第一話 獣(ケダモノ)
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情緒が単調ではない。
目の奥が熱く、腕から液体が滴る。顔にも何かついてるのか、地面に滴った雫が落ちた。
今の僕の目は、ただ単に空虚を眺めているだけに過ぎない。
ふと、何故かある台詞を思い返した。
『我々に大切なのは、単に命令に従順にいることである。それだけを守りなさい』
誰がそんなことを言ってたっけ。
僕は、生まれたばかりの頃はそんなことを気にしてはいなかったけど、今ならその気持ちがわかる気がする。
僕は、彼女のために生きてるんだ。
彼女のために生きていたんだ。
あの惨状から生き残れたのはこのためだったんだった。
僕が生き返されたのは彼女のためだったのだ。
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『この世界は、単純なほどに美しい』
この言葉を残した詩人は約三日後に、見るに堪えない姿をした状態で発見されたらしい。
ほんのひと月までは、背丈が低い草原の大きな木の下でお昼寝できるような平和な世界だった。しかし、現実はそんな過去からは乖離して、現実は白濁した混沌に変わり果ててしまった。
現実に僕はその原因と先ほど対峙した。
獣。それがこの世界が変貌してしまった原因だ。
特段これといった思考を持たない怪物であり、ただ人間を捕食するために存在する生き物である。
この獣に噛まれたものは病原菌を体の中に植えられてしまい、死ぬことで獣になり果ててしまうという話だ。
噂では、北の方にある雪国で生産されている機工人形が関係しているとか、ないとかと噂されている。
ただ、変わり果てた世界には泥と汚い生物によって汚染されてしまった現実はここにある。
それは現実だ。
しかし、本当に汚いのだろうか。僕はそんな感情を抱いてしまう。それは正しいのか、問われれば答えに困ってしまうような僕だけど、それでも僕は本当には汚いと思えないような気がしている。
しかし、それは単に目の前であの光景を見てしまったからなのかもしれない。
「おっさん、何ぼさっとしてんだ!逃げるぞ!」
少年が僕の方に走ってきていた。
その少年は息を荒げながら、何かから逃げているような気がする。
それは少年の息遣いと、焦り、不自然な汗の出方をしているからだ。
しかし、それは僕の思い込みが働いているからであってそれが事実であるとは考え難い。
「おい、おっさん!こいつらはさっきの比じゃねぇから!」
少年の視線の奥には、大量の獣がいた。
僕はそれを知って少しだけ驚いた。
僕の予想とは違って、少しばかり早かった。
少年がすごく慌てているから、ここはひとつ乗ることにした。僕はゆっくり重い腰を上げて立ち上がった。
しかし、僕は知っている。ここでもし動かなくても、僕は死なない。
もしかしたら少年は死ぬかもしれないが、僕一人ぐらいなら生き残ることは容易いのだ。それを知っているから、なおさら、僕はここから立ち上がり逃げる気にはなれない。
しかし、同時にあまり良くない思考が過った。
ここで知られるのも厄介であると。
もし知られてしまえば今以上に動くことが難しくなるかもしれない。
そうなれば、彼女を探す手がかりを失うことと同義である。
そうすれば、僕の存在意義がなくなってしまう。
「避けろッ!」
少年の叫び声が響く。
僕たちの横を一直線で投げ込まれる火の玉があった。
その火の玉は、一匹の獣に命中し、爆散し、死臭を漂わせる泥が飛び散る。
その火の玉は連鎖するように、次々と獣を着火していき、爆散させていく。
美しい花火のように。
「おっさん、行くぞ!」
少年は僕の腕を強く掴んで、どこかに走っていく。僕はそれに釣られるように、だらだらと付いて行った。
特段その行動に意味などはない。ただ付いて行くことで有益な情報を得られるかもしれないという勘が働いただけだ。
僕は単純にあの少女のことを知るために行動をしているんだから。
そのためには、まだこのことを知られるわけにはいかない。例え、この身が泥にまみれたとしても、僕はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
だから、僕は流れに身を任せる。僕は僕自身の袖の振り方を知らないから。
教えてはもらえなかったから。
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両手に着けているグローブの紐が少し解けていた。
「チッ」
面倒くさそうにしながらも、その紐をしっかりと結んでいく。
彼にとって綻びとは真に許されるものではないからだ。
「例の少年はいませんでした。廃墟の中、近くの建造物も隈なく探しましたが、全て外れでした」
彼は、さっき紐を綻んでいた紐を見た時以上に眉間に皺を寄せ、丸い玉のような唾を吐いた。
その唾は、瞬時に地面に浸み込み、跡がほんのり残っているように見えるだけになっていた。
その報告をした若い少年は震えていた。
しかし、そんな震えは無駄であると感じるだろう。
次の瞬間、報告をした若い青年も跡を残さずに消えてしまったからだ。
「もう少しさ、未来のある報告をしてくれないとだ、俺許せないんだよね。雑に報告するってだ、それは綻びでしょ?雑はよくないってだ、子供頃にさ、教えられなかったの?」
彼は、そう言い放ち、自分の着ている白いスーツの襟を立てて、仮拠点を建てている森の外に帰っていった。
「でもさ、許さないってさ、わけじゃないさ。許してほしかったらさ、成果を持ってきな」
彼は、去り際にそう一言残した。
すると、消えた若い青年は泥色をした塊になり、汚い雫を零す獣になり、彼とは反対方向の森の奥に進んでいった。
まるでその先に標的が走って逃げていると知っているかのように、一直線に走っていった。
その走り方はまるで、もう一度生き返ったことを狂い喜び、踊っているように見えた。
~続~
読んでいただきありがとうございます。
お久しぶりです、闇沼と申します。
約5か月ぶりの投稿となりました。
たったこの分量を書き上げるだけでも時間がかかり、こうなってしまいました。
構成の考案事態は終わっているのですが、全体的な書き上げに難航してしまいました。
また、ルビ等も全体を読み直して積極的に降っていきたいなと感じていますので、何か読みづらい文字などがあれば、メッセージ等をいただければ返信してすぐに編集させていただきます。
小説家としてはまだまだ未熟で編集の速度も、ルビの打ち方すら慣れない初心者ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。
では、また次回のお話で会いましょう!




