324.王宮のお茶会
時は遡り10月19日 バナパルト王国の王宮にて…
私たち3人は王宮の中でも賓客をもてなす為に開放されている、一般の客や執務を行う者が入れる空間と、王族の住処となる空間の間、そこにある庭園に設けられた机に座っている。
丸い机で、我々3人が座った後に残る椅子は4つ。
それを見て私たちは目を剥いた。
聞いてないぞ!
閣下の奥様であるヒラリー様はもちろん、招待者だから分かる。後3つも椅子がある。
胃が痛くなってきた。
しかし、ここで顔にその思いを出す事は出来ない。ここは魔術師団の第二師団が出張ってるだろう。壁に耳あり、木々に目ありだ。
顔色一つ変えずに
「今日は盛況のようだな(聞いてないが人が多いぞ)」
「そのようだな。やはり興味は尽きぬか(物見遊山など迷惑だ)」
「致し方ないな。あれほどまでとは(マジかよ。閣下がなぁ)」
「良き日和だ(昼間だと長丁場だな)」
「そうだな(これは下手すると夕食まで引っ張られるぞ)」
「楽しみだ(マジで勘弁してくれ)」
そんな平穏な(不穏な)会話をしていると、やがてざわざわと声が聞こえる。
そして心底げんなりした。
「これはこれは(最悪だぞ)」
「ほうほう(最悪だな)」
「そうそう(帰りてー)」
特大のハズレを引いたようだ。先頭でにこやかに微笑むヒラリー様。してやられた、な。
心の中で盛大なため息を吐いたのだった。
「ご機嫌よう皆様」
我々は一斉に立ち上がって頭を下げる。
「「「お初にお目に掛かります。バナザララール夫人」」」
「うふふっ固いわよ?顔を上げて下さいな」
軽い口調でたおやかに言い放つご婦人。ヒラリー夫人だ。
3秒待ってから顔を上げる。
自分たちの親世代よりはまだお若い48才。年齢の割には若々しいご婦人だ。けっして若作りはしていない。なのに、まろやかな色気を纏っている。
濃い金髪に青の目。紺色のドレスに細かなレースのあしらわれた上品な装いだ。スカートは膨らまさず、ストレートに流れているのも、さすがだろう。
「まずは座りましょう」
ヒラリー夫人が優雅に座るのを待って、腰を下ろす。
夫人の右隣にはバージニアの母である、シェラナス伯爵夫人。そして左隣には第2王女のラグドール殿下、その隣には我々と同年代のご婦人。王都在駐の侯爵家であるオリゴナール侯爵夫人だ。
何故この面子なのだ?
「皆さんご存知かしら?シェラナス夫人は、バージニア・ダフタス殿のお母上ね。こちらはラグドール殿下とオリゴナール侯爵夫人よ!」
目で促されたので順番に挨拶する。
「バージニア・ダフタスです。ゼクスで探索者ギルドのマスターをしております」
「システィア・カルヴァンと申します」
「ダナン・アフロシアと申します」
この席に置いて、最上級は王女殿下、次に私とシスティア。ヒラリー夫人は元王族ではあるが、元侯爵夫人だ。
なので、階級的にはバージニアとほぼ同格となる。
とは言え、ここを仕切っているのはヒラリー夫人だ。
「突然の招待に応じてくださって嬉しいわ!(当然ですけど)」
「もちろん、いつなりと(急すぎます)」
「ゆっくりしていって(逃さないわよ)」
「領も災害の後なれば(勘弁してくれ)」
「ほんの少しですわ(そう言わないで)」
笑顔を張り付けながら、嫌味の応酬だ。この時間が無駄だ。本当にご婦人方とはこんなにも暇なのか。
年の瀬の忙しい時に、とため息を吐きそうになる。
「時に、閣下がとても感情豊かだったと(何をしたのかしら?)」
「契約に基づきます(話せません)」
「まぁ、困ったわ。みんな集まってもらったのに(それじゃ私の立場がないわ)」
「とはいえ、こちらにも守るべきものがございます故(それは知らん)」
「まぁまぁ、どう致しましょう(あなたから息子さんに口添えを)」
「私にも護るべき掟がございますれば(ギルドにおける立場があるから)」
「楽しい話に母を混ぜておくれ(少しぐらい話をして?)」
「事は安易ではなく(簡単に話は出来ない)」
「あらまぁ、みなさん固いわよ(あぁ怖い)」
それまで黙っていたオリゴナール侯爵夫人が言う。
「せっかくの場ですもの、楽しみましょう(殿方は女性を楽しませる責務があるのよ)」
「それはそれは(女性は大人しくしてて欲しいものだ)」
そこで話しが途切れてお茶を飲んだ。まったく何の茶番だ。
するとラグドール殿下が
「白蜘蛛の糸で織られた布とは触り心地が良いのだろうな(触らせて)」
「そうですな、本日は召しておりません(無理です)」
「切れ端などは無いものか?(少しくらい欲しい)」
「ございませぬな(やらん)」
「服生地の端などは?(少しくらい)」
「仕立てたものから回収して、贈り主に戻しました(返したから無い)」
あからさまに落胆した。蜘蛛シルクを手に入れようと言う画策か?ならば無駄だ。糸も布も所有者登録までされている。持ち出すことさえ出来ないだろう。
そこで漸く、この会食の意味を悟った。システィアとバージニアも多分、気が付いただろう。
私は青くなった。大変な事になる。誰が画策したにしろ、大事だ。
早く部屋に戻らねば。
本当に胃が痛くなって来た。思わず冷や汗をかいて胃を抑える。システィアもバージニアも真っ青だ。
これは、違う。紅茶か…体が。ふぅふぅ、崩れ落ちるように蹲る。
悲鳴が聞こえた。誰が…?視界の端で誰かが近付いて来るのが分かった。やめろ、ダメだ!
バチッ
あぁやっぱり…。私はため息を吐く。怠い体を起こして水を飲む。そう、アイルが持たせてくれた水だ。システィアもバージニアも水を飲んだ。全く、何の茶番だ。
そもそもアイルが防御を兼ねて持たせてくれている耳飾りだ。多少の毒や痺れ薬などほぼ効かない。咄嗟に炙り出しをするための演技をしたまでだ。
もっとも胃が痛いのは本当だが。
後で聞いた話だ。捕まったのは農業大臣と内務大臣の部下だった。全てはヒラリー夫人たちの仕込み。
案じた通り、我々の部屋に賊が入っていた。何も無いので驚いただろう。分かりやすく置いた荷物には貴重品など入っていない。当たり前だ。王宮など魔の巣窟だ。誰が部屋に貴重品など残すか。
全く良いように使われて、災難だ。憮然とする我々に、目の前のイリリウム閣下は笑顔だ。
「悪かったのぉ。ほっほっ」
ため息しか出ない。
蜘蛛シルクを狙っている、不穏な動きを察知した閣下が一芝居打ったのだろう。もちろん、アイルのエンブレムに感動したのは演技じゃない。ヒラリー夫人のお茶会が完全なる仕込みという訳だ。迷惑な。
「そう怒るな。王を説得するためにもな、彼の力を分からせる必要があった。あの氷な…はっはっはっ。愉快じゃ」
そう、私たちに触れようとした男たちは氷魔法でバッキバキに固まっていた。首から下が。そこで全身を凍らさないのがやっぱりアイルだ。
「アイツらの顔ときたら…ぶふっ」
吹き出しているのは魔術第2師団長のロスナイト殿だ。
「いやー、愉快だ。それと、エンブレム。大変に有り難い。恩にきる」
「我々は渡しただけですから」
「あー、ヒラリーがな、謝りたいと。会ってくれぬか?」
私たちはもちろん渋い顔をした。
「本当に申し訳ない。この通りだ」
閣下が頭を下げた。はぁ、私はまたため息を吐いた。会わざるを得ないだろう。
「分かりました。が、手短に願います」
あぁ、と頷くとヒラリー夫人が入って来た。
「ごめんなさいね、あなた達を試すような真似を。しかも、囮にするなんて…。反対したのよ?でも…」
閣下を見る。
「やむを得なかった。彼の存在はそれ程までに国が欲する。どの国も、な」
真剣な顔で閣下が言う。
ヒラリー夫人は改まってこちらを見る。
「私からお話を少し。その方は神聖国に縁がありませんかしら?ピュリッツァー帝国の隠された姫が、王宮を出奔しました。霊峰の御神木、その霊峰が水色に光ったと。さらに、御神木の葉が落ちた。これは隠語よ。私からお話しできるのはここまで。私の閣下の願いを、形にしてくれた彼に。どうか…」
イリリウム閣下 58
奥様 48 王様のお父上の18才下の妹
王様 48
王様のお父上 66
時系列整理
10月10日 審判の日
アイルやハクたちが魔力を捧げる為に眠る
イグニスが神界でケガをする
10月15日頃
シシラルたちがイグニスを連れて下界に降りる(神界と下界は時間の流れが違う)
アルテノが祈りを捧げる
イザークがペンダントにざわめきを感じる
10月18日頃
ダナンたちが王都を訪れ、謁見と会食
アーシャが神聖の森に伝言をする
若木が根付く?
光の奔流が流れ落ちる アイルが消える
10月19日 ダナンたちが夫人たちと会食に参加
10月20日 アイルが目覚める
イーリスがイグ・ブランカに戻る
旧イグニシアで黒い光が飛んだ
10月21日 ライラたちと双子の騎士を助ける
帝国で白い光が駆け抜けた
10月22日 ライラたちと双子の騎士が合流 山を降りる
1月1日 ロルフたち鎮魂の森を出発
1月6日 フィーヤ着
1月7日 フィーヤ発 イグ・ブランカ着
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