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絶望と

 


「メモリア教えて。この迷宮の踏破条件って何よ?まさか、一つ目巨人の駆逐じゃないでしょうね?」


「それを探すのも迷宮の醍醐味かと存じます」


「あなたって本当に性悪ね。それでも精霊?ひょっとして悪霊じゃないの?」


 エレノアの突き刺すような一言に、メモリアの眉根が上がった。


「何よ。本当にそう思ったから言ったまでよ」


「いえ。失礼しました。不快な思いをさせてしまったようで。エレノア様の楽しみを奪わないのであれば、お教えすることに問題はありません。今回の迷宮の踏破条件は、迷宮を抜けることです」


「何それ?宝物でも、迷宮の守護者を倒すとかでもないの? ただ、突破するだけ?」

「左様でございます」


「ゴールを目指せばいいのね」


「はい。ゴールを見つければ良いのです」


 得られると思っていなかったメモリアからの助言。エレノアには、それが光明にも絶望にも映った。ルーカスに会えるという希望と、右手の法則に従いいつまでもこの迷宮を彷徨い続けるのでは、という絶望だ。


「……立ち止まるよりはましね」


 弱い心を奮い立たせるように強がるとエレノアは歩き出した。

 闘気を展開し、可能な限り一つ目巨人を回避。さっきは倒すことが出来たが、煙弾には限りがある。そもそもA級の魔物を倒し続けられるなら、ルーカスを失うことは無かったのだ。マティアスと違えることも……。


 終わりの見えない迷宮は、時間の間隔を奪っていった。何日歩いたのかなんてもう分からない。疲労と睡眠不足から、倒れそうな体を支えるように右手に体重を掛けた瞬間、壁が唐突に抜けた。


(――罠!? )


 倒れた直後、巨大な単眼がエレノアを見下ろしていた。

 そこは、モンスターハウスだった。

 単眼の魔物は「にぃ」と口端を上げると、数十体はいるであろう一つ目巨人が一斉に鳴きだした。


「「「「あいいいいぃぃぃぃーー」」」」


 筋肉の鎧を着た魔物には似つかわしくない、可愛らしい声が絶望を呼び寄せる。

 闘気を展開するまでもなく、地鳴りのような足音が響き渡り、あらゆる通路からこちらに向かって走り寄ってくるのがわかった。


 ――詰んだ。


 一体倒すのがやっとなのに。数十体も同時に相手をできるはずがない。

 私は、これから嬲られ殺されるのだ。


 どうせ失うものは何もない。

 ならば、せめて最後は剣士らしく散ろう。


「ガアアアア!!!」


 エレノアは裂帛の気合を迸らせると、モンスターハウスの中心へと飛び込んだ。

 その中央にいる、ひと際大きな一つ目巨人に一撃を喰わらせるために!

 左右から振り下ろされる棍棒を躱すことなく、一直線に突き進む。迷いのない動作は、一つ目巨人の予想を超える速さを生み出した。死を纏う棍棒はエレノアを掠めるも、直撃することは無かった。

 そのまま、中央に鎮座するひと際大きな個体の前に出ると最大限の銀閃を放った。


「ガキン!!」


 エレノアの渾身の一撃は、一つ目巨人を捉えるも、無情にも皮一枚切ることなく折れた。


「まさか闘気による防御……」


 剣を折られ、万策尽きたエレノアは力なく膝をついた。まさか魔物が闘気を使うとは……。絶望に打ちひしがれる暇もなく、彼女の横っ面を一つ目巨人が容赦なく張り倒す。用いたのは命を刈り取る棍棒ではない。ただの平手だ。


(ぁぁ、始まった……)


 絶望を超えた諦めがエレノアの心を支配していった。


(兎が狼に食べられる時は、こんな感じなのかなぁ)


 不思議とそんなことを考える余裕があった。死ぬときに大量に出るとされる脳内麻薬エンドルフィン。それが彼女に見せかけの平穏をもたらしていた。

 一つ目巨人は、動かない獲物に不満をぶつけるべく、足を掴み宙吊りに持ち上げる。エレノアは、反転する視界の中、一つ目巨人の腰の当たりがぼんやりと光っているのに気づく。よくみるとそれは、見覚えのあるもので、


(ーーどうして、これが)


 その気づきはエレノアの感情を激しく動揺させ、同時にエンドルフィンの分泌を止めた。

 足に仕込んだ短刀を引き抜くと、すかさず単眼目掛けて投擲。敵が怯んだ一瞬の隙に脱出し、小さな箱を奪い取った。


 それは、息子ルーカスに送ったオルゴールだった。


 箱が静かに開かれると、儚くも幻想的な音色が溢れ出した。それは香のように部屋全体に広がっていく。

 ふと気がつけば、周囲を取り囲んでいたはずの一つ目巨人たちが、全員地面に崩れ落ちていた。

 信じがたい光景に、時間が止まったかのような平穏が場を支配する。

 その巨大な身体は無防備に横たわり、まるで子供のような安らかな鼾が響いていた。


 どうやら彼らの弱点は『催眠』魔術であったらしい。そして、その魔術がこのオルゴールに秘められていた。音楽の中に溶け込むように織り込まれ、ほとんど感知できないほど巧妙に。


 眠りに落ちる巨人たち。オルゴールが奏で続ける優しい旋律がその静寂を支配していた。


「……ねぇ、教えてメモリア。どうしてここに、これがあるの?」


 一瞬の間の後、メモリアが口を開いた。


「……その箱はある冒険者によって持ち込まれました」


(一体誰が?)


 と考えるまでも無かった。持ち込めるのは一人しかいない。そう夫マティアスしかありえないのだ。


「教えて、その冒険者どうなったの?」


 一拍の後に、メモリアが口を開いた。


「……迷宮の規則のとおりでございます」


 エレノアの視界は、暗闇に包まれた。


 

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