397.迷宮の調査2
ちなみにハクとブラン、ナビィは基本僕の好きにしたらいいと思っている。
都合が悪く成ったら国を亡ぼせばいいと平気で言うくらいだから。
僕にとっては簡単だよ!しっぽを振りながら言うハク、頷くブラン、飛びついてくるナビィ。
ハクたちにとっても関心は基本僕だけ。だから国を壊されたくなかったら僕が制御しなきゃいけない。
それでも危険だと判断すれば有言実行するんだろうと思う。
ならば、目を付けられるようなことをしなければいい。
みんなで平穏で無事に過ごすためにはそれがいいという結論だ。
もちろん僕も賛成だ。
ってことでごめんね、僕には無理。
ロキは何か言いたそうだったけど、ギルドの調査員が来る前にわざわざ声を掛けたってことはそういうことだろう。
「話はそれだけ?」
「迷宮の調査については、な。実は新しい物質と鉱物についての話を少ししたいんだ」
面倒だなと思うけど、どうやら避けて通れないらしい。ならば仕方ない。
ロキに付いてテントに向かう。
その脇にある椅子を勧められて座る。ナビィは僕の膝に飛び乗り、ハクは足元に丸くなった。ブランは肩の上だ。ちなみにコムギたちは家でお昼寝している。
「早速だが、まずはあの雲のカケラ。あれは新しい物質なのか?」
「うん、シルフィがね?」
全力でシルフィに押し付けた。なんで新しい物質って知ってるかとかね、聞かれたら困るから。
もちろん、ビクトルが教えてくれたけどそれも秘密だし。
ロキとそして他のみんなにはビクトルとバクセルは見えない。もちろんシュレもだ。
だから秘密だし、ビクトルはそもそも僕のスキル。それを知られたくない。
って事でいろいろな秘密はシルフィに押し付ける事にした。万事オッケーな筈。
「なるほど…シルフィーヌ様も水を操っておられた。流石だ」
うんうん頷くロキ。
シルフィはみんなに紹介した。彼が
「僕が表にたてば、アイルは僕の庇護を受けられる」
それはとても有り難い。目立ちたくないからね。
「登録が必要だ。これはアイルにしか出来ない」
そこはもう仕方ない。
「僕で登録して」
ロキは手元の紙に何かを書いている。
「雲のカケラ、名前はそれでいいか?」
僕はシルフィを思い浮かべる。せっかくだし彼の名前を付けたい。
「登録名はそれで、色付きの商品名はシルフィーナでどう?」
ロキは驚いてからその色白の頬を染めた。
「それは素晴らしい!あの美しいシルフィーヌ様を彷彿とさせる美しい名前だ。シルフィーナ…」
うっとりしている。えっとロキ、戻って来て。
しばしうっとりしてたけど、ふと我に帰り
「う、おほんっでは次に雲のカケラと鉱物の権利についてだ」
そう言って僕とナリスたちを見回す。
「簡単にギルドに経緯を報告した。その時にしばらくは誰かが残って、ある程度の採取、採掘をして欲しいと言われた。なんと言っても貴重な素材に鉱物だ。その際に、発見者への報酬を払う予定なんだ」
あーこれは…どうするか。ナリスを見る。難しい顔をしている。
「あーそれはその、採掘は誰が?」
ロキは当然と言う顔で
「我々がするが?」
ナリスは僕を見てからなんと言おうか考えている。
そりゃそうだ。雲が上下するのは僕がいるから。僕無しでは雲は上下しない。ナリスたちは身をもって知っている。
もちろん、ブランやドーナでも、魔力圧があるので無理だしドーナはそもそもロキたちに紹介していない。
見るからにドラゴンって顔だからね。ナビィは黒曜犬だと伝えてるけど、空を翔けることは秘密だ。
シルフィは飛べるけど、雲を上下させることは出来ない。それに鳥の攻撃を防ぐのだってかなり難易度が高いのだ。
「それは無理だ」
えっという顔をするロキ。
「それは深層に飛ぶのに協力しないという意味か?」
ナリスは冷静に
「そもそもだ、俺たちが40階層まで到達したから転移陣が使える。ギルドの為にその大変な思いをしてようやく辿り着いた転移陣を使わせる義理はない」
ロキが詰まった。そもそも、ギルドの調査の為に階層の情報を伝える義務だって無いのだ。
買い取って貰える情報ではあるが、お金には困っていない。
「ただ、不用意に入るのは危ないから協力はしただけだ。ロキに鉱物とか雲のカケラを取らせたのはアイルの単なる好意。それを勝手に本人の同意なくギルドに報告した上に、協力することは当たり前という態度はどうなんだ?」
僕も確かにと思う。ギルドが組織的に絡むとは考えてなかったのだ。
「う、それはその…申し訳ない。しかしそれほど貴重なんだ」
「貴重かどうかは関係ないよ」
僕はそう答えた。あそこまで自力で辿り着けても、どうせ採取は出来ないのだから。
「悪いがギルドの調査員が自力で40階層に辿り着いて採取するしかないな。辿り着けるか、そして採取出来るか。この件については協力出来ない」
ナリスが断言した。彼は死にそうになりながらも進んで来た。それもハクやブラン、狼たちがいてこそ。だから安易には頷けないのだろう。
「っ…」
ロキは俯いた。
そして顔を上げると
「アイル、申し訳ない…勝手に話をして」
「信用問題に関わるぞ、お前。分かってるな?」
ナリスは問い詰める。
また俯いたロキ。
「どんな罰でも受ける…本当に申し訳ない」
深々と頭を下げた。
僕には良く分からないけど、ナリスがここまで言うのなら、きっとそれほどの事なんだろう。ナリスが難しい顔をしている。
そこへシルフィが来た。
「アイルの好意を裏切った。許さない…僕は怒ってるよ」
なんというか、寒気がする。僕はため息を吐く。
「シルフィ、彼は体調が戻ったばかりだから…ね」
寒気が消えた。ほら、ロキが震えてる。
その手を握れば硬く拳を握って指先は真っ白だ。
その拳を解いて握る。冷たい。
「ナリスもそれからシルフィーヌ様もそれ以上は。あんなに貴重な鉱物、舞い上がっても仕方ないと俺は思う。ミスリルの武器なんて、上級探索者でやっと手が出るかってくらい貴重だ。それも稼ぎを貯めて貯めてようやく買えるかってぐらいだ。
アイルやシルフィーヌ様には分からないだろうが。いい武器は自分の身を守るんだ。稼ぎだけじゃなく、命を守るんだよ。
ギルドだって多く手に入れて、多くの探索者に分けてやりたい。命を守る為に。アイルに断りもなくギルドにバラした挙句、採掘ありきでの話しは確かにやり過ぎだ。だが、そこまでにしてやってくれないか」
テオが、いつも明るいテオが真剣に訴える。
シルフィは僕を見た。僕は肩をすくめる。
「アイルが許すならそれに従う」
僕はロキの手を温めながら、その端正な顔を見る。泣きそうな顔で歯を食いしばっている。
許すのは簡単だ。でもそれは違う気がする。
「ギルドからの正式な謝罪を要求する。それから、僕のことは口外しないこと。もちろん、鉱物の採取場所についても。雲のカケラの登録はしてもいいけど、迷宮が出来た時に排出されたとかそんな感じにして」
ロキは目を開くとその目を僅かに潤ませながら
「分かった。この話はギルマスしか知らないから、その旨をきちんと伝える。アイル、せっかくの好意を申し訳なかった」
また頭を下げるロキ。僕はその細い髪の毛に手を伸ばしくしゃっと撫でた。
ロキが驚いて顔を上げる。
「笑って」
えっとまん丸に目が開く。
「悪いと思ってるなら僕の命令に従って、笑って!」
まじまじと僕を見てからくしゃりと笑った。泣き笑いのような微妙な顔だったけど、今まで見た中で一番の笑顔だった。
「ふふっ、ほら…笑ったから手が温かくなったよ?すごく冷たかったから」
ロキは頬を染めてそっと僕の手を握り返す。そして僕の手の甲にキスをした。
「アイルはとても温かいな…」
「まだ小さいからかな?」
ロキはまた目をまん丸に開くと、ふふっとおかしそうに笑った。
それを見ていたナリスたちはやっぱりアイルは無自覚天然たらしの才覚がある、そう思った。温かいのはアイルの気持ちだ。勝手に情報を流されたのに、シルフィを宥め、その手を暖める。ごく当たり前に。
敢えて許さないと言いながら、ロキにはなんの罰も無いような落とし所を提示する。ギルドが目を瞑ればロキの暴走は無かった事になるのだ。
本当に優しい子だ。改めてそう思ったし、守らなくてはとその気持ちを確かにした。
そのアイルは子供みたいに笑うロキを見てなんだか嬉しそうだった。
そう言えば、俺たちはアイルが笑った顔を見たことがない。もちろん、怒った顔も。基本、無表情だからだ。
それでも、感情は分かる。
普段はフードで髪も顔も隠しているから、特に問題は無いが。整ったその顔が笑ったら…もう色々と引き返せないだろうとそう思った。
「もう話しは終わりでいい?」
ロキは頷く。
「ロキ、ギルドの人が来るまでならば、ロキだけを40階層に連れて行くよ!ロキのカバンも空間拡張なんだよな?採掘はシルフィに手伝って貰おう」
シルフィは頷いて、テオが
「俺も手伝うぞ」
ラルクもナリスも頷いた。
ふわっとロキが僕を抱きしめる。
「ありがとう…アイル」




