50.旅人
バナパルト王国の南北に走る街道。
そこを馬車が進んで行く。御者台に座るのはまだ若い青年。
2頭立ての幌付き馬車で、馬はどちらも大柄で力強く馬車を引いている。
町から町が離れているこの辺は、王国でも北の方で行き交う人もごく少ない旅人ばかり。
商人か、探索者か…そんな旅人が街道を進んでいく。
やがて陽が沈むころ、馬車は街道から外れた森の中にいた。
野営の準備は整い、夕食を作っている。
旅人は3人。黙々と食事をしている。食べ終わると早々に片付けを終え、1人を残してテントへ入って行った。
旅を始めてから何度、このように焚き火を見つめただろうか?
皆んな元気でいるか?心配ばかりだ。いや、心配をかけているのは私もだ。
呪いによるケガで足は引きずるようにしか歩けない。肩も動かすことが難しい。
息子たちに負担をかけてばかりだ。
森の夜は暗い…悪いものを引き寄せるには充分に。
ガサッ…ひゅん、ドサッ
「相手は1人だ!怯むな!」
威勢のいいことだ。後ろのヤツラらはもう討ち取られているのに。
盗賊の頭は声に応じる気配がないことに焦る。
「お前ら何やってる!」
尚も答えはない。
焚き火の前に座る青年を見る。ゾクリとした。ヤバい、俺だけでも逃げなければ…
次の瞬間、男の首と胴体は分かれていた。
「こんなヤツらがいるんですね、父上」
「元は農民なのか…」
「ベルは拠点を確認に行きました」
「うむ。お前は寝なさい」
「はい、ではまた後ほど」
こんな弱い夜盗では話にならない。準備運動にすらならなかった。
また焚き火を見つめ、家族を想う。
さすがは父上だ。背後の敵は近づく前に倒していた。全くなんて察知範囲の広い。
その父が魔術師ごときの攻撃を受けるなどあり得ないのに。
今もかなり無理をされている筈だ。
急ぎたいが、父上の体が心配だ。呪いの進行は一時確かに止まった。しかしまた少しずつ進行している。
父上は隠しているが…。
やはり行き先を変えるべきだ。そう言おう。
父上の体が大事だ。
翌朝、父上に進路を変えるよう言った。しかし
「だめだ。早く探してやらなければ…」
「父上、しかし…」
「私1人でも行くぞ」
「進路は変えないと?」
「それならばせめて…速度を落としましょう」
「時間がない。ゆっくりしていては間に合わない」
「父上」
「すまない…」
このまま無理をすれば目的地につけても、もう長くは持たないかもしれない。
私たちは泣きながら父上に縋りついた。私たちにはどちらも大切な家族なのに…。
木の精霊よ…どうか父を…お守り下さい。
私はハクに乗って街道を走っている。後ろにはイリィが一緒に乗っている。
私たちは死の沼に向かっているのだ。
指名依頼を終えて宿に戻るとイリィが迎えてくれた。
私の全身を確認して両頬を手で挟むと、お帰りと言ってキスをしてくれた。
顔を離して頬を撫でるとまたキス。しばらく甘いキスを繰り返したらふんわりと抱きしめてくれた。
「何かあったの?」
「どうして?」
「少し顔つきが変わった気がする」
「イリィにはわかるんだね」
「ずっとアイのことを考えていたからね、そんなふうに照れてる顔もすごく可愛い」
頬を撫でる。
「話したいことがたくさんあるんだ。聞いてくれる?」
「もちろん聞かせて」
私に甘く微笑むイリィ。
私は洞窟の中で新しい石を見つけた話をする。
「ハクとブランが活躍したんだよ」
そして死の沼と呼ばれている場所は、私にとって守らなければいけない場所だったことも…
「詳しい話はまくできないんだけど、とても危険で私と同じ転移者に見つかってはいけないから…ハクの縄張りにして人が近づけないようにしたんだ」
白い沼のほうは、私にとってはご褒美だよ。
イリィと一緒に楽しめる場所にしたいと思ってる。
それから精霊王の祝福を受けたんだ。
生命樹って知ってる?その木に精霊王が宿っていて…長い眠りについていたんだって。
私は愛し子と呼ばれて祝福を受けたんだよ?
ロルフ様とラルフ様も、精霊の祝福を受けていた。
そしてあの2人に私の能力について…ハクについて話をしたよ。
私はハクが普通の銀狼と違うことしか知らなかったけど、精霊王が言うには白銀狼って言う特別な個体で…聖獣の中でも特に力の強い子なんだって。
契約者と出会うことで、その能力が解放される。
だから今のハクはとても強い子なんだよ。
そんな話をイリィにした。
私の味方だから、守るって言ってもらえたんだ。
洞窟のあった辺りはラルフ様が占領したから。隣同士だし、協力できる事はしようと思ってる。
それに森の奥に住んでいるグレイウルフの群れともあったんだよ。
ハクが聖獣だって気がついて挨拶に来てくれた。縄張りが隣だから一緒に見回ってくれるって。心強いね。
生命樹の木はとっても綺麗で朝日に輝く白い幹にふわふわとした精霊たちの光が舞っていて…すごく綺麗だったよ。
この景色をイリィと見たいってそう思ったんだ。
今度一緒に行こう?2人で見たいから。
「ねぇ、アイは本当に僕を喜ばせる天才だね。一晩離れててすごく寂しかったのにそんな嬉しいことを言ってくれて、すぐにでも触れ合いたよ」
そう言ってまた優しいキスをしてくれた。その日の夜はもちろん仲良く一緒のベッドで寝たよ。
ユーグ様の宿る木を見に行きたい。
抱き合って眠るその前にイリィが言った。なるべく早く一緒に。
私は頷いてキスをした。イリィが何かを考えている。その顔に僅かに翳りが見えた気がした。
昨日はギルドに寄ってから宿に帰って来た。諸々の魔法契約の為に。ラルフ様にはキビを使った固形スープの素について権利の譲渡を。
ロルフ様には発見した石についての共有と言う名の押し付けを。
さらにスーザンが呼ばれてキビサンドの権利についても。食べ物は作成方法と販売の権利を登録するらしい。スーザン、涙目で私を見ないで…ごめんて。
しかしスーザンとギルマスが同じ部屋にいると筋肉バイ筋肉で暑苦しい、もとい肉肉しいことこの上ない。
なんだか部屋が急に狭くなった感じ。ギルマスはいつもに増して暑苦しいし。
何でも古くからの知り合いらしい。
で、残るギルドの用事は報酬の確定。今回は権利の譲渡もあるから少し時間がかかるって。
お金は余裕あるから別にいいよ。って言って早々と宿に帰って来た。
例の森に行くとして脚がない。どうしようかな?って考えてたら目の前でハクが巨大化した。
え?ハクさん…大きいんだけど?
2メル(m)を優に超えてますね?いつもは子犬サイズなのに?
『体は大きくなってたんだよ。でも色々不便だからね。小さいままでいたんだ』
「大きいハクも小さいハクも大好きだよ」
そう言って大きなハクの胸毛にダイブする。うわぁ凄い…もふもふでもふもふでふかふかだよ。
このまま寝れる…
『アル…嬉しいけど』
そうだった。森に行く手段だった。
『乗ってみて?』
伏せをしてくれるのでその背中に乗る。ふわふわな毛にを少し掴む。
『もっとしっかり掴んで大丈夫だよー』
「痛くない?」
『うん。アルは軽いし少し強く掴んでも全然気にならないから』
そう言って部屋を歩く。
のしのし…目線が高くて周りが良く見える。
「でも走ったら落ちちゃうんじゃない?」
『大丈夫だよー。魔法で風を避けるから』
「へぇーハクは凄いんだな」
その首に抱きつく。大きくて温かい…。
「でもイリィもいるけど?」
『2人くらい余裕だよ』
「人に見られたらマズくない?」
『隠蔽して一気に駆け抜けるから』
「町の近くは普通に歩いて人が少なくなったら乗ればいいか」
『うん』
「イリィと乗る練習しないと」
『大丈夫だけど、まぁ乗る順番は決めてもいいかな』
そして今、私はハクに乗って街道を走っている。後ろにはイリィが一緒に乗っている。風を感じないで飛ぶように走るハクの背中はとても心地良かった。
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