91.その頃のロルフ
脱線が続きます。
ロルフの話
私とラルフは宿でアイルたちと別れて自領に馬車で向かった。
死の森からは馬車で6時間くらいだ。ゼクスよりも北にあるフィフスの町がゼクスの隣の領都だ。私とラルフの実家がある町。
宿を出る時に先触れを出してある。私が帰るのは半年ぶりか?父上も母上も喜んでくれるだろう。
ただラルフのことを心配していた。今後のことを決めないとならない。
隣に座っているラルフは私の手を握ったまま離さない。その顔を見ると私をじっと見ている。
「どうした…?」
「兄様…まだそう呼んでいい?」
私は首を傾げる。
「当たり前だ…」
しばらく俯いて考えてから
「戻ったらお見合いをする予定になっている。兄様の為にもそうしようって思ってたけど…」
ラルフも19だから、侯爵家の跡取りとしては色々と遅い方だろう。
「僕が戻ってから正式に返事をすることにしてて…体調を崩していたからね。でも断ろうと思う」
私は頷く。
「お父様に頼みたいこともあるし…兄様も同席して?」
「もちろんだよ…」
良かった。そう呟くと私な肩に寄りかかって目を瞑る。
私はその髪を梳く。サラサラと指を流れるその感触をしばらく楽しんでいた。
軽く頬にキスをして私も目を閉じた。これからの事…私はどうしたいのだろう。
目を覚ますと視線を感じる。瞬きして横を見るとラルフが私を見ていた。
「起きてた…?」
「兄様の寝顔を見てた…」
私は瞬きをする。私の寝顔など見ても…面白くないだろうに。
「兄様の顔はどれだけだって見ていたいよ」
私は困惑してラルフの髪を梳く。
「なぜ?」
ラルフはふわりと笑って答えなかった。代わりに私の手を上から握り、手のひらにキスをする。
そのまま見つめ合った。吸い込まれそうな薄い水色の虹彩はガラスみたいに透明で、とてもきれいだ。
「ラルフは学院でその…好意を寄せられなかった?」
この顔に身分。性格も少し私への癖が強いくらいで穏やかで優しく、努力家だ。もちろん優秀だし。
相手を探している人から見たら超がつく有料物件だろう。
「さぁ?興味無かったから」
学院は貴族の出会いの場でもある。いい出会いがあれば在学中に婚約し、卒業後に結婚するのだ。
ここで言う学院とは貴族学院の事で、通うには本人が貴族になって5年以上経っていることが必要だ。
12才から3年間、公都の学院に通う。私たちの領からは通えないから公都に家を借りて通っていた。
私とラルフは1年だけ一緒に住みながら学院に通った。
私は研究室に籠っていて交流などしなかったから分からないが、ラルフは次期領主として様々な交流があった筈だ。
それを興味がないとは。
まぁ我が領はその涼しい気候を生かした農産物の栽培が盛んで、質も良く美味しいことから公都をはじめ南の地方に向けて高値で取引される。
特産品が多いので収入も安定しているのだ。
他の領と結びつく必然性もないから交流に必死になる必要は確かにない。ラルフらしいと言えばらしいが…。
私は返事に少し困ってしまう。
その顔を見つめていると屋敷が見えて来た。紋章入りの馬車は門をそのまま通過して行く。
馬車寄せに止まると屋敷の扉が開く。中から壮年の執事、バーナムが出て来た。御者が戸を開けた馬車から降りるとにこやかに話しかけて来た。
「ロルフリート様お久しぶりです。ラルフリート様お帰りなさいませ」
「あぁ久しぶり」
「戻った」
それぞれ応えて屋敷に入る。
「旦那様と奥様は家族の居間でお待ちです」
頷いて執事に続く。居間には父上と母上がソファに座って待っていた。
私を見ると母上がサッと立ち上がって私をその華奢な腕で抱きしめる。38とは思えない少女っぽさを残した母だ。
「ロルフ…久しぶりね。元気にしてた?あなたの活躍が嬉しいわ…私のロリィ…」
子供の頃の愛称で呼ばれ頬にキスをされる。私も母をふわりと抱きしめて頬にキスを返す。
嬉しそうに微笑んでまた私を抱きしめて…離さない。
昔から母は私を抱きしめるとなかなか離してくれない。苦笑して父上を見れば微笑ましく眺めている。
その顔は好きにさせてやれと書いてあった。私は母の思うままにされながらそっとその髪に頬を寄せた。
ようやく離してくれたその顔はとても満足そうだった。
今度は父上が立ち上がり母上と入れ替わる。その際に頭にキスを落とすのが仲の良い二人らしい。
父上は大きく手を広げるとガシッと抱き締めてくる。
背の高さは変わらないが幅や厚みが全然違う。
とても力強くて逞しくその父に抱きつかれると凄い圧力だ。離れ際に頬にキスをされる。私の父上の頬にキスを返してやっとソファに全員座った。
ラルフはもちろん、ここに住んでいるから父上と母上には簡単に挨拶をするだけだ。
両親とも体は大丈夫か?などの挨拶だけしていた。
「ただ今、父上、母上」
「今日は泊まれるんでしょ?」
私は頷く。
「久しぶりに酒でも飲もう」
父上も母上も嬉しそうだ。実家を出て2年ほどだろうか?あまりこちらには帰ってない。
今日は話さないといけないことがたくさんある。その前に少しゆっくりしようか。
「そうそう、お前が採掘したというあの紫の石。小さなものも透明度が高くて素晴らしいな。どうにかして活用したいのだが」
「それなら…装飾品にしては…」
「小さ過ぎるわ」
「貴族向けではなく市民向けにするか…若しくは」
「若しくは何だい?ロリィ?」
「護身用に魔力を込めて…」
「ほぉ…」
父上が目を細めて私を見る。
「治癒の効果を持たせたり…」
「待て、ロルフ。どういう意味だ?」
父上の顔が領主の顔になる。
「アイル…彼なら出来る」
「まぁ…」
「なんてこと…それは凄いな。大丈夫なのか?」
私は首を振り
「だから私の屋敷に迎えたいと」
「彼と婚姻すると?」
「違うよ…保護目的。彼は…鉱物の採掘に必要…でも無自覚で」
「なおさら婚姻した方がいいのでは?」
「彼は貴族に関わりたくない…無理を言えば…私の手から逃げてしまう」
「しかし、危険だろ?」
母上が軽く手を叩き
「せっかくロリィが帰って来たのよ?そんな難しい顔しないでシスティ」
父上は息を吐く。
「それにロリィが考えもなしにそんなこと言わないわ」
「そうだね、ルシー。私としたことが。ついロリィのことになると熱くなってしまう」
「うふふっ、もう…」
見つめあって軽くキスをする。相変わらず仲の良い二人だ。なぜ私しか子供がいないのか不思議なくらい。
もちろん理由は私なのだが。
扉がノックされて遅い昼食の用意が出来たと伝えられる。朝早く出たがお昼を過ぎてしまったのだ。
両親は私たちと食べるからと待っていてくれたので、一緒に食堂に行く。
すぐにスープとパン、サラダが出てきて食べ始める。
その後には屋台で出すことになっている、キビをまとめて焼いたものがお皿に乗って出てきた。
「これ、最近のお気に入りなのよ?」
「あぁ、これは美味い。ソースを変えたり焼き方を変えて出してくれるんだが、何度食べても飽きない」
「そうなのよ…これをパンに挟んで屋台で提供するのでしょう?売れるわ」
「間違いないな」
私は頷く。ラルフも
「手軽で美味しい。屋台のメインだよ」
「これも例の彼だね?」
頷く。
「凄いわねぇ。感謝祭の中日に見に行きたいわ。後援するのだし」
「そうだな、少しなら大丈夫だろう。アイル君にも会いたいしな」
「屋台に紋章を掲げる件はフェリクスと調整がいるから、感謝祭の前には打ち合わせに行くよ」
「あぁ、領地のことは大丈夫だから、ラルフはしばらくロルフと共にいなさい」
「はい」
穏やかに団欒しをながら食事が終わり、私は部屋で少し休むことにした。ラルフは父上と仕事の話だ。
久しぶりの自分の部屋。きちんと掃除がしてある。簡素な部屋で研究道具は持ち出しているから本棚も隙間がある。
私は本棚を眺める。そして目についた白銀王の物語を棚から取り出し、ソファに座る。すると扉を叩く音がした。私の部屋には従者がいないから自分で扉を開ける。
そこには母上とメイドがいた。
「少しお茶をしましょう」
もちろん、拒否権はない。素早く部屋に入ったメイドがテーブルにお茶を用意する。
本来、独身の私の部屋に家族以外の女性は入らない。メイドが入ったのは年が50を過ぎた、母上が実家から連れてきたメイドだからだ。
手早く用意すると、頭を下げて部屋を出て行った。
予め、母上から言われていたのだろう。
「何があったの?」
やはり…鋭い。一見ふんわりと穏やかそうな母上だが、人を見る目は確かだ。我が領の発展は母上の力無くしてなし得なかっただろう。
私はラルフがアイルを抱え込もうと不用意な発言をしたこと、アイルが倒れてしまったこと、倒れて聖獣様の怒りをかったこと、彼が何かの事件に巻き込まれてしまったことを話した。
そして…ラルフがあのことを知っていたことも。
流石に母上も驚いたようだ。
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