326.帝国の隠された姫
私はガイゼルとナイゼル、それにライラと共に霊峰ミュシュランテスを降りている。
後2日くらいは野営か。それも仕方ない。王宮に帰る前に、脱落した騎士たちを回収出来れば良いが。
他の王族の近衛騎士たちに捕まっていないといいが。物思いに耽る余裕があるとは…苦笑する。
自分だけでもここに辿り着かなくては、そう思ったのに。今は身を挺して逃がしてくれた部下たちを思っているとはな。
ふっ、身体が軽いとはこんなにも楽なのだな…。普通じゃなかった状態が長すぎて、感覚が麻痺していたようだ。今はライラに揺られている。
幻獣であるライラは空を歩く。だからほぼ揺れない。
ふと空を見る。もう陽が暮れるな…。
「ミュジーク様、野営場所をここにしましょう」
大きな木の周囲に少し平らな空間があった。頷くとライラから飛び降りる。長らく出来なかった動作だ。
カイゼルがバックからテントを取り出す。勝手に跳ねて着地した。
ライラも耳標からテントを出す。やっぱり勝手に跳ねて着地した。
「はっは、見る度に愉快ですな!」
ナイゼルの笑い声が響く。
「このテントを見た時に驚きました。魔物よけの効果があるんですよ!しかも、中にはふわふわの毛布まで」
「テントの中に箱がありまして、中には猪の肉や調味料、皮や牙まで入ってました」
「どういう事だ?テントの中の箱と申したか?」
「ご覧下さい」
テントを開けてくれるので、入り口から覗く。確かに端っこに小さな箱がある。
「謀ったな!じいたち」
「いえいえ、中を見てくだされ」
促されて中に入る。箱は私が抱えられるほど小さい。
蓋を開けると中には確かに猪の肉や調味料と皮、牙がこれでもかと入っていた。
「空間魔法…時間遅延、か…?」
思わずあり得ないと言う気持ちで呟く。
「その通りです!あの少年でしょう。いやはや、なんとも…」
「聖域を作る御仁はやはり、次元が違いますなぁ」
じいたちは感心しているが、そんな笑い事では無い。国宝級だぞ?しかも勝手に組み上がるテント、そのテント自体が空間魔法を付与してある。
魔獣よけもあるし、何を目指したんだ?
いや、その前にたまたま助けただけの人間にここまでするか?
何かを狙ってるのでは?あまりにもおかしい。
『それは無いぞ!』
ライラ、何故分かる?信じた者に何度も裏切られたでは無いか!
『そもそも御神木が受け入れた。あの場所に簡単に出入り出来て、家まで壁に埋め込める人間などおらん。間違いなく、全て善意だ。アイルは主が帝国の王族とは知らぬ故な』
「知らなくて、ここまでするのか?」
「彼はきっと出来るからした、それだけでしょう」
「我らにはこの箱の存在する言わずにさっさと立ち去りました」
「何かを欲するにしては余りにも自然です」
そう、なのか…?信じていいのだろうか。
思えば信じて裏切った者たちをライラは気を付けろと言ってくれていた。盲目的に信じたのは私。
ライラはいつだって正しい。ならば、信じよう。
「そうだな、頑なになっていたようだ。お腹が空いているが、何かあるか?」
カイゼルが
「では猪の串焼きを作りましょう」
カイゼルとナイゼルは私の母の護衛騎士だった。母は私を産んですぐに淡くなり、そのまま私の護衛騎士となった。完全なハズレだろうに、嫌な顔一つせずに寄り添ってくれた。
―「泣いていては幸せが逃げまする。私目をじいと思って甘えなされ…泣いたら笑うのですぞ?」―
じいというほど年寄りではなかったのに、そんな事を言ってくれた。だからカイゼルとナイゼルは私にとって肉親と同じだ。
王宮を抜け出す時、私について来てくれたのはたったの30人。
王都を抜ける際に5人が囮として残り、25人で逃げ出した。それから1ヶ月。追われる時間は長く、疲弊し1人また1人と脱落した。
最後まで残ったのは3人。私付きの近衛隊長と副官のカイゼルとナイゼルだった。
その隊長も追っ手を引きつけるため、離れた。無事であろうか。
逸る気持ちを宥め、ため息を吐く。
「ほっほっほ…」
笑い声はカイゼルか?
「周りを思いやる余裕が出来たのでしょう。喜ばしい」
私はびっくりした。そんな風に考えたことは無かった。
ナイゼルも私を見て
「ミュジーク様はきっとたったの30人と思われたでしょうが…されど30人。命に替えてでもあなた様をお守りしようと、そう考えたものが30人もおったのです」
「そうですぞ。弟君や妹君に、命を掛けてまで守ろうとする者がどれくらいいるか」
「あなた様のして来たことはちゃんと伝わっております」
「胸を張ってお帰りなさいませ」
「ふふふっじい達は変わらんな!」
「老い先短いですからの、憂いは少ない方が良い」
「私の子どもを抱くまでは死んではならんぞ?」
「これは、長丁場になりそうですなぁ…」
「むっ、そんなことはないぞ?」
「はて、好いた者でもおりましたかな?」
「う…」
そこでふと頭に浮かんだのはあの少年だ。声しか聞こえなかったが、声変わりを迎えた頃か…程よく掠れた澄んだ声。心が温かくなるような。
まったく私に興味を抱かなかったそうだ。むしろ、関わりになるのを嫌がっている風だったと。
その理由がまた笑える。
僕より少し年上の女の子だから、だと。
この服装の故か…?今まで女性として見てもらった事など無かった。みんな次期王、そうとしか見ていなかった。私個人のことなどはなからどうでも良かったのだ。
なのに、見ず知らずの少年は私が女の子だから関わりたくないと言う。
おかしなものだな…ふっ。
「どなたかを思い浮かべましたかな?」
「笑っておりましたぞ?」
口元に手をやる。頬が熱い。そう、なのか…?顔も知らない年下の少年に、私は何かしらの想いを寄せたのだろうか?
そんな私をライラが心配そうに見ていることに、私は気が付かなかった。
「焼けましたぞ!」
「ん、近くに水を汲める場所はあったか?」
なにやら水とスープまで用意されている。
「あぁ、アイルがくれた水筒ですな。何やら魔道具で。これも箱にしれっと入っておりました」
はっ?何だと…?
魔道具などかなり高価なものだ。しかも水筒、どんな魔道具なのだ?
『無限に水が湧く』
「は、あ?」
思わずライラを見る。心なしか胸を張って私を見るライラ。いや、待て…凄く高いぞ?確か、3杯分の水が湧く魔道具が金貨1枚はしたはず。無限に湧く…?
ふらりとしてカイゼルに支えられる。
「ライラ様もお持ちですかな?であれば2個貰ったようですの」
ほっほっと笑うカイゼルとナイゼル。
いやいやいや、笑ってられるか!これ。
『理りに触れるのでな、多くは言えぬが。大丈夫だ』
ふう、まあ幻獣であるライラが言うのであれば。
納得はしていないが、な。
ふとまた頬が熱くなっていた。
猪の串焼きはとても美味しかった。スープも奥深い味で、お替わりまでしてしまった。
「たくさん食べられて良かったですな。しかし、この猪はなんと見事に捌いてあることか。血抜きが完璧ですなぁ」
「スープもまた、この調味料がとんでもなく美味ですのぉ」
『アイルの作るものは何でも美味い!』
みんな絶賛だ。そして私も納得だ。
お腹も満たされた。しかし、体が粘ついて気持ち悪い。どこかで水浴びでも出来るだろうか?
そう言えば、じい達は何やら小綺麗でツヤツヤしておるな。
「じい、何処かで水浴びでもしたか?」
2人は顔を見合わせるとニヤリと笑った。
「ミュジーク様、こちらへ」
「一緒に水浴びをしましょう」
「なっ…」
時系列整理
10月10日 審判の日
アイルやハクたちが魔力を捧げる為に眠る
イグニスが神界でケガをする
10月15日頃
シシラルたちがイグニスを連れて下界に降りる(神界と下界は時間の流れが違う)
アルテノが祈りを捧げる
イザークがペンダントにざわめきを感じる
10月18日頃
ダナンたちが王都を訪れ、謁見と会食
アーシャが神聖の森に伝言をする
若木が根付く?
光の奔流が流れ落ちる アイルが消える
10月19日 ダナンたちが夫人たちと会食に参加
10月20日 アイルが目覚める
イーリスがイグ・ブランカに戻る
旧イグニシアで黒い光が飛んだ
ダナンたちが王都を出発
10月21日 ライラたちと双子の騎士を助ける 合流
夜中に馬とネズミを助ける
帝国で白い光が駆け抜けた
10月22日 ライラたちと双子の騎士と馬が合流 山を降りる
10月23日 ダナンたちが帰領する
1月1日 ロルフたち鎮魂の森を出発
1月6日 フィーヤ着
1月7日 フィーヤ発 イグ・ブランカ着
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