384.ドライへ向けて
こうして僕たち里を出て南へと向かった。
この街道はバナパルト王国の南のアインスから北のフィーヤまでを繋ぐ。ゼクスから王都、ドライ、ツヴァイ、アインスと南下するのだ。今回は王都に用がない為、迂回する。
面倒なことになりそうだからな。
ゼクスから王都まで3日、そここらドライまでが1週間。それからは町と町が離れているので月単位での移動となる。
王都へ向けて進み、途中で迂回路に行く。
今回の旅は普通に進むだけなら楽勝だと思われる。
上級探索者が3人、中級探索者が1人。上級並の実力者が3人(イザーク、フェリクス様、ハウラ)にロルフ、エリアス、僕に神様たちだ。
森人の里を出てから順調に旅は進んだ。そして、3日目。王都から分岐するら迂回路に入って間も無く。
馬車が止まった。
僕たちは4台の馬車と馬が2頭、キャラバンのような様相だ。
ロルフは侯爵家の馬車で、乗るのはロルフ、エリアス、イグニス様、グライオール様、僕。
フェリクスは侯爵家の馬車で乗るのはフェリクス、イザーク、ハウラル。
スーザンはギルドの馬車で乗るのはスーザン、リア、サリナス、ブラッド
マルクスは行商として荷馬車を引く。そこにはベル兄様とヤンダルが乗る。
そして馬2頭。総勢14名…。
フェリス様とロルフは紋章こそ掲げていないが、明らかに貴族の馬車だ。ロザーナの引く馬車は探索者ギルドの紋章入り、そしてマルクスは行商であることが分かる黄色の旗を付けている。
貴族の馬車に行商の馬車、連なっていたら狙われるのは仕方ないだろう。
しかしこちらには相当な戦力がある。だから油断していた。
アイが壊れるかと思ったあのロルフたちへの襲撃。ハクが傷付いたその時に使われた武器の事をすっかり忘れて。
この世界の理から外れる存在は、何もアイだけでは無かったのに。
気がつくと囲まれている。かなりの人数だ。それでもなんとかなると思っていた。
単なる野盗だと、力でねじ伏せられると。しかもアイあの防御がある。絶対なんてないのに、その時は絶対に大丈夫って思ってた。
きっと僕だけじゃなく、イザークやフェリクスも…そしてスーザンとリアもそう思っていた筈だ。
しかし、相手は巧妙に立ち回り、各馬車を分断した。
隊列は先頭がギルドの馬車、次にロルフ、そしてフェリクス様の馬車で最後尾がマルクスだ。
単純な戦力では僕たちが1番劣る。だから真ん中に挟んで貰っていた。
それを見越してか、マルクスたちは背後の敵に気を取られている間、僕たちは横からの攻撃に気を取られている間に気が付けば自分たちだけになっていた。
しかも、間の悪いことに神様たちは神界に帰っていて不在。馬車にはロルフとエリアス、そして僕しかいない。ヒュランはイグニス様と一緒に神界に行ったから。
僕は対人経験がない。ロルフもだ。唯一、逃亡中に敵と戦ったエリアスも慣れているというほどでは無い。
しかも、分断された先のイザークやスーザンが苦戦している。
あの音…
バシュ
この世界では無い所の武器。理りから外れるもの。とても危険だ。掠っただけでも熱を持って戦闘に支障が出る。
馬車で逃げたが囲まれてしまった。ロルフは目を閉じていたが、覚悟を決めたのか
「馬車を降りる。2人はここで…」
そんなこと出来ない。
「僕も降りる」
ロルフは僕を真っ直ぐに見て
「イルの為に、イーリスは生きて」
まるで死にに行くみたいだ。
「嫌だ!一緒にアイを探すんだ」
いくらアイの防御が手厚くても、逃げられなければやがて捕まる。アイの防御だってどこまで持ち堪えるか分からない。
「僕も…ロルフ1人に背負わせない。捕まるくらいなら、殺して…」
エリアスも覚悟を決めたようだ。
相手の目的が分からないが、捕まるくらいなら確かに死んだ方がいい。例えアイに会えなくても…汚されるくらいなら死を選ぼう。
僕はアイが渡してくれたペンダントを握る。
―「イリィ、もしも…本当にもしも、だよ?どうにもならなくて、死ぬしかないって思う時は…これを」
「これは?」
「眠るみたいにきれいなままで死ねる薬」
「どうしてもの時?」
「僕がもういなくて、どうしようもなくなった時」
「アイ、なんでそんな事」
「絶対なんてないから…イリィが生きていたく無いとそう思う場面が来てしまったら。躊躇せずに飲んで」―
この薬の出番が無ければと思ったけど、その時は躊躇わない。
「捕まりそうになったら、僕が2人を。僕にはアイがくれた薬があるから」
3人で頷いて外に出た。
見るからに野盗という風袋。顔をターバンのような布で覆っている。体もローブにブーツで手袋までしている。しかも手には手袋。全く顔は見えない。
「俺たちの仲間が倒された。誰かは分からねえが、貴族だ。お前らかは知らねぇが見かけたら殺すとこ決めていた。安心しな、すぐに殺してやる。ま、残った体は好きにさせて貰うがな!」
そう宣言された。仲間がやられたのはアイかな?エリアスたちを襲った奴らかハクを襲撃した奴らか。
いざとなったらどちらにしてもこれしか無い、か。
―「イリィ、後こっちも渡しておくよ。何かあって体ごと消滅させたい場合、相手を巻き込んで自爆する。かなり広範囲だからお勧めはしないけど、死後に何かされるのはね…そういう変態もいるらしいし」―
アイはそんな事まで見越してたの?でも、そうだね…。
「ロルフ、エリアス…大丈夫。いざとなったら全部、僕らの体ごと消滅させる。アイツらの勝手にはさせない」
ロルフは僕の背中を撫でると
「任せた、よ」
その後のことはまるで現実では無いような、そんな不思議な体験だった。
魔法で相手を攻撃し、迎撃して行くロルフ。その威力も精度もとんでも無かった。僕も慣れないながらも、戦闘魔法を使う。エリアスは飛んできた攻撃を魔法で防ぐ。
アイの防御はあるけれど、物理的な衝撃を全て殺すことは出来ない。
徐々に削られて、やがてロルフの魔力が尽きた。僕もエリアスももう、立ち上がれない。
イザークたちはどうやら眠り薬の効果で、身体が思うように動かず苦戦している。
兄様たちはこちらに来ようとしているが、たくさんの野盗に阻まれていた。
ここまで、か。アイ…僕がいなくても、どうか幸せに。でも思わず言葉が溢れる。
「アイ、助けて…」
「イル、もう一度会いたかった…」
「アイル、最後に会いたかった」
僕たちは寄り添ってその時を待つ。次の衝撃が来たら、僕はこの破壊のペンダントを握り締めよう。
―「動かなくても大丈夫。言葉にしなくても、いい。イリィの心を感じ取って判断する。簡単には逝かせない」―
僕を、僕たちの体を守って…アイ。僕は目を瞑った。背中にロルフとエリアスの手を感じた。
そして…凄い衝撃が来て
バリッ
ついにアイの防御が突破され、僕たちは強い力で吹き飛ばされた。アイ…アイ、ごめんね…さようなら。僕はただただアイの事を思って、意識がそこで途絶えた。
クソッしつこいな!薬の影響で体の動きが鈍い。何やら変な武器で遠くから攻撃されてロルフ様たちに近付けない。アイルの防御だって何時間ももたないだろう。
もうかれこれ2時間は経った。ロルフ様が魔法で応戦しているのは分かる。良くそこまで魔力が持った。
よし、後少し。堪えてくれ。
願うように敵を屠り、やっと道が開いた。しかし、3人は立っていられず蹲る。待て、後少しだけ。
助けに向かう直前に敵が動いた。特大の風魔法だ。あの威力では俺でも相殺出来ない。
辿り着く前にアイルの結界が壊れ、3人はまるで木の葉のように飛ばされて…
慌てて近寄る。なんでこんな事に…?
俺はただ茫然と座り込むことしか出来なかった。なんで…こんな事に。
時間は遡って迷宮39階層から降りる階段の踊り場で…
さて、そろそろかな。
「じゃあ階段を降りて40階層だよ!」
家を出て階段を降りて行く。みんなが出たらポーチに収納。
僕は空気飛行機に乗り込む。
「みんな乗ってー」
あれ?なんか固まってる。
ハクとブランに狼たちは気にせず乗ってきた。ナリスたちはなぜか戸惑ってる。
「大丈夫だよ?空気だけど固いから」
「いや、その…」
「そういう問題では」
「…」
仕方ないな。
「乗らないと出発出来ないよ!」
背中を押して乗せる。
恐々と乗ったらあれって顔をした。
「大丈夫でしょ?危ないものなんか作らないよ!」
「そ、そうか?」
うんうん、自分も乗るんだし。
「上に向かうよー!えっとね、雲のカケラが取れる。新しい物質らしくてね…価値があるんだって。ナリスとテオとラルクは初めてだし、沢山取ってな」
「新しい」
「物質」
「新発見…はぁぁ?」
ラルクが叫んだ。みんな仲間だよね?ふふっ登録は任せた。
空気飛行機は高度を上げ、そしてそこかしこで雲のカケラが舞う。
「ほらほら、早く取らないと落ちちゃうよ」
ま、下に落ちる前に僕が収納するけど。
ナリスはそっとカケラを手に取って眺めている。テオは金金ーと言いながら積極的に取ってる。ラルクはやはり手に取ってじっくり観察してから取るために走り回っていた。
ちなみにハクとブランは嬉々として雲のカケラを収納していた。
狼たちはなぜかバリバリボリボリ食べていたよ。
「お腹壊さない?」
ビクトルに聞けば
『元は水だし?大丈夫だよ』
なら安心だ。
時系列整理
1月1日 アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月17日 アイルが探索者ギルドで依頼達成の手続きをする
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
アイルが川蛇の依頼を受ける
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
アイルたちがゴブリンの討伐依頼を受ける
アイルたちが迷宮を発見する
アイルが迷宮の罠に飛ばされて行方不明になる 46階層
ラルクたちが迷宮に潜る 9階層
1月20日 迷宮2日目 アイル聖剣、精霊と出会う
コムギと再会する 42階層
ハクたちはブランと再会する 30階層まで転移 35階層
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
迷宮3日目 アイルはナビィと再会する 40階層手前
ハクたち 37階層終わり
1月22日 イーリスがゼクスに到着
迷宮4日目 アイルたち39階層に到着
ハクたち38階層で休む
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発 森人の隠れ里にに着く
迷宮5日目 ハクたち39階アタック開始
アイル捜索隊がロイカナの町を出発し、迷宮に向かう
アイルたち39階層でハクたちと合流し40階層に向かう
1月26日 イーリスたちが王都付近で襲撃される




