348.ロイカナの町1
私はピュリッツァー帝国の北部にあるロイカナの町で、商業ギルドのマスターをしている。
街道に程近いが、目立つ特産品もないごく普通の町。王都から馬車で約2ヶ月程かかるから、田舎町だ。
とはいえ、探索者ギルドも商業ギルドもあるし、領主様の軍が駐屯する中規模の町だ。
周りには王都寄りには10日ほど、北寄りには1週間ほどの場所に町がそれぞれある。その途中には少し離れた場所に村々が点在している。
そんな町だから新たな登録なんて無く、専任の登録担当もいなかった。
昨日、見かけない若者とこの町の売れない商人テッド、そして少年が連れ立って来た。
声をかければ革新的な技術があるようなことを言う。ギルマスにも声を掛けて会議室に通す。
そこで聞いた話に驚いた。ふわふわなパン。誰もが夢見て、そしてまだ誰も実現していない。
しかも、少年がその話をする。製法登録やレシピ登録の話まで。彼は何者なんだ?
いや、その前にまず本当か検証してみないと。
隣の部屋で早速実演だ。
テッドが待って来た粉で、少年が材料を説明しながら手際よく混ぜる。
時間がないから時間促進で、と。当たり前みたいに言うが、魔法でそんな事が出来るのか?
…出来てる。
そうして彼はパンをオーブンで焼き始めた。
次はフライパンを取り出して野菜と肉を炒め始める。そしてテッドが持って来た粉を水で溶いて回しかけた。
どんな変化があったのか、我々には分からない。しかしくつくつと煮えるそれはいい匂いがする。
最後にやっぱりテッドが持って来た粉に卵や水などを加えて混ぜた。何やらドロドロしてるぞ。
それをフライパンにバターを溶かすとお玉で掬ってから伸ばす。
薄くて丸い。片面焼いたら裏返した。おっきれいな色だ。しかも甘くていい匂いが漂よう。
我々はゴクリと唾を飲み込んだ。
そして部屋にはパンの香ばしい匂いとバターの匂い、そして甘い匂いが立ち込めた。
試食にもちろん手を挙げる。目の前の手に乗るほど小さなパンはふっくらとしている。手に取ると温かくて軽い。口に入れれば
サクッ
軽く噛めた。香ばしいバターの香りが鼻腔をくすぐる。なんて柔らかい。粉独特の臭みもなくサクッとしてて軽い食感。あっという間に無くなった。お替わりに手を伸ばす。サクッと小気味良い音がした。
全て食べる前に炒め物を食べる。すくうと何やらもったりしている。
口に含めば熱々だ。なんだ、これは?とろみか…!このとろみが旨味を閉じ込めてしかも熱を逃さない。
フォークを置いてまたパンを齧る。美味い!
夢中でパンと炒め物を食べた。
最後にこの甘い匂いのパンだ。フォークで簡単に切れる。バターと、何やら花の蜜を掛けるらしい。そして一口。
世界が鮮やかに色付いた。何だこの味は…!美味い、美味すぎる。もうその言葉しか出ない。
柔らかな触感。甘味の中に仄かなバターの塩味、そして花の蜜の爽やかな甘味。
全てが完璧に調和している。完敗だ。
むっ少年の手元にはあの甘いパンの生地が残っている。
「お替わり…」
全員がシュタッと手を挙げた。
少年はまたせっせと作ってくれる。あと2枚食べた。これは余りにも美味しい。
その後は登録だ。
「粉は限定開示、パンは非開示で。特例でこの町とバナパルト王国のゼクス、フィフスは無償で開示。粉の開示料金は金貨1枚。
レシピは炒め物は開示、甘いパンは非開示で特例は認めない」
そもそも製法登録とかレシピ登録、開示の条件も知ってるのか?小柄な少年を見る。顔は見えないが、多分…成人もしていない筈だ。
それにしても限定開示と非開示か、この町に特例があるならば良いな?ん、バナパルト王国の町にも特例?何か関わりがあるのか…しかし、甘いパンは非開示か。そこを何とか!
「その、甘いパンはぜひ限定開示か特例を」
「却下だよ。ただ、テッドにだけは教える。だって粉は今のところ、テッドにしか作れないし…テッドが苦労して作ったからね」
テッドには開示する。ならばテッドが屋台をやれば食べられるのか!よし、ギルドが、全面的に協力するぞ?
僕は単に自分がふわふわなパンを食べたかっただけなんだけどな…大事になった。だってね?テッドが馬鹿にされてたからさ。
開示料金は高いかなって思ったけど何も言われなかったからいいのかな?分かったって簡単には作れないだろうけどね。
それからテッドと僕で手分けして登録作業だよ。僕がギルドカード出したら驚かれた。
だってね、金色だからさ。僕、やっぱり過去に何か登録してるみたいだね。
(革新的な技術をこれでもか、と登録してるよ。今までは周りが一緒に巻き込まれてくれてたけど。今は1人だから…やり過ぎ注意だよ)
ビクトルに言われちゃった。
次に何かあればナリスを巻き込もうかな?
じっと見つめたらため息を吐かれた。
「次からは相談しろ」
頷いた。
「困った時はナリスも助けてね?今から商業ギルドに登録したら?」
顔を引き攣らせてたけど、一理あると思ったのか登録してたよ?
笑ってたら頭をぐしゃぐしゃにされた。むう、酷いなぁ。
「仲の良いご兄弟で…」
「世話の焼ける弟で」
「兄さん、よろしくね?」
ふふっナリスが赤くなってた。
テッドには製法を開示したから後はよろしくだよ!
僕たちはギルドを出た。そういえば買い出しが中途半端だな。でももう夕方だ。
「買い出しが途中だけど、ラルクも心配だし宿に戻ろう?」
ナリスは呆れた顔をしてる。何で?
「いや、何でもない。買い出しはまた後日しよう」
と言う事で宿に戻った。
《赤い屋根の猫亭》
宿の名前、間違いなかったね。
部屋に戻るとラルクは机で何か作業をしていた。僕が入ると手を止める。
コムギとナビィはベットで寝ていた。
「ただいま、調子はどう?」
ラルクの顔を見る。大丈夫そうかな。
「あぁ心配かけた」
頬を触る。うん、熱くないね!
「良かった」
買い出しの話をして少し休憩。コムギとナビィを撫でる。
今日は外で夕食。テオもラルクもそれくらいのお金はあるって言うから、いい時間になったからみんなで出掛けた。ハクたちはお留守番だよ。ブランは肩に乗った。
小さいからフードに隠れるもんね。
商業ギルドでお勧めされたご飯屋さん。食べ放題らしいよ?僕はあまり食べないけどね。
ナリスもテオもラルクも大柄だし結構食べる。安くて美味しいって事だから良かった。
お金を気にせず食べられるのは嬉しいよね。
お店の中はもういっぱいだった。外の席なら空いてるって。僕は大丈夫。だってこのローブは凄く暖かい。
みんなも大丈夫って言うから外の席に座った。お店の人が注文をとりに来た。飲み物だ。
ナリスはお酒、テオとラルクはケガ明けだから紅茶、僕はジュース。
「お先に」
とテオが言ってくれたから僕とナリスが取りに行く。
野菜に魚に肉、スープに硬いパン。少しずつ一通り盛った。残しちゃダメだからね。
ナリスはお皿にこんもりとお山を作ってたよ。混ぜこぜだけど?
「腹に入れば一緒だ」
笑ってしまった。ナリスって豪快。その割には結構細やかな気遣いをする。
顔立ちは整ってるから、すれ違うお姉さんが流し目をしてる。本人は全く無視してるけど。
「ナリスはもてるのに、女の人に興味ないの?」
「なんだ、アイルは気になるのか?」
「全然」
ほんと自分でもなんで、って思うくらい興味が湧かない。
「ナリスは男性が好きなの?」
「あははっどっちも好きだぞ?」
「両刀なんだね」
「おま、アイルはまだ早いぞ?」
「うーん、今は自分のことで精一杯だよ」
優しく頭を撫でられる。
外の席に着くと、入れ替わりにテオとラルクが取りに向かった。
あの2人も背が高いし、顔立ちは整ってるんだよね?
2人とも金髪にテオはグレー、ラルクは薄い青の目。
ナリスもだけど目立つんだよね。
この席の隣に座ってる多分、探索者の女性たちがずっとチラチラとこちらを見てるし。
僕はお邪魔かな?
テオたちが戻るまで飲み物を飲む。オレンジかな?ジュース美味しいね。よし、果物をたくさん仕入れよう。
そういえば彼らは何才なんだろう?まだ若そうだけど。
ま、ぼくが1番若いのは間違いないな。
「ねぇ、彼らは何才か知ってる?」
「あぁ、きいたぞ。テオが17でラルクが19だ」
えっ凄い若いんだね?
「もっと歳上かと思ったよ」
「あははっ若いだろう?顔だってまだ幼い」
自分がね、まだ小さいと言うか…だから良く分からない。
戻って来た。
「待っててくれたのか?」
「うん、みんなで一緒に食べよう」
「お、おう…」
あれ、またラルクの顔が赤いような。
「ラルク、また体調悪い?」
顔を覗くと
「だ、大丈夫だ」
横からテオが
「照れてんだよ!アイルがあんまり素直だからさ。くくくっ」
「お、お前…」
ニヤつくテオとラルク。
「でもテオだって心配してラルクの部屋にいたでしょ?」
あっと言う顔をするテオ。
「な、な、なんで?」
「ん?魔力を感じたから…」
テオまで真っ赤になった。横の席からキャーとか声が聞こえたけど、無視しよう。
野菜もお魚もお肉も少しパサついてるけど、でもみんなでこうやって食べる食事はそれだけで美味しい。
でもお替わりは無理かな。ふっと息を吐く。
無自覚天然人たらしは健在…
時系列整理 年明け以降
1月1日 ロルフたち鎮魂の森を出発
アイルがミュシュランテスを降りて麓の村に着く
1月2日 麓の村をナリスと出発
1月6日 ロルフがフィーヤ着
アイルが町レイニアに着く。馬車を買う
1月7日 ロルフがフィーヤ発 イグ・ブランカ着
アイルが布を仕入れて町を出発
ライラたちが襲われる
ゼクスと王都にロルフから手紙が届く
1月8日 ロルフたちがイグ・ブランカを出発
魔術師団がゼクスに出発
1月9日 アイルがハク、ブランと再会
1月10日 ミュジークと捕虜を解放
アイルが村が救う
1月11日 魔術師団がゼクスに到着
近衛騎士たちが村を出発
アイルたちが村を出発
1月13日 イーリスたちがイグ・ブランカを出発
1月16日 アイルたちがロイカナの町に到着
1月18日 ロルフたちがフィフスに到着
1月19日 ロルフたちがゼクスに到着
1月21日 ロルフたちが死の森に行く
イーリスたちがアレ・フィフスに到着
1月22日 イーリスがゼクスに到着
1月23日 アイル捜索隊がゼクスを出発
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