34.ハクとお出かけ
ギルドを出ると市場に向かう。小麦粉と牛乳、卵を買ってから建物を出て、外の屋台で串焼きとパン、スープを買う。スープは水筒みたいな持ち帰り用の容器に入れてくれた。次からは容器を渡せばスープだけの値段にしてくれるってさ。
ここは東門が近いからそこから外に出る。今日は目の前の森じゃなくて少し先の森に行こう。なんだか走りたい気分だったからハクと一緒に走る。一緒といっても全く速さが違う。
ハクは凄い勢いで走っていってそこら中走り回ってからまた戻って来る。しっぽを振って大はしゃぎだ。この辺りは草原だから背中を地面に擦り付けてクネクネしている。ご機嫌だ。
また起き上がって猛ダッシュ。うん、楽しそうで何より。右手に森を見ながらもう少し奥に進む。そろそろかなあ?
満足したらしいハクがはぁはぁと舌を出して足元にすり寄る。その背中を撫でてそこに座る。
森に入る前に休憩するか。ハクに水を出してやり自分も飲む。うん、長閑だ。異世界に来てからなんやかんやとあったからね。こんな風にお天気の中でのんびりしてるのが凄く嬉しい。
座った私の太ももに顎を乗せて地面にピタリとお腹をつけているハク。目が合うとしっぽをフリフリ。
ハクの柔らかな毛を頭から背中まで撫でる。ゆっくりと揺れるしっぽ。吹き抜けていく風とぽかぽか陽気。うん、これぞ憧れの異世界スローライフだよ!
このままハクを枕に寝てしまいたいけど、せっかくのお出かけだしね。ボチボチ進みますか!
連れ立って森に入る。ずっと胸ポケットに入っていた雛は目を覚まして顔だけ外に出している。
首が上下していて可愛い。そうそう、ハクに言われて名前を付けたんだ。ブラン。フランス語で白。名前を呼ぶと水色に光って…。
『ぴゅい(ご主人?)』
おぉ〜声が聞こえたよ。
「ブラン?」
『ぴゅいぴゅい(ご主人大好き〜)』
白い毛玉が手にグリグリと押し付けられる。
おうっ、柔らかいのぉ。
と言うのが今朝の事。胸ポケットから出した小さな頭がこちらを向く。
『ぴゅぴゅ〜(お外楽しい)』
それは良かった。
少し進むとハーブの群生地があった。タイム、セージ、オレガノ。全部料理に使える。これは採れるだけ摂るぞ。ハクに
「この辺りのハーブ採るから」
と言うとハクはちょっと離れると言って走って行った。
私は適度に採取をする。取り過ぎ注意だからね。洞察力全開でいると知らない薬草も結構ある。
効能は血止めとか、消毒、解熱、免疫力アップなどなど。どれも欲しいから少しずつ採取。
欲しかったものは一通り採取出来たので休憩。ブランは少し離れた地面でご飯。虫とか虫とかを食べているみたい。私は都会っ子だから虫は苦手。まだ飛べないけど地面の虫なら捕まらられると私の目の届く範囲で捕獲中。見えない、私は何も見えない…地面の中から虫を掘り出して食べてるのなんて、断じて見えない。うぅ…私の可愛いブランちゃんが…。
ふと何かの気配を感じた。2匹…?そちらを見ているとガサっと茂みが動き、うさぎ?らしき茶色いもこもこがこちらを見ている。待て待て待て、大きさ何?大型犬くらいあるんだけど?しかも角!オデコから角生えてる。しかもその目、肉食獣が獲物を見る目…。
え?え?私は獲物認定されたの?急なことで体が動かない。ヤバい。どうしよう。あぁ、短い生涯だったなぁ…遠い目。
そしてうさぎもどきは私目掛けて飛び掛かってきた!ダメだ。目を瞑る。律…もう一度会いたかったよ…。
ん?あれ?襲って来ない?恐々と目を開けるとそこには首が飛んだうさぎもどきがいた。え?何で??まじまじと見ていると
(アイルの風結界に触れて絶命。良質な毛皮とお肉 美味。角は切れ味のいいナイフになる)
風結界って何?
(風結界 アイルが無意識に発動している最強クラスの結界 悪意を持った物が触れると絶命する)
はい?そんなチートな結界いつ張った?いや、無意識ってなってますやん!無意識か…いつの間にそんなもん身につけた?
(ブラックベアに接敵した事で自動的に発動した防御結界 自己防衛力により顕現)
あーなんかこれも転移特典っぽい。また秘密が増えたよ。
目の前のうさぎに目をやる。血の匂いとその光景にまた何かが迫り上がって来る。ダメだ、無理。
うさぎに背を向けて吐いた。やっぱりまだ無理。体から離れた頭…その目がこちらを見ている気がして胸がざわざわする。血の匂いもするし、早く収納して匂いを飛ばさないと。分かっていてもすぐには動けなかった。耳元にふわふわの毛が当たる。ブランがその小さな体を私の頬に擦り付けている。
気遣ってくれてるのか…優しい子だ、ありがとう。
よくやく立ち上がってうさぎをポーチに収納。触らなくていいのは助かる。風魔法で匂いを散らし、土魔法で血のついた土と自分が吐いた土を下の土と入れ替える。
ふぅ。肩に乗ったブランのふわふわな羽毛に癒される。水魔法で水玉を作り、口に入れる。美味しい。
この世界で生きると決めたのだから、慣れないといけないんだろう。魔物を狩って生計をたてるつもりはないけど、探索者としてある程度まで級を上げるのなら。避けられない。まぁおいおいかな。
急いてはことを仕損じるって言うし。急がば回れとも言うし。焦っても仕方ない…私が急に戦闘狂になれるでもなし。
と目を向けた先にきのこを発見。普通の椎茸っぽい。
(椎茸 香りが濃厚でそこそこ美味 乾燥するといい出汁がでる)
うほーい、これは有でしょ?少し前までの憂鬱な気分も吹っ飛んでせっせと袋に椎茸を入れるあたり、それなりに異世界に毒されてるのかもね?
実は椎茸の近くには平茸とシメジと舞茸があった!天ぷらよ天ぷら!こちらもせっせと採取しましたよ。もちろん、ご機嫌でね。
そして結構時間が経ってからようやくハクが帰って来た。なんかドヤ顔?
『いい獲物がいた。たくさん取ったよー』
たくさん?ハクが収納してるんだよね?ハクを見つめていると
(ハクの収納 ブラックベア ビックイノシシ ビックボア×5 グレートオーク オーク×10 ジャイアントトード×25 ビックバード)
え?え??ハクの収納の中身が見えちゃったよ…。
『アルには見えてもいいからね〜』
そんなもん?
『アルの収納も見れるよ〜うさぎ殺ったんだね!』
殺るとか言わないで…(遠い目)
『少し先に開けたところがあるから、そこでお肉焼いて食べようよ〜』
ん?確かにお腹空いたな。
ハクと一緒に少し先の開けたところに行く。うん、開けたというか、開いたかな?ハクさん。木が倒れてますけどね?
まぁ、椅子と机になるように切り株があるのは助かるけど。
机の横に土で窯を作る。その上に大きめの鉄板(ジョブで生産)を引き、獣の脂をひいて塊のお肉を分厚めに切ってのせる。ジュワーといい音が響く。
一応、この付近は風の結界を張って匂いをかなり上空に流している。
うん、いい感じに焼けてきて。裏返す。調味料は岩塩とタイム。臭み消しだね。後は砕いた黒胡椒。いい匂い。隣でハクが涎を垂らしている。よし、焼けたね。ハク用のお皿にドンドンっとステーキを盛って切り株に置く。わたしも自分のお皿に食べやすく切ったステーキを乗せて、ハクと一緒にパクリ。
んん〜美味しい!これは、凄い。旨みの詰まったお肉と甘い脂。しつこくなくてでも柔らかくて。ビックボアのお肉ってこんなに美味しいんだ。
私もハクもあっという間に食べてしまった。あと少しなら食べられるかな?ハクは…まだまだ食べられそう。よし、焼くぞ!時間経過なしで保存できるからね。
それからはひたすら焼きまくった。ハクがお腹いっぱいになったら収納用に。それでもビックボア1つ分だって。どんだけ大きいんだろうね?
ちなみにブランは小さなカケラをいくつか食べただけで満足してたよ。
お腹もいっぱいになったのでハクのもふりんなお腹を枕にお昼寝〜頭が柔らかくて暖かい毛に包まれて…木陰に入る柔らかな日差しに即落ちした私だった。
ハクは自分のお腹に頭を預けて穏やかな寝息をたてるアルを優しい眼差しで見ていた。
ハクは白銀狼の子供だ。しかしその色が問題だった。銀色が薄くてほぼ白く見える。目の色も鮮やかな青で、本来の銀ではなかった。決定的だったのが耳。ピンとたった耳が特徴の筈が、ハクの耳は垂れていた。両親は何かと庇ってくれたけど、いよいよ家族ごと家を追い出されそうになる。幼い兄弟たちは郷を追い出されたら生きていけないかもしれない。
だからハクは自ら郷を出た。自分さえ居なければ家族は郷で暮らせる。自分は力も弱いけど聖獣だ。なんとか生きていけるだろう。そう思っていた。
甘かったと思うのはすぐだった。聖獣とはいえまだ子供。弱い魔獣に襲われることはなかったが、追いかけられ逃げ続け。弱ったところに蛇に噛まれてしまった。蛇はトドメをさすために鎌首をもたげる。もうダメだと思った時、何か包み込むような気配を感じた。必死で鳴き声をあげる。
(助けて!)
誰かが走って来る気配がするけど、間に合わない。と思ったら…あれ?えっ?さっきまでそこにいたヘビは消えていた。そしてそこにはまだ幼さの残る人間の少年がいた。襲ってくる痛みと悪寒。また声をあげる。
(痛いよ…)
慌てた少年が足に手を当てる。青く光った傷跡はもう痛くないし悪寒も消えた。嬉しくて立ち上がりしっぽを振る。助けてくれてありがとう。
この子の側は空気が清浄で居心地がいい。(一緒に居たいな)その気持ちが通じたのか、連れて帰ってくれた。そして「ハク」という名前も貰った。
その時、アルが異世界からの転移者だと分かった。まだここに馴染んでいないのも。異世界の人間はこちらでは存在が希薄だ。こちらに根源がないのだから当たり前なのだが。
ここで生きていくという強い思いがなければ、やがて消えてしまう。そんな儚い存在。僕と契約しただけではまだ弱い。こちらで生きていく覚悟と想い。もっと強くこの地に縛られないとアルは消えてなくなる。
そんなのは嫌だ。どうやったらアルを繋ぎ止められるだろう?
こちらに生活に慣れるために、敢えてブラックベアと接敵させたりした。アルには酷かもしれないけどきれいごとでは生きていけない。
吐くほどショックだったみたいだけど、覚悟を決めていた。もう一押し。
そんな時に出会ったのがイーリスだ。森人の彼はいい仕事をした。彼を受け入れ、触れ合った事でアルの存在がこちらにほぼ定着した。
異世界人は試されている。ここで生きていける器かどうか。無意識に人と触れ合うことを拒むように仕向けられているのだ。特殊な能力で…敢えて。
それでもこちらに馴染めるだけの器であれば、そのまま生きていける。
そんな試練を、アルはほとんど乗り越えた。アルの優しさが周りを巻き込み…まぁ彼の純粋な心なら当然かな。あの人嫌いな森人が執着するくらいだからね。
アル、君がいてくれて良かったよ。そっとしっぽでその顔をさわりと撫でた。優しい時間が過ぎていく森の中で…。
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