354.探索者ギルドの仕事
俺は執務室で考えていた。
今年の初め、バナパルト王国の3つの主要都市から、とある連絡が各国のギルドに来た。依頼達成手続きに関する通達だ。
内容は依頼が達成されたが、手続きがされていない為、本人がギルドを訪れた際には、その依頼完了の手続きをするように、と言うものだった。
珍しいがなくも無い。そんな通達だ。
ギルドの仕事は依頼を受け、探索者に紹介してその依頼を完遂させることだ。そうする事で、依頼料の一部を手数料として貰う。
探索者からは紹介料を貰う。だいたい、どちらも5%から10%だ。緊急の討伐などは依頼者がギルドとなる事もある。
依頼の内容と依頼料の交渉や、依頼者への適切な紹介は職員の裁量に任されている。力に見合わない依頼を回さないよう気を配るのも、ギルドの役目だ。
そして、貴族案件をうまくこなすのも…ギルドには大切なのだ。上手く付き合えば、上客だが、揉めれば首が飛ぶ。
そこをいかに上手く回せるか、はギルドマスターの力だ。
依頼を受けた探索者は依頼完了の報告を自ら行い、報酬を受け取る。それが普通だ。
しかし、ごく稀に依頼人自ら達成を報告する場合がある。同行依頼などがそれなのだが、普通の依頼だと珍しい。
そして、今回の依頼達成手続きが未完了として回って来た通達は3件とも領主から出された、いわゆる貴族案件だ。3件とも貴族案件で、手続きがされていない。
と言うことは達成報告は依頼人がした。
これはかなり珍しい。依頼内容は明示されていないが、そもそもそんなに立て続けに貴族からの案件を請け負うことなど、本当に珍しいのだ。
よほど能力が高いか気に入られているか、特殊な案件か。
しかも達成の手続きをしていないなら、報酬も未払いだ。日銭を稼いで食べている探索者では珍しい。
いや、上級者ならまだ分かる。指名依頼となれば数も多いし貴族も多い。金にもそんなに困っていない、ならば頷ける。
しかし、今回の該当探索者は初級だ。
ま?でその探索者に金を渡す為に依頼を出した、そうとしか思えない。
それが何を意味するのか…アスクルはそれを考えていた。
普通ならあり得ない。しかも、ここを訪ねたのはまだ幼さの残る小柄な少年。フードを被っていたから顔などは分からないが、物腰から荒くれ者では無いと分かる。
彼には、何かある。それはギルマスとしての勘だ。
ただ、それが危険なものにはとても思えない。
後で職員に聞けば、金額を聞いて驚いていたという。そんなごく普通の初級探索者だ。一見。
さらにその通達にはこんな文言が追加されている。
―依頼について打ち合わせしたいので、ギルドに顔を出したら速やかに知らせて欲しい。また、周辺の情報も併せて求む―
周辺とは、1人で行動しているのか、とかそういうことだ。聞けば、彼は3人の中級探索者と一緒にいたらしい。良好な関係と思われる、とは窓口対応の職員の話だ。
奥に呼ばれた事を心配していたと。
しかも、3人とも特殊事情だ。
そもそも探索者とは何か。
探索者ギルドに登録した者、という広義があるが、この大陸で共通の仕事であり身分でもある。
そしてそこは一貫して変わらない、登録者に対する資格が存在する。
一つは年齢。
登録は10才からしか出来ない。
もう一つは貴族では無いこと。
そう、探索者とは故に平民なのだ。基本は。
国によっても事実は異なるが、例外が存在する。ここピュリッツァー帝国での例外の一つは近衛騎士だ。
近衛騎士になる為の要件に探索者の中級以上がある。しかし近衛騎士は貴族家から選ばれる。
だから、近衛騎士に志願した者はその志願証を提示する事で仮のギルドカードが発行される。
近衛騎士になれれば、そのカードは仮ではなくなり、騎士になれなければ、仮のカードは回収されるのだ。
バナパルトの例外は、研究者だ。その研究に必要と判断される場合には、個別申請により認められる事がある。
確か、薬草と鉱物の研究で有名な侯爵家の子息がその例外だったと記憶している。
が、要するに、探索者とは平民だ。
アイルについては例外規定の適用は確認出来なかった。なら彼は平民。しかし、一緒にいた3人は全員が貴族だ。しかも、依頼達成の手続きに関する通達の依頼人も、全員貴族。
彼の害意のない様子からすると、彼は聖なるものに近い存在、そうアスクルは考えた。
彼が出て行った後、そっと扉を開けて見ていると…やはり、か。
ふわふわと漂う光が見えた。あれは精霊か妖精か。僅かだが聖なる力を持つ俺には見えた。
やはり彼は聖なるもの…それに関連するのだろうな。であれば頷ける。
ならば、同行していると思われる3人について注視する必要があるだろう。
1人は預言者の一族。彼は問題ない。
預言者は貴族に多く現れる、と言われているが正しくない。間違ってはいないが、正確には王族の血を引くものが預言者となる。
彼はその一族、要するに王家の血を引く。その家はこの国の貴族家の頂点なので、安心だろう。
後の2人は扱いが難しい。ケガによる退役の騎士と思われる。所属は未だ近衛騎士。ならば王族の警護が主な仕事。要人警護は帝国軍の管轄。ならば、退役しかあり得ない。アイルが王族である可能性はない。
本来なら貴族は探索者ギルドには登録出来ない。ただ、恩賞の1つとしてそのまま探索者を続けられる。
ケガの程度にもよるが、ケガの理由も気になる。
帝国の隠された姫…もしそれに関わっていたのならば。
アスクルは考えて…「速やかに」報告する、の速やかに待ったをかけた。安直に報告できる問題ではない。そう結論づけたのだ。
もう少し様子をみよう。
この決断が、後に大きな影響を及ぼす事をアスクルはまだ知らない。
探索者ギルドは昨日から大忙しだ。理由はワイバーン。2体も持ち込まれた。厄災と呼ばれるほどの魔獣で、亜種といえどドラゴンだ。戯れに火など吐かれれば、町など容易く滅ぶ。それほどのものが2体。
持ち込んだのはあのアイルだ。しかも肉は美味しいし、骨はいい出汁が取れると言ったのだとか。
周りは唖然としているのに、本人は肉と骨は返してねと言ったらしい。
温度差が半端ない。まるで厄災という事を意に介さない。大物なのか、はたまた単なる無知なのか、あるいは…。ふう、全く頭が痛い。
しかも商業ギルドからも伝言があったとか。何やってんだ?しばらく目が離せないな。
ふと思い出す。そう言えば、昨年、不思議な話を聞いた。バナパルトのある町の近くで、ワイバーンの目撃情報が複数あった。決死の覚悟で陣をしいたら、そのワイバーンは脱落して死んだという報告を確かな筋から聞いた。証拠はギルマスが確かに確認したと。
何やら似ている。ワイバーン、いつの間にか討伐されている。
いや、まさかな…流石にそれは無理がある。生涯でワイバーンを3体も狩るなど無いな。
さて、溜まった仕事を片付けるか。
手に取った書類は重要と書かれ、宰相からのものだ。マスターだけの極秘とあり、目撃情報を求むとあった。
「隠された帝国の姫、及びその近衛騎士を見かけたら…」
第一王女の近衛騎士。騎士はその肩にある紋章に番号が付される。第一王女は金色で1、第一王子は紫で2、という風に。
少なくとも今のところ、近衛騎士が町に入った記録はない。何やら事態が大きく動くような、そんな気がした。
******
目を覚ますと銀色が視界に入る。アイルか…その銀色に頬を寄せる。ひんやりとしているその髪はさらりと頬に当たる。気持ちがいい。腕はアイルの腰を抱いている。聖獣様越しに。
腕の中のもふんが気持ちいい。アイルの腰は細くて、温かい。人の温もり、聖獣様のもふ毛。ぐっすり眠れる訳だ。なんて贅沢な。
頬に触れるアイルの髪を堪能して、また目を瞑りたくなる。しかし、そろそろ起きないと。
隣の部屋から物音がする。突撃されそうだ。
顔を起こしてアイルを見る。色白の頬が赤く色付いている。まだあどけないい顔。くるりと上を向いた銀色のまつ毛、ふるふると震える瞼。細く形の良い鼻と薄い唇。
触れたいと、そう思った頬に手を滑らせる。なめらかで柔らかなその感触を味わう。
そこで手を引く。もっと触れたいと、そう思ってしまったから。またその細い腰を抱く。
ちゃんと食べてるのか?不安になるほど細い。
「ん…イリィ…」
イリィ?そう聞こえた。アイルは頬を染めてほんのりと笑う。珍しい…そんな顔もするんだな。
起きよう、そう思った所でアイルがしがみ付いて来た。首元に顔を埋める。ほのかに香るアイルの匂い、爽やかで清らかな…。そして俺の首にアイルの唇が当たっている。それだけでドキンッとした。自分が耳まで赤くなっているのを感じる。
俺は…
昨日のシャワー室で見たアイルの体を思い出す。細くて小さくて。華奢なその体は白くて、守りたいと思わせる魅力がある。
命を救って貰った。なのに、なんて事ないって顔で感謝すら受け取ってくれない。何も要求しない。その潔さとチグハグな能力、その危うさに惹きつけられた。
感情が揺らぐ事などあるのか、と思うラルクですらアイルに傾倒した。
アイルの危うさ、それは自分だけで充分過ぎること。それは他の追随を許さない。許さないが故の孤独。
寄り添わなければ、そう思ったのだ。きっとナリスも同じ感覚だろう。それが、いつの間にか、その人柄に強烈に惹かれ始めている。
参ったな…
時系列整理 年明け以降
1月1日 ロルフたち鎮魂の森を出発
アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月17日 アイルが探索者ギルドで依頼達成の手続きをする
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
アイルが川蛇の依頼を受ける
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
1月22日 イーリスがゼクスに到着
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発