7.ハク
ハクを連れて町に入れるか分からなくてドキドキしたが、ただの犬と思われたらしくて問題なく門を通過出来た。明日にでもギルドに行って手続きが必要か聞こう。
宿は大丈夫だろうかと思って帰ると相変わらず筋骨隆々な宿の主人にまだ子犬だな。としか言われなかった。そういえば食事は何を食べるんだろう?
「ハクは何を食べるんだ?」
『何でも食べるよ』
「でも味がついてるものは体に良くないだろ?」
『普通の狼ならそうだけど僕は銀狼だから大丈夫』
こちらの動物はあちらと違うのだろうか?そもそも銀狼は普通の動物なのか?こちらには魔獣がいるのだしやはり、そのあたりの知識がないと不便だ。
明日はギルドの資料庫で銀狼や魔獣について調べよう。
そう決めると軽くシャワーを浴びてボリュームのある夕食を食べる。他のいかにも探索者な客もいて、なんだかジロジロ見られたが絡まれることなく食べ終えた。何なんだろ?
部屋に戻ると早速、ハクにヘビ肉を与える。美味しそうに食べているが、量は少ない。
「足りないなら何か買ってくるよ?」
と聞くと大丈夫らしい。そもそも食事を食べなくてもいい種族とのこと。エネルギーは大地と大気から魔素を取り込む事でまかなえると言っていた。
でも食事は美味しいからたまに食べたいと言うので明日からはハクの食事を用意することにする。
さて、これから寝るまで紙とえんぴつ作りだ。紙は木の繊維から作ることを想像、えんぴつの芯は炭素だから木を炭化させることを想像、えんぴつは炭を木でくるむようにそれぞれ想像して作る。
和紙のようなざらついた質感の紙とえんぴつが出来上がる。えんぴつはナイフで削って先端を尖らせて、紙に書いてみる。
ちゃんと書けた。でもえんぴつの炭は空洞を無くして固めなかったのですぐに折れてしまう。ただこの世界では紙は貴重みたいだしえんぴつなんて無さそうだ。
いわゆる羽ペンにインクを付けて使うのがいっぱんのペン。これは今日の店で見て確認済みだ。だからちゃんとしたえんぴつを作らない方が良さそうだと思う。変に目立つと困る。
えんぴつは人目に付かないよう気をつけないとな。
そして紙とえんぴつを作った目的である今日の講習内容を書き留める作業にはいる。およそ1時間かけてだいたい書けた。紙の左端に穴を開けて紐で縛ってポーチに保管した。
今日したいことはだいたい終わったかな。長い1日だった。さて、寝よう。ベットに転ぶとすぐに睡魔が襲ってきて眠りに落ちたのだった。
なんか重いなぁと思って目を覚ますと毛布の上にハクが寝ていた。横倒しでスヤスヤと寝ている。そういえばナビィもこんな風に寝てたな。起こさないようにそっと撫でるとしっぽがパタパタした。可愛い。
少し眺めていると目を覚まして起き上がり、プルプルと体を振るとしっぽを振って飛びついて来た。顔をペロペロ舐めはじめる。適当な所でハクを抱っこして自分も起き上がる。
顔を洗って朝食を食べるとハクを連れて探索者ギルドに向かう。ジョブにテイマーがあるくらいだから従魔はいるのだろう。何か登録が必要なのか調べる必要がある。
ギルドは相変わらず人が多かった。誰に聞けばいいか分からず立ち止まっているとカウンターにいたイザークさんと目が合う。ハクを見てからおいでと言うように手を振られたのでそちらに向かう。
カウンターで向かい合い
「おはよう。この子について相談があるんだけどいいか?」
と聞く。イザークさんはこちらを見ると
「犬か?」
銀狼が魔獣なのか動物なのかそもそも知らない。どう応えるべきか考えて一瞬黙るとイザークさんは席を立って
「講習の続きだ。奥の部屋へ」
そう言うと立ちあがってカウンターを出ると歩き出した。慌てて追いかけると昨日と同じ部屋に入って行く。
促すように見られたので、聞いてみる。
「銀狼って魔獣ですか?」
少し間があってから
「そいつは銀狼ではないな?」
「…」
イザークはハク見る。銀狼の特徴は背中の銀色とピンと立った耳。長い毛と銀色の目。
目の前の犬?はほぼ真っ白だ。耳は垂れている。目の色も銀ではなく青。特徴が一致しない。
「銀狼は聖獣だ」
それを聞いたアイルは目を見開いた。
「え?」
目をパチパチしている。
「魔獣じゃなく?」
「ん?なぜ魔獣が出てくる」
あれ?動物と魔獣しかいないのでは?
不思議そうな顔をしているとイザークさんはふっと息を吐くと
「まさか、動物と魔獣しかいないと思っているのか」
そっと目をそらす。イザークさんは軽くため息を吐くと
「そもそも魔獣とは動物が一定以上の魔素を取り込んで突然変異したものだ。それとは別に神の使いと言われている生き物がいる。それが聖獣だ」
「聖獣は魔獣とは違い特別な目、神眼を持ちさらに全属性の魔法を使う。知能が高く人とも意思疎通が出来ると言われている」
「喋ったりは?」
「流石に喋れるという話は聞いたことがない。テイマーなら意思疎通は出来るが話が出来るとは聞いていない」
「…」
イザークは考え込んでいるアイルを見る。するとハクがそのアイルの顔を舐め始める。アイルはハク見ると優しい目をしてクビ辺りを撫で始めた。そして
「銀狼の特徴は背中の銀色とピンと立った耳、銀色の目だ…背中は薄いグレーで垂れ耳…この子は犬ですね」
アイルは少しホッとしたようにそう呟く。
「犬は何か登録が必要?」
「連れて歩くなら登録がいる」
そう言ってまたあの黒板を出して来た。そこに
名前はハクと種族は犬と書く。
「ギルドカードも」
カードを渡すと黒板を操作してから返してくれる。
「登録完了だ。このまま魔獣についての講習を受けるか?」
と聞かれた。ちょうど調べるつもりだったのでお願いすることにした。
先ほど聞いた通り、生き物には普通の動物や虫と魔力のある魔獣や魔虫、そして聖獣がいる。神獣は伝説で、実在はしないらしい。らしいというのは誰も見たことがないからだそう。
魔獣は体に魔力を待ち、体内に魔力器官である魔石を持っている。普通の動物より体が強くてもちろん、攻撃力も強い。基本的に自分達以外は敵だと認識して襲ってくる。本能なのだろう。
聖獣は魔力を待ち、魔法を使える。その目は真実を見通す神眼で鑑定の上位互換のスキルだという。洞察力よりさらに上かも知れない。いや、でも洞察力さんは気持ちまで読むんだよな。
思考が逸れてしまった。要するに聖獣は凄いのだ。強さも桁違いで過去には怒らせて滅びた国もあるとかないとか。
ここ200年ほどは誰も見ていないそうだ。そもそもなぜ聖獣が知られているのか?それは過去に聖獣と契約した王がいたからだ。聖獣の存在は彼が世界に広め、それからずっとその存在が伝えられている。
何度か歴史の表舞台にも登場するが、その生体は良く分かっていない。そしてここしばらくは話を聞かないということだ。
過去に人と契約した聖獣は白銀狼と白魔猫、白大鷹の3種類。もし聖獣が見つかればそれは国王が絡むような大事になる。それだけの力を聖獣は持っているのだ。
白銀狼とは銀狼の特殊個体、白魔猫も同様に魔猫の特殊個体らしい。こちらはさらに伝説級だそうだ。
その話を聞いて冷や汗をかいた。だって洞察力さんが銀狼って言ったのだ。さらに特殊個体と。間違えるハズがない。まさか伝説級の白銀狼?
銀狼の特徴と違うのはこの特殊個体の所以だと思われる。知れて良かった。ハクは犬だ。誰が何と言おうと犬だ。
知らずに人に話をしていたら大変なことになったかもしれない。もっとも特徴が一致しないから信じて貰えないかもしれないが。
ハク見ながら心の中で
(ハク、聞こえる?)
と呼びかけた。
『聞こえるよー』
おぉ返事が返って来た。
(昨日、ハクを見た時にスキルで銀狼って見えたんだ。鑑定スキルでハクが銀狼ってバレてしまわないのか?)
『大丈夫。鑑定程度のスキルでは見えない。ご主人の洞察力とか神眼なら見えるよ』
なんと!洞察力さんは鑑定より上とな。まさか神眼並とは恐れ入る。そう思っていると
『神眼は目に映る情報しか見れないから洞察力の方がある意味で上だよ。情報の精度は神眼の方が上だけどね』
なんかまたとんでも情報が飛び込んできた。
ハクと見つめあっている状態に気がつき慌ててイザークさんの方を見る。
「続けるぞ」
と言ってそれからまた魔獣の話を聞いた。その前よりちょっと集中出来なかったけど聞きたいことは聞けたからよかった。
1時間ほどで講習は終わり。ギルドの資料庫の場所を教えてもらって解散した。
ギルドの資料庫はカードを見せてから入る。登録者限定で使えるのだ。
聖獣に関わる本を探す。一冊の本を見つけて椅子に座って読む。
そう、本があるのだ。製本されているような物ではなく、紙を綴っているだけの記録書みたいなものだが、挿絵なんかもあって面白い。
挿絵は銀狼と魔猫だ。銀狼は2メル(多分2M)ほどの大きさで頭からしっぽまでの背中側が銀色だ。キラキラしている。長い毛並みでその目は銀色。細長い顔に切れ長の釣り上がった目をしている。
見るからに神々しい。長い足は太く力強そうだ。
その時の自分は特殊個体というのを軽く見ていた。そのことに気がついてもっと焦るのはまだ先の話。