翻訳AIがポンコツすぎて異世界人が何いっているのかわかりません
この世界にやってきたのは、もう何年も前の話だ。
「あなたは異なる世界にいって、魔王を倒して欲しいです。ささやかですが、ごまかししてあげます」
女神の言葉を聞いた時から、嫌な予感はしてはいた。
この世界に転移する前のことはあまりよく覚えていない。記憶していたのは、不慮の事故で死んだという事と、悲しむ人もそんなにいないということくらいだった。だから女神から異世界に行けと言われても抵抗はなかった。
ただ、ごまかしという、女神の言葉の意味はよくわからなかった。
「ごまかし? 女神様、そのごまかしとはなんですか?」
「はい。あなたのために最も高い成長率と高い魔法適性を与えます」
それだけ伝えられると、俺は真っ白な光に包まれた。
そして光から転がり落ちる。永遠のように長い時間落ち続けて、たどり着いたのは煌びやかな神殿だった。
「王様! 私たちはうまくやりました! 勇敢な男! 勇敢な男が到着しました。これで国は安全になります!」
目の前のローブの男たちは大喜びしながら、俺の元に駆け寄った。「なんて勇敢な男。やったー!」と笑いながら、何度も何度も手を握ってきた。
ろくな説明もなく、いきなり飛ばされた異世界だったが、彼らのいう勇敢な男というのが、勇者のことであり、それが自分のことであることは理解できた。
喜び笑う彼らの態度のおかげで、自分が心から歓迎されている、ということもよくわかった。
ただ、いくら歓迎されていようとも、女神と会話した時に感じた嫌な予感は減るばかりか大きくなっていた。
その嫌な予感が確信に変わったのは、勇者として、国王に謁見した時だった。
「はじめまして、勇敢な人間。私は、山の頂で、神から名を受けたはじまりの人の子の、息子の、甥の、認めた領地を耕す、メアリーと山本の愛すると同時に愛される王、王ジョンだ」
そう言いながら王が立ち上がり胸を張った。
ああ、これ全部直訳だ。
前の世界で培われた直感が告げていた。
まるで出来の悪い翻訳サイトにかけたように、たどたどしい言葉。
何を言っているのか全くわからないというわけではない。
だが、すごく不自然だった。
おそらく女神から与えられた翻訳スキルがポンコツなのだろう。文脈も、話者の意図も無視して、一語ごとに全ての単語が翻訳されていた。
目の前で胸を張る王の名前は、どこが名前で、どこが説明か分からなかった。山本やらジョンやら、名前らしきところすら名前なのか説明要素なのか怪しい。
「えーと、ジョン王様?」
俺の答えに、周囲が騒然となった。今まで嬉しそうに俺のことを支えていたローブの男たちは石のようにかたまってしまった。
「すごく無礼な勇敢な男だ!」
「山本の愛すると同時に愛される王に失礼だ!」
どうやら名前の区切り方を間違えたらしかった。
山本の愛すると同時に愛される王というのが王の名前のようだ。
「いえ、いいのです。王ジョンです。私は王ジョン。勇敢な男。あなたを待っていました。この国の安全をあなたに任せます」
山本の愛するのと同時に愛される王は、周りの大臣たちが騒ぎ立てるのを制し、そしてこちらへ歩み寄り俺の手を握った。
幸運なことに、山本の愛するのと同時に愛される王は名前通り、愛するのと同時に愛される王だった。俺の無礼は寛大に許され、多額の予算と、腕の立つ3人の仲間をつけられて俺の勇者としての魔王討伐の旅は始まった。
それも、もう何年も前の話だ。
偉大な狼の干し肉を齧りながら、焚き木の前に座る。向かいにいるこの旅の唯一の仲間は、急に昔話を始めた俺を見て驚いたように目を丸くしていた。
「それはあなたの過去のようですね。勇敢な人。初めて聞きました。ではその3人の仲間は今どこにいるのですか?」
「みんな俺に愛想尽かして離れていってしまったよ」
彼女は、乾パンを口に含ませながら、まぁそうだろうなというように頷いた。
三人のうち一人目は、王の剣術指南役の屈強な男だった。
彼は強く、責任感のある人だった。異世界から来たばかりの俺に剣を教えた。魔物との戦いは命懸け。勇者を死なせまいとする彼の訓練は厳しかった。
正直、キツかった。
「いやぁ、鬼のようにキツイですね」
思わず口にしてしまった言葉がキッカケだった。当時の俺は気がついていなかったが、異世界語がポンコツ翻訳されているなら当然、逆に俺の言葉もポンコツ翻訳によって異世界語に訳されているのだ。
「オーガみたいなキツイ人ですね」
俺は、そう言っていたらしい。オーガは魔王の先兵。彼の息子の一人はオーガに殺され、貪り食われていた。
彼は心からオーガを憎んでいたのに。
そんな人に俺はオーガのようだと言ったのだ。
「信頼していた勇者にそんなこと言われて彼は酷く気分を害したらしい」
「あなたは誤解を無くそうとしなかったのですか?」
「いや、後からその話を聞いて、謝ったさ。だが一度離れてしまった気持ちはそう簡単に戻らない。それに俺にはうまく気持ちを伝える言葉もないからな」
「あなたは不運ですね」
「かもな」
「では二人目はどうだったのですか?」
二人目は、国立魔法学校を首席で卒業した女性だった。
エルフの国出身の優秀な魔法使い。俺は彼女からたくさんの魔法を教わった。
火球、雷球、土球、水球……などなど。
高い魔法適性を持つ俺にとって彼女はまさに師匠と言える存在だった。
氷魔法が得意だった師匠は、いつも、
「アイスホッケー!」
と叫びながら、氷球で敵を氷漬けにしていた。
そんなある日、彼女の故郷が、樫の木々に襲われた。
彼女の故郷の森に着くなり、勇者である俺はエルフの族長たちに呼び出された。
聞くところによると見張りの兵がたまたま森に樫の木々を見つけたらしい。
「樫の木?」
「そう樫の木です! 彼らは森の中に隠れていたのです!」
族長の言葉に俺はもう一度頭を傾けた。
「え? 樫の木?」
「勇敢な男は知らないですか?! 樫の木はブナ科の広葉樹です!」
この世界には木の化け物がいるのだろう。そう思った俺は一つ提案した。
「樫の木倒したいなら、森を焼けばいいんじゃね。一本ずつ切り倒しても終わらないだろ」
俺の言葉を聞いた族長たちは一瞬絶句して、そして決心したように指示を出し始めた。
「そこからは酷い戦だったよ」
「それはもしかして、あの樫の木殲滅作戦ですか?」
「ああ、あのオーク殲滅作戦だよ」
勇者の助言を受けたエルフたちは、自らの故郷を燃やし、森に潜んだオークを滅ぼした。
流石に俺だって途中で気がついたさ。
樫の木OakとオークOrcの誤訳だって。
だが始まった戦は止められない。
俺も、師匠も、何度も何度も火球を使って森をやいた。オークごと森を、つまり師匠の故郷を焼き潰した。灰も残らないほど。徹底的に。
「あなたを否定しない。しかしエルフは、少なくとも私は、これから先はあなたの方法にはついていかない。と師匠に言われたのが最後だ。それ以降は会っていない」
乾パンでパサパサになった口に水を流し込んで喉を潤す。
若干咽せたのを、ショックを受けていると勘違いしたのか、優しく背中を撫でられた。
「でも私はあなたに感謝しているエルフにあった事あります。彼は勇敢な男が責任を負ったお陰で、森を焼くことができた言っていました。あなたのおかげで友達が助かったと」
優しく俺を慰める彼女は、彼女が周囲から聖女と呼ばれるのに相応しい姿だった。
「最後の仲間はどんな方だったのですか?」
最後の仲間は、山本の愛すると同時に愛される王の娘の姫様だった。
「世間を見せてあげて欲しいと王から託されていたんだよ」
「あなたは、見せてあげられなかったのですか?」
「いや、たくさん見せたさ。いいことも。悪いことも」
「ではなぜ」
「ある日姫から言われたんだ。これからもあなたと食卓を囲みたいと」
「えっ?!」
聖女は驚いたように息を呑んだ。いつも冷静な彼女にしては珍しく額に汗が滲んでいるように見える。
「で、俺は返事した。いいね、みんなで食卓を囲もうと」
「それは勇敢な人が悪いです」
「怒られたさ。でも知らなかったんだ。知るはずないだろ。それが求婚の言葉なんて。俺の故郷じゃ同じ釜の飯を食うってのは仲間を指す言葉なんだぜ」
俺は結婚しようと言ってくれた王女に対して、みんなで乱交しようぜと返答したことになるらしかった。
「それで、いつの間にか一人になってた。皆、俺の事は嫌いではないけど、もうついていけないと言って消えていった。姫と共に援助も消えて、金も空っぽ」
コロリと転げた銅貨が最後の一枚だった。
「悲しいな。これが勇者の姿だ」
「しかし、あなたはその後も勇敢な男です」
確かにどれだけ見放されても、街を救うことをやめなかった。
本当に、なぜだろうか。元の世界ではそれほど善人というほどではなかったと思う。現に勇者と言われて歓迎された時も、魔王を倒す義理なんてないとすら思っていたのに。
「どこの街に行っても勇敢な人、勇敢な人って言われて歓迎されるんだよ。あれが悪い」
聖女は意味がわからなさそうに頭を傾けた。
「勇敢な人が来た。これでもう情報機密問題を定義しなくていいとか、ここの捨てられた土地に麦が咲いておりますとかいうんだぜ。それで連中、魔物を倒すと最後は泣きながら笑うんだよ。やったーこれで好きにできるって。何言ってるかわからねぇよ」
「それが勇敢な男の良いところです」
聖女は、もう寝ましょうと、静かに焚き木を消した。手際よく土をかけて、俺たちがいた痕跡を消していく。
「感謝してる。君がきてくれて」
「それは勇敢なあなたが馬鹿だからです。しばしば言い間違えます。私が修正する必要があります」
彼女と出会ったのは、姫と別れてしばらくした後だった。街に立ち寄り、魔物を倒して、また次の街へ。そんな生活を続けていた俺は魔王四天王の1人に支配されかけた街で、聖女として兵士たちを必死に治療する彼女と出会った。
街に来る直前に大きなキノコと戦い、毒を貰っていた俺は周りの兵士たちと同様に彼女にヒールして欲しいと頼んだ。
そして、
ぶん殴られた。
「あれは私のせいではないです。あなたが、こちらを見て、素晴らしい慰安だ。君が俺を慰めて欲しい、なんてと言ったからです」
聖女は少しむくれながらそういってこちらを睨んだ。
「何を笑っているんですか」
ガシガシと俺の脛を蹴る。その蹴りは、少なくともあの時の見事なローキックほど強くはなかった。
彼女と共に街を攻める四天王を滅ぼした後も、彼女は街を救った恩義で旅についてきてくれた。
それから彼女と2人で長く旅をした。いくつも街を救い、残りの四天王も全て滅ぼした。
だが2人の旅ももう終わりだ。
「だが、ここから先は本当に危険だ。もうついてこなくていい」
視界の端に見える魔王城の姿は大きく、雲すら貫くほど高く聳えている。
「行かなくていいと思いますか? もしあなたが成功しても誰もあなたを褒めません。でも私はあなたを支持します」
聖女はこれでもだいぶ分かりやすく喋ってくれるのだが、それでも時々わからないことがあった。
何を言っているのかわからないとジェスチャーすると彼女は諦めたように首を横に振った。
「もし必要である時は、すぐに言ってください。本当に私が、な、慰めますよ」
「それは頼りにしてる」
ありがとうと、笑い返すと、またガシガシと脛を蹴られた。
その晩、綺麗な表情でスヤスヤと寝息を立てる聖女を「飛び跳ねる」の魔法で街に飛ばし、俺は魔王城に向かった。
辛く険しい道だった。
幾度となく襲いくる魔物を焼き滅ぼし、迫り来る罠を必死に解き明かしていく。俺はボロボロになりながらも魔王の元へ辿り着いた。
「勇者よ、どうだ? もしそなたが私に協力してくれるなら望むものを与えよう。世界に絶望しているのだろう? 愚かな女神に、意味のわからない民衆ども! 共に! 私たちが世界を支配しようではないか!」
魔王が話した言葉は、この世界を訪れて初めて聞いた流暢な言葉だった。
「あーあ。魔王さんよぉ。バレバレだぜ。どれだけ流暢でもそれはお前の本心じゃない。ただただ俺の心から逆算して気持ちよくさせる言葉を話しているだけだろ」
魔物を操り人々を脅し、騙し、そして殺して、支配しようとする魔王の言うことをきく気にはなれなかった。
「何をいう。そんなずないだろ? この世界で私が一番君を理解している」
「残念だったな。全然わかってない。俺はもうだいぶ焼きが回ってるみたいなんだよ。お前みたいに流暢に喋られるより、何言ってるかわからない方が安心するんだよ。喰らえ! 最終秘密:次々連なる最後の巨大な火の玉、第16.1版」
命を削りながら打ち出した火球魔法と共に魔王の亡骸がチリのように消えていく。だが俺も命懸けで放った技の代償でもう動けそうになかった。
魔王の死と共にガラガラと音を立てて崩れ始める魔王城。
落ちてくる破片に足が、腕が、押しつぶされていく。もう目も開けられない。
避けられない死が迫り来るのを実感していると幻聴が聞こえた。
「なぜ、一人で行ったのですか? どうして?」
幻聴は、聖女の声に聞こえた。
「なんでもしますから。立ってください」
潰れて感覚を失った腕に、まるで彼女にふれているような感覚がする。
「癒しの術も好きなだけかけます。 慰めもします。 子供も産んであげます。 私に飽きたら惨めに捨ててもいいです」
もう目も開けられないが、彼女の涙が俺の頬に滴った気がした。
「だから死なないでください!」
あまりに都合のいい幻聴だったが、最後に聖女に会えた気がして嬉しかった。
気がつけば見覚えのある白い空間にいた。久しぶりに会った女神は前と何も変わらない姿で微笑んだ。
「おめでとうございます。また、ありがとうございます。あなたは魔王を倒しました」
「どういたしまして」
「何かして欲しい事はありますか? 私には報酬の準備があります」
「あんまりないかな。最期に聖女にも会えたし。都合のいい妄想だったけど」
「では聖女の言葉の本当の意味が知りたいのですか?」
確かに最期に聞こえた言葉はあまりに都合が良すぎた。別の意味があるのだろう。
ちょうどいい。最期のネタバラシだ。
「あー、いいね。それにしよう」
「承知いたしました。では勇敢な男、以下甲に付加されております言語翻訳機能、以下乙を破棄いたします。その後、異なる世界における文化要素を抽出、前記乙へ抽出した文化要素を付加します。以下これを丙とします。その後、前期甲への前記丙の付加を実行いたします」
「な?どういう意味?」
「甲へ確認いたします。乙を廃棄いたしますか?」
「はい?」
「では甲へ確認いたします。丙を導入いたしますか?」
「あー、じぁ、はい」
「承認確認しました……導入完了いたしました。ありがとうございます。今後とも異なる世界をよろしくお願いいたします」
この世界にきた時と同じように、また光に包まれる。
「また世界をお願いしますね」
女神の言葉と共にまた転がるように落ちた。
目を覚ましたのは知らない天上だった。
「俺生きてたのか」
腹のあたりに重みを感じる。
そこには髪をくしゃくしゃにしながら眠っている聖女がいた。くしゃくしゃな髪に触れると、聖女はピクリと飛び起きた。
「もしかして聖女が助けてくれたのか?」
「え?!」
「ここはどこだ? というか魔王はどうなった。ちゃんと滅ぼせたか?」
聖女は何を思っているのか、俺を見てフルフルと震えている。
「ふ、普通に喋っとる?!」
そういいながらぴょんぴょんとその場に跳ねた。
「ほんまに勇者? なんで、どないしたん?」
「いや、女神にあったら修正してくれた」
「え? そんなことある? いいことやけど、なんか変な感じやわ」
「いや、聖女の方がよっぽど変だろ。頭でも打った?」
「そんなわけないやん。自分、なにいうてんの? 頭打ってたのはあんたのほうやん。一人で無茶して。ほんまに……ほんまに」
彼女はそのまま何を思ったのか泣き出した。
「ほんまに、ほんまに」と連呼しながら、俺の袖にしがみついて啜り泣く。
「ほんまに大丈夫なん?」
俺の体調を心配しながらも、ムカついているのか若干爪を立ててくるのは紛れもなく聖女だった。
「ああ、大丈夫だ。それより聞きたいことがあるだが、最後、色々言ってた気がするけどあれは気のせいだったのかな。癒すとか、子供産むとか。あれは元々は何といっていたんだ?」
聖女はみるみる真っ赤になった。真っ白な肌が風呂上がりのように艶を帯びて上気している。
「はぁ? そんなん知らんし。あんたの妄想ちゃう? 知らんけど、その……やっぱ知らんわ」
何かに照れながら下を向く。
それからこちらをちらりとみて、少し失望したようにむくれた。
「なに笑っとんねん。そういうタイミングちゃうやろ」
べしべしと俺の腕を叩く彼女は、確かにいつも通りの聖女だった。
「いや、前の方がよっぽど普通だったって思って」
「あんた、やっぱいい性格しとんな」
聖女はこちらをまっすぐに見つめた。
「でも生きててありがとう」
彼女は心から嬉しそうに笑った。
何番煎じかわからない異世界翻訳物です!
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