74.すれ違う心
僕は呆然としていた。アイが僕を拒絶した…?頭が真っ白になる。アイ…どうして?呟くがアイは顔を上げない。
父様を見る。軽く頷くとアイの横から離れ、僕の手を握って部屋の外へ連れて行く。
そして僕の顔を両手で包むと
「イーリス、無事で良かった」
そう目に涙を溜めて言う。私は呆然とし過ぎて返事が出来ない。
「お父様…アイは何で?…いったい何が?」
お父様は首を振る。
「彼はイーリスの?」
僕は泣きながら頷く。
お父様は僕を抱きしめながら
「イーリス、すまない。彼は私のために…」
僕の髪を優しい手が撫でる。
お父様を見上げる。どういうこと?
「捉えられた私を助けるために…彼は自分だけなら逃げられた。私が回復する時間を稼ぐために…」
僕は目を見開く。アイがお父様のために?
「お父様、アイは何を…?」
震える声でそう尋ねた。
お父様が首を振る。
頭がぐらぐらする。アイは何をされたの…?何があったの…。
どうしたら?アイ…君を守りたいのに。
「イーリス、イーリス、聞きなさい」
お父様が頬に手を添え
「今は待つしかない」
そう僕の目を見て言う。僕はまるで小さな子供のようにお父様にしがみついて泣いた。
私たちは部屋の前で父上にしがみついて泣いているイーリスを見つける。眠った男たちは縄で縛って転がしたが、逃げたヤツは見つけられなかった。
元凶を取り逃したのは凄く残念だ。しかし愛し子様と父上を取り戻せて良かった。
その時の私はそう思っていた。
(ハク様…逃げた男を見つけた。)
『僕が行く』
「ハク…」
縋るように僕を見るアル。
ごめんね、今は行かせて。その唇を舐める。キズはもう癒えている。
『すぐ戻るよ』
僕は部屋の外にいたイーリスの兄たちに念話を送る。
『逃げたヤツを見つけた。僕に乗って!捉えるよ』
驚いた2人を無視して体を屈める。2人は慌てて僕の背中に乗ってきた。
僕は小屋の下まで一気に走ると地上へと飛び上がる。そのまま小屋の壁をまた壊して夜の森を走る。グレイの匂いを追って。
やがて逃げる男たちを見つけた。
うぉぉぉぉぉーん!遠吠えをする。逃がさない。
(見つけた。捉えるぞ!切り刻んでやりたいけど、アルがしなかったことを僕はしない)
後ろから男たちを風魔法で薙ぎ倒す。多少の魔力耐性など僕には意味がない。
前脚で背中を踏みつける。背中から降りた2人はすぐさま魔力を封じる魔法を使い、男たちを縛る。
さらに自殺防止の口輪を嵌める。
僕はその男の記憶を覗いた。コイツ…アルに、僕のアルになんてことを…。今すぐアルの記憶を消したい。いや、それはダメだ。
僕は前脚を振り上げて男の顔を切り裂く。
ぐわっ。
殺さなかった僕をアイは褒めてくれるよね?
聖獣、特に特殊な個体…群れから幼い頃に出た僕にとってアルは命の恩人であり、ある種恋人であり…何にも変え難い大切な存在だ。そのアルを傷付けた。許されると思うなよ。お前も、お前の国も。
かつて聖獣の怒りに触れ、滅んだ国がある。もちろん知っているよな?
ハクから漏れ出す怒りの魔力に、兄弟もグレイも立っていることが出来なかった。
『僕は先に帰る。グレイと一緒に戻ってきて』
そう言ってアルの元に一足先に戻って行く。
ほんの数秒であの小屋まで来た。アルはイーリスの父親に寄り添われて小屋の外にいた。
僕に気がついたアルが立ち上がり僕に駆け寄って来る。あぁ、アル。その腕に抱きしめられる。
僕はその顔を舐める。アルは目を伏せて僕の首に唇を寄せる。大好きだよ…アル。心配しないで…何があっても僕はアルの側にいるよ…。
アイ…君のそばにいたいのに、僕はまた君の力になれないの?君が縋るのはまた僕じゃない…そのことに打ちのめされた。
帰って来た兄様たちが僕を抱きしめてキスをしてくれる。僕は兄様にキスを返してその体に抱きついた。
僕はなんて無力なんだろう。
父様が僕のそばに来てふわりと抱きしめてくれる。いつも僕を守ってくれた懐かしい温もりだ。
僕はどうしたらいいの?父様…。
「イーリス、今は待つしかない。番であるなら必ずお前の元に戻ってくる。今はただ信じて待ちなさい。大丈夫。私たちがいる」
僕は頷いて父様に縋りつく。懐かしいその匂いに涙が止まらなかった。
『アル、あそこに行こう』
私はハクから顔を上げて頷く。ハクが伏せてくれるのでその背中に乗る。
ブランは肩に止まってその体を頬に寄せる。
『僕たちは温泉に行くよ、グレイは彼らを連れて来て』
(ハク様 承知)
私は振り返ってイリィを見つめる。
イリィはそのきれいな目を涙で濡らして私を見る。僅かにさす月の光がその涙に濡れた顔を照らす。
その顔は少し疲れていて目は赤くなっているが、それでもいつもながらに美しい顔だった。
私は迷いながら、おずおずとイリィに手を差し出す。
「イリィ…」
震える声で呼べば
弾かれたようにかけてきて私の手を握る。
「アイ…忘れないで。どんな時でも僕はアイの味方だよ」
私の目を真っすぐに見て言う。
あぁ、本当にいつだってイリィは私をその温かな想いで包んでくれる。
濡れたまつ毛が光ってきれいだ。
私はイリィの頬に震える手を添える。イリィは待ってくれている。私が…私を…。きっとどんな私でも受け入れてくれる。
「一緒に…」
そう言うのが精一杯で、でもイリィは察してくれる。
軽く私の手のひらにキスをすると、私の後ろに飛び乗った。ふわりと腕が腰に回される。
あぁ、こんな時でもイリィの腕は心地よく温かい。
ハクがゆっくりと歩きだしやがて走る。
東の空が明るくなり、長い夜が明けようとしていた。
私はイリィと一緒にハクの背に乗りあの温泉に来た。イリィは少し距離を開けて私の後ろにいる。
体温を感じ取れるギリギリの、でも怖がらせない距離で。
そういうところが本当に優しい。
そこはまるで何もなかったみたいに、静かで前見たままの姿で迎えてくれる。
建物に入って脱衣室を抜け、温泉に出る。私は温泉に手を浸ける。
温かい。
「ゆっくり浸かるといい、体が温まる」
イリィは寂しそうに言う。
私は頷いて脱衣室に向かい服を脱ぎ、湯に入った。隣には熱いだろうにハクが当然のように寄り添ってくれる。
お湯の中で体を伸ばす。ゆっくりと強張った体がほぐれていく。
ふぅ…。なんだかとても疲れた。
明け始めた空はその微妙な色合いがとても綺麗で…心が洗われるようだ。
私はまたイリィの手を取っていいのだろうか?平穏な時間を送らせてあげたいのに、問題ばかりで。
側にいればイリィが余計に傷つくのではないか…。
私はどうしたらいい?
ハクが口元を舐める。
『アルのしたいように…。僕はいつでも側にいるから』
『僕も!ご主人の側にいる』
「ありがとう、ハク、ブラン」
私はハクの湯に濡れた毛を撫で、羽毛を毛づくろいしているブランにほおずりする。
すると建物の外に人の気配がした。
『着いたな』
私はそろそろ上がろう。皆んなも疲れている筈。この湯は癒しの効果があるから皆に入ってもらおう。
私がいたら遠慮して入れないだろうし。
私はハクと共に湯からあがり体と髪を魔法で乾かすと服を着る。洗っておいた予備の服だ。
脱衣室を出ると入り口付近で皆んなが固まって驚いている。
「これはまた凄いな」
「お父様、奥には癒しの湯があります」
「なんと!」
「全てアイが…。」
ファーブルさんが私を見る。
私は頷くと
「皆さんも疲れてるだろうし、入って貰えたら。先に入らせてもらったので」
脱衣所には清潔な布が用意してある、その説明を聞くと脱衣室に入って行った。
私は自分とイリィの休憩室に入る。前にここでイリィと抱き合って…幸せな記憶。
ベットのそばで立ち尽くす私を見てハクが
『アル、僕と交わろう』
と言う。ん?交わる…?首を傾げてハクを見る。
『僕は人型になれるから、アルと交われる。そうすれば僕とアルは今以上に深く繋がれる』
「ハク、分からないよ?」
『聖獣と契約者はね、その在り方がいくつかあって…。魂の契約は生涯ただ一度だけ出来るんだ』
魂の契約?
『普通の契約は契約者が亡くなれば解消される。だから僕たちはまた新しい契約をすることが出来る。でも魂の契約はただ1人と一度限り。その人が亡くなっても新しい契約は出来ない。代わりにその人の魂は聖獣と融合して、聖獣が生きている限り共にある』
「私とその魂の契約をしたら、ハクはもう誰とも契約できないの?なら…」
『アルと魂の契約をしなくて、僕はもうアル以外の誰とも契約するつもりはないよ。僕にとってアルは唯一無二なんだ』
「ハク…。その交わるっていうのは…?」
『人型である僕と一つになることだよ』
え?それはつまり…?
急に人型になれると言われても理解が追い付かない。
私が知っているハクは白くて可愛い犬だから。その私の困惑が分かったのかハクは
『試しに人型になってみる!』
そういうが早いか目の前で人化した。
そこに立っていたのは全裸の…白銀の長い髪に青い目の美しい男性だった。
「ハ、ハク…服着て」
私は顔を真っ赤にして目を逸らす。見てしまったよ、全部。ちゃんと男性の象徴もあった…。
細身ながら筋肉の付いたしなやかで美しい裸体を。そのまま絵画にでもできそうなほどの素晴らしい体だった。
『どうして?普段だって裸だよ?』
いや、そうだけど…目に毒っていうかね。
『窮屈だし服はいらないよ』
魅惑的な流し目で私を見る人型のハク。
えっ、いやその…。
ハクはその姿のまま私を抱きしめる。待って待って…心臓が…。固まっていると愛おしそうに頬を撫でて顎に手をかける。
真っ直ぐ見つめる目は青く澄んでいて吸い込まれそうだ。そのままキスをされる。それは確かに人の唇の感触で、柔らかくて温かかった。
「僕の大切なアル。どうかもう1人で泣かないで?」
私はハクの目が見れない。
ハクの想いは嬉しいけど…。
「急がないよ?僕はいつでも待ってるからね」
そうしてまたキスをする。それはハクの想いのように強くて優しいキスだった。
ふっと眠気が襲ってくる。ダメだもう、起きていられない…私はその圧倒的な眠気に抗えず、目を閉じた。
僕ならアルを連れて何処にでも行くのに。次にアルが傷付いたら…攫って行くよ?僕たちだけが過ごせる場所に。
それまでは見守るよ。でも、離さないよ?ふふふっ子供も欲しいし。何よりアルと深く繋がりたいよ。
少し眠って、可愛い僕のアル。
ベットにアルを横たえると隣に寄り添い、その頬を撫でる。首から肩へ。また唇にキスをして…。
もう離さないから、アイは僕に身を委ねて?そういい子だね…アル。
ハクは眠るアルの体を抱き…魂の契約をした。
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