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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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009 霧中に渦巻く悪意は【メリー視点】

 ミルテイユを睨みつけるメリーの瞳に、強い殺意の色が暗く宿る。勝てば居場所を教えてあげる、とミルテイユは言うが、そんなものは当然だ。言われなくとも、徹底的に潰して吐かせる。

 命乞いなど聞くつもりもない。全て終わったあとは──灰になるまで燃やし尽くしてやる。


「ワタシ、メリーちゃんに嫌われちゃったのかしら? 悲しいわぁ」

 まるで人をからかうかのような振る舞いでミルテイユはメリーの心を逆撫でする。


「どうでもいい……ミュール兄さんとフランに死んで詫びて」

 殺意を込めて放った火球はあっさりと避けられ、虚しく爆風だけが巻き起こる。


「どうでもいいだなんて。ワタシはメリーちゃんのこと大好きなのに」

 ミルテイユ・ジェーム。クランベルカ家に忠誠を誓う従者の女性だ。ミルテイユは青紫色の髪を優雅な仕草で耳にかけながら、妖艶に微笑(ほほえ)む。余裕たっぷりな様子に、思わず杖を握る手に力が入る。


「メリー、ちょっと落ち着け」

「落ち着いてます」

 スイウの気配を背中に感じながら、ミルテイユの動きに集中する。ミルテイユはどこからともなく大蛇の魔物を複数出現させ、放った。


 連戦に継ぐ連戦で、魔力の消費と疲労は(いちじる)しい。だからといってここで後退の二文字はない。まだやれる。まだ進める。まだ戦える。暗示をかけるように何度も何度も頭の中で繰り返す。


「メリー良いか? 生かさず殺さず虫の息だ。ヤツには吐かせることが山ほどあるからな」

「……わかってます」

「ホントか? 殺意高すぎてイマイチ説得力ないんだが」

 次々と襲い来る魔物を迎撃する。数は多いが、この程度の魔物は造作(ぞうさ)もない。さっさと片付けてミルテイユを制圧しなくては。


「やっぱり魔物だけじゃ、アナタたちは殺せないみたいね。でもこれならどうかしら?」

 ミルテイユは手のひらを口元に添え、そこを起点に魔力が膨れ上がるのを肌で感じる。


「スイウさん、何か魔術が来ます!!」

 メリーは杖を構え直し、魔術を軽減させる障壁を作り出す。ミルテイユの使役属性は水、氷、草の三種だったと記憶している。草はメリーの炎に対して一方的に相性が悪い。有利に立てる水か。


 ミルテイユが手のひらに息を吹きかけると、辺り一面が霧に包まれ、視界が(さえぎ)られる。攻撃術ではなく、こちらを撹乱(かくらん)するための補助術だ。


「ハッ、その程度で視界を奪ったつもりか?」

 スイウは挑発的に口角を上げ、まるで霧などないかのように魔物を切り伏せていく。それに比べて後手に回ったのはメリーだ。


「くっ……」

 霧状に広がった水術の魔力が視界も気配もその全てを消し去ってしまう。大きな負荷ではないが、水術の魔力がじわじわと身体を侵食し、魔力をゆっくりと身体が貯め込み始めた。魔力に敏感な霊族だからこそ、メリーはこの状況に苦戦する。


 そしてここを離れるわけにはいかない理由もある。魔物の攻撃をかい潜り、何とか助け出した少年をこの奥の部屋で(かくま)っている。

 何か貴重な情報を握っている可能性が捨て切れず、見捨てることができない。ミルテイユから上手く情報が引き出せなかったときの保険でもあった。


 だが今のメリーは襲い来る魔物の攻撃を防ぐことだけで精一杯だった。背後にできた水たまりへの察知が遅れ、足を水の(かせ)で拘束される。


 力を込めて足を引くが、びくともせず身動きが取れなくなった。少しずつ水の中へ身体が沈んでいく。同時に身体の中をざわりと魔力が侵食する感覚に襲われ身震いした。炎霊族(えんれいぞく)のメリーにとって水術は最も身体に負荷がかかる。最大の弱点だ。


「チッ、メリー!」

「スイウさん、私のことは構わないでくださいっ!」

 メリーは何とか自由になっている左手で杖を水たまりに突き刺す。


「この程度で!!」


 水に浸かった杖の切っ先に魔力を集中させ、一気に放つ。水たまりの水と周辺の霧は一瞬にして、メリーの炎術で蒸発した。

 視界が一気に開けていくと同時に、大量に消費した魔力の疲労が鉛を背負うように重く全身にのしかかる。息が上がり、呼吸は荒い。大きく呼吸してもなかなか楽にはなってこない。


「あら〜すごいすごい! これだけ戦い続けてるのにねぇ! 相変わらずさすがの魔力、惚れ惚れしちゃうわ」

 パチパチという乾いた拍手の音が坑内に響き渡る。ミルテイユの無邪気に笑う顔が、悪意に満ちた薄笑いへと変わった。


「でもね、ゴリ押しじゃあ勝てないわよ?」

 ミルテイユは再度霧を作り出す。確かにこの程度の魔術に、毎度それを上回る魔力で付き合っていたら先に倒れるのはこちらだ。


「メリー、さっきのやつはもう使うな。魔力は温存しろ」

 スイウの表情に僅かな焦燥が滲んでいるのがわかる。メリーの魔力が尽きたとき、それはスイウの行動不能まで秒読み段階に入ったことになる。そしてスイウが内包している魔力が尽きれば継戦は不可能、つまり死を意味する。


 スイウはメリーを守れる近距離の立ち位置で刀を構え直す。メリーも杖を逆さに持ち、近接戦闘の構えに切り替えた。


 気配に頼るのをやめ、音と視認で周囲を探る。(かす)かな水の音。メリーは水たまりを避けるように飛び退(すさ)り、背後から迫る大蛇を、振り向きざまに杖の切っ先に込めた魔力で焼き切った。三匹の大蛇の相手をするスイウの背後に別の大蛇が迫る。


「スイウさん!」

 スイウの背後に迫る大蛇をとっさに火球で吹っ飛ばす。直後、スイウは前方の大蛇を三匹まとめて叩き斬った。


 お互いにこのままでは勝てないことを悟る。この立ち回りでは最終的には押し負ける。完全なジリ貧だ。削り殺される前に何とかしなくては。先程よりも圧倒的に魔物の量が多い。メリーは悔しさに奥歯を噛みしめる。


「まずいっ、メリー後ろだ!!」

 気づけばスイウとはかなり距離が開いてしまったのか、その姿を視認することができない。魔物の攻撃でじわじわと距離を離されてしまったのだ。どこにいるかはわからないスイウの言葉に従い、後ろを振り返る。


 大きく見開かれたメリーの紺色の瞳に、霧の中から突如現れたミルテイユのしたり顔がゆっくりと映りこんでいく。眼前に迫る手から、魔力が溢れているのが見えた。

 とっさに障壁を作ろうと杖を構える。間に合わない、頭の中でそう叫ぶ自分がいる。視界がミルテイユの放つ青い光に包まれていく──


「あぁぁっっ!!!」


 赤黒い飛沫が火花のように散った。空間を引き裂くような甲高い悲鳴が空気を震わす。


 メリーは杖で自分を庇うような体勢のまま立ち尽くしていた。今の一瞬で何が起きたのか理解が追いつかない。

 ただ、攻撃を受けたのは自分ではなく、ミルテイユだということだけは辛うじて認識できた。ミルテイユは腹部から血を滴らせながら飛び退(すさ)り、一気に間合いを取る。


「邪魔が入るなんて想定外よ……」

 そう呟きながら、分が悪くなったことを悟り、霧に紛れるようにして奥の細い抜け道から逃走した。霧散して霧が晴れていくと同時に、少しずつ視界が開けていく。その中に、銀髪の男性が槍を(たずさ)えて立っているのが見えた。

 ミルテイユに攻撃を仕掛けたのはこの男性だ。それはその手に握られた、血塗(ちまみ)れの槍が物語っている。


 不意に視線が合うと、無表情だった銀髪の騎士は、ふっと薄くどこか妖しげな雰囲気で笑む。その絡め取るような気配のある赤紫色の瞳からは、何を考えているのか読み取れない。緊張感のない笑みが印象的な、村の入口で会った騎士だった。


「トルタ隊長、予定変更だ。逃げた女は追わなくていい」

「みすみす見逃すというのですか?」

 トルタ隊長と呼ばれた若い騎士は銀髪の騎士に抗議する。だがそれは、銀髪の騎士の判断が正しい。


 霊族が窮地(きゅうち)に陥ったとき、狭い空間へ逃げるのは常套(じょうとう)手段だ。追手が一点に集中したところを手負いの少ない魔力でも一網打尽にできる有利な地形だからだ。このまま追えば、間違いなく犠牲者が出ただろう。


 人間が人口の大半を占めるセントゥーロ王国では、霊族を相手にし慣れていないのかもしれない。ましてやこの隊長はまだ随分と若く、経験不足なのだろう。


「第一分隊、魔物の残りを討伐。第二分隊、この二人を捕らえよ」

「「はっ」」

「トルタ隊長、追わなかった理由は後ほど説明するよ」

 銀髪の騎士が隊長に代わって命令を下す。スイウとメリーは逃げ出す隙もなく、あっという間に騎士たちに囲まれてしまった。そもそも逃げようにも、道は全て騎士たちで周到に塞がれているのだが。


「あのー……捕らえるってどういうことですか? 私たち、何も悪いことはしてないつもりですけどー」

 とりあえず何もしないよりはと思って主張してみたが、やれやれと大げさに銀髪の騎士は肩を竦めた。


「君は本当にそう思ってるのかい? 僕は警告したはずだけどね。この辺一帯は立入禁止って」

「うーん……それは、そのー……」

「それから僕に嘘をついたね? 連れ去られた少年は身寄りがないみたいなんだけど、誰が君たちに依頼したのかな……? だからきっと傭兵じゃないんだろうなーってすぐにわかったよ。それにここのことをどうやって知ったんだい? 僕たちも斥候(せっこう)を放ってやっと手に入れた情報なんだけどなぁ」


 銀髪の騎士はまるで答え合わせでもするかのように詳細に語る。それだけの量の言葉を与えられても言葉を返す隙はなく、むしろ追い詰められていく。二人はただただ黙り込むしかなかった。


 エスノで得られた情報は村が魔物に襲撃されたことと、連れ去られた人が一人いることだけだ。船での一件で目立ってしまった結果、満足に情報収集できなかったことが、まさかここにきて仇となって返ってくるとは。


「立入禁止命令の無視、情報の偽言、騎士団への盗聴容疑。それに君たちは魔物を操ってる女とも顔見知りみたいだ。村襲撃の容疑を上乗せしちゃっても良いんだけどね」

 言葉を返せない間にも、銀髪の騎士はどんどん話を進める。しかも濡れ衣を着せてまで捕らえる気満々である。それは騎士としてどうなのかとも思うが、とにかくこの騎士とここで会ってしまったことが運の尽きだった。なんの言い逃れもできない。


「ね? 君たちはとりあえず捕まらなきゃいけない理由だらけだと思わないかい?」

 この状況に似つかわしくない、憎らしいほどの爽やかな微笑みだった。事情聴取という意味でも連行は避けられそうもない雰囲気だ。メリーが半ば諦めかけたとき、後方から大きなため息が聞こえた。


「メリー、強行突破は無理か?」

「ちょっと君、ずいぶん堂々と相談してくれるね。余程逃げ(おお)せる自信があるのかな?」

「……スイウさん、さすがに体力的に厳しいです。ここは大人しく従っておきませんか?」

 それを聞いたスイウは仕方ないなとため息混じりに(うなず)くと、刀の構えを解く。


「話が通じそうで助かったよ。ここで上手く逃げたって今度は指名手配されて追われる身になるだけさ。ほらほら、刀はしまって」

 さすがに指名手配となっては面倒だと考えたのか、スイウも腹を括ったように納刀した。


「素直でよろしい。トルタ隊長、第二分隊を半分借りて連行するから、残りの処理は第一分隊と第二分隊の半分で頼んだよ。くれぐれも先程の女は追わないように」

「はっ!」

 トルタ隊長は気合を入れ直し、残った魔物の討伐をしている騎士たちに改めて指示を出し始めた。


「あの、奥の部屋に連れ去られた子を(かくま)ってるので保護してあげてください」

 メリーがそう願い出ると、銀髪の騎士はすぐに保護するよう命令を下す。メリーとスイウは保護された少年と共に連行されることになった。



* * *



「あの銀髪に一杯食わされたな……」

 ボソッとスイウが呟く。前を歩く銀髪の騎士を鋭く睨みつけていた。スイウはまだまだ元気そうだ。


 それに比べ自分は疲労からか視界が霞み、足元も覚束ない。道の悪い山道は歩きにくく、足を取られる。メリーは前のめりに蹌踉(よろ)めき、転けそうになった身体をそっと誰かの手に支えられた。


「大丈夫ですか?」

 浅葱色(あさぎいろ)の髪に、柔らかな藤色の瞳の少年が心配そうにこちらを覗き込む。先程助け出した少年だ。


「すみません……」

「いえ、お気になさらず。先刻は助けてくださり、ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げる少年に、ギクリと小さく体が強張る。


「当然のことをしたまでですよ」

 苦笑混じりに目を合わせず取り繕う。人助けをしようなどという正義感から助けたわけではない。情報欲しさに保険で助けただけで、感謝されるような心がけではないのだ。


 メリーは元来た道を振り返る。坑内にはもっと何か手がかりがあったかもしれないのに、と未練が残っていた。

「もたもたするな」

 騎士に背を押され、後ろ髪を引かれるような思いで鉱山を後にした。

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