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記憶を喰らう迷宮

 


「分かりました。それでは、迷宮に挑まんとする者に対価を求めます!迷宮への挑戦権として差し出していただく対価は――、

【御令息ルーカス様】、もしくは【伴侶マティアス様】のいずれかの記憶でございます!」


 その声は、肉切り包丁のように無慈悲で、冷ややかだった。

 言葉を聞き終えるや否や、エレノアは腕を組み不快感を隠すことなく銀髪の精霊を睨み返す。


「随分と悪趣味な対価を並べたものね。それって当然、私が息子に会いに来たのを知っての提示よね?」


 エレノアの殺気立つ視線を受けてもなお、案内精霊メモリアの表情は変わらない。その冷たい銀の瞳は、あたかもエレノアの反応そのものを値踏みするように、静かに彼女を見つめ続けていた。


「答えてはくれないのね。いいわ。その二択なら考えるまでもないもの。【マティアスの記憶】を対価として提示するわ!」


 メモリアは銀の瞳を見開き、両腕を広げて天を仰いだ!

「エクセレンテ!!それでは、迷宮の扉を――」


 ――――


「待って!!」


 メモリアが胸の前で両手を合わせた瞬間、極光が漏れ出し、部屋全体に淡い光が広がりだす。その輝きが頂点に達しかけたところで、エレノアが鋭い声で制止。

 メモリアは落胆したように目を細めながら、不機嫌そうな声で応じた。


「もしや、お辞めになりますか?」


「違うわ! 確認よ。迷宮を踏破すれば本当にルーカスに会えるのよね?」


 その問いに、メモリアはわずかに表情を緩めると、


「私は精霊です。精霊にとって契約は存在する理由そのもの。嘘を付くことなどあろうはずがありません。

 案内精霊メモリアの名に賭けて誓います。挑戦者は迷宮の先で、必ず求める死者と巡り合えます」


「わかった信じるわ! ルーカスが待ってる。扉を開いてちょうだい!」



 ∴∴∴∴∴



 極光を潜り抜けると、エレノアは迷宮の中に立っていた。天井は見上げるほど高いが、通路の幅は狭く、両手を広げるのがやっとだ。床も壁も無骨な石造りで、その表面には所々、褐色の染みが浮かんでいる。鼻を突くような腐臭が漂い、空間全体に不快な空気が漂っている。唯一の救いを挙げるとすれば、魔石灯がところどころに設置され、ほのかな明かりを提供していることくらいか。


「よりにもよって、この手の迷宮なの?」


 エレノアは毒づきながら、分の悪さに舌を打つ。剣士にとって、剣を自在に振れない狭い通路は、明らかに不利な戦場だ。もし宮殿や洞窟のように広い空間を有する迷宮なら――そう思うと、初手からして最悪の相性だと嘆きたくなる。


 しかし、もう挑戦は始まってしまった。進む以外の選択肢はないのだ。ため息一つを決意に変え、顔を上げる。上げるしかない。ささやかな抵抗として、腰のシザーケースから木炭を取り出すと、迷宮の壁に向き直り、一気に「くそったれ!!」と書きなぐった。それが彼女のスタートラインだ。


「これは、これは随分と嫌われてしまいましたね」


「――ッ!!」


 エレノアが驚き振り返ると、そこには銀髪の精霊が壁に書きなぐった決意をまじまじと眺めていた。


「まさか、あなたついて来るの?……それとも、さっそく迷宮の規則違反だとでも言いたいの?」


 【規則其の四 迷宮の秩序を乱した者には、相応の罰が下される】


 突如現れた精霊の存在に、エレノアの背筋は凍りつくも、それを気取られないように虚勢を張った。メモリアは、そんな不安をかき混ぜるように銀色の瞳を向け、


「いえいえ、もっと卑猥な●●●や●●●●を書かれても問題ありませんよ」


「……なら、なんで現れたのよ?」


「なんでと申されましても、私は案内精霊ですので。エレノア様にお供させていただくのも大切な役目でございます」


「……そう。特等席で人が苦しむ様を眺めたいってわけね。あなたって本当に性悪ね」


「これは、手厳しい」


 エレノアが投げかける侮蔑の視線を、メモリアは涼しい顔で受け流す。その一方で、発する言葉だけは殊勝で、その態度がいちいちエレノアの神経を逆なでる。

 そんな案内精霊を無視して、エレノアは右手を壁に沿わせて進み出した。迷宮踏破の基本、「右手の法則」だ。もっとも、落とし穴や隠し通路が仕掛けられている場合には役に立たない小技である。だが、斥候でもないエレノアにとって、これ以外に確実な方法は思い浮かばない。


「ったく!迷宮の主とタイマンの方が性に合ってるのに……」


 右手を滑らせつつ、またも運の無さに愚痴をこぼす。

 二度、三度と分岐に出会うたび、エレノアは迷わず右手の法則に従い、右を選び続けた。一応、闘気を用いて索敵を試みたものの、どこからも魔物の気配は感じられない。ただ何の変化もない時間が無為に過ぎていくだけだった。


 足を進めるエレノアの後ろを、銀髪の精霊メモリアは一定の距離を保ちながらついて来る。話しかけてくることはないが、囚人の足かせのように視線だけは常に纏わりつき、実に鬱陶しい。

 仄暗い通路に響くのは、自分の足音と呼吸音だけ。不思議なことに、後をつけて来る性悪精霊は羽音すらしないのだ。


(何のための羽よ全く……)


 理不尽に毒づき、苛立つほど長く感じられる単調な時間は、否応なく思考を内面へと向かわせる。意識は次第に深い場所へと沈み込み、迷宮の静寂が彼女の中に眠る記憶や感情をそっと呼び起こしていった。


 ∴∴∴∴∴




 夫マティアスとの出会いは、迷宮の中だった。


 別々のパーティーで迷宮に挑んでいた二人は、不運にも【歩く悪夢】の二つ名を持つ魔物に出くわした。気がつけばお互いのパーティーは壊滅。生死すら分からない混乱の中、生き延びるための共闘が始まり、それが馴れ初めとなった。


「さっきは危なかったね。もう少し僕を信頼してくれると嬉しいんだけど?」


「冗談はやめて!後衛の魔術士を護るのが前衛剣士の務めでしょ!」


「でも今は撤退戦だろ?だったら後衛の僕が前衛なんじゃない?」


「ぷっ!何それ?バックアタックありきなの?あなた、魔術士のくせに頭弱いのね!」


「魔術士である前に、女子を護るのが男子の務めなのさ!」


「何それ?まさか、こんな状況で口説いているの?」


「ああそうさ。エレノア!君のことは前から狙っていたからね」


「本気なの? ……あなたやっぱり頭弱いのね」


 ∴∴∴∴∴



 郷愁に心を囚われれば、心を病むだけだ。

 心そのものを対価にこんな迷宮に挑み、世界の理に反旗を翻す自分は間違いなく愚か者だ。


「前を向いて生きるべきだ。ルーカスもそれを望んでいる」


 マティアスの言ったことは正論だ。その通りだ。

 思えば私は、あの人の前ではいつも素直じゃなかった。


 でも、もう後戻りは出来ない。

 この世界に唯一残された大切な思い出は、既に対価として提示してしまった。引き返す道など存在しない。全てを失ってでも、もう一度ルーカスに会うと決めたのだ。だから、


「私、前を向いて進んでいるわ」


 思わず心の声が口を突いた。

 零れた言葉のあまりの皮肉に、自分でも眩暈がする。

 歩む道の先には、過去しかないのに……


 せめて性悪な精霊が薄ら笑いでも浮かべれば、八つ当たることもできたが、意外にもメモリアは一言も発してくれなかった。



 ∴∴∴∴∴



 薄暗い通路を、もう丸一日は歩き続けているのだろうか。

 手持ちの食料は七日分。節約すれば十日ほどには延ばせるだろう。しかし、それで踏破できない迷宮なら、それはもはや迷宮ではなく、性悪な人食い部屋と呼ぶべきだ。


 変化のない静寂が許せず、暗闇を睨みつける視線が強さを増したころ、そいつは現れた。

 全身を隆起した筋肉の鎧で固め、手にした棍棒で岩をも砕く単眼の魔物。


一つ目巨人(サイクロプス)


 人肉を好み、対象を嬲ってから喰い殺す悪習からついた異名は【歩く悪夢】。数多の冒険者にトラウマを植え付けてきた忌み嫌われる最悪の魔物だ。


 普通の冒険者なら、出くわした時点で即座に撤退を決断するだろう。だが、エレノアに退路は無い。

 彼女は迷わず腰のロングソードを引き抜くと、大上段に構えた。その姿勢は、撤退を拒む覚悟そのものだ。


「やっぱりお前が出てくるのね。そんな気がしてたわ。さぁ、かかってきなさい!」


 その声に迷いはない。剣先がわずかに震えたのは、恐れではなく昂ぶりの証だ。


 記憶の迷宮対エレノア。死者との対話を賭けた悲しい戦いが始まった。



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