318.双子の騎士
その様子を見ていた2人の騎士は膝をついた。そして辛そうに肩で息をしている。僕は慌てて駆け寄る。
これはやっぱり水かな?
『そうだね、まずはお水。その後は食べ物とお湯で体を清めるのと睡眠、かな』
だよね。ならばと水筒をポーチから取り出す。
実は人に会うことを想定してね、もう5つほど同じものを作ったんだ。もっとも無限に湧き出す仕組みは分からなくて。そしたらビクトルが無限に湧き出る元祖水筒から転移させたらいいと言うから。
やってみたら出来た!
その聖水を売ったりは出来ないよ?正しく使う人にしか使えない。そういう制限をつけたから。
その無限に湧き出る聖水の水筒からの転移で、無限に湧き出る聖水の水筒を手に
「おじさんたち大丈夫?良かったらお水飲む」
水筒を掲げて蹲る2人に声を掛ける。
多分、少し前から僕に気が付いて、猪の進路から僕を隠そうとしてくれていた。きっと心の優しいおじさんたちだ。だからこの水筒を渡そうと思った。
自分たちだって立ってるのがやっとなのに、どこからか来た子どもを必死に守ろうとした。
だから。
騎士たちは笑うと
「ありがとう、貰うよ」
晴れやかに、誇らしげに笑う。太陽みたいな素敵な
笑顔だった。
蓋を開けて水(聖水)をゴクゴクと飲んだ。飲み干してからあっという顔をして僕を見る。2人ともまったく同じ動作だ。僕は笑って
「大丈夫だよ、それはね…魔道具なんだ」
ビクトルが魔道具というのがあって、僕のそれは魔道具じゃなくてジョブで作ったんだけど…大抵のことは魔道具といえばいいと教えてくれた。
2人は驚いて
「「なんと!魔道具とは。本当だ、また水が満タンに。飲んでもいいかな?」」
「うん」
2人は全く同じ言葉を話すと、またゴクゴクと飲んだ。僕の目には2人が淡く水色に光るのが見えた。聖水って凄い効果なんだなぁ。
と思っていたら
『アイルが手を加えたからだよ!』
『そうだよ、聖水には浄化とか癒しの作用があるけど、あれはアイルが手を加えたからだよ!』
『『効果が激増してる!』』
…いい事なんだよね?多分。
何故かビクトルたちはドヤ顔で頷いた。良かった。
その後はクリームシチューとパンに茹で野菜。さらにキビサンドとサバサンドを出したら凄い勢いで完食したよ。
後は少し汚れてるからね?きれい玉っていうのを渡した。魔力を流すと2人は水玉に取り込まれている。
えっと窒息しない?え?もちろん大丈夫?ならいいのか。2人は何やらはしゃいでいる。
ある意味、大物だね?
そして水玉が元の手のひらサイズにまで戻ると…2人は艶々ピカピカになっていた。なんだか服もきれいになってるね。元僕よ…良くやった!
壮年の2人の騎士は凛々しい姿をとり戻していた。普通にカッコイイ。イケおじだね。
イケおじって何だ?もうまた分からない単語だ。考えちゃいけない。
「少年よ、助けてくれただけでなく食事やお湯まで…本当にありがとう」
軽く僕を抱き寄せてお礼を言うイケおじ。
「助けられて良かったよ!旅の途中なの?」
見ればもうボロボロのテントが張ってある。
「ここで人を待っているのだ」
遠く、山頂の方を見て言う。そうなんだ?それは大変だ。だってテントはボロボロで所々に穴が開いていたから。
そのテントに思い入れがあるのかな?
「このテント…」
「あぁボロボロだけどな、無いよりマシだから。何度も捨てようと思ったんだが」
苦笑する二人。ならば、とこれも余分に作っておいたテントを取り出す。
ヒュン
ちゃんと跳ねて着地した。うん、相変わらず訳がわからない。イケおじが口をポカンと開けている。
「こ、こ、これは…?」
「な、な、何だ…?」
だよね?僕もそう思う。
「テントだよ?沢山あるし、良かったら使って。中には枕と毛布も入ってるから」
イケおじはそっとテントの中を覗いて絶句している。
あんなに自分にたちもボロボロになりながら進んだ。
そして、猪に襲われならも必死に僕まで守ろうとしてくれた。
だからね?僕からの贈り物。
「こんなに上等なもの、我々が使っても良いのか?」
「もちろん、使うと言うか…あげるよ!」
しばし固まって
「我らには渡せるものなどない」
真剣に言う。それなら大丈夫だけどね。ちゃんと考えてあるよ、彼らが受け取ってくれる方法を。
「なら、猪を5頭分貰うよ!」
「肉はもたないし、ここで解体すると血の匂いで魔獣が寄ってくる。捨て置くしか出来ないからな、全部持ってってくれ」
多分、テントを小さなポーチから出したのを見て空間拡張だと気が付いたんだね、さすがだ。
「じゃあ遠慮なく!」
もちろん、お肉もその毛皮も牙も使い途はあるとビクトルが教えてくれたからね。
ポーチに収納してポーチの中で解体すると、テントの中に半分のお肉と毛皮、牙を転移させた。
僕は持ち物間で転移が出来るから。
テントの隅にある箱には時間遅延を組み込んだ。それならお肉も腐らない。
パンと岩塩と胡椒、お湯で溶かして飲むスープも一緒に入れたよ!
騎士たちがテントに入る前に帰ろう。あんまり気が付かれても困るしね!
「僕はもう帰るね!」
イケおじたちは顔を見合わせて
「1人で大丈夫か?その…」
僕の足元にいるコムギをみて口籠る。
「大丈夫だよ、近くに家もあるし。僕よりおじさんたちだよ?気を付けてね!じゃあねー」
僕はもう振り返らなかった。抱きしめてくれた温もりは、涙が出て出るくらい嬉しかった、その気持ちに蓋をして。今じゃない、そう思ったから。
******
ミュジーク様とライラ様を送り出してからすでに1週間。
獣をとったり木の実を食べたりと食い繋いでいたが、いつまで身体が持つか。そんな折に、山が水色に輝いた。なんだこれは…。まるで歓喜に湧くような騒めきを感じる。しばらくすると光は収まって、元の静かな山に返った。
山が光った翌日、結界の向こう側をナイゼルと見ていると唸り声が聞こえた。これは猪、の魔獣か。群れだな。痛む身体に鞭打って剣を抜く。
どれくらい経ったか。身体が悲鳴を上げる。
はぁはぁ…まだいるのか。気力で剣を構える。するとどこからか、聖なる色を纏った小熊が現れた。猪が小熊に向かう。危ないっと思ったが足が動かない。
ザシュッ
倒れていたのは猪の方だ。爪の一振りで?自分より何倍も大きな猪を?
その後に
「コムギ!」
叫びながら少年が現れた。線の細い小柄な少年だ。聖なる色を纏った少年。
危ない、戦う術を持つようには見えない少年だ。猪の進路に自分を入れる。緊迫した状況を破ったのは焦れた猪たち。一斉に向かってくる。
ミュジーク様、お待ち出来ず申し訳ありません。そう覚悟を決めた。それでも一頭でも多く道連れに…そして少年を守らなければ。
結果、その覚悟はまったくの杞憂に終わった。なぜなら猪はすべてドタリと横たわっていたから。命の火は消えている。
何が…?起きた…う、身体が限界か。思わず膝をつく。
それからの事はもう驚きの連続だった。
そして、我らはまだあどけなさの残る整った顔立ちの、線の細い少年に助けられた。
あまりにも愉快で、私たちの心に温かな火を灯して立ち去った少年。名前をと聞けば
「アイル、ただのアイルだよ!」
爽やかに答えて消えて行った。私たちはその名を忘れない。アイル、なんと優しくて清々しい少年だろうか。
腕に抱いたその温もりは心まで温かくしてくれたのだった。
10月28日 アイルがミュシュランテスに現れる
10月29日 アイルがライラとその主、騎士たちを助ける
1月1日 ロルフたちが旧イグニシアを出発
1月6日 ロルフがフィーヤに着く
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