頃のように思うのですが」

 メリーの契約を交わした日に使い魔をモナカへ向けて送ったが、その返事が戻ってこないらしい。


 メリー曰く使い魔はサントルーサから南西方向を指し示しているらしく、路線は違うとはいえ少し戻ることになるようだ。そこから距離を算出するにだいぶ近づいてきているのでは、とのことだった。


 しばらくして丁度二人が朝食を食べ終わる頃、アイゼアが戻ってくる。


「メリーの言った通り、南西方向に二人はいるかもしれない。ここ数日リディエって街の近郊で不気味な獣の声を聞いたって証言がいくつも上がってる」

「ソイツが俺の魂の欠片を持ってる魔物か、そう睨んだクロミツたちがそこにいるかもってことだな?」

 アイゼアが肯定の意を示しながら、一つ(うなず)いた。


「ただ一つ問題があって……そのせいでサントルーサ方面からの鉄道が止まっててね。移動は荷馬車になるよ。手配も済ませてきてある」

「さすがアイゼア様、いつも本当に手際が良くて尊敬いたします」

「仕事柄こういうのには慣れてるからね」

 アイゼアは少し照れ笑いをしながら、早く店を出るように促した。



 荷馬車に乗り込み、五人でリディエという街を目指す。アイゼア曰く、リディエは近くに金が採掘できる鉱山があるらしく金細工や宝飾品、武器などの鉄工業でも栄えている職人の街らしい。山間の街道を荷馬車はひたすら進んでいく。


「数日前から獣の声がするようになったらしいんだけど、どうも活動しているのは夜だけみたいでね。今のうちに休んでおくといいよ。調査は今晩からになる」

 アイゼアの勧めもあり、メリーは今朝起きたばかりにも関わらず一眠りするようだった。フィロメナの方はとても眠れないらしく、エルヴェやアイゼアと会話を楽しんでいる。


 リディエの街にはいつ頃到着予定なのかとアイゼアに聞こうとした瞬間、頭が割れそうになるような痛みが走る。思わず声を漏らしそうになるのをこらえ歯を食いしばった。まただ、またこの頭痛か……と心の中で呟く。


『……ヨコセ……タマシイヲヨコセ……』


 魂の欠片がスイウを呼んでいる。とうとうハッキリと聞こえるようになった。おそらく自身と魂の欠片の距離が近づいてきているのだろう。こちらが欠片を回収するつもりだったが、生意気にも欠片の方もこちらを取り込もうとしているらしい。


 まるで地の底からこちらを引きずり込むような声を聞きながら、スイウの意識は落ちた。

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