396.迷宮の調査1
第8章始まります…
迷宮その後から
僕は雲に乗ってぼーっとしていた。
膝の上には小さくなったナビィ、そしてハクは膝に顎を乗せている。
ブランはいつも通り肩にいて胸毛を僕の頬にすりすり。
まったりのんびりと時間が過ぎていく。
ここは新しい迷宮の40階層。僕は聖なるものたちに運んでもらって雲のカケラが舞い散る空でその風景を見るともなしに眺めていた。
イリィが帰ってしまってぽっかりと胸に穴が開いたみたいだ。
迷宮から戻って2日後にイリィと会った。
その前の2日間はロキからの聞き取りに対応していた。
僕1人しか知らない階層があるからね。
そう41階層から先48階層までは僕しか知らない階層だ。
逆に低層階は僕が知らなかったりする。
で、それをロキがまとめるために聞き取りをしていた。
イリィが来たときは丁度、ひと段落して家に籠ってたんだ。聞き取りをするのには近くがいいからね。
だから迷宮から戻った日に家を設置しに行ってそのまま泊って。
翌日は迷宮近くでロキに話をしてそのままテントに宿泊。
その翌日もまた話をしたり低層階に潜ったりして、過ごして聞き取りがあらかた終わったので家で泊っていた。
イリィに会えたのはその翌日。
あの時、イリィは遠くから僕を見るだけのつもりだったそうだ。
シルフィといる姿を見てとっさに駆け出した。それになぜかナビィが気が付いてあの状態だった訳だ。
そういえば僕が家からシルフィと出ようとしたらハクが押し返そうとしたことを思い出す。
ハクはイリィを知っていて僕とシルフィが一緒にいる所を見たらショックだろうと思ったんだろうか。
ナビィは家の中にいてイリィの匂いか魔力に気が付いてとっさに追いかけた。
いや、違うか。分かってて追いかけたんだろう。
僕がそのナビィを追って、イリィを押し倒していることに気が付けば引きはがそうとすることも、引きはがせなかったら体をねじ込むこともきっと織り込み済み
ナビィはけっしてイリィの為にしたんじゃない。それは記憶を失くした僕の為。
知らずに大切な人を遠ざけてしまう事にならないよう、ナビィは立ち回った。
結果、イリィの為になっただけ。
僕は時々、イリィと呟いていた自覚がある。だからきっと思い出せていなくても名前は知っていると分かっていたはず。
そう、ハクやブランと一緒。記憶は戻らなくても大切な存在だと分かる。
本当に敵わない。
でもハクやブランと違うのはイリィには会ってもイリィだと分からなかったこと。
僕がひそかに落ち込んでいたらビクトルがそれは契約者との違いだって。
ハクとブランと僕は契約者とその主となる。魔力的な結びつきがとても強いそうだ。
人と人との関わりよりも確実に強化な絆。その違いだって。
そう言われて少しだけほっとしたけど。やっぱり気が付きたかった。
まぁ匂いとか髪の色とかの断片的な記憶の欠片でかろうじて分かった。
もちろんイリィの僕を見る目がとてもとても大切な人を見る目だったのもある。
泣いているイリィを見て心が痛かったのもある。
すごくきれいな、夢で見た淡い金髪に心が動いたこともある。
良く顔を見たらすっごくきれいで、僕の中にふわりと風が吹いたようなそんな気がした。
縋るようなその目が僕を離さなかったしね。
懐かしくて気持ちがふわふわして。
キスされたときは本当に驚いたけど柔らかな感触に気持ちがどきどきした。
この人がイリィだったら、そう思って…そしたら実際にイリィで。
嬉しかったけどやっぱり思い出せない自分がふがいなくて悲しかった。
それでもイリィは僕は悪くないと言ってくれた。
それで少し、ほんの少しだけ気持ちが楽になったよ。
イリィに求められたときは凄く恥ずかしくて、記憶がないから初体験だし。
触れ合う素肌はなめらかで温かくて、人肌って気持ちいいなって思った。
イリィはとても激しくてちょっと辛かったけど、それでも離れたくなくて。
一緒の時間は夢のように過ぎて行った。
どこの誰かも、何処にいるかもわからずに探す予定だったイリィ。
今度は探すのではなく再会を目指す。それは僕にとって漠然と南に向かうよりとても意味がある。
だってまたイリィと寄り添いあえる。それを目標に頑張れるからね。
それでもやっぱり別れは悲しくて、ナビィを抱きしめて泣いた。
抱き着かれるのは嫌いなのに、すっごく我慢して腕の中に納まってくれてたよ。
離した途端に体をふるふるさせて盛大に伸びをしてあくびをして、しっぽをぶんぶん振ると撫でろと頭を擦り付けてくる。
今回はナビィがお手柄だったからね。たくさん撫でてキスをした。
その後はお膝でまったりと寛いたナビィ。
そして僕はイリィと見た景色を見るために今、迷宮の40階層にいる。
雲のカケラはきらきらと舞っている。
なぜか迷宮の中なのにお日様がさんさんと照っていて。
イリィを思いながら少しの間ぼーっとしていた。
さて、この階層には特に用事もないし…戻ろうか。
ヒュン
地上に戻るとそこにはロキ、バグスにガイネリア、ガリレオとナリス、テオ、ラルクがいた。
「どうしたの?」
みんなは顔を見合わせて
「深層に行きたいと話をしていたんだ。複数人の目撃情報が無いのは41階層以降だから」
防寒対策があるなら行けなくはないけど、みんなの装備では凍り付くと思うんだよね。
「ロイカナのギルドから調査の人はまだ来ないの?」
「明日には着く予定だ」
なら明日以降にその調査員が行けばいいのでは?
「アイル、そこでお願いがあって。迷宮の調査に付き合って貰えないか?」
これに対しての答えはもうビクトルと決めてあった。
「無理」
そう、僕の能力が必要となる階層ではあまりに危険、そういう判断だ。
「いや、しかし」
「僕は協力者として依頼を受けていないし、受ける義務もない。だいたい中級の僕程度に調査なんて出来るわけないでしょ?生きて帰れたのが奇跡なのに」
ぐっと詰まるロキ。
みんなの顔を見る限り、ナリス達は止めたんだろうな。
彼らは全部とは言わないまでもある程度は僕の能力を知っている。
それでもテオとラルクは僕の騎士だと言ってくれたし、ナリスはそもそも予言による功労者である僕を守ろうとしてくれている。
骨折や内臓のケガまで当たり前に治る傷薬とか、空間拡張が当たり前に組み込まれたテントとか。
もちろん僕のポーチがかなりの収納量であることも、雲が聖なるものによって上下することも。
それらは大勢に知れていい話ではない。
いや、寧ろ今以上に知られることは避けるべきだとビクトルに言われた。
それはあのシルフィにすら言われたのだから頷くしかない。
そもそもサフィアとかシルフィが僕に寄り添っている時点で色々問題なのだ。
ロキたちにはハク、ブラン、ナビィにコムギ、トムとジェリーもただの動物だと話している。
さすがにサフィアはそのサイズとか諸々疑われていると思うけど、ロキは本当の大きさを知らない。
1メルあるだけでもネズミとしてはあり得ないくらい大きいけど。
本来は2メルもあるのだ。ロキは眠っていて知らないけどね。
下層に行くならサフィアは大きい方がいい。そうすると大きさを変えられるとかそれ自体も問題だ。
余りにも人に知られない方がいいことが多すぎて、ロキたちと調査に赴くのは拒否することにした。
ナリス達はもうギリギリ仕方ない。それでも今以上の能力を見せるのはやめるべきというビクトルの忠告だ。
だから一緒に迷宮の調査は出来ない。
そういう事だ。
今までは色々と無意識にやらかしていたと思う。
でもイリィに会って、この人を危険にさらしてはいけないと思った。だってあんなにきれいなんだ。変な輩に目をつけられたら大変だ。
それが僕のせいだなんて考えたくもない。
それなら自重するようにと、こんこんとビクトルとシルフィに説教された。
ちなみにハクとブラン、ナビィは基本僕の好きにしたらいいと思っている。
都合が悪く成ったら国を亡ぼせばいいと平気で言うくらいだから。
時系列整理
1月1日 アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月17日 アイルが探索者ギルドで依頼達成の手続きをする
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
アイルが川蛇の依頼を受ける
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
アイルたちがゴブリンの討伐依頼を受ける
アイルたちが迷宮を発見する
アイルが迷宮の罠に飛ばされて行方不明になる 46階層
ラルクたちが迷宮に潜る 9階層
1月20日 迷宮2日目 アイル聖剣、精霊と出会う
コムギと再会する 42階層
ハクたちはブランと再会する 30階層まで転移 35階層
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
迷宮3日目 アイルはナビィと再会する 40階層手前
ハクたち 37階層終わり
1月22日 イーリスがゼクスに到着
迷宮4日目 アイルたち39階層に到着
ハクたち38階層で休む
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発 森人の隠れ里にに着く
迷宮5日目 ハクたち39階アタック開始
アイル捜索隊がロイカナの町を出発し、迷宮に向かう
アイルたち39階層でハクたちと合流し40階層に向かう
1月26日 イーリスたちが王都付近で襲撃される
1月28日 イーリスが目覚める
1月30日 イーリスがアイルと再会する




