367.新しい迷宮10
我に帰るとシルフィが僕を見ていた。その髪は水色で目も水色、どこまでも透明で吸い込まれそうだ。
『私は君のもの…名前、教えて』
あれ、名乗って無かったか。
「アイルだよ!」
『君がアイル…』
「うん?」
シルフィは目を伏せてなんでも無いと呟いた。
アイルがシルフィにアクセサリーを作っている頃、ディスタンシアはビクトルたちに話しかけていた。
『なぁ、主はなんと言うか…無自覚なたらしか?』
『そうだよー』
『だよー』
『だよーん』
『あれはなかなかだぞ?水の精霊は苛烈な性格なものが多い。魔力が欲しければ無理やり押し倒してても繋がるだろう。それがアイルの意見を聞いて言われたら通りに行動した』
『分かったからだよ』
『あーなるほど』
ディスタンシアは頷いた。消えそうなことに気がついた主は当たり前に助けようとした。何の打算もなく、ただ純粋に助けたいからというだけで。
なるほど、それは敵わんな。
『しかし水の精霊王だぞ?』
『あー分かってないから』
『からー』
『アイルだからー』
『いや、普通は弱ってるとはいえアレだけの魔力を内包する存在だ。気がつくだろ?』
『うーん無理かな?周りが凄いからね、感覚が麻痺してる』
『そうそう』
『神獣とか聖獣とか霊獣とかね?』
『幻獣からは契約を迫られるし』
『押しかけー』
『押しかけたくさん、人も精霊も妖精もたくさん…』
『ぐぬっ』
『聖剣だって要らないんだよ?』
『そうであったな…』
そんな会話がされてることなど知らないアイルだった。
『ご主人ーカオの木!』
そうだ!シルフィに目が奪われて忘れてた。カオの木を探しに来たんだった。
湖の中から生える一本の木。凄いなぁ、確かに実がたくさん付いてる。でもどうやって取るの?
『カオの木、実が欲しい?』
「うん、でも湖の中とは思わなかった」
ジョブでとれるか?
サァァ
風が吹き抜ける。それは湖面から起きた波がたてた風。ふわりと実が浮き上がり…僕目掛けてやって来た。えっとえー待って当たる!
と思ったらポーチに収納された。えっとビックリした。
『私は水の精霊…湖は私の棲家』
「ならシルフィはここに留まるんだね!」
『…アイルは?』
「僕はこの迷宮から出るんだ」
『ならついて行く』
えっこの湖はどうするの?
『大丈夫、連れていく』
カオの木も?
『なぁ水の精霊が付いていくことより、湖を連れて行くことに反応したぞ?』
『アイルだし?』
『だし?』
『アイルだからね』
『普通は逆だろ?付いて来てとお願いする立場だ。それがなんで精霊が付いてって…はぁ考えても無駄か』
『ディスタンシアだって押しかけだし?』
『だし?』
『押しかけー』
『お、押しかけ言うな!』
何やら仲良しだな?さっきからディシーとビクトル、トムとジェリーはずっと話をしている。ま、仲がいいのは嬉しいけどな。
『カオの木は湖の一部、連れて行く』
「良かったー、ならチョコレートが沢山作れる!」
『チョコレート?』
「美味しいお菓子だよ、あ…もうお昼だよな?お腹すいた。ディシーおいで!一緒に食べよう」
『ディシー…』
「あ、元魔剣のディスタンシアの愛称だよ」
『ディシー』
ふよふよ飛んできたディシーが照れてる、可愛い。手のひらに乗せて頬ずりする。
「中の子はチャロ」
『チャロ…』
シルフィは言葉が少ないし顔は表情が動かないけど、なんとなく感じてることは分かる。最初のディシーは驚きで、次のはからかいかな。チャロは親愛って感じ。
今はワクワクしてる。
僕はポーチからクリームシチューを取り出す。付け合わせにはソーセージとザワークラウトと焼きたてパン。
飲み物はフルーツジュースだよ。
小さいのでディシーたちには小さなお皿に取り分け、シルフィには普通のお皿に多めに盛った。だってさ、鍋を取り出したときの目の輝きがね。
「どうぞ!」
『ありがとう…』
うん、溶けたね。やっぱり僕の食事は飲み物説が有力だ。沢山あった筈のシチューは空っぽ。僕は一皿しか食べてない。
ディシーとシルフィがね、凄かった。早食い大会?ってくらいの勢いで食べる食べる。
僕は途中からひたすらよそってたよ。ま、美味しい美味しいって食べてくれたら作り甲斐もあるし。
ディシー(チャロ)はふわりと僕の顔の前に飛んでくるとその小さな唇で僕の鼻にキスをした。ふふっ可愛い。目を閉じて唇を突き出す仕草がね?もう。
キスを終えると少し離れてから
『ふん、まぁまぁ美味かったな…』
ふふっもう、可愛いなぁ。食べながら美味しいって連呼してたのに。
「それは良かったよ、僕のディシー」
ビクトルとトムとジェリーはまた無自覚にたらしこんだな、と思った。小さくて可愛いから思わず言っただけのアイル。でもディスタンシアとチャロは顔を真っ赤にして手で顔を覆った。恐るべし、歩くマジたらし。我々はその真髄を見た、そう思った。
そんな失礼なことを考えれるとは知らないアイルはディシーの頭を撫でてご満悦だった。
「早く迷宮を出たいから、上に進もう!カオの木も見つけたしね」
『そうだね、少し急ごうか』
ビクトルの一声で、周りにまだまだたくさん散らばっていた宝石や鉱物を収納してその洞窟を出た。
その後はトムが階段まで案内してくれて、ようやく46階に到着した。
うわぁぁぁーーー!忘れてた!完全に忘れてた!!
この階層は芋虫だったんだー、嫌だー無理ぃ。
僕は涙目で空気車で逃げている。
『主よ、逃げてもらちがあかんぞ?階段はヤツラの巣を抜けないとないからな』
えぇそんなぁ…。
『我を抜け!容易く切り裂いてくれよう』
ぐっ、嫌だけど仕方ない。
僕は諦めてチャロから出た空中に浮いているディシーを握る。するとディシーの魔力と繋がるような感覚がした。これは凄いな、全能感が半端無い。でもそれはディシーの力であって僕の力じゃ無い。勘違いしないぞ、僕は僕だ。
ディシーが意思を持って動く。でも動かすのは僕、
主導権は渡さないよ。さぁ一緒に芋虫を駆逐しよう。
それは圧倒的な力だった。もうね、ディシーを振るだけでバッサバッサとね。飛び散り舞う芋虫、いや…誰得だよ。嫌なら切り裂け!勢いのままに突き進む。
相変わらずドロップ品は自動でポーチに収納。なにやらたくさんのシルクを貰えてる。
そして階段が見えた!よし、このまま…
だから何でやねん!
特大の芋虫がデンと居座っていた。勘弁して…。まあ結局はディシーが委ねろ!と言うので任せた。そして瞬殺した。あ、宝箱発見。
「ビクトル、これって今開けなかったらどうなるの?」
『収納する?』
「うん、早く上に上がりたい」
『あー大丈夫そう。途中で落ちてた宝箱も箱ごと収納されてるから』
「なら開けずに収納するよ!またディシーみたいな意思を持つ子がいたら時間かかるし」
それを聞いて憮然としたディスタンシアだった。
階段を上がる。半日で1階層しか進めないのか、なんてアイルは思っていた。
それなりに深い階層で怪我もなく1階進めるだけで凄いのだが、知識がない故に自覚もなかったのだ。
『おい、それなりに難しい階層なんだが…感動がないな?』
『半日にたったの1階層って思ってるんだよ』
『それはだいぶアレだな』
『アイルだし?』
『だし?』
『アイルだからー』
やっぱり仲良しな4体だった。
それを横で聞いていたシルフィーヌは
『さすが…私の主』
『そうであるな、まさかお主まで来るとは』
『彼のそばは心地良い。魔力も繋がった…もう私は彼と一心同体…みたいなもの』
魔力に依存する聖なるものにとって、魔力の繋がりとは魂の繋がりでもある。深く深く魔力で繋がったアイルはシルフィーヌにとってすでに自分の一部と感じられるのだった。
時系列整理 年明け以降
1月1日 ロルフたち鎮魂の森を出発
アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月17日 アイルが探索者ギルドで依頼達成の手続きをする
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
アイルが川蛇の依頼を受ける
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
アイルたちがゴブリンの討伐依頼を受ける
アイルたちが迷宮を発見する
アイルが迷宮の罠に飛ばされて行方不明になる
ラルクたちが迷宮に潜る
1月20日 迷宮2日目 アイル聖剣、精霊と出会う
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
1月22日 イーリスがゼクスに到着
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発




