57.再会
入り口の奥から声がした。
「ん?誰だ。少し待て」
懐かしいその声に体が固まったように動かない。
そして来るであろうその人を待つ。大きな体を屈めるように厨房から出てきたその人は懐かしい思い出の中の姿のままに、そこに立っていた。
*******
扉を開ける音がして声をかける。足を引きずっている?宿泊者じゃないな。
厨房から出ると扉付近にフードを被ったヤツがいる。
「ん?宿泊希望か?ここは紹介がないと泊めてないぞ」
ソイツは俯いたままで
「紹介はないけど、泊めてほしいな…先輩」
その聞き覚えのある声に一瞬固まった後、近寄ってそのフードを取る。
そこには見覚えのある、記憶の中の顔より少し成長した懐かしい顔があった。
「ウル…お前…生きて…」
こちらを見上げるのは間違いなくウルだ。綺麗な金髪は目にかかる長さで、その鮮やかな青い目は相変わらずだ。
変わらないな…相変わらずの美しい顔だ。
その目を潤ませて
「先輩、僕…」
言葉が続かない。そのままゆらりと倒れ込むように俺の胸に飛び込んで来た。服を掴んで泣き始める。
俺はその頭を昔のように乱暴に撫でる。
泣き笑いの顔を上げるウルは
「またそんな子供みたいに…」
口を尖らせるその顔は出会った頃のウル…そのままだった。
それはまだ俺が中級探索者の頃の話だ。迷宮の帰りに寄り道してとある村の依頼を受けた。
回り道だったがその依頼は1ヶ月近く受け手のないままで、ポイントを加算するからとギルドに頼まれて行った。
多少の遠回りは問題ない。農作物を荒らされて困っているだろう、そう考えてのことだ。
村に着くと早速、村長に会って話を聞いた。そしてその日の内に、荒らしに来ていたイノシシを森に追いやった。
「殺したのですか?」
「いや、追い返した。殺すと報復に来る恐れがある。群れで襲われたら村が滅びるぞ」
「そうでしたか。もう来ないといいが…」
「原因は排除出来た筈だ。マッドベアが住み着いていた。ソイツを殺したから大丈夫だろう」
「なんと!では縄張りを追われて村の近くに」
「そのようだ。元の縄張りに戻ればここには来ないだろう」
「ありがとうございました。もう遅いので、ぜひ我が家にお泊まり下さい」
俺は着いた時から視線を感じていた。敵意のない視線。髪の毛で目元が隠れた小汚い子供だった。森から帰ってきてもずっと感じる。だから
「あの子の家で泊まれるか?」
村長が子供を見る。顔をしかめて、あの子は最近家族が流行り病で死んで一人暮らしなのでと言う。
「俺は構わない」
その子に向かって
「今夜泊めてくれるか?」
頷くのが見えたので、彼の方に向かう。
村長は残念そうだ。やたらと娘を紹介したがっていたから鬱陶しかったのだ。
丁度いい。
その子供はまだ小さくて細かった。
家は村の端に近くて、大きくはないが居心地の良い家だった。家は清潔なのになんでこの子はこんない小汚いんだ?
そう疑問に思ったが、何か事情があるのだろう。どうせ明日には村を出るのだ。
「俺は探索者のスーザンだ。お前は何て名だ?」
「ウールリア」
「ほぉ、いい名前だ。何て呼べばいい?」
黙ってしまった。
「家族はリアって呼んでた」
「そうか…ならウルはどうだ?」
少年は驚いた顔をして頷いた。
「スーザンはどこから来たの?」
「ドライだぞ。迷宮の帰りにここの依頼を受けた」
「迷宮!」
ウルの目が輝いた。
「何だ?興味あるのか」
「うん!」
こうして話をしていると本当に普通の子だ。
「ここの村は各家に風呂があると聞いた」
村への依頼を勧めたギルドの職員が風呂に入れると勧めてきたのだ。
「うん、地中から暖かいお湯が沸くんだ。お父さんが疲れが取れるって言ってた」
「それはぜひ入りたいな」
ウルは俯く。
「僕ではお湯を引き上げられない」
聞けばお湯を上げるために魔力で蓋を外すらしい。流れ続けるお湯を魔力で止め、必要な時に蓋を外して湯上げをする仕組みのようだ。
いつもお父さんがやっていたから僕は魔力をまだ扱えないんだ、と言う。
「その場所を見せてくれるか?」
ウルが案内してくれた。家からつながる通路の先に風呂はあった。
そっと床に手を当てる。ふむなるほど。これなら簡単に出来そうだ。
俺は心配そうに見ているウルを振り返り
「お前でも出来るぞ。やってみるか?」
驚いた顔でしかし、しっかりと頷く。
「まずは魔力の扱い方だな。俺の手に手を乗せろ」
両手を上に向けてウルに差し出す。
ウルは恐々と俺の手に自分の手を乗せた。
その人は昼過ぎに村にやって来た。大きな人でいかにも探索者風のがっちりとした人だった。
そしてあっという間に依頼を終わらせた。僕はその人が気になって陰からずっと見ていた。
その僕に気が付いたその人が家に泊まることになった。ちょっと怖かったけど、この人の目は正常だ。良かった。
僕はお父さんとお母さんと少し年の離れた弟と暮らしていた。僕はずいぶんと目立つ見た目をしていたみたいた。
お父さんもお母さんもあまり外で顔をさらさないように、というので前髪を伸ばして目を隠していた。
それでも田舎の村のことだ、やっぱり何となく分かってしまって。熱のこもった気持ち悪い目で見られることがあった。
お父さんもお母さんもそんな大人から僕を守ってくれていた。その両親が流行り病であっけなく死んでしまった。弟までも。
僕は一人になった。なんで僕も連れて行ってくれなかったの?何度もそう思った。
それなのにお腹は空くし眠くなる。
そんな自分をめぐって村内で諍いが起きていることも知っていた。
その探索者が来たのはまさにそんな時だった。その人は僕の家に着くと気持ちのいい家だなと笑った。
家族が死んでからここに来る人は皆んな、粗末な家だとか言って凄く嫌だった。
贅沢ではないけど仲良く家族と暮らした家を、悪く言われるのは嫌だったのだ。なのにその人は居心地がいいと笑ってくれた。
凄くうれしかった。でもお風呂に入りたいと言われて…僕は湯上げが出来ないから。
なら見せてほしいと言われて連れて行くとこれならお前でも出来るぞと。
そして魔力を流すから手を乗せろと言われた。その手は大きくてすこし荒れていた。
そっと手を乗せる。すると右手から暖かいものがゆっくりと流れてきた。それは体を巡って左手から出ていく。
うわぁ、何これ?これが魔力?
目の前で目を瞑っているこの大きな人の魔力が僕に流れ込んでる?暖かくてなんだか泣きそうになる。
何回か巡ると
「お前の魔力を俺の魔力に乗せて一緒に動かしてみろ」
魔力を乗せる?動かす。
「一緒に旅をするんだ」
旅をする…。この人とまだ行ったことのない景色を見に旅をする。
想像してみる。一緒に…すると体の中から何かが動くのが分かった。一緒に…この人と一緒に…。
「そう、その調子だぞ」
僕の手からその人へ、その人から僕へ魔力が巡っていく。
「よし、いいぞ!」
軽く握った手を離される。少し名残惜しい。
「こっちに来い」
そう言って軽く僕の腕を取ると自分の体の中に抱き込むようにして後ろから僕の手に手を重ねる。
「地中にあるお湯を感じるか?」
土の中…深くに暖かいお湯を…これか!
「感じるよ!」
「それを止めている蓋を一緒に外すぞ」
また僕の中にその人の魔力がゆっくりと流れてくる。
「お前の魔力を乗せたら地中に向かって伸ばせ。一気に引き上げる」
頷いて彼の魔力に自分の魔力を乗せて地下に意識を向かわせる。
蓋…蓋…これか?
「湯を引き上げるぞ!」
その声に合わせてお湯を吹き出すように引っ張る。
するとザーっと音がして、目を開けると浴槽に勢いよくお湯が流れていた。
「やったの?僕出来たの?!」
「あぁ、良く出来たな!」
その人は僕の頭を乱暴に撫でる。それがとても心地良かった。
溜まるまで時間がかかるからと部屋に戻る。
「お腹空いただろう?魔力を使うと腹が減るんだ」
確かに凄く疲れた。少し休んでろ、そう言って台所に向かっていったその背中を見て目を閉じた。
良い匂いに誘われるように目を覚ます。慌てて起き上がると、目の前のスーザンは笑いながら疲れたんだな、もう食べられるか?と聞く。
頷くと手早く料理を運んできた。
温かいスープとパン、それからこれは焼いたお魚の切り身?と焼いたお肉。
凄い量だ。
びっくりしているとお前も食べ盛りだろ?食え食えと言って盛り盛り食べ始めた。
僕もお腹が空いていたから遠慮なく食べ始める。
美味しい…チラッとスーザンと見ると吹き出して、そのガタイで料理上手とか笑えると仲間に良く言われると言った。
確かに、僕も思わず声を出して笑った。家族が死んでから初めて声を出して笑った。
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