58.弟子入り?
目の前で美味しそうにご飯を食べるウルは初めて声を出して笑った。その笑顔は子供独特のあどけない純粋な笑顔だった。
俺は年の離れた弟を思い出した。年はウルより上だろうがなんというか、雰囲気が似ているのだ。
手を伸ばして乱暴に髪の毛を撫でると口を尖らす。
良かった。何だか表情のない子だったから。やっと子供らしい笑顔を見せてくれた。
食べ終えると風呂だ。
「ウル、一緒に入るぞ!」
その体を片腕で抱き上げて風呂に向かう。
ウルを降ろしてさっさと服を脱ぐ。ウルは横でもじもじしながら服を脱いでいた。
俺は目を細めてウルの体を見る。細いな…ちゃんと食えてるのか?心配になるような小さくて細い体だった。
服を脱ぎ終えたその体をまた抱き上げると風呂に入っていく。
椅子に座るとウルを膝に抱え手桶で湯をすくってそっとひざ下から湯をかける。もう一度すくって今度は腰から下に、最後に肩から湯をかけた。
膝の上のウルはうわぁあったかいと呟いている。
そのまま髪と体を洗ってやり膝から降ろして自分も髪と体を洗う。ウルがその小さな手で俺の背中を洗ってくれるのがなんだかこそばゆかった。
身体を流してまたウルを抱いて湯に入る。程よい温度で疲れた体がほぐれていくようだ。
腕の中のウルも俺に頭をもたれさせて寛いでいる。
風呂に入って分かった。こいつは危険だ。湯に濡れてあらわになったその顔は、こんな田舎には似つかわしくないくらい整っていた。
まだ幼いのに目を引き付ける魅力がある。
子供ながらに妖艶とでも言うのだろうか?左目の下のホクロが余計に色っぽさを助長する。これは顔を隠すわけか。
庇護してくれる家族がいないのは辛いだろう。違和感の正体が分かった。小汚くしていたのはわざとだったのだ。
その濡れた頭を撫でる。でも俺にできることはない。
また弟を思い出した。
湯を出るとウルと自分の髪を魔法でさっと乾かす。ウルはその目を真ん丸にしていて可愛かった。
ベットは家族で使っていたものしかないというので、一緒に寝ることにした。
胸に抱えて横たわる。ウルは俺にしがみつくように体を寄せてやがて眠った。
どうしたもんかな?
「兄さん…」
なぜか弟の声が聞こえた。
久しぶりの温かい食事に、スーザンの苦笑いに思わず声を出して笑った。
それから一緒にお風呂に入ることになった。家族以外と入るのは初めてでちょっと恥ずかしい。
それなのにスーザンはさっさと服を脱いでしまった。
その体は逞しくてがっちりとしていて、無数の傷があった。その体に目が引き寄せられる。僕もこんな風にかっこいい体になりたいなと思いながら、もそもそと服を脱ぐ。
僕の体をチラリと見てからおもむろに腕に抱き上げられた。凄い!片手だ。
そのまま髪と体を洗ってもらい湯につかる。
僕のあらわになった顔を見てもいやらしい目で見ない。安心してその逞しい体に頭をもたせかけた。
お風呂を上がると魔法で髪の毛をささっと乾かしてくれた。凄い!
ベットは一つしかないと言うとじゃあ一緒に寝るかと僕を胸に抱えて横になった。あぁなんて安心できるんだろう?
その温かい体と逞しい腕に抱きしめられてあっという間に眠りに落ちていった。
朝起きるとスーザンがいない。え?慌てて起きると台所でご飯を作っていた。
ホッとしてその腰に後ろから抱き着く。
「ん?起きたか?」
抱き着いたまま頷く。また乱暴に髪の毛を撫でると良く眠れたか?と聞かれた。
また頷く。もう行ってしまう。寂しくて離れたくなくてその腰にしばらくしがみついていた。
軽く頭を叩かれ
「ご飯できたぞ!そろそろ離してくれるか?甘えん坊よ?」
笑いを含んでそう言う。
思わず
「甘えん坊じゃない」
そう言って離れた。
また頭をぐりぐりすると食事を机に運んで一緒に食べる。サラダとスープとパンだ。
昨日とは違う味付けのスープは心に染みるくらい美味しかった。
口元に付いたパンの欠片を大きな手で拭ってくれる。
その顔を見る。
淡い金髪に薄い青の大きな目。高い鼻と引き締まった口元。目尻が吊り上がっているから強面に見えるが整った顔立ちだ。
そのサラサラな髪の毛は背中まで伸ばしていて一つに結わえている。
この人となら顔を隠すことなく過ごせるのかな?でも僕はまだ子供で…。
乱暴に頭を撫でられる?
「どうした?冷めるぞ?」
何でもないと言ってその美味しい食事を食べた。食べ終わってしまった。
スーザンは支度をしている。もう帰ってしまう。僕は決心した。
俺は朝食を食べ終えると支度を整えて村長に挨拶をし、村を出た。
急ぐ旅でもないが早めに町に帰りたい。歩き始めてすぐに気が付いた。
マジか…そのまま様子を見る。ふむ、少し考えてそれならと遠回りをする。
2時間歩き続けたころ異変があった。そりゃ無理だろ…後ろを振り返って少し街道を戻っていく。
そこには足から血を流して蹲るウルがいた。
その体を抱き上げると道の端により、膝の上に抱える。靴を脱がす。豆が潰れて血が出ていた。
その血を布で拭い持っていた傷薬を付けていく。
「痛ッ」
染みたのだろう。声を出す。
手当をしてから頭を撫でる。気が付いていたが、生半可な覚悟では暮らしていけない。
俺にだって生活がある。中途半端な覚悟のヤツを養うとなど出来ない。
だから様子を見ていた。
明らかに長距離歩くのには無理がある靴、いやサンダルか。それを履いて背負い袋を肩に下げ必死について来た。
充分だ。その覚悟は認めた。だから動けなくなったウルを手当てし、抱えて歩き出す。
「いいんだな?」
ウルはしっかりと俺を見て頷く。
何がとは俺は聞かない。ウルもどこへとは聞かない。お互いに相手を信頼した証だ。
ならば進むだけだ。
いつしかウルは俺のことを「先輩」と呼ぶようになった。
「師匠」と呼ばれたときは全力で拒否したからな。
俺は弟子を取った覚えはない。そもそも弟子をとるほどでもないしな。
こうして俺とウルは暮らし始めた。
ウルは賢い子で魔法のセンスが抜けていた。教えたことはどんどん吸収していく。
しかしなぜか剣も使いたがった。いつか何でだ?と聞くとスージィみたいに成りたくてと恥ずかしそうに言っていた。
俺は剣だけでも魔法だけでもダメだったから両方鍛えただけだ。魔法だけで十分なら剣は不要だと思うのだが、ウルは頑固だった。
そして剣もそれなりの腕前になっていった。
真面目で器用だからな…。
回りには常に警戒心を露わにして顔もいまだに髪の毛で隠している。それでもやっぱり少しは見えてしまうその顔に引き寄せられる輩は後を絶たず、何度追い払ったことか。
挙句の果てに貴族に目を付けられて探索者を続けられないほどのケガを負ってしまった。
その町を離れてゼクスで暮らし始めてウルは荒れた。そして約束の日を目前にしたある日、俺の前から姿を消した。
俺は落ち込んだ。何が悪かったのだろう、何か他に出来ることはなかったのだろうか?
しかし落ち込んでいる姿をいつか帰ってきたあいつに見せたくはない。そうだ、あいつはきっと帰ってくる。だから居場所を俺が作っておくんだ。
そう決めて宿屋を始めた。3年前のことだ。
そして今、ウルが帰ってきた。俺の胸で泣いているウルは小さい頃のウルと重なってとても愛おしく感じた。
俺はその頭を昔のように乱暴に撫でる。
泣き笑いの顔を上げるウルは
「またそんな子供みたいに…」
と涙で潤んだ目で俺を見上げた。
その時、宿の扉が開いた。アイルだ。こいつ、本当にこういう瞬間に居合わせるんだよな…。




