35.探索者ギルド その日
ギルドは朝の賑わいが過ぎて人も疎らになっていた。イザークは今日も登録窓口にいる。
扉が開いて4人の若者が入って来た。1人は見覚えがある。3人が男性で1人が女性。皆んな20才前後だろう。2人の男性はこの国ではほぼ見かけない黒髪。残りの2人は濃い金髪だ。
目を引くのが瞳の色。全員が黄色だ。これもこの国では珍しい。金眼はいるが黄色は見たことがない。顔立ちはごく普通。劣ってもいないし突出してもいない。ふとアイルの地味だけど整った顔を思い出した。
記憶にある1人は10日ほど前に登録に来て、結局、登録せずに帰った。ジョブがどうとか聞いてたような気がする。
入口近くで何かを喋っていた彼らはちょうど横を通りかかった探索者に、登録窓口はどこだ?と聞いている。探索者は関わりたくないたら思ったらしく無言で通り過ぎようとしたら、聞いた男がいきなり殴りかかった。びっくりするくらいのへなちょこパンチだ。
当然避けた探索者は代わりにその拳を握る。男はいてっ、離せっと叫んでいるが探索者は
「先に殴ってきたのはお前だろ?そんな遅いのそこらの子供でも避けられるけどな!」
「ちょっと聞いただけだろ!」
鼻で笑って相手にしない。その探索者は中級者でそれなりに腕も立つ。ただ、相手はまだ探索者に登録していない一般人だ。仕方ない。イザークはカウンターを出て彼らのところに行くと、探索者の肩を叩く。肩をすくめて頷くとギルドを出て行った。
「お前たちは字が読めないのか?」
カウンターの上には案内の文字がある。あのアイルはきちんと文字を見てイザークのいるカウンターに来た。
「あれ文字だったの?」「あんなミミズが這ったみたいなの…」「読めねーよ」「何だよあれ?」
読めないらしい。
「読めないなら窓口で聞けばいいだろ。答えないからと殴りかかるなんて幼稚だ」
殴りかかった男があぁ!と凄むが弱すぎて話にならない。
「私が登録担当だが、登録する気がないのか?」
「ちっ、それをしに来てんだよ!さっさとやれ」
登録しに来ている態度ではないな。少ない探索者たちが目を細める。
「登録には金がかかるが?」
「あるよ、端金だろ」
鼻で笑うと腰のポーチから大銀貨を取り出して床に放る。足りんだろと言ってまた鼻で笑う。
イザークは考えた。登録拒否は簡単だが、ギルドが介入するためには探索者にした方がいい。
「登録の為には説明が必要だ。それを聞いてからだな。聞きたくないなら登録も出来ない」
「仕方ねぇな」
鼻白んだが後ろの女に袖を引かれて諦めたらしい。
もちろんイザークはお金を拾わない。
「そこに投げ捨てたままだと権利を放棄したと見なされて取られるぞ」
と言うと慌てて拾っていた。周りの探索者たちがそれを見て失笑していた。
いつもよりたっぷりと時間をかけて説明してやった。途中、あの男がまだかよ!と凄んだがそれなら帰れと言うと静かになった。
弱い犬ほど良く吠えるとは言ったものだな。ふとアイルの犬は全く吠えないな、と思った。
嫌がらせ気味のいつもより長い説明を終え、登録に入る。嫌な予感がしたので普段なら聞かない質問をたくさん書かせようとした。いや、待てよ?書けないのか。なら聞けばいい。まずはあのうるさい男からだな。
テレス 男 ジョブ 剣豪 スキル 斬新 22才
カミラ 男 ジョブ 魔法師 スキル 火魔法 20才
ネロア 女 ジョブ 治癒士 スキル 浄化 18才
フィード男 ジョブ 絵師 スキル 立体化 18才
本来、ジョブやスキルは任意登録だ。自分の能力だから秘匿し、普通は開示しない。もちろん特別なジョブは原則、登録が必須だ。
今回は剣豪、魔法士、治癒士が必須ジョブとなる。絵師とは聞いたことがないが、非戦闘系のしかも支援職ですらない。
探索者はパーティーを組まない単独が基本だが、実質はぐうぜん同じ仕事を受けたという体裁で一緒に仕事をしていたりする。その辺はクランの幹部がうまく回しているのだ。
彼らはクラン所属ではないと言うので、一緒にいる意味も理解できない。まぁイザークの知った話ではないが。
ちなみに見たことのある彼は絵師だった。多分、彼らの中で一番使えないと思われて使い走りでもしていたんだろう。
なんとか登録も終わる。講習もあると言ったが受けずに帰って行った。なんだかチグハグは連中だったな。粗野な話し方をしているが仕草が綺麗なのだ。服装も上質で庶民には見えない。さりとて貴族のような感じでもない。
髪の色と目の色も特徴的だ。既視感がある。全く似ていないけど、アイルに感じた違和感と似ている。そう、チグハグなのだ。最も彼は字を読めたし書けた。やはり彼らとは関係ないか。
こうしてアイルが知らない間に他の転移者4人は行動を共にしていて、探索者として登録したのだった。
異世界転移って言われてびっくりした。俺は詳しくないけど親友がラノベヲタでよく話をしていた。
俺は芸術大学の4年で美術館にキュレーターとして就職が決まっていた。専攻は美術史。もちろん、自分でも絵は描くが画家になるほどではない。
有名芸大に入れる程度には絵心もあるし技術もある。ただ本当に才能のあるやつは技術と発想力がある。あからさまな才能の違いは悔しさも湧かないのだ。そうして残り少ない大学生活を送っていたら突然の異世界転移ときた。もう驚いたのなんの。
しかもジョブとスキルを選べとか訳が分からない。驚いている内にジョブはどんどん選べなくなっていく。焦ってポインタを一気に動かしてしまった先には絵師があった。これだ!自分のためのスキルだと思った。迷わず決定。
今度はスキルだ。これも使えそうなのは無くなっていく。しばらく見ていくと立体化を見つける。
絵を描いていてこれが立体になったらなぁと思っていたことを思い出す。あの時は一種の興奮状態だったのかな、と後で思う。
異世界に転移するんだから異世界で稼ぎやすいジョブにするべきだったと思ったのは、他の転移者に会ってからだ。自分のジョブがあまりにもシャボくて泣きそうになった。
転移したら少し若くなってて余計にだ。他の3人も実年齢より若くなったらしい。そして2人が戦闘において、1人は前線で使えるジョブだった。
自分の絵師は皆に笑われた。そして使い走りで探索者ギルドに行かされたり買い物させられた。
今日、やっと探索者になれた。早く登録したかったけどカミラ達が異世界を満喫するぞーとか言ってなかなか行動に移さなかったのだ。重い腰を上げたのは単に手持ちが減ったから。
最初に貰ったお金はもう半分以下になっている。それでも彼らは自分たちのジョブならすぐに稼げると思ったみたいだ。
しかし今日のギルドの説明で無理だと分かった。常設の採取以外は実力に応じて職員に紹介して貰わなくてはいけないのだ。どちらにしても最初はせいぜい銀貨2枚程度しか稼げないらしい。約2000円。宿代にすらならない。
最初に泊まっていた1泊食事なしで大銀貨1枚の宿は先ほど出た。安い宿に代えないとお金が足りなくなる。宿に食事、服や装備とかなりお金を使ったのだ。
それでもフィードはまだ半分はある。彼らと違い大きな買い物をしなかったのだ。テレスたちはもう半分以下になってるのではないか?
このまま彼らと一緒にいるべきか悩む。だが1人は嫌だ。考えながら新しい宿を探して歩く4人だった。
テレスは怒り心頭だった。俺は剣豪だ。敬われるハズなのに、バカにされた。それにたいして強く無さそうな探索者にも軽くあしらわれた。
「くそっ!」
登録してパーティー組めば大物をじゃんじゃん倒して稼げると思ったのに。実力に見合わない依頼は紹介出来ないだって?しかも探索者は全て単独行動だと?ふざけんな!
異世界の冒険者でパーティー組んでハーレムでモテモテの筈が、なんなんだよ。
こんな筈じゃなかったのに…もう手持ちはあんまりない。取り敢えず安い宿でも探すしかないのか…もう一度くそっ!地面を蹴った。ぐぅぅ!痛いだけだった。
カミラは苛立っていた。何故だ?私は魔術師だ!国から抱えられるようなそんなジョブの筈なのに、あの職員はそれを聞いても顔色一つ変えなかった。
ギルドの雰囲気もだ。あからさまに迷惑という対応。私は…怒りがなかなか収まらなかった。
確かにまだ極力な魔法は使えないが、それでもこのジョブだ。驚かれ皆にパーティーに誘われていい女と楽しめると思って、早々と決めたジョブなのに…
手持ちもかなり減っている。こんなことなら早くに登録するべきだった。テレスの話に乗ったのが間違いだったか。まずは安い宿に変えねば…。
ネロアは途方に暮れていた。探索者になれば治癒士の自分は引く手数多。
だから人気のある治癒士を見つけて即選んだのに。スキルだって治癒士と相性のいいものを選んだわ。
あぶれることなく仕事が出来ると思ったのに…それにギルドの雰囲気もなんか歓迎されていないみたいで。私は治癒士なのに。
支援職として人気があるし、カッコいい異世界人と恋に落ちて…。
なのになんでなの?服とかアクセサリーとか買ってしまってお金ももう少ししかない。とにかく、安い宿に泊まってそれから…。
彼らは自分のジョブやスキルを何もしなくても使えると思っていた。
でもそんな訳がないのだ。何をするにも使いこなす必要がある。それには使い続けて試行錯誤することが大事なのだ。そう、アイルのように。
フィード以外のジョブは確かに優秀だが、イザークが関心を寄せなかったのは明らかに使いこなしていないのが分かったから。優秀なジョブほど使えるまでの時間が長くかかる。それだけの時間をかけて修練しなければ発動すらしないのだ。
鑑定は人には使えない。しかしその人が持っているジョブやスキルの熟練度は見えるのだ。それがまるで話にならないレベルだったからこそ、イザークも淡々と登録をしたのだ。
それに比べるとアイルは先に貧民街で色々試した後だったので、熟練度は低くても使っているのが感じられた。イザークはそれを評価したのだ。
そんなことを知らない彼らの未来は暗雲が立ち込めていたのだった。
ゼクスに転移した異世界人はこれで全て
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