68.ラルフの暴走
そんなつもりじゃ…手を伸ばす。でも彼はアイルを抱いて行ってしまった。
聖獣様の怒りが練習場の温度を下げていく。
ぶるりっ。
ラルフを見る。顔を青くして固まっている。
「おい、なんだよこれ?温度が…」
全員が動かない。そのまましばらく沈黙の時間が過ぎ、立ち直ったのはやはり年の功かギルマスだった。
「おい、ラルフ。お前…暴走し過ぎだ。屋台にしろ石にしろアイツが核なんだぞ?怖がらせてどうすんだよ?イーリスと犬のあの殺気、本物だぞ」
頭をガシガシする。
「ラリィ…気持ちは嬉しいけど…もう少し…彼の気持ちを考えて。彼は…」
私はラリィの冷たい手を握る。放心していたその目を私に向け、兄さん…呟いた。まるで小さな子供みたいに頼りない顔で。私はその手を引いて抱き寄せる。
大丈夫、私が側にいる。ラリィは私にしがみついてしばらく動かなかった。
「彼には私から謝罪を。意に添わないことはしないと伝える…」
「今はまぁ、それしか無いだろう。よし、続きをするぞ」
「まぁ、誰かがアイルを庇護する必要があることは認めるよ。ただ急ぎすぎると手からこぼれ落ちそうだよ、彼は」
フェリクスが言う。その通りだ。彼はあまりにも守られている。
聖獣の契約者で精霊王の愛し子。ジョブもスキルも知られれば国が争って手中に収めようと思うくらいのものだ。
フェリクスはそこまで知らないのかな?
「今は考えても仕方ない。続きだね、スーザン頼むよ」
それまで気配を消して聞こえないフリをしていたスーザンにフェリクスが声をかける。
その言葉で試食は継続する。どれも販売に問題ない。ただ、芋サラダは一旦保留となった。応用が効きそうだからじっくり検討しようってことで。
しかし、最後のはびっくりだった。弾けるヤツだ。
ルドという子が言うには、振りかける調味料の味を変えると全く違うモノに感じると。
すると練習場にフードの彼、イーリスが入って来た。
スーザンとレオを呼んでいる。
何か話をすると、出て行った。
「あーアイルから最後の提案だ。レオ手伝え」
そう言って卵を割り始める。しかも黄身と白身に分けて。そして白身をフォークで混ぜ始めた。
すると泡立ってきた?そこに砂糖を少し入れてまたフォークで混ぜる。それを何度も繰り返すとふわふわになった。
それを少しすくって皿に乗せ、横にキビを乗せる。そこにミントの葉を添えた。
目にも鮮やかな一品だ。
皆で試食する。泡は滑らかで口の中でスッと消えていく。仄かな甘味?そしてキビの自然な甘みにミントが後味を爽やかにする。
これは凄い!そしてこの作り方を伝えてくれたアイル、君って子は…本当に。なぜか涙が溢れそうになった。
皆んな黙っている。やがてフェリクスが
「この発想は凄いな…」
「全く最後にまたやべーもん出して来やがって…はぁ」
「彼らしいな」
そう、イザークの彼らしい…これがまさに、だ。
本当にどこまでも真っ直ぐで責任感の強い子だ。
私に力があれば彼を守ってやれるのに…ロルフは初めて自分が無力であることが悔しいと感じた。
強くならなくては…守りたい人を守れるくらいに。
しばらく誰も口を利かなかった。
「日を改めて…私から彼に…こんなに色々してくれて」
ラルフは私の手を握ったまま俯いている。私はその手をしっかりと握りしめる。私が領地を継がなかったから、ラルフに苦労を負わせた。これは私の役目だ。
その頼りな気な様子は私にとって今でも可愛い弟であると気づかせてくれる。その髪を撫でて頭を抱きしめる。
大丈夫、私がいるから…。
「ひとまず、彼の件は置いといて試作は概ね出来た。後は細かく詰めて…感謝祭に間に合わせる」
「だな。感謝祭までにやることはまだたくさんある。屋台、屋号、マーク、容器、材料、作り手、値段、商業ギルドとの調整、感謝祭の出店申し込み…ザッとこんなもんか。まだ細かなことは出るだろう。時間がない。ロルフ、アイルの件は早く動け。アイツが動かなければ容器から見直しだ」
「感謝祭と商業ギルドの件は私とイズで動く」
「おう、任せた。屋号は…どうする?ラル…ん、ロルフ」
「屋号とマーク、屋台や材料は私たちとフェリクスが共同で。作り手はスーザンに。値段は最後に調整で…」
それぞれ頷いて解散する。
「おい、スージィ…いやスーザン。アイルの件、お前も仲裁してくれるか?」
スージィと言った途端に隣から睨まれたバージニアだった。
「んあ、アイルっつーかイーリスだろ。アイツ過保護だからな」
「会わせてくれないかもな?」
「おい、ウル…ん、リア…全く勘弁してくれよ…」
ウルと言ったらまたスーザンの隣から睨まれるギルマス。
「僕ならスージィが貴族に一方的に取り込まれる発言されたら2度と合わせないよ」
「あー…」
ラルフがピクッとする。追い討ちかけてんじゃねーよ。全く。空気読め。まぁアイツらも貴族にゃ恨みしかねーよな…無理ないか。
なんだかカオスな試食会となった。俺の胃に穴が開きそうだ、とバージニアは思った。
急にラルフ様が…ロルフ様が伯爵を継いで、その家臣に私がなればいいと言った。
何で?平穏に過ごしたいだけなのに…どうして皆放っておいてくれないの?
嫌だ…やめて…がんじがらめにしないで…。もう私から何も奪わないで…自由まで奪われたら私は。
意識が遠くなる。嫌だよ、助けて律…。
アイがあの貴族の不用意な発言で倒れてしまった。その手は冷たく顔は真っ青だ。慌てて抱きとめたそのアイの口からかすかに聞こえたのは僕の名前じゃなかった。
僕は唇を噛む。アイのことをこんなに大切に思っているのに、僕は君が過ごした元の世界の日々には勝てないんだね…。胸が締め付けられる。
そこにいるのに、触れているのに…まるで凄く遠くにいるみたいだ。
アイ、君はここにいるよね?君の心はここに…あるよね?
ねぇ、アイ…僕ではダメなの…?
ハクから殺気が漏れて空気が凍りそうだ。僕も凄く怒ってるよ。アイ、もういい。悲しまないで、僕が君を傷つける全てから守るから。こんなとこには居られない。
僕はアイを抱き上げて練習場を後にした。
たとえ君の過ごした日々に敵わなくても、助けて欲しい時に呼ぶのが僕じゃなくても…僕は君を全力で守るから。こんなにも愛おしい君を必ず守るよ。
アルを傷つけるヤツは排除する。僕の大切な契約者を害するヤツは許さない。いつもは抑えている魔力が溢れ出す。暴走しそうだけど、いいよね?アル。
せっかくこの地に根付いたのに…また不安定になってしまった。アルの存在が希薄になっている。行かないで、アル…。
アルが消えてしまわないように、アルを守らなくちゃ。そう決意をしたハクだった。
私はまだ放心しているラルフの手を引き、ギルドの裏から馬車に乗る、
ラルフは大人しく私に付いてくる。こんなに弱々しいラルフを見るのはいつぶりだろうか?どれだけ無理をさせたんだろう?ごめんね…。
隣に座ったラルフを横から抱きしめる。ラルフは私にしがみつくように蹲っている。
その柔らかな髪の毛を撫でる。
大丈夫だよと囁きながら。
私の家に着くと、御者に実家への伝言を頼む。
ラルフは体調を崩したのでしばらくこちらにいると。
ラルフの手を引いたまま家に入る。
この家には夜、年老いた執事とその妻、同じく年老いた料理人とその妻そして私しかいない。
掃除などは通いで来て貰っている。独身の侯爵家長男なので、その辺は身綺麗にしているのだ。
何かあれば実家に迷惑がかかるし、そもそもそっち方面には興味も無ければ疎いのだ。
だから迎えに出た執事にラルフが泊まることを告げて私の部屋に入る。今日は私の部屋で過ごせばいい。
ラルフの部屋はあるが、ベットの用意などしていないだろう。
服も多少はラルフのものが置いてあるし、私の物でも大丈夫な筈だ。
ソファに腰掛ける。ラルフはようやく私を見るとその目に涙を貯めて
「兄さん…僕…」
ラルフが自分のことを僕というのはいつ振りだろう?何だか本当に小さな子供に返ったみたいだ。
そのまま私の膝に体を預けて腰に抱きついてきた。
私はその髪の毛を優しく梳く。
「ラリィ、大丈夫。兄様がいるよ…大丈夫…ラリィは良く頑張ってる…えらいね。だから兄様に任せて…」
何度も何度も…その髪を梳きながら繰り返す。子供のころのように…。
やがて寝息が聞こえてきた。寝たのか?
少しは安心出来たかな?ラリィ、私の大切なラリィ。今日はゆっくりお休み…。
抱き上げたその頬にキスをしてベットに寝かせる。
服と靴を脱がして下履きだけにする。執事が置いてくれた桶に魔法でお湯を出し、手拭いでラリィの体を拭いていく。人のことは言えないけど、ラリィも細いな…。そんなことを考えながら拭き終わると、浴室に行く。
自分では出来ないから魔法で体を洗浄して浴槽にお湯を溜めながら入る。ふぅ…。今日も色々あったな。
伯爵家を継ぐべきか…私はどうしたいんだろう。いや、違うか。ラルフのためにどうしたらいいんだろう?
ラリィ…弟の名を呼んだ。
風呂から上がって魔法で髪を乾かすと、私も下履きだけでラリィの横に転ぶ。その顔を眺めながら髪と頬を撫で唇をなぞる。首すじと撫でるとその肩を抱き頬にキスをする。もう片方の手で頭を自分に抱き寄せ目を瞑った。ラリィ良い夢を…。
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