358.新しい迷宮1
ここは安全だし、しばらくのんびりしちゃう?
アイルがこんなことを考えていた時…
アイルはハク様に乗って見えなくなった。新しい迷宮…まさかその誕生に出会うとは。
ラルクは不思議な気持ちだった。
迷宮とは魔力が長い年月をかけて溜まり、それが大地の力から溢れると出来る。そう言われている。
ここピュリッツァー帝国には南東側と、オソレシア付近の西端にある迷宮が有名だ。
迷宮には階級が付けられている。D級から始まり、C、B、Aと上がって行く。
通常は中級から入れるが、探索者ギルドに申請をして認可されないと入れない。
階層が深く、広いほど難易度が上がる。難易度が上がるほどに報酬、魔獣を倒すと貰えるものや、宝箱の中身が良くなっていく。
上手く攻略すればいい稼ぎになる。そう、迷宮とは探索者の夢なのだ。
しかし現実は甘く無い。食料が尽きて迷宮に飲み込まれたり、魔獣に襲われて亡くなったり。
罠で深い階層に飛ばされて魔獣に喰われたり。或いは呪われたり。
だから探索者ギルドでは、その迷宮の難易度をはかるため、定期的に調査員を派遣する。
迷宮は生きている、それが定説だ。低難易度だと思われていた迷宮がある日、突然高難易度になる事もある。
新規の迷宮が見つかる前には、必ず魔獣の異常発生が起こる。人知れず魔力溜まりが大きくなり、やがてその魔力が地上に溢れて魔獣を活性化させる。活性化した魔獣は凶暴になり、村や町を襲う。
顕著化すると初めて、迷宮の可能性ありと判断され…探索者ギルドから調査員が派遣される。
その結果、迷宮が発見されればまた調査員が派遣される。
調査員は上級以上の探索者からなる4人以上で構成される。
必ず物理特化、防御特化、魔法特化、そして魔法を使わない治癒師で構成される。
迷宮によって魔法が発動しない所や、物理がやたらと強い魔獣が多いなどクセがある。
魔法が使えない迷宮では物理要員と防御要員が必要だし、治癒師も魔法を使わず、薬と手当で治す。だから色々な能力を持ったものを連れていくのだ。
後はマッピング要員。だいたいは偵察や罠の解除と併せて偵察職が行う。気配察知をしながら進む方向を決める役割もある。
迷宮の規模は先行して溢れた魔獣の数や種類で凡その検討を付けるのだ。
そんな風に十分な調査を経て、階級が決まり。探索者ギルドへ申請して認められたらようやく、潜れるのだ。
その迷宮が、未調査の迷宮がある。そしてアイルはハク様たちに連れられて行ってしまった。
迷宮は生きている。もしアイルが迷宮に気に入られたら…。
そう考えてラルクは身震いした。取り込まれる…
過去に何度もあった。迷宮にのめり込み、やがて消えてしまう人々が。
追わなければ、そう思う。恐怖はもちろん、ある。でもアイルを失うことなど考えられない。
纏まらない思考の中でそう結論付けた。
先ほどまで周辺は緑また緑だった。それをハク様たちが森に向かう時に、一気に収納した。多分。なぜなら一瞬で消えたから。
討伐依頼を受けてるのだから消したとは思えない。ならば、回収したのだろう。
後に残ったのはシンリン狼だ。白い体のどこかしらに赤が見える。血だ。多くの狼がケガをしている。
明らかに生き絶えたものもいた。その中をドーナが走り回る。その嘴で狼たちを突くと水色に光って、体の血が消えている。
治癒された狼は立ち上がる。一際大きな狼がグッタリとしている。脚は変な方向に曲り、お腹には大きな傷。呼吸も浅くもう助からないと思われた。しかし、ドーナが優しく嘴で突き、小さな羽でさわりと撫でると…塞がっていた古傷と思われる目まで治っていた。
そして立ち上がる。大きい。ほとんどの狼が立ち上がり、同胞の死を悼む。そして空に向かって力強く遠吠えした。
ウォーーーーーーン!
動かない狼はドーナが回収した(多分)。なぜなら消えたから。そして翼を一振り…辺りに立ち込めていた血の匂いが霧散した。
そして森に向かって飛ぼうとして、私たちを見る。
馬は連れて行けないが、どうしたものか。すると見てると、ばかりに狼が馬に近付く。
本来であれば捕食者と捕食されるもの。でも、馬は逃げず狼も襲わない。
狼は群れで行動する生き物だ。その群れのリーダーが馬を守ると決めた。だから守る、そう言うことだろう。
私たちは馬を木に繋ぎ、狼に託してドーナと共にアイルを追うことにした。
何故かあの大きな狼も付いてくる、いや、むしろ先導している。あの群れは30頭ほど。馬たちのそばに各2頭ともう1頭が残り、他は付いてくる。
シンリン狼はその名の通り、森林に住む狼で魔獣では無い。
白く大きな体は凛々しく、気高い。まだ小さな個体もいるが、それでも1.5メル(m)ほど。その群れが全滅しかけるほどの数のゴブリン。
それをあんなに短時間で駆逐した。聖獣様たちとはそれ程までなのか?
それにドーナの治癒。威力が増している。アイルが名前を付けた、それだけか…。
考えながら歩いていると、段々と魔力の圧が強まる。これ程濃厚な魔力、大きな迷宮か?
やがて先導していたリーダーが止まる。そこは洞窟の入り口のような場所で、明らかに次元が違うと分かる。間違いなく迷宮だ。
訓練で訪れたことがあるから分かる。この濃厚な、そして胸がザワザワするような独特の感じ。
狼のリーダーはわぉーーん、と鳴く。入ることはせずに待つのか?
ドサッ
目の前にハク様とナビィ様がいた。
えっ?はっ、えっ…?
何処から?
『わわわなの…』
緑の妖精がハク様の頭にしがみ付いている。ハク様はあれっとした顔で、ナビィ様も周りを見渡してる。
『アイリ…?』
『飛ばされたよう…』
水色の妖精、癖毛だからバクセルか、が言う。
待て、アイルは何処だ?
テオが
「おい、アイルは?」
俺は振り向きながら
「分からない、が…別々に飛ばされてる」
テオは青ざめる。一緒に行動していて別々になる。それは迷宮の中でも級の高い迷宮で良く起こる、と言われている。
私たちが訓練で入る迷宮はせいぜいCまで。だから落とし穴に落ちる以外では別々に飛ばされることはない。同じ罠にかかるのだ、普通は。
ならばB以上。
『あれーアイリはまだ中?探してくる!』
ナビィ様はビュンと走って行ってしまわれた。えぇ、捜索隊を組むような話なのに、単独で?
『ナビィは飛べるからねー』
とバクセル。いや、そう言う問題では…。
ハク様は狼狽えて
『アルの魔力が捉えられない…』
迷宮には良くある話だ。魔力を迷宮の壁や空間が反射するらしく、離れた場所から魔力を追えないのだ。
所作なげに揺れるしっぽ。
『アイルにはビクトルが付いてるから。トムとジェリーもいる筈』
そうバクセルが言う。だとしても、危険だ。戦力となるであろうハク様も、ブラン様もナビィ様もアイルのそばにいない。ネズミ(トムとジェリー)がいた所で危険だ。
だからといって、自分たちの手には負えない。ならば、町に戻って捜索隊を組むしか。
いつの間にか寄り添っているハク様とシンリン狼のリーダー。話をしているのか?
『ここは我らの縄張り故、案内しよう』
『分かるの?』
『ある程度ならば』
『一緒に来てくれる?』
『もちろん!我ら同胞を救ってもらった…その方の為ならば』
『ありがとう!』
ハク様は我々を振り向くと
『危ないから町に戻ってて!』
私は、いや…正論だ。しかし、アイルを見つけたい。見つけてその無事を確認したい。その思いが強く、体が動かない。
「俺たちも行く!」
テオ?おちゃらけてそうで、実はとても慎重な男だ。そのテオが危険を承知で行くのか?
ならば私は。ここで町に戻って、もしアイルに何かあったら…後悔する。自分の実力は分かっているが、戻りたくない。
「わ、私も行く」
ハク様はしっぽを振る。
『アルの掛けた防御は有効だから、ならば一緒に!』
アイルの掛けた防御?
もしかして…
耳に触れる。
昨日のことだ、川蛇の討伐に向かう途中。アイルが何かを手渡してきた。3人ともにだ。
それは小さなアクセサリー?小さくて、丸い。
「念の為、付けておいてね」
と言って。ナリスが
「どうやって付けるんだ?」
と聞くとあぁと頷き、自分の髪を耳にかける。そこには銀色のピアスと、耳に嵌めてある飾り?があった。
アイルの耳に付いているそれらは、何故かアイルを大人びて見せた。
「嵌めるんだよ」
そう言って耳を見せる。小さくて形の良い耳だ。
時系列整理 年明けから
1月1日 ロルフたち鎮魂の森を出発
アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月17日 アイルが探索者ギルドで依頼達成の手続きをする
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
アイルが川蛇の依頼を受ける
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
アイルたちがゴブリンの討伐依頼を受ける
アイルたちが迷宮を発見する
アイルが迷宮の罠に飛ばされて行方不明になる
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
1月22日 イーリスがゼクスに到着
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発




