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後悔と選択



 エレノアは、うつろな目でオルゴール箱を見つめていた。

 箱の端に小さく折りたたまれた紙切れが目に留まり、思わず息を呑む。

 慎重に広げたその紙には、見慣れた字が記されていた。

 角が丸く、温かみのある筆跡。優しさそのものを映したような文字。


 ――マティアスの字だ。


 胸の奥にこみ上げる痛みと懐かしさが、彼女を静かに包み込んだ。


『 愛するエレノアへ


 この手紙を読んでいるということは、君の手に届いたんだね。よかった。

 君なら、きっとルーカスに会いにこの迷宮に挑むと思っていたよ。どんな迷宮かは分からなかったけど、運が良かった。一つ目巨人が相手なら、何とかできるからね。

 だって僕は、あの時からずっと、どうやったら君にもっとカッコいいところを見せられたか、考えていたんだから。


 ――さて、これだけは伝えさせてほしい。きっとルーカスは恥ずかしがって話さないだろうからね。

 君は、ルーカスが僕に懐いているのを気にしていたね。でも、それは違う。

 ルーカスはずっと君に憧れていたんだ。

 知ってるかい?

 僕はあの子に魔術を教えていないんだ。ルーカスは、僕といる間もずっと剣を振っていたんだ。


 ただ君に褒められたくて、ただ君に認められたくて――そうやって努力を続けていたんだ。


 だから、言うよ。エレノア。君はずっと愛されている。君はあの子の理想の母親だったんだ。

 さぁ、早くルーカスの元へ。そして、僕のことは忘れて、君は前を向いて進むんだ。


 マティアス』



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 エレノアの脳裏に迷宮の規則が浮かんでいた。


 ○規則其の五

 迷宮で命を落とした者の魂は、迷宮に囚われる


 マティアスの魂は、この迷宮に囚われてしまった。その事実がエレノアの心に重くのしかかる。


「……あなた知っていたのね。マティアスのことも、ルーカスのことも」


 エレノアは箱を見つめたまま、背後に浮かぶメモリアに言葉を投げた。


「ええ。それよりも、迷宮の攻略おめでとうございます。これにて、当迷宮は踏破されました」


「……そう」


「おや、嬉しくないのですか?あなたはマティアス様の記憶を対価に出されました。ならば未練などないのでは?」


「ルーカスは私が殺したようなものなの……」


 メモリアの祝福を無視して、エレノアは語り始めた。


「ルーカスには私と同じ剣士になって欲しくて、小さいころから剣を握らせていたの。でも、あの子は魔術に愛されていて……。

 信じられる?三歳の時から魔術を使えたのよ?それもマティアスの魔術を見ただけで真似して。あの子は天才だったのよ。

――私には、そんな才能なんてなかった……」



 オルゴールの音が一巡して、束の間の静寂が訪れる。メモリアは、エレノアの正面に回り、潤んだ瞳を見つめた。


「ルーカスを失ったあの日。私は逃げられたのに逃げなかった。どうしてだと思う?……私は、あの子の前でカッコつけたかったのよ。

 そうすれば、私の剣を見てもらえるかも、

 そうすれば……剣士に憧れを持ってくれるかもって……。

 

 私の、醜悪な欲望が……あの子を殺したのよ!

 だから、一目会ってあの子に謝りたかった。

 馬鹿な親でごめんなさいって。

 それで、『お前のせいで死んだんだ!』って罵ってほしかったのよ」


 ぼたぼたと涙が零れ落ちる。そこには迷宮踏破の祝福などどこにもない。ただ、懺悔する一人の女の姿があるだけだ。


「さて、それでは対価を回収させていただきます」


 メモリアの抑揚のない声がエレノアの心を突き放す。しかし、続く言葉はエレノアが全く想定していないものだった。


「迷宮への挑戦権として差し出していただきたい対価は、

 【御令息ルーカス様】、もしくは【伴侶マティアス様】どちらかの思い出となります」


「えっ……」


「何か不都合でも?当迷宮としては、差し出していただく対価はどちらでも構いません。選ぶのは迷宮の踏破者として当然の権利かと」


 再び提示された選択。後悔と期待が複雑に交錯する中、オルゴールがそっと閉じられた。


 エレノアが下した決断は……



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