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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
後日譚:その『執念』は、世界の果てさえ越えていく
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099 青春の味を喰らえ【メリー視点】

 夢を見た。それは知らない誰かの夢だった。顔はぼんやりとしてハッキリと見えないが、三人の青年が何かの施設のような場所で会話を交わしている。


「はー……アーテルはまた階級上がんのかー」

「まだまだだろ? 俺はもっと上に上がって、もっと金と地位を手に入れてやる」

「ホント昔から、金、金、金、金だなー」

「ラーウムもアーテルを見習って頑張らないといけないね」

「フィーニスはいいよなぁ。頭良いから研究職で」

「あのさ、研究職も楽じゃないんだけど……」

 知らないはずの青年たちのことを、まるで昔から知っているような気がした。


 三人の共通点は家族を魔物に奪われていることだった。


 ラーウムは魔物との戦いで戦死した父親の息子で、父の背を追って軍に入隊した。アーテルは物心がつく前に魔物に両親を奪われた孤児で、軍で活躍し、地位と財産を得たくて入隊した。フィーニスは目の前で家族を魔物に殺された孤児で、魔物をこの世界から駆逐するために軍の研究所に入った。


 三人は学生時代からの親友同士だった。一見穏やかそうに見えるこの会話は、壊れかけた世界の上で交わされている。


 数十年前から魔物が増大し、次第に魔獣と呼ばれる強力な個体が出現するようになった。年々魔物と人類の存亡をかけた戦いは苛烈さを増し、人類は追いやられていっている。


「待てよ、冷静に考えたらアーテルには婚約者もいるじゃねーか! クソ、勝ち組かよぉー」

「それにしても、この愛想のない男に婚約者とは。ティナは本当に見る目がないとしか……」

 ラーウムはぐしゃぐしゃと頭を掻き(むし)って大げさに悔しがり、フィーニスは軽く笑い飛ばす。アーテルはそれを面白くなさそうに眺めていた。


「てかさ、この愛想のない顔から愛の告白とか聞きたくないよな。わりとマジで気色悪くね?」

「お前ら……好き勝手言いやがって。そもそもフィーニスはティナって気安く呼ぶな。“クリスティナさん”だろ? 首から捩じ切られたいのか」

「うわ怖っ。何、アーテルって嫉妬深くて独占欲ヤバい系? 引くわー……」

「ラーウムてめぇ……」

 調子に乗ってからかったラーウムの首を、アーテルが腕で締め上げる。


「ちょ、待っ……アー……テル、ホント首が、捩じ……切れ……」

「待て待て待て、アーテル! ちゃんと謝るから! ほら、加減をしろって加減を〜」


 青年たちの賑やかなお喋りは続く。それはなんてことのないただの日常風景だった。



* * *



 メリーはまぶたの先に光を感じ、ゆっくりと目を覚ます。窓の外からは朝日が差し込んでおり、朝を告げていた。


 水差しの水を口に含むと、一気に頭が冴えていく。洗面所で口を濯ぎ、そのまま身支度を整えた。起こされなかったということは、時間までには起きられたということだろう。

 リビングへ行くとすでにフィロメナ以外は起きており、各々朝食をとっていた。


「メリー様、おはようございます」

「おはようございます、エルヴェさん」

「簡単に朝食を作らせていただきました。召し上がりますか?」

「ぜひ! いただきます」


 エルヴェはテキパキと朝食を空いている席へと運んでくれた。今日の朝食はトーストとベーコンエッグと人参と玉ねぎのスープだ。いつもの朝食を思えば十分過ぎるほどに充実している。スープがじんわりと体に染み、ホッとするような美味しさだ。


 双子の世話を焼きながら隙を見て朝食を流し込むアイゼア。フィロメナを叩き起こして連れてくるスイウ。朝食を配膳したり片付けに追われるエルヴェ。新聞を広げながら食後の紅茶を飲むカーラント。

 いつもはカーラントと二人、静かな……ギスギスした朝を過ごしていた。こんなにも賑やかな朝はずいぶんと久しい。


 メリーは朝食を食べ終え、旅支度の最後の確認をする。ふと窓辺に置いてあるアイゼアから貰った花の小瓶が目についた。安息効果のある花は旅先でも役に立つかもしれないと思い、カバンの中の空いてるところへと入れた。



 全員支度が終わり、いよいよ出発する。


「二人共、忘れ物はないかい?」

「「はーい!」」

 元気よく手を上げる双子を見つめながら、メリーはエナガを呼び出しモナカのところへ向かうように指定した。とりあえずはノルタンダール駅から魔術鉄道で炎霊族自治区の首都メラングラムへと向かうことになる。


 人数分の切符を買い、鉄道へと乗り込んだ。こんなに大人数で鉄道に乗って旅をするのは初めてのことだ。


 やがて列車が発車し、メラングラムへと進み始める。流れていく平原と山頂にだけ雪を被ったヴェンデニア山脈が空の青さに映える。フィロメナは双子と一緒に旅への期待感に胸を膨らませているらしく、楽しそうに外を眺めていた。


 故郷や故郷の人々に思い入れはないが、ノルタンダールの街やあの山脈を望む景色を見ると、心の(もや)が晴れていくようで大好きだった。これからはほとんど見ることもなくなるだろうと、どこか寂しい気持ちで景色を見送る。


 エルヴェが用意してくれた焼き菓子を食べながら、会えなかった時間を埋め合わせるように会話は尽きない。そんな賑やかな旅路の中、スイウだけが浮かない表情でぼんやりと景色を眺めていた。



 メラングラムへ到着したのは日の沈みかけた夕方のことだった。モナカを追う使い魔は海の方を指し示す。セントゥーロ王国方面にモナカとクロミツはいるようだ。ストーベルを追う旅路をなぞるように、対岸のエスノへ向かうことになった。海を越えればそこはもうセントゥーロ王国領だ。


 今日最後の船便に乗船し、四人部屋の船室を二部屋借りた。部屋は男女で別れることになったが、カストルとポルッカは離れることに少し不安があるようだった。

 二人はいつも一緒に過ごし、一緒に眠って暮らしていたことを考えれば突然部屋を分けられ別々に寝ることを心細く感じるのも無理はない。


 一度はこちらへカストルを呼ぶことも考えたが、アイゼアはちょうどいい機会だから、とこのままにすることになったのだ。

 向こうの部屋にはアイゼアがいるが、問題なのはこちらにいるポルッカだ。自分だけが一人ぼっちになってしまい、少し寂しそうにしている。


「気が紛れるように、眠くなるまで何か話をしますか?」

 メリーはベッドのあいているところへ腰掛け、フランにしていたようにそっと頭を撫でる。ポルッカは気持ちよさそうに目を閉じ、嬉しそうに微笑んだ。


「うん、何かお話して」

 反応からして歓迎されているようなので、メリーはとっておきの話をしようと決める。ここは、フランも数分で寝かしつけていた必殺一撃の話題しかない。


「眠くなって為になる、魔術理論の基礎から話をしま──

「えー! 嫌よ。こういうとき人は、コイバナってやつをするって聞いたわ!」

 意気揚々と話し始めたメリーの背中にフィロメナが飛びかかり、うっかり前のめりに崩れそうになる。ポルッカを潰さないよう何とか姿勢を崩さずにこらえた。


「どこ情報ですか、それ……」

「天族の仲間が教えてくれたのよ」

「わたくしの学校でも恋の話はよく話題になってるよ」

「へぇ、そんなもんなんですねぇ」

 健全な学生生活と縁がなく周囲から避けられていたメリーにとって、そんな平穏で浮かれた日常など存在するはずもなかった。


 その文化はスピリアの学校にもあったのだろうか。今となっては自分で確かめる術もない。今度ペシェとミーリャに聞いてみてもいいかなと思いつつ、もたれかかっているフィロメナを一瞥(いちべつ)する。


「それで、振ったからには話題はあるんですよね?」

「ふふふ。恋の話なら何でもいいのよね? 理想の人、理想の恋、想像しただけでも憧れるのよねー。ねぇ、天族も恋をすると思う? 恋してもいいのかしら?」

 興奮しているフィロメナの体重が無遠慮にぐいぐいと肩にかかってくる。


「それを私が知るわけないですって……お仲間にでも聞いてきたらどうですか?」

 半ば呆れながら立ち上がり、フィロメナを振り払ってポルッカの正面にあるベッドへと移った。


 思い返せば恋の話をするということ自体は初めてではない。ミーリャはともかく、ペシェはその手の話が好きでよく話していたように思う。


 だが話す相手がメリーとミーリャしかいないせいで、いつもペシェが一方的に話をしているだけだった。聞く分にはかなり面白かったし、そこに不満があったわけではないのだが。


「フィロメナさんの憧れの恋、わたくしにも聞かせてほしいです!」

 ポルッカはフィロメナがキラキラと語る恋の話に興味津々らしく、目を輝かせている。フィロメナは待ってましたと言わんばかりにうっとりと語り始めた。


「あたしの理想はね、カッコよくて紳士的で王子様みたいな人にぐいぐい迫られて、でもあたしたちは身分が違うから恋なんてしちゃダメなの……って。でも好きな気持ちは止まらなくってー」

 という、本当にどこで仕入れてきたのか聞きたいくらいの王道な恋愛小説……というより最早童話のような恋愛の話をする。まさに恋に恋し恋い焦がれる少女のような夢見っぷりだ。


 そもそも紳士的な王子とぐいぐいは両立するのかという疑問と、身分違いに関しては人と天族という種族差がすでに障害になるのでは、と内心いろいろ考えてしまう。面倒そうなので口にはしない。


「フィロメナさんは、身を焦がすような情熱的な恋がしたいんだぁー」

 そう表現されると、フィロメナの理想は確かに少し過激で刺激的な熱さがあるのかもしれない。ポルッカは少しだけ照れたようにはにかみながらも、ときめきを感じているようだ。どうやら彼女も恋に恋する少女らしい。冷めてるのはメリーだけだ。


「ポルッカは? 学校とかに好きな人はいたりするのかしら?」

「好きな人はいないけど……お兄様みたいな人がいい!」

 ポルッカはどこか誇らしげに胸を張って言い切った。慕われてるなぁ、と微笑ましく思いつつも兄を誇らしく思う気持ちはわからなくもない。

 自分の理想かはともかく、兄のミュールのような人はきっと多くの人に好かれるだろうと自信を持って言える。


「アイゼアがいいのね!」

 可愛らしい理想ね、といった様子で微笑むフィロメナに、ポルッカはぶんぶんと勢いよく首横に振った。


「お兄様は絶っ対嫌! お兄様“みたいな”人がいいの!」

 ポルッカは語気強めで『みたいな』を殊更強調した。それがどういうことなのかわからず、フィロメナと二人口を閉じたままポルッカの言葉を待つ。


「……だってお兄様帰ってこなくて放ったらかしだし、乙女心なんて全然わかってくれなさそうなんだもん。恋人ができたことないのがその証拠なんだよ、きっと!」


 頬を膨らませてむくれているポルッカに、思わずフィロメナと顔を見合わせる。帰ってこないのは周知の事実だが、乙女心への理解は正直未知数だし、恋人を作るか否かはアイゼアの自由だ。散々な言われようのアイゼアに僅かに同情しつつ、ポルッカが学校で好きな人ができない理由も察した。


 顔立ちも端正でわりと気配り上手なアイゼアを理想像とし、更に乙女心を理解してマメに会いに来てほしいというのは(いささ)か完璧を求め過ぎている気もする。幼い少女の理想なのだから夢くらい見たらいいとも思うが、現実とは常に非情なものである。


 仮にいたとしても凄まじく恐ろしい倍率の下、他の女性たちと(しのぎ)を削り合い蹴落とし合うことになる……かもしれない。想像するだけでも面倒臭そうだなと感じてしまった。


 とにかくポルッカが男性という生き物と現実の厳しさに幻滅しない日が来ないよう、今はただただ祈るばかりだ。


「さぁ、最後。メリーの理想は?」

「えっ? 私も答えるんですか?」

「もっちろんです。メリーさんも教えてください!」


 二人の瞳が星空のように輝いてこちらに向けられている。正直恋愛の話を振られることには慣れていない。ペシェからもっと女を磨きなさいという話はされていたが、恋愛の話を振ってくることはほとんどなかった。


 今にして思えば、他人に好かれない特性を持っているメリーの立場に気を使っていたのかもしれない。自分としては別に気にもしていないが、ペシェはああ見えて気遣い屋なところがある。


「理想の人、理想の恋……?」

 改めて自分が何を求めているのか見つめ直す。恋愛小説は一応読んだことはあるため、そこから何かとっかかりになるものはないかと記憶を掘り返していく。


 恋愛に憧れがないわけではないが、経験もなければ、人間関係を諦めきっていたせいでまともに想像もしたこともなかった。小説の中の人々は、誰かに恋をし、相手の挙動に一喜一憂していた。


 そんな恋は疲れる。誰かに振り回されるなんて、冗談じゃない。黄昏の月である自分を好きになる人なんていない。恋をすれば、実らない思いが灰になるまで燃え続けるだけだ。だからこそ思う。


「魔力とか黄昏の月とかそういうものを抜きにして、一人の人として求められてみたいとは思いますね。一緒にいたいとか、一緒にいて楽しいって気持ちがずっと続いて、相手もそう思ってくれる人ならそれ以上何も望みませんよ」


 これは理想の話だ。現実を度外視すれば、これが自身の理想だろう。ミュールやフランとの暮らしのようなものが、メリーが唯一思い描ける幸せの形でもあった。


「あんた、それは理想下げすぎじゃないかしら?」

「恋人になるなら当たり前のことばっかり言ってるよ、メリーさん!」

「……そうですか?」

 メリーはやんわりと笑って誤魔化(ごまか)した。メリーにとってそれは当たり前のことではなかった。いや、当たり前のように見えて……とても難しいことだとすら思う。


 まず誰かに一生を共にしてほしいと強く想われなければならない。更に普通の人でも相手の不貞に悩まされたり、長い時を過ごす間に関係が変わってしまうことは往々にして起こり得ることなのだ。


 自分は恋に恋するには、あまりにも人や自身の在り方に失望しているのかもしれない。当たり前のように愛を信じ、それを疑わないで済むのならその方がきっと幸せでいられるのだろう。


「まったくそんなこと言って……あんたの方が恋をしたときどうなるか見物ねー」

「私が、ですか?」

 自分が誰かに恋をする。そんな日がいつか本当に来るのだろうか。それはとても怖いことのようにも思えた。思いが灰になったあと、一体そこに何が残るのだろうか。


「そうよ。そういう人に巡り会えるかもでしょ?」

「わたくしも素敵な人に出会ってみたいなぁ」

 二人はまだ見ぬ未来に思いを馳せながら、楽しい夢を見ている。それを微笑ましく見守りながら、メリーは少しだけ寂しい気持ちを抱えていた。


 自分は黄昏の月であり、更に人としても価値観や感情も壊されたままになっている。

 自分の存在は生まれながらにして誰かと共に生きることに向いていない、そう思えて仕方ないのだ。誰かの人生に深入りしない方が相手のためだ。そんな本音を心の奥にしまいこんだ。

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