392.襲撃の後で
バナパルト王国の王都付近のとある場所では…
バキッ
ついにアイの防御が突破され、僕たちは強い力で吹き飛ばされた。アイ…アイ、ごめんね…さようなら。僕はただただアイの事を思って、破壊のペンダントを握りしめ…意識がそこで途絶えた。
クソッしつこいな!薬の影響で体の動きが鈍い。何やら変な武器で遠くから攻撃されてロルフ様たちに近付けない。よし、後少し。堪えてくれ。
願うように敵を屠り、やっと道が開いた。
「フェル、こっちは頼んだ!」
しかし、3人は立っていられず蹲る。待て、後少しだけ。助けに向かう直前に敵が動いた。特大の風魔法だ。あの威力では俺でも相殺出来ない。
俺が辿り着く前に目の前でアイルの結界が壊れ、3人はまるで木の葉のように飛ばされて…
慌てて近寄る。なんでこんな事に…?
俺はただ茫然と座り込むことしか出来なかった。なんで…こんな事に。
間に合わなかったか…
ん?あれ…地面からほんの少し浮いてる??
トスンッ
優しく着地した彼ら。
はい…?
俺はしばらく放心していた。あちこちで戦闘は続いてるのに。
そして怒りが湧いて来た。こんな事を彼らに…アイルに合わせる顔がない。くっ許さない。俺はその時初めて、本気で怒った。
怒りで我を忘れるとか聞いたことはあったが、意味が分からなかったのだ。
それが分かった。これか…。魔力が暴れる。
奴らを根絶やしに…いや、生かして。生きている事を後悔させる。簡単に殺してはやらない。
目の前が赤くなる。それと同時にスッと冷静になった。俺はフェルのそばに走り、奴らに向けて制御していない風魔法を展開する。飛べ、そして暴れろ!切り刻め!!
気がつくとフェルが俺にもたれて座っていた。俺も座っている。それはなかなかな光景だった。死屍累々。
野盗はほぼ全滅。生きているのは3人、魔力縄で雁字搦めだ。自殺防止に口にも魔力縄。
しかも裸で転がされている。これは仕方ない。武器などを隠し持っているかもしれない。
だから基本裸にする。
俺はあの時、魔法を最大に放出して立ち尽くしていた。相手をしていた敵は1人を残して殲滅した。フェルが俺に抱き付いて、そのまま2人して座り込んだのだ。
ロルフ様たちのそばにはリベールとマルクス、そしてヤンがいた。
彼らを囲んで泣いている。それもそうか…あれは余りにも。俺はため息を吐く。そして不意に涙が込み上げて来た。
ふっくっ…こんな事が。
フェルが後ろから抱きしめてくれた。スーザンとリアも抱き合って泣いている。
これほどまでなのか…俺は今日という日を生涯忘れないだろう。
結局、俺たちは王都へ向かうことになった。ハウラル殿が王都の魔術師団に伝書鳥を飛ばし、王都から魔術師団の第一師団と国軍の第一部隊が駆けつけた。
ここは王都へ分岐する街道から少し入った場所。王都からは馬車で2時間ほどか。それを馬を飛ばして30分で迎えに来てくれたのだ。
死体や野党は後から来る馬車が回収するという。
そして、事情を聞く必要があるとして俺たちは王都へ行くことになったのだ。
多分、襲撃者は他国の人間。しかも、あの変な武器や魔道具。気になることばかりだ。
これはもう仕方ない。
さらにはロルフ様の件。高位貴族であり、さらにはあのイーリスも。エリアスまで関わるならもうこれは避けられない。
彼らのことを話さなければならないのが辛い。何と言ったらいいのだ。彼らはマルクスの荷馬車に丁寧に横たえて、王都まで運ばれた。
アイルのふわふわの毛布に丁寧に包まれて。
イーリスはその手にペンダントを握っていた。強く握ったからか、鎖が切れていた。俺はその鎖ごとその手に握らせる。せめて一緒に…
その顔は青ざめて、でもキズ一つなく穏やかだった。それがせめてもの救いだ。
国軍と魔術師団の馬に囲まれて王都へ向かう馬車。何故か馬車も馬も無傷だ。
マルクスとヤン、ロザーナはそれなりに傷が深かったが、俺とサリナスにブラッド、リベールにハウラルどのはかすり傷だった。きっとアイルの防御の違いだ。
それでもザックリと切れたケガもアイルの普通の傷薬で切れた服まで元通りだった。
いや、むしろ新品みたいだ。普通ってなんだと改めて思った。
こうしてロルフ様、イーリス、エリアス以外はほぼケガもなく、だ。結局のところ、100人近い野党だったと思われる。普通ならこちらは全滅しててもおかしく無いのだ。
はぁ、本当になんと説明すればいいのか。おもわずため息を吐いた。
しばらく王都に足止めだ。
フェルと俺たち、そしてロルフ様たちは侯爵家が共同で管理する屋敷に向かった。
ロルフ様たちを迎え入れなくてはならない。きっとあちらは騒然としているだろう。
王都の屋敷に着くと、わらわらと人が出て来た。それはもちろん、ロルフ様たちを安置する必要があるから。
そっと毛布に包まれた3人は荷馬車から運び出され、屋敷のベットに横たえられた。
冷たい頬にそっと触れる。今は安らかに眠って。
そう呟いて部屋を後にした。
俺は部屋に入ってため息を吐いた。
「イズ、その…今はもうゆっくりと…」
フェルも俺が間に合わなかったことを気にしてると分かっている。どうしようも無かった。それでも何か出来たんじゃないかと思わずにはいられない。
「イズ…」
抱きしめてくれるフェルの温もりに涙が出て止まらなかった。
僕は夢を見ていた。アイと一緒にいる夢。
「イリィ、見て?きれいだろ。これは雲のカケラ。新しい物質だよ。初めては一緒に見たかったけど、僕はもう見ちゃったから。一緒に見に来ようって思ってたんだ」
「凄くきれいだよ、アイ」
アイはふわりと笑うと
「良かった。他にもね、甘味を作ったんだ。でもこれは2人で食べようと思って…誰にも渡してない。味見もだよ?一緒に食べよう。試作だから不恰好だけど」
「アイ、嬉しいよ…あむっ、うわぁ…あまくて美味しい」
「ほんと?良かった。どうしてもイリィに1番に食べて欲しくて」
「アイ、凄く嬉しい…大好きだよ」
「イリィ、僕も…会えて良かった!」
あぁなんて優しい夢。いや、夢じゃないか…これは死ぬ前に見る走馬灯かな。未来の僕を見られるなんて、嬉しいよ。本当はまだまだ一緒いたかった。初めてを2人で…アイ、会いたいよ…アイ。
優しい夢、優しいアイ。幸せだったよ…ありがとう。
アイ…
僕は目を覚ました。ここは…?あぁもしかして天国かな。アイリスとルイは無事かな。眠い、もう少し寝させて…
「…ス、…リス、イーリス!」
ん?誰…僕は死んだんだよね?
目を開ける。
「イーリス!イーリス、僕が分かるか?」
あれ、目の前にベル兄様がいる。もしかして兄様も死んじゃったの?
「イーリス、死んでない!生きてるんだよ!!」
まさか、あれだけの衝撃を受けて無事なわけがない。
「イーリス!」
思いっきり肩を揺すられた。痛いよ…ん?痛い?
僕は目を開ける。
やっぱり目の前にはベル兄様がいて、泣いていた。ガバッと抱き付くとぎゅうぎゅう締め付けられる。
えっ…うわ、痛い痛い。思わずベル兄様の腕を叩く。痛みで涙が出そうだ。
やっと離してくれたベル兄様は
「イーリス?」
「ベル兄様…?」
「良かった、良かった…イーリス」
僕の膝に抱き付いて泣いてしまった。それからは大変だった。主にベル兄様が。
顔を上げて抱き付いて、頬を撫でてキスをして髪の毛を撫でてまた抱き付いて。終わりなくそれを繰り返されて。流石にそばで見かねたマルクスが止めてくれたけど。
そのマルクスも涙目でポツリと
「良かった」
とこぼして涙を流した。
僕は何が起きたか分からず、ただ驚いていた。だってアイの防御が壊れて、死ぬならあのアイの破壊のペンダントをって思って強く握っていたのに。生きてるんだよ?
しかも無傷で。もちろん、ロルフもエリアスも。
どうやら僕が最後まで目が覚めなくて、ベル兄様が騒いで大変だったみたい。
その内目が覚めると言われてもなかなか目覚めなかったから。といっても2日だけど。
ロルフとエリアスは翌日に目を覚ましたらしい。何で僕だけ遅かったのかは不明。
でも心配かけたのは申し訳ない。だからベル兄様の抱っことかキスとかは甘んじて受けたよ。
あの日のあの時、何があったのか誰も分からなかった。僕たちは特大の風魔法で飛ばされて、吹き飛ばされた。アイの防御が壊れたのだ。
その後は3人で吹き飛ばされて地面近くに横たわっていたんだって。
でも僕には分かる。助けてくれたのはアイだ。間違いない。きっと僕の声が聞こえたんだ。だって僕にはアイの声が聞こえたから。
いち早くイザークが駆けつけると、僕たちは地面に叩きつけられてなくて、浮いてたって。
でゆっくりと地面に降ろされた。
青ざめて気を失っていたけど、生きているのが分かって安堵したと聞いた。
フェリクス様がイズが泣いてね…なかなか貴重だったよ、だって。
その後は横たえられて荷馬車で侯爵家の屋敷に連れて来られ、そこのベットで寝かされたと。
僕たちはみんな訳ありだから人を雇うわけにもいかず、イザークとフェリクス様にベル兄様とマルクスとヤンが付き添ってくれたんだって。
その日の夜にはイグニス様とグライオール様、ヒュランにニミも戻って大変だったってさ。
そりゃ自分たちがいない間に死にかけたと聞いたらね?しかもその時はまだ誰も目が覚めてなかったから。
襲撃に関しては国の極秘事項として管理され、公にはならないということだった。もちろん、ロルフや僕、エリアスの家族には連絡をしてくれるそうだ。
だからと言って、アイの捜索はやめないからね。
僕たちは一緒にいたから、聴取にはロルフが対応してくれた。
あ、アイリスとルイ、それにアイリーンとリツももちろん無事だったよ。僕のベットのそばにはアイリスが置かれて、ルイがそばに寄り添ってたって。
何はともあれ、良かった。
時系列整理
1月1日 アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月17日 アイルが探索者ギルドで依頼達成の手続きをする
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
アイルが川蛇の依頼を受ける
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
アイルたちがゴブリンの討伐依頼を受ける
アイルたちが迷宮を発見する
アイルが迷宮の罠に飛ばされて行方不明になる 46階層
ラルクたちが迷宮に潜る 9階層
1月20日 迷宮2日目 アイル聖剣、精霊と出会う
コムギと再会する 42階層
ハクたちはブランと再会する 30階層まで転移 35階層
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
迷宮3日目 アイルはナビィと再会する 40階層手前
ハクたち 37階層終わり
1月22日 イーリスがゼクスに到着
迷宮4日目 アイルたち39階層に到着
ハクたち38階層で休む
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発 森人の隠れ里にに着く
迷宮5日目 ハクたち39階アタック開始
アイル捜索隊がロイカナの町を出発し、迷宮に向かう
アイルたち39階層でハクたちと合流し40階層に向かう
1月26日 イーリスたちが王都付近で襲撃される
1月28日 イーリスが目覚める




