368.新しい迷宮11
私は目を覚ました。ここは…身体が少し痛い。あ、そうだ。ここは迷宮の中だ。草の上で寝たから体が痛いのか、通りで。横に寄り添っていた狼が立ち上がって体を震わせる。
私も落ち上がって伸びをした。テオとナリスはまだ寝ている。
ハク様を見ると、あれ…いない。リーダーもいない。やがてテオとナリスも起きてきた。
「ここは…あっ」
「迷宮、だな」
「あぁ、迷宮でスヤスヤと眠れたんだ」
「ふう、あり得ないな」
「それが全てアイルのおかげとはな」
「なるべく前に進みたいな」
「そうだな」
『朝ごはんだよー』
バクセルが声をかける。実は昨日、狼たちにも食事を振る舞っていた。足りなくならないならいいのか?
しかし元はアイルの収納だと言う。ならばアイルが困らないか?
「バクセル、アイルは困らないのか?こんなにたくさん補充して」
『大丈夫だよーえっと複写?してるから。元は1つで、それを幾つかに複写するようになってるって。だからそんなにアイルの収納からは減らない。減ってもアイルのポーチには食材が沢山あるから。いざとなれば肉とか魚が届くよ!』
迷宮で肉や魚が届く。もっとも魔法が使えないと困るのだが。
『生の肉や魚がじゃなくて調理済みのね!』
もう考えたらダメだな。テオもナリスもうんうん頷いている。
朝ごはんを手早く食べると出発だ。
また狼たちが先行する。ハク様やリーダーに続く。いつも通り適度に交戦しつつ、順調に進む。
隠蔽の小部屋はハク様が瞬殺する。遠くで狼の遠吠えが聞こえた。そして駆け戻ってくる。
唸る声、ハク様も姿勢を低くして警戒する。なんだこれは…凄い圧だ。
そこには大きなゴブリンが仲間を連れて来ていた。
「まさか、ボスか…?」
階層主であるボスは大部屋にいる筈では?出てくるなんて聞いたことがない。
テオも私もナリスも抜刀する。
狼は横に展開し、リーダーとハク様がツートップで待ち構える。先頭がリーダーとハク様に蹴散らされる。我々は援護だ。と思ったら後方から狼の遠吠え。振り返ればやはりゴブリンの群れ。
挟まれたか!
私は咄嗟に
「テオは前を、私とナリスは後方を守る!」
「おうよ!」
振り返ってナリス共々、ゴブリンの群れを迎え撃った。
数は多かったものの、弱い敵だったからか…戦闘はあっけなく終わった。
宝箱はハク様が開けて口に咥えると私の元に持って来た。それは一振りの剣、鈍銀の大剣だった。しかし重すぎることもなく、手にしっくりと馴染む。
「ありがとう!」
ハク様はしっぽを緩く振ると
『階段を降りるよ!』
みんなで階段を降りた。やっと6階層だ。
そこは砂漠だった。見渡す限りの砂漠。故に暑い。でもバクセルが言うにはやっぱりアイルの結界があるから耐えられないほどではない。しかし、ローブは脱いだ。
上着に胸当てなどの簡易な装備だ。
そしてここは、狼たちとは相性が悪かった。砂といえばアレだ。
来た、剣で切り伏せる。地上に現れれば狼の餌食だ。しかし、地中から狙われるので狼たちはまず避けなければならない。
我々は剣があるので、避けながら剣で切る。そんな感じで進むと、奥の方にいかにもな水場が出現した。
ハク様もリーダーも身構える。先頭の狼が水場に近づくとやはり水場から巨大なサンドワームが飛び出して来た。
「キシャーーーー」
奇声を上げながら身体をくねらせて砂を吐く。狼たちは素早く攻撃を躱すが、水場に入らなければ攻撃が出来ない。つくづく狼とは相性が悪い。ならばと我々3人が水場に入る。慎重に…ぐっ足を取られた。抜けない。慌てず足元に券を突き立てる。ふう、なんとか抜けた。
それを見てテオとナリスも即座に対応する。水場は危険だ。
仕方なく撤退する。
『僕が攻撃する…離れてて』
しかし水場はハク様でも危険では?
水場の手前で狼たちが縦に並ぶ。最後はリーダーだ。サンドワームの攻撃が届くが周りの狼たちが身体を張って攻撃を逸らす。
ハク様は助走を付けて走ると狼たちの背中を踏んで、最後はリーダーが体でハク様を前へと跳ね上げる。ハク様は飛び上がるとサンドワームの攻撃をしっぽで跳ね返し、その前脚を振り抜いた。一閃…サンドワームは水場に沈み、消滅した。それと共に水場も消滅。
その後には宝箱と食料、そして階段があった。
ハク様は華麗に着地すると、宝箱ごと前脚で触って収納する。
『降りるよー』
しっぽを振って狼を先頭に階段を降り始めた。
「さすがハク様だな。なんという跳躍」
「狼たちも凄いな…」
「リーダーのあのハク様を跳ね上げた技。すごかったな」
我々は狼たちの連携に度肝を抜かれたのだった。
それから10層までは同じ砂漠ゾーンだった。ここでは必ず水場にボスがいて、倒すと階段が出現した。
同じ戦略で進み、10階層だ。
降りるにつれて、暑くなる。流石に汗だくだ。シャツの袖をまくり汗を拭きながら進む。
「ハク様たちは暑くないのか?」
「本当だな、毛皮を着てるんだぞ?」
「あぁ動きも鈍っていない。まだ昼前だぞ?」
『彼らにはアイルの守護がある』
守護?結界とは違うのか…。
『結界とは違うよ!居心地良くなる?』
「あー」
「なるほど…」
さすがアイルか、もう驚かないぞ!
同じように地中から襲ってくるサンドワームを我々が剣で切り裂き、横から狼たちも応戦する。そうしてついに水場だ。
今回は水場というよりは湖。流石にこれでは跳躍は無理だろう。
ハク様も考えている。その時
ピィーーーーーー!
澄んだ鳴き声が響く。これは…遠くに目を凝らす。やはり!
ブラン様だ。
バサッバサッと力強い羽ばたきが聞こえる。
『ハクー!』
『ブランか!?良いところに』
『ご主人は?』
『一緒ではない』
『ナビィは?』
『一緒に外に排出されて、アイルを探しに。いなくなった』
『コムギは?』
『分からない』
『しばらく探したけど見つからなかった』
『ブランは何処にいた?』
『30階層だよー』
『上がって来たのか?』
『29階層に飛ばされて、1層降りてボスを倒してから20階層、でここに来た』
『転移陣か?』
『そうだよー!ここのボスを倒せば僕と一緒に30階層まで行ける』
『ブランはアヤツを倒せるか?』
『砂に潜るから無理かな、僕がハクを運ぶから背中から攻撃して!』
『頼むぞ!』
『いいよー乗って』
ブラン様が合流して一気に形勢が逆転か?
ブラン様の背中にハク様が乗り、湖の真ん中へと運ぶ。攻撃は上には向かないのでそれなりに近づくと
『えい!』
ハク様が前脚を振り下ろした。
ザシュ
お見事!サンドワームは倒れ、湖が消えた。そこには宝箱と食料、そして輝く布と糸が落ちていた。
階段とそして待ちに待った転移陣だ。
『一度地上に戻ろう。お昼休憩したら30階層から探し始めよう!』
ハク様の言葉に肩の力を抜く。
みんなで転移陣に乗ると、ハク様が中央に前脚で触れる。
ヒュン
洞窟の入り口に戻って来た。
外に出ると太陽が眩しい。ドサリと座る。
「ふう…」
思わずため息を吐いた。見ればテオもナリスも脱力している。やはり迷宮にいる間は体が緊張しているらしい。
『お昼ご飯だよー!』
バクセルがハク様が作った台の上に食事を並べる。
温かいスープにキビサンド、サバサンドだ。手軽に食べられて美味しい。数も充分だ。
「こんな楽な迷宮探索なんてな…」
ポツリとテオが言う。
「それな…報酬は返さないとな」
ナリスも言う。
「あぁ、危険なことは全て狼とハク様がやってくれて、食料も結界もアイルだ。もらい過ぎだ」
「早く見つけてやらないと」
「そうだな…早く会いたいな」
つい昨日、離れたばかりなのに。あの自信なさげな優しい顔がなんとも恋しかった。
お昼の休憩を早々に終えると30階層まで転移陣で移動だ。しかしブラン様は20階層まで飛ばして、さらに10階層に来たなら…途中にアイルがいる可能性もあるのでは?
この疑問にはバクセルが答えてくれた。
『30階層から10階層まで飛んで来たって。同じ階層だと魔力が感知出来るからいないのが分かった階層は飛ばして来たって』
ならばすれ違いは無いか。だとしたらナビィ様とコムギ様はさらに下の階層にいるのか?
ナビィ様はともかく、コムギ様はまだ幼いという。そちらも心配だ。
ブラン様を加えたハク様、狼たちと転移陣で30階層まで進んだ。
そこからはまた地道に階層を降りるしかない。
30階層から階段を降りるとそこは水だった。水の中に小島があって、岸のような場所に降りた。そこから岸沿いに進むと、水の中にある細い道を通って小島に続く。
岸は途中で終わっているから、あの小島を目指すのか?にしても無謀な…。時々跳ねる魚は歯がたくさんある凶悪顔で1メルはある魚だ。明らかに襲われるだろう。
狼が試しにその細い道を進む。両脇から魚が飛びかかって来た。
狼は速度を上げて駆け抜け、小島に辿り着いた。
無理だろ?狼やハク様はともかく、我々では襲われる。そんなに早く駆け抜けられない。
狼とハク様は悠々と駆け抜けた。戸惑っていると
『僕の背中に乗って!』
ブラン様だ。いや、しかし聖獣様のお背中に乗るなど恐れ多い。
『早くご主人を見つけたいから』
ぐっ、それを言われると。
「よろしく頼む」
テオが応えた。私たちもその背中に乗る。
ブラン様は悠々と羽ばたくと我々を乗せて飛び上がり、小島を通り越して反対側の岸まで運んで下さった。
岸に降りる。慎重に周囲を見回す。攻撃は…来ないか。ここでハク様たちの到着を待つ。
時系列整理 年明け以降
1月1日 ロルフたち鎮魂の森を出発
アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月17日 アイルが探索者ギルドで依頼達成の手続きをする
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
アイルが川蛇の依頼を受ける
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
アイルたちがゴブリンの討伐依頼を受ける
アイルたちが迷宮を発見する
アイルが迷宮の罠に飛ばされて行方不明になる
ラルクたちが迷宮に潜る
1月20日 迷宮2日目 アイル聖剣、精霊と出会う
ハクたちはブランと再会する
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
1月22日 イーリスがゼクスに到着
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発




