52.キビサンド
スーザンは突然探索者ギルドに呼び出されて、慌てて言ったらニヤニヤしたギルマスのバージニアが俺を待っていた。
「おう、久しぶりだな。なかなか活躍しているじゃないか」
「なんだ、急に呼び出して。俺はギルドに呼び出されるようなことはしていないぞ」
「したから呼び出されたんだろう?無自覚かよ」
「だから何のことだよ?」
「キビを油で焼いたヤツをパンに挟んだものだ。お前が作ったんだろ?」
キビを油で焼くヤツはアイルが作ったものだ。俺は手伝っただけだったが、何で俺が作ったことになってんだよ?
「それがどうした?」
「画期的なんだよ。それを食べたラルフが領地の特産品であるキビの新しい食べ方として広めたい。だから作ったヤツに会いたいと言われてな」
「勘弁してくれ。貴族には関わりたくない」
「お前んとこのアイルが関わってるんだ。諦めろ」
貴族に関わるのは嫌だ。あいつらが無理を押し付けなければ今頃ウルは…。
「お前がギルドからも昔の仲間からも距離を置いてるのは知ってる。だがな、アイルはあまりにも危うい。あいつを表には出したくないんだ」
アイルが危ういのはもちろん理解できる。しかしだからと言って俺は貴族には関わりたくない。
「スージィ、今回のもろもろはロルフがラルフのために動いている。諦めろ」
懐かしい呼び方で俺を読んだバージニア。
「ジニー、俺が貴族嫌いなのは知ってるだろ?」
「ロルフたちは信頼していい。お前とは魔法契約で守秘義務を課すだけだ。作り方をあちらが買い取り、相応の金を出す。お前は作り方をあちらに教える。いわば開発料と指導料だな」
「俺の名前は出ないんだな?」
「あぁ、その料理の名前をどうするのかについては意見が欲しいが」
「それはアイルに聞いてくれ」
「聞いたさ。お前に了解を貰ってくれと言われている」
ぐぬ、あいつは全く。
「なんて名だ?」
「キビ焼き挟みパン」
ぶっ、吹き出してしまった。
「そのまんまじゃねーかよ。捻りとかないのか?」
「アイルが言うには分かりやすさが大事なんだとか」
「そんなもんか?」
「それは料理名だ。で、商品名としてキビサンド」
なるほど。料理名としては分かりやすいものを、販売戦略としては覚えやすいものをか。
「でどうするんだ?」
「手始めにここで屋台をするそうだ」
「あえて領地ではなくここでか?」
「そうだ、試験的にするからな。お膝元でぶち上げてうまくいかなかったらことだからな」
「そういうものか」
「でだ、屋台をする人材が欲しいと言われている。お前が教えるんだぞ?誰かいないか」
そんなヤツはいない。
そう答えようとしてアイルつながりであいつらはどうだ?責任取らせて軌道に乗るまではアイルにもやらせればいい。
「当てならあるぞ。ただし、アイルに手伝わせるのが条件だ」
「ラルフに提案しよう。で、その伝手は?誰だ?」
「貧民街のガキだよ。いつ死ぬかと思ったが、アイルと知り合ってからやたらと小奇麗になりやがってばばあたちに可愛がられてる」
「アイルとか?」
「そもそもアイツが俺の宿に来たのもそのガキたちが連れて来たからだ」
「そのガキとお前は?」
「たまにお使いを頼んでいただけだ」
「一度会ってみるか…。住んでる場所知ってるか?」
「俺は知らん。ただ、アイルと一緒にいるヤツがあいつらの所に工房を作ったらしくて」
「それもアイル絡みか?」
「どちらにしてもアイルを巻き込まないとだからな。アイツは今出てるから戻り次第貧民街のガキと一緒にギルドに来させる」
「スージィ、お前も一緒にだぞ」
肩をすくめて頷く。
全く完全に巻き込まれ事故じゃないか。俺をいいように使いやがって。でもそれが嫌ではないのだから困ったものだ。
1泊か2泊でと言って出て行ったからな、戻ったら捕まえて手伝わせるか。
全く世話の焼ける。
あの一見大人しそうな見た目でまぁまぁえげつないことしやがる。
本当に危なっかしい。あいつがここに来たのも何か意味があるのかもしれないな、と懐かしい顔を思い出す。遠い昔の記憶だ。
お前があいつに会ったら何て言うんだろうか。
そう考えた。
*******
その旅人は行商人の馬車に同乗していた。護衛ではなくただの同乗人だ。
しかし、その姿はとても目を惹く。行商でも彼がそこにいるだけで勝手に商品が売れていくのだ。
皆があいつをチラチラ見てるのに、そんな人らに全く興味が無さそうにゆるく微笑んでいる。
顔がいいってのはそれだけで徳だなぁ。そう思わずには居られないくらい、商品が売れるのだ。
時には彼が使った食器を売って欲しいとか、彼が着た服が欲しいとか。
そんなことしたらあいつにどんな目で見られることか。
あの切れ長のめで睨まれたらと思うと…ぞっとする。
俺はこの国の南の町アインから北の町ドライまで、街道にそって行商をしている商人のエルだ。
南で仕入れた品を北に向かって運んで行くのだ。途中の町でも仕入れたり、売ったりを繰り返して徐々に北上して行く。
彼と出会ったのは南の町を出た1つ目小さな町だ。ゼクスに行く行商を探していたらしい。
この時期、俺が北上するのを知っていた町の人間が教えたそうだ。
「ねぇ、ゼクスまで行くんだって?僕を乗せて欲しいんだ」
こういうヤツはそれなりにいる。護衛もいるし、安心だからと同行を依頼されるのだ。たいていは金を払うから、と言う。
ところがコイツはただ乗りだと言う。
はぁ?俺には何の徳もない、そう断った。ところが凄くお得だよ?と言う。試しに隣町まで乗せてよ、やっぱりダメならまた交渉しよう?と提案された。
そこの町のヤツらが、拝まんばかりに頼むよと言うので仕方なく乗せることにした。
次の町に着いて決められた場所で店を広げ、行商を始めると人がたくさん集まって来た。
生活用品からアクセサリー、武器や食料。何でも扱うが大抵は生活用品か食料が良く売れる。ところがアイツがいるとアクセサリーが良く売れる。頬を染めた若い娘がこぞって買ってくんだ。
若い子だけじゃなくババアもだぜ?さらにはよ、ゴツい探索者がよ、お兄さん、それお勧めとかアイツに言われて剣とか買ってくんだぜ?大銀貨5枚もする剣を。
アイツは武器の目利きが出来るんだ。それも相当。
お陰で売れる売れる。もう、ゼクスまでぜひよろしくって速攻で言ったさ。
ね?お得でしょ?だってよ。
俺はよ、こう見えてかぁちゃん一筋だけどよ。お前さんみたいなのは護衛とかが変な気起こさないか?って聞いたんだよ。
そしたらよ、もう起こされただってさ。
大丈夫、僕は体を使った戦いは出来ないけど魔法は得意だからって。
気をつけろよって言ったら、やっぱりいい人だねって。いい人とかじゃねぇけどな。無事に届けてやりたいだろ?時々凄く憂いた顔してるから。
きっと会いたい人がいるんだな。
そう思ったからよ、まぁこれからも稼がせてくれよ?
僕は馬車の荷台に腰掛けている。小麦の袋は高さがちょうどいい。穏やかな風が吹いているが、少し湿り気を帯びてきた。一雨来るかな?
エルに声をかける。
「一雨来そうだ」
馬車は停車し、防水の幌に変える。雨具を脇に置いて、また走り出す。少し進むとザーッと雨が降り始めた。
雨は昔の記憶を呼び覚ます。
あの日もこんな雨だったな。
*******
「あら、やだ?雨ですの?せっかくのお出かけなのに…」
ぷくっと頬を膨らませて馬車の中の少女はむくれる。
「でも進めなくなれば、それだけ一緒にいられますのよね?」
うふふっそれもいいですわ。嬉しそうにニッコリする。
全く面倒な。サッサと終わらせて帰りたいのに。なんで僕がこんなくだらない依頼を…。
先輩は止めてくれた。
「そんなくだらない依頼をなんで受けた?俺らは探索者だ。護衛ですらないお出かけの話し相手って、ふざけてんのか?」
そのくだらない指名依頼を受けた探索者ギルドに文句を言った。
「ただ出かけて相手をするだけですよ。それで高額の依頼料が貰えるんだからいいじゃないですか?」
「コイツは見せもんじゃねぇ。あいつらの事情に巻き込まれないとなぜ言える?」
「そうは言っても伯爵家からの依頼ですから」
「そもそも先に迷宮探索が入ってんだよ!断れ!」
先輩は猛抗議してくれた。
そう、先に長らく待った迷宮の探索許可が降りて、やっと入れると思った矢先だった。でもこれ以上、先輩に迷惑はかけられない。
ただでさえいつも守って貰ってるし。
「先輩、今回だけ受けます。迷宮は残念ですが」
先輩は苦虫を噛んだような顔で渋々頷く。
「気をつけろ。絶対に触らせるな」
「はい、気をつけます」
貴族の依頼は断りにくい。しかし、それを逆手に気に入った探索者を呼び出し、既成事実を使って囲うことがある。今回もそれを心配した先輩からの助言だ。
そして当日、同じ馬車の中は遠慮して横を歩いている。外は雨が降っていた。雨宿りなんてしないで進むぞ。そう思ったのに、思いの外激しく降られ、仕方なく森の大きな木の下でしばらく待機となった。
お嬢様は馬車の中から僕を呼ぶが、僕は中に入らない。そういう契約だからだ。
早く乗りなさい、と言ってるが知らない。
すると突然矢がッ、どこから?
馬車に矢が飛んで来た。僕は護衛ではないから自分だけを守ればいい。しかしお嬢様が馬車の窓から身を乗り出している。
「中に!」
叫ぶが窓から外に出ようとしている。馬車が狙われているなら、標的はお嬢様だろう。なのに、外に出るなど自殺行為だ。
そして身を乗り出すお嬢様に矢が飛んできた。庇わない訳にも行かず、剣を抜くと死角から襲われる。
バランスを崩し矢を肩と足に受けてしまう。僕を襲った男はお嬢様に剣を振り上げる。
僕は必死にそいつにしがみ付き、剣の柄で顔を打たれて倒れ込んだ。
その後のことは覚えていない。
気が付いたら診療所で寝ていた。目を覚ますと
「おい、大丈夫か?俺が分かるか?」
先輩だった。僕は頷く。
先輩はその大きな体を丸めて僕の頭を優しく撫でながら良かったと呟いた。
話を聞けば本当にくだらない。
お嬢様が僕を愛人にしたくて仕組んだ自作自演、の筈だった。それを対抗する貴族が嗅ぎつけ、ちょうどいいからお嬢様を始末するなりキズモノにしてしまえとなった。
だからあの時の襲撃は本物で、なのに自作自演だと思って僕に抱きつこうとしていたらしい。
あまりにもくだらな過ぎて…。
なのに、それなのに…矢と剣には毒が塗られていて俺は肩も足も動かなくなり、そして片目の視力も失った。
探索者としてはもう生きられない。僕が助かったのは嫌な予感がしたからと密かに近くで依頼を受けていた先輩が、騒動に気がついて駆けつけてくれたからだ。
僕が探索者を続けられないと知って、先輩はあっさりと探索者を辞めた。
いつかは自分の店が欲しかったんだ、と言って食べ物の屋台を始めたのだ。お前を雇うぞ!お前なら立ってるだけで客が来る。そう笑って。
※読んでくださる皆さんにお願い※
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