62.その頃
旅は確実に進んで行った。しかしそのスピードは上がらない。父上の傷がまた痛み出したのだ。大丈夫と言うけれど大丈夫ではないのが分かる。痛みを取り除く薬もだんだん効かなくなってきた。
速度を緩めるしかない…。そのまま進むように言われるが、やはりここは少しまとまって休むべきだ。ゼクスを間近に足踏みするのを悩んだが、体調のゆえか父上も頷いてくれた。
そこは死の森と呼ばれる空白地帯でその近くに宿があった。そこに部屋を取り、何日か休養することにした。
つい最近まで誰も占領していなかったようだが、森の入り口から少し入ったところは新たに占領されたと宿の主人に聞いた。
森に入った辺りはまだ空白地帯だから薬草などの採取は出来ると言う。それならしばらくは薬草を集めをしてもいいかと考えた。
出発の日は決めずにしばらく逗留することにして、久しぶりのベットに横になった。
ふぅ、だいぶガタが来てるな。何とか呪いの進行を止めなくては。呪いを解けるのは教会に所属する神官か聖女だけだ。しかし、力の強い神官は大きな町にしかいない。ゼクスの規模ではいないだろう。王都まではかなり時間がかかる。
そんなことを考えながら目を閉じる。
(愛し子の…)(守り人)
(ユーグ様が…)(ユウリの…守り人)
(あの子の…)(契約は絶たれたの)
(起きて…)
耳元でざわざわと声が聞こえる。私は目を覚ます。
(目を覚ましたよ)(目が覚めた)
(呼んでる)(ユーグ様が呼んでる)
(起きて…)(勇敢な守り人)
周りを仄かな光が舞っている。これは精霊…?
(ユーグ様何呼んでるの)(付いてきて)(ついてきて)
誘われるままに起き出して部屋を出る。そこで息子たちと会う。
「父上、これは…」
「うむ、精霊に呼ばれている。ユーグ様とはもしや…」
(こっちよ)(ユーグ様はこっちよ)
(早く早く)(待ってたの)
息子に支えられて宿を出る。少し進めばそこには立派な生命樹があった。
「生命樹が…」
「なんて立派な…」
思わず跪き首を垂れる。
『頭をあげよ。ユウリのかつての守り人よ』
そう声がして頭を上げる。
そこには透けて見える美しい精霊の姿。周りの精霊より遥かに大きく人型をしている。
『よくぞ来たな。ユウリは残念であった』
「力及ばす…」
そう、私の力が無いばかりに…。
『それも運命だ。気に病むな。若木は育つであろう』
「しかし…」
唇を噛む。
『末の子の契約は絶たれた。自由に生きられる。喜んでやれ』
私はハッとして彼の人を見る。頷くと
『私は精霊王のユーグ・ド・ラシル。愛し子に出会った。そして…私からはそれ以上言うまい。そなたに祝福を授けよう。息子たちには精霊の祝福を』
そう言うと私の頬にキスをして、精霊王は木に戻っていった。
一瞬、体を何かが吹き抜けて…痛んだ体が少し楽になった。
息子たちを見ると
(私たちの祝福)(風の精霊の祝福なの)
(ユーグ様ほどじゃないけど)(祝福を)(あげる)
そう口々に言うと息子たちの頬にキスをした。息子たちはその瞬間、水色に光った。
あっけに取られた顔をして、顔を見合わせ私を見る。
「父上、契約が絶たれたと…?」
「イーリスはもう魂を捧げずに?」
力強く頷く。
2人は私に駆け寄り抱きつく。
「イーリスは自由だ」
「父上…」
頷きながら息子たちを抱きしめる。イーリス、お前を早くこの胸に抱きしめたい。そう願いながら。
しばらく抱き合った後、ゆっくりと体を起こして宿に戻る。
体の痛みはかなり楽になったが無理をせずしばらく留まることにした。
その頃ゼクスでは…
*******
スージィに抱かれて朝食を食べさせて貰う。こんなに大きな体で本当にとても優しい。甘えたら困ったような呆れたような顔をして、それでも甘えさせてくれる。
ねぇ、スージィを狙ってた人がたくさんいたの知ってる?僕が色々と妨害したんだけどね?だってさ、僕を変態に売りつけてスージィと一緒になろうなんて許せないだろ?
あの我が儘お嬢様に僕の情報を売ったのもその人だよ。許せないよね?結局、僕だけじゃなくスージィまで傷付けて。
スージィが探索者を辞めて町も出るって聞いて慌ててだけど、身に沁みたよな?スージィにとって戯れで抱いただけの女なんてその程度の価値だって。
スージィは自分のお金をたくさん使って僕の目、視力を無くした片目を治してくれた。
そんなに貯めてたのは知らなかったけど…申し訳ない気持ちでいっぱいだったよ。
だからね、もう誰にも渡さないから…。
スージィを見上げて言う。
「スージィ、ずっと一緒にいたい。もう誰にも邪魔されたくないよ」
スージィは困ったように笑う。
「あ前はあの事故に俺を巻き込んだと思ってるが、巻き込んだのは俺の方だ」
僕は目を見開く。知ってたんだ?
「お前を巻き込んであんな傷を負わせて…でもな、そのことでお前と町を出たんじゃない」
えっ?
「お前と暮らすために金を貯めてたんだ。それをお前の目の治療で使ってしまって。それにもうあの町には居たくなかったからな。ちょうどいい機会だと思ったんだ。新しい場所でお前と一から生きようって」
僕はまた泣いてしまった。スージィは何回僕を泣かせるの?それが嬉し涙なんだから…。
「誰にも邪魔されたくないのは俺も同じだ。いや、もう誰にも邪魔させない」
そう言って甘く微笑んで僕にキスをする。
「だから…俺と一緒になってくれないか?」
僕は涙が溢れるのを止められなかった。でもスージィの顔を見たくて何度も瞬きしながら
「それって…」
掠れる声で聞く。
「あぁ、結婚しよう」
涙がとめどなく頬を流れ落ちる。優しい手が涙を拭ってくれる。でも涙は止まってくれなくて…。
スージィは優しくキスをしながら耳元で返事は?と聞く。
もちろん
「うん」
と頷く。スージィはやっぱりその大きな体に似合わずふんわりと抱きしめてくれる。
僕は顔を上げて何度も何度もキスをねだった。そしてスージィは何度も僕に請われるままキスをしてくれた。
そんな甘いことになってるとは知らず、私はイリィと東門から出て森に向かって行った。もちろんハクとブランも一緒にね。
その時は本当に幸せで、そのまま穏やかにこの幸せが続いていくと、なんの根拠もなく思っていた。そんなのはただの希望的観測だってことに気がつくのはそんなに遠くない日だったのに。