405.弾劾の激震と順調な旅2
そして同じ頃、ピュリッツァー帝国のとある街道では…
1台の馬車と2頭の馬が街道を走っていた。馬車にしては早い速度でぐんぐん進む。
それはアイルとナリス、テオ、ラルクの一行だ。もちろん、世界を揺るがす話など知らずに行商をしながらも、かなりの速度で王都の方向へ進んでいた。
「おーい、アイル。今日は町に寄ろうぜ」
御者台からナリスが声を上げる。
「分かったよー!」
僕も大声で返す。
ロイカナの町から12日。旅はすこぶる順調だ。とにかく馬がよく走る。暴れ馬のショーグも、そして相棒のハルアラもなかやかの健脚だ。人がいない時はハクもナビィも外を走っている。ブランは外を飛んでいる。
馬車の中にはシルフィとサフィア、トムとジェリーにコムギ、そして狼のイライザ。シークは馭者台、テトとルクはそれぞれ馬と一緒にいる。
サフィアとコムギは時々、外で走ってる。それはもう爆走。で、ハクやナビィは時々消える。戻ってくると大抵、亜空間に何かが増えている。
楽しそうで何よりだ。
シルフィは完全に魔力が戻って元気だ。抑えていない時は溢れるほどの魔力を感じる。
ナビィからは余り仲良くしちゃダメと言われているから、普段は別々だけど。それでも時々、シルフィに魔力をねだられる。魔力が体に馴染むまでは仕方ないのだとか。僕由来の魔力だからね。
シルフィは精霊だと言わなければ普通にきれいな人に見える。だから普段は僕と同じでローブのフードを目深に被る。
身分証は無かったから、途中の町で商業ギルドに登録した。
シルフィのあの湖は聖水で出来てるのだとか。呪いの影響でしばらくは飲めなかったけど、今は大丈夫と言う。そもそもシルフィが出す水は聖なる水。それは聖水の上位互換らしい。知らなかった。
でもそれはやり過ぎだからとビクトルに言われ、湖の聖水を販売することにした。
水魔法は治癒魔法でもあるからね。
それで商業ギルドに登録したんだ。水魔法でも聖水を作れる。もっとも特級の使い手に限られる。僕も作れたけど、これ以上は目立ちたく無い。だからナリスにシルフィの登録と聖水の販売を任せた。
1瓶で大銀貨10枚、約10万円。ぼろ儲けだ。5瓶ほど売ってシルフィはそれなりのお金を手に入れた。そのまま僕に渡すから、お金を預かることにした。
シルフィのお金を保管する為にお財布を買った。僕にも色違いでお財布を買って、それぞれ保管。
服屋に行ってシルフィの服をあれこれ買った。下履きはシルクで作ったものを渡している。あんなにすべすべのお肌だからね。
靴とかカバンも買ったよ。余りにも旅人って感じでは無かったから。長い髪の毛を結うリボンも買ってみた。僕の持ってる布は白ばっかりだからね。
紫のリボンで結んだら嬉しそうに僕に見せてきた。うん、可愛いよ。
そんな風にして時々は町に寄りながらも早足で街道を進んだ。
ロイカナの町から王都までは馬車で凡そ2ヶ月、馬だと1ヶ月と聞いていた。今は12日で憶測だけどだいたい全行程の4割弱まで進んだ。かなりの速さだ。だって行商もしてるからね。
もっとも街道から余り離れずに、仕入れも町ごとにはせずだからまぁ早いよな。
途中で狩った魔獣やらは次の町の探索者ギルドに売っている。他にも小出しにミスリルやらオリハルコンを売っているみたいだ。
そして進んだ先でハクたちが一斉に馬車に戻って来た。ハクは転移が出来る。だからナビィ以外は戻る時、ハクに掴まる。それで馬車に戻れるのだ。ナビィは僕の元へ飛べるから勝手に帰って来る。
そして、みんなが帰って来るのは大抵、何かが起きる予兆。
「アイル、前で馬車が襲われている。急ぐぞ!」
ナリスの声に続き
「先行する!」
ラルクの声だ。テオは馬車と並走するみたい。
何やら唸り声が聞こえる。
馬車が着く前には静かになっていた。
「外に出るなよ!」
ナリスの声がしたので大人しくコムギを抱っこして座っていた。
何やら話し声が聞こえる。
『ブラックウルフの群れだね』
ブラックウルフ?
『魔獣の狼…大きくて素早い。群れで行動する魔獣』
シルフィは知ってるんだ。
『水が嫌いだから相性がいい』
シルフィが水を渦にして瞬殺する様子が目に浮かぶ。
外から扉が叩かれる。
「出て来てもいいぞ!」
ナリスだ。馬車の扉が外から開いて僕は外に出た。続いてシルフィが降りる。ハクたちは好き勝手に外に飛び出した。もちろん、小さくなってね。
そこには横転した馬車と多分、沢山のブラックウルフ。そして人も倒れていた。
明らかに亡くなっている人がいる。テオが話をしているのはまだ若そうないかにも商人って感じの男の人。亡くなっているのは女性と男性。
テオが話を終えると
「どうやら商人だな。護衛は逃げたらしいぞ?それで商店の主人とその妻が亡くなって、御者をしていた彼は気を失っていた助かったようだな」
「逃げようとして追われたのか?」
倒れた人たちは半分食われていたから。凄惨な現場だけど、僕は案外冷静だった。それがこの世界なのだ。
力が無いものは奪われる。命の軽い世界。
ナリスたちは遺体を諦めて(余りにも酷かったから)匂いを指す為に火魔法で焼いた。ブラックウルフは耳と牙を取ってやはり焼いていた。
『あのお肉は不味いからね…』
「ハク、お肉とか言わないの。魔獣と言えど命なんだから」
ハクは僕に擦り寄って
『やっぱり僕のアルは優しい…大好き!』
怒られたのに喜ばれて複雑な気持ちだ。ウルフたちが焼けた後に風魔法で匂いを散らして、そこには横転した馬車があるだけとなった。
生き残った御者と共に4人で力を合わせて馬車を起こそうとするけど、やっぱり重そう。だから風魔法で少し軽くしてあげた。するとようやく馬車は立ち上がった。
軸が折れていたのはナリスが簡易に直していた。
「応急措置だからな…」
「恩にきる」
そうしてその馬車はゆっくりと進み始めた。馬が転ばなかったのは幸いか。
僕たちは早く町に着きたかったので、そこで別れた。町まではそう遠く無いし、彼を守る義理もない。それでも町に着いたら門番には伝えるけどな。
そうして30分ほどで町に着いた。門番には身分証を提示して、商人の馬車が襲われたことを伝える。
そして僕たちは探索者ギルドに向かった。
ブラックウルフの換金をするためだ。僕は特に用事が無いからギルドにある椅子に座って待っていた。
まだ夕方前だからあっさりと終わったみたい。ただ、ナリスが何やら窓口で話し込んでる。
テオとラルクは戻って来て
「ロイカナの町のギルマス、アスクルさんからの伝言だとさ。この町のギルマスに会って欲しいと」
「みんな?」
「あぁ、みんなだが…本命はアイルだろう」
面倒だなあ。だって迷宮絡みだろうし。ナリスが戻って来る。
「迷宮の級が確定したらしい」
その割には渋い顔だ。
「ギルマスに会おう。避けては通れないからな」
仕方ないな。手短にお願いしよう。
職員に案内されてギルマスの部屋に行く。中にはこれまた大きな人がいた。でも若いな。見た感じは20代だ。
「良く来たな、疲れているところを悪いが少し付き合ってくれ」
声は渋い。なんかギャップがすごい人だ。
「まず、君がアイルだな?ロイカナの町では色々な不手際で迷惑をかけたな、お詫びをする」
そう言って軽く頭を下げた。
僕の代わりにナリスが
「あなたは何も関わっていないでしょ?謝罪は受け取るが」
頭を上げると
「スカイシーク家の方であるな?ご家族から手紙が来ておる。王宮の騒動絡みだと思われるが」
ナリスは怪訝な顔をした。
「王宮の騒動?」
僕たちは旅をしているし、ここの前に町に寄ったのは5日前だ。
「旅をして来てな、前の町を出たのは5日前だ。それ以降のことか?」
「あぁ、帝国の隠された姫の話だ」
「なん、だと?」
ナリスは手紙を読むとテオとラルクにも見せた。そして固まった。
僕には見せてくれないのかと思ったら渡してくれた。
―2月14日 帝国の隠された姫 王宮にて弾劾の儀 潔白なり しかし、既に身罷られた―
昨日の日付だ。でも全く意味が分からなかった。帝国の隠された姫とか弾劾とか。少なくともナリスも、テオとラルクも何かを知っているみたいだけど。特にテオとラルクが凍りついた。
ギルマスは
「でな、俺からの話はロイカナの町近くにできた新しい迷宮の件だ。あの迷宮はSランクに指定された。国とギルドの管理下に置かれる」
ナリスたちは頷いていた。
「迷宮には詳しく無いが、余りにも難易度が高いからな」
「迷惑をかけた調査員のおばさんな、調査に加えろとうるさかったから加えたんだとさ。18階層で飛ばされて、行手不明だ」
ナリスたちはアイル、ロキ、コムギ、ブランがそれぞれ30階層より下に飛ばされたことを知っている。しかもブラン以外は40階層より下だ。
魔法が使えない魔術師が下層に飛ばされて、生きているとは思えない。自業自得だな。
「罠がな…なかなか凶悪で、そして報酬はかなりいいだろ?鉱物や武器が多いが、毛皮やシルクも落とす。だからSに指定したんだ。そこで、40階層で取れる雲のカケラの価値が確定した。10グラムで大銀貨10枚だ」
それは高いのかな?ナリスを見る。青ざめている。
「そんなに、なのか?」
「あぁ、調査員は20階層で引き返した。マグマ層は装備が無ければ進めない。しかし、装備があっても進むのは無謀だと判断した。飛獣がいなくてはな。だから調査は打ち切りだ。今後は特級込みの上級でしか入れなくなりそうだ」
ナリスを突く。
「10グラムで大銀貨10枚って凄いの?」
呆れた顔で僕を見る。分からないよ、もう。
「がっはっは。そうだな、10グラムだとカケラの半分以下だな。だいたいひとかけらで大銀貨30枚だ!」
それを聞いて理解した。あの小さなひとかけらが30万円。それは確かに高いのだろう。無数にある雲のカケラを思い描く。
「ちなみにそれは雲のカケラの値段だ。シルフィーナは倍だ。倍」
ひとかけらで60万円。それは流石に。ナリスもテオもラルクも青ざめた。
「だからな、少し売ってほしい。たくさんは無くてもそうだなぁ、各100個くらいなら買えるぞ。出来れば商業ギルドにも卸して欲しい」
「ならこっちは任せるよ!僕は商業ギルドにシルフィと卸すから」
ナリスたちは無事に大金を手に入れたみたいだ。良かったね。
その後は商業ギルドでシルフィの分の雲のカケラを売った。僕はそのまま口座に、シルフィは口座が使えないから現金で貰った。重いよ、もう。
それから宿に入って落ち着いた。




