39.森人の想い
イーリス、私たち森人はね…特別な習性があるんだよ。家族意外には決して愛称で呼ばせてはならない。
それはね、ちゃんと意味があるんだ…。
お祖父さんも、お前の父親も…私たち森人はね、出会うんだよ…「魂の番にね…」
お祖父さんに聞くとね、無意識なんだって。この人だ、とかそういうハッキリしたものではなく。ただ気になる。
そして、気がついた時には愛称で呼びあっているらしい。無意識だってさ。
これもまた不思議なことに、魂の番を見つけられるのはどちらか一方だけなんだ。家はたまたま男性が多かったかね…。
決まってはいないんだよ。同姓の場合ももちろんある…。不思議さね…?
私もお前の母さんも、愛称で呼ぶくらい構わないと頷いたのが一種の契約というのかねぇ…捕まえられたんだよ。ふふふっ不思議なもんだ。
魂が惹かれ合う人と出会えたら、お前も自然に愛称で呼んでって言うんだろうねぇ。相手がそれを受け入れてくれたら、それは生命樹の祝福…全力で守っておやり。
その人が纒う色は淡いピンクで、キラキラして見えたら…決してその手を離していけないよ。
あぁもう眠いか?寝ていいよ。お前はこんなにも愛らしく産まれてしまったから…苦労するかも知れないね…。運命のいたずらか…。許されるのなら…おまえにもそんな出会いがあるといいさ。
まだお前には早かったかねぇ、いつか分かる日が来るさね…今はもうお眠り。
昔、まだほんの小さな子供の頃のことでオババの話は分からなかった。出会って分かるって感じでもないのか…無意識?分からないな…そうふわふわとした感じて聞いてたっけ。
僕は隣にいる君の横顔を眺めながら話しかけた。少し長い話になるけど、僕のこと聞いてくれる?
あぁそんなに優しい顔で僕を見てくれるんだね…。
僕の家は森の中にあったんだ。森人はその名前の通り、森と深い関わりがある。僕たちはは聖なる森と呼ばれる白い森に住んでいたよ。
僕はオババ様、お父様、お母様そして2人のお兄様と暮らしていてね…僕は末っ子だから大切にされてたと思う。皆んな僕を「私の天使」とか「私の妖精」って呼ぶくらい。
森に住んでると言っても町からほど近くて、頻繁に交流もあったんだ。
でも僕が産まれて色々変わったんだって。皆が言うには僕は可愛すぎたんだってさ。人目につかないよう気をつけないといけないくらいには。
それでもその頃は普通に使用人がいたからね、とんでもなく可愛い子がいるらしいって噂が町に流れてしまったんだって。もちろん、僕のことだよ?
それから僕は何回も攫われたらしい。らしいっていうのは覚えてないんだ。幼な過ぎて。最後のは覚えてるよ。あまりにも衝撃的だったしね。
最初は子守のおばさん、次は庭師、次はお兄様の家庭教師で次は…まぁそんな感じ。どんどん厳重に、そして使用人は少なくなっていって。だって家に入れる人に攫われたんだからね…。
最後は君も知ってるよね?マルクスだよ。あぁ、彼は悪くないんだけど。妹さんを人質にされて、やむなく。もちろん、全て話してくれた上でね。
ただ誤算があって…すぐに救出される予定が、時間がかかってしまって。大変な目にあったんだ…。
家族以外は知らないんだけど、君になら話してもいいよ。僕を攫ったのはまだ若い男でね、蕩けるような目で僕を見ていたっけ…。
僕は手を縛られて椅子に座らされていたんだ。そいつは僕を体を撫で回すと突然、自分の服を脱ぎ始めた。そして自分の下半身を触って…怖かったよ。目がさ…そして僕にそれを、分かるよね?それをかけたんだよ。
本当に気持ち悪かった。髪にも顔にもついてさ…。それから僕の服に手をかけてシャツを脱がされて、その手がズボンにかかった時に助けが来たんだ。
部屋に入ってきたお父様がその様子を見るなり、男を風魔法で吹き飛ばして私の手を縛る縄をとき、浴室に連れて行ったんだ。あんなに慌ててるお父様を見たのは初めてだよ。
よほど慌ててたんだろうね、水を僕の頭からぶっ掛けて…お兄様が駆けつけた時僕は浴室で水に濡れて震えていたんだって。
お兄様がすぐに水魔法で水分を飛ばして、風魔法で乾かしてくれて…着ていたローブで僕をくるんで髪の毛一本さえも見えないようにして家に連れて帰ってくれたんだよ。
あの経験の後もうしばらくはお父様とお兄様以外の家族と会えないくらいでね。何でお母様もダメって思った?
あの男が僕をさらった家には多分、母親と妹?がいたんだよ。で、僕を見ると近寄ってきて…顔中を舐められたんだ。臭いし目はギラギラしてるし…。そのせいでしばらくお母様ですら会えなかったんだよ。
その頃には僕の家にいるのは料理人とメイドの年老いた夫婦と年配の執事、そしてまだ幼かったマルクスと少しの従者だけ。
僕の身の回りの世話はマルクスが全部してたよ。メイドがいたこともあるんだけどね、服を着替えるだけなのに…下履きを無理やり脱がそうとしたんだ。酷いよね?
で、もう僕の世話はまだ小さかったマルクスになったんだ。彼は僕の4つ上。あの誘拐の時、僕は5才だったからマルクスもまだ9才。
あぁ、マルクスの妹がどうなったか気になるよね?
マルクスの母親は早くに亡くなっていて、父親は家で使用人として働いていたんだ。でも病気で亡くなってね。家に幼い兄妹を引き取ったんだよ。
その頃は使用人も少なかったからね。で、当然だけど森から外に出ないように言われてたんだ。
弱みにならないようにだよ?と言ってもまだ8才の子供だ。深刻さが分からない。だから森を出て町に行こうとしたんだね。
僕を攫うようなヤツってさ、もう執念深いんだよ。だからね、マルクスの妹が森を出たことはすぐにアイツらに分かってしまった。
即、お持ち帰りだよ。僕の弱味になるからね。
でもお母様も、もちろんお兄様も見捨てるべきだって言ったんだ。当然だよね?ただ1人、お父様だけは助けに行くべきだと言ってくれた。僕の心を守ろうとしてくれたんだよ。
結局、僕を囮にすることになった。
僕の耳の中にはね、お父様の魔力が籠った石が埋め込まれてるんだ。だからすぐに救出される予定だった。
でもアイツの家には魔力遮断の結界が何重にもかけられていてね、魔力を感知できなかったんだって。
アイツの正体はすぐに分かったから本宅を捜索したけど僕が見つからない。必死に探してお父様が床に不自然なゆらぎを見つけたんだ。
そこからはさっき話をした通り。何でゆらぎを発見できたのかって思うよね?
それは本宅に入った段階で僕の魔力とお父様の魔力が感知できたからだよ。
ここにいるハズなのに見つからない。で、床のゆらぎを見つけた。
僕がいたのは何と、地下室だったんだ。
それも本宅と同じくらい広いね。びっくりだったよ。
マルクスの妹は結局解放されず、地下室の物置小屋に縛って放置されていたって。もちろん生きてね。
救出されたんだけど、ほどなくして自殺したよ。僕を危険にさらした上に一生心に残るような傷を負わせてしまったんだからね。
あの日はね、マルクスの9才の誕生日だったんだプレゼントを買いたかったのかな?
妹が死んだあと、マルクスはすぐに辞めて出ていこうとしたんだ。まぁ当然かな?
でもね、そんなこと許されないんだよ。マルクスは、一生僕に仕えなくてはいけない。それもう決定事項だ。
そう言ったら泣きながらお守りしますってさ。
僕って罪作りだよね?
最も現実的に僕の身の回りの世話を出来るのがマルクスだけってのもあったんだけどね。
それからは平穏な日々を過ごしていたよ。
僕は17才になってて、もうすぐ18才になる時だった。
突然、屋敷が襲撃されたんだ。
僕も戦いたかったけど、お父様がマルクスに僕を連れて逃げるよう言ったんだ。
彼らの目的が分からないからね。
家族にとっては僕が最大の弱点だから。
僕の部屋には転移陣があって、クローゼットの中に分からないように設置してあったんだ。
当面必要な服とかもろもろと、僕が手慰みでやっていた金属加工の道具類だね。
お金は別の場所に保管していて、奴らが僕の部屋に来るのが思いのほか早くってそっちは持ち出せなかったんだ。
マルクスと僕は元から指定してあったここ、ゼクスの町に飛んだんだよ。
間一髪だったね。
転移陣は1回限りで消えてしまう。しかも追跡阻害がかかっているからね、僕が転移した先がゼクスだとは分からないはずだ。
それからは全部マルクスがやってくれたよ。
お金はほんの少ししかなくって、持ち出したクローゼットの衣類とか貴金属を少しずつ換金してお金を貯めて。
それで市場の出店の権利を買ったんだ。
お金を稼がないといけなかったから、マルクスとは別の店を出して、そこで知り合ったように周りには話をして。
でも僕の作品は残念ながら売れなかった。
あぁ、僕が無事だったのか心配してくれるんだね?
やっぱりアイは優しんだね。
僕には認識疎外のスキルがさらに生えたんだ。そう、例の誘拐事件の後に。
フードを被っていても背の低い女性や子供からは顔が見えることがあるからね。
印象に残らないよう常時発動しているんだよ。最も森人はね、生まれながら認識阻害の常時発動スキルを持ってる。それがより強化された。凄いよね?
アイと会った日、店の奥でフードを外したでしょ?
あの時はスキルを完全にオフにしたんだよ。
何でだろうね?なんとなく君の反応が見たかったんだ。
そしたら君ってばさ、僕の顔じゃなくて名前の方に興味を示すじゃないか?
びっくりしたよ。
僕はね、自分の名前が好きじゃなかった。だって女神の名前だよ?男なのに。
それなのにアイってば、ザビルが良かったのかって…。
確かに僕には似合わないよね。
名前はその人を現すって言うし、ぴったりだねって。
その時に初めて自分の名前が好きになれたんだよ。
もちろん、それまでだって似たようなことは言われたけどさ…顔がきれいだからとかそんな理由だった。
君は僕の顔とじゃなくて僕自身を見て言ってくれたよね?だからとても嬉しかったんだよ。
しかも、作品まで買ってくれて。アイは値段聞いて驚いてたね。最初は高いって言うのかと思ったんだけど違ったんだね。むしろ安いなんて言ってくれてさ。
きっともうその時には無自覚だけど僕は君に惹かれたんだろうね?
マルクスも僕を君に託してもいいと思う程度には、君を信用したはずだよ。
あぁ、実はマルクスにも新しいスキルが生えてね、もう僕特化。僕に敵意や過剰な好意を向けているか、それだけが分かるスキル。凄いでしょ?
で、マルクスが言うには心配してるってさ。ほぼ無関心だけど、僕を心配してるって。関心が無いのにだよ?どれだけお人好しなの?
ふふふっ。アイ、君は本当に不思議な人だよ。
ん?あぁ家族はどうしたのかって?
この話を聞いてその目を涙で潤ませながら聞くのがその言葉なんだね?やっぱりアイには敵わないよ。
まだ分からないんだ。僕がここゼクスに転移したことは知ってる筈だけどね、まだ連絡がなくて。
市場に出店していたら家族なら気がついてくれるから…そう思って頑張っていたんだ。でも危うく出店を取り消される所だったけどね。
あそこは一度出店を取り消されると半年は出店出来ないんだよ。本当にアイが僕の作品を買ってくれて良かった。
うん?やっぱり気がついた?あのお店の名前…そう月の女神…ふふっ僕がやってるって家族ならすぐ分かるだろ?
あぁ、泣かないで。泣かせたかった訳じゃないんだよ?ただ知って欲しかったんだ。僕のことを。君が自分ことを教えてくれたからね。だからさ…。
ねぇ、君がくれた初めてはたくさんあるよ?
初めて作品を買ってくれた、初めて僕の作品を身につけてくれた、初めてのお揃いのピアス、初めてのキス、初めての…まだたくさんの初めてを一緒にしようね。
これからの僕の初めては全部アイにあげたいよ…。
アイの頬に流れ落ちる涙を唇で拭って、もう何度目か分からないキスをする。愛してるよ…アイ。
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