315.ライラと少女2
我の案内で進む。主に付けた我の魔力、これを追う。しかし、人とまだ小さな聖獣は早く歩けない。焦れた我が背中に乗せ、走り出す。
(いやそもそも山の中を走るって何?って感じだけど)
『走ってるんじゃなく駆けてるんだよ』
妖精がそう言った。
『空を駆けてる!』
もう一体の妖精が補足するが、やっぱり分からないようだ。主が近いな!我は立ち止まる。
そこには木にもたれて目を瞑る主がいた。これは…急がないと。間に合うか?我のその結界はもう限界だ。
背中から人が聖獣を抱えて飛び降りる。主のそばに寄る。それだけで、主は淡く水色に光る。
でもまた足りない。何故か分かる。これではほんの少し延命しただけ。根本的には解決してない。
(どうしたら…)
あぁ、本当にこのアイルはなんと優しい。助けるのは当たり前だと思っている。そこにあるのはただ純粋に人を助けたいという想い。
『魔力を渡して…アイルの』
妖精が伝える。
(どうやって?)
『身体の接触』
(接触って触れてたらいいの?)
『なるべく密着して!その人の頭を抱きしめて、肌が直接触れるように』
ここに来て何を迷っておる!我はイラっとした。
(他に方法は?)
『ええい、さっさとチュウせんか!』
ついに声を出した。主の命が危ないのだ。
(もう、手だって肌のふれあいだよ?なんでチュウかな)
体が単に密着するよりも確実だからだ!
アイルは主の手を握り、その頭を胸に抱いて頬に唇を寄せた。それなら頬同士も接触している。体はなるべくしっかりと抱きしめて密着していた。まぁギリギリ有り
か。
(で、何が言いたいかと言うと、女の子。僕よりは年上のね!だからやっぱり密着するのも遠慮があるから)
…むむっ、意外と常識人だな。
(早く良くなりますように)
その冷たい頬に熱を移すように、抱きしめた。
(治れ!なんか色々と患ってそうだから…全部全部治れ!)
なんと!気が付いておるのか?そしてなんとも優しい光が主とアイルを包む。
どれくらいそうしていただろうか。周りの音も空気も、とても静かで。
やがて主の体が強く水色に光る。
我は大きく嘶いた!
アイルの腕の中の主はまだ目を瞑っているが、その頬が少し色付いた。
(ビクトル、もう大丈夫?)
『うん!安定した』
『まだしばらく起きないから家に連れて帰ろう!』
妖精がそう言う。しかし何故か躊躇っている。
(えっとでも…女の子を連れて帰るのは。誘拐とか言われそう。
なんか高そうな服を着てるし。ライラだって見た感じはとっても高貴。しかも手入れだってきちんとされてる。それは…やっぱり良くないよ。女の子だし)
『…』
『…』
我も妖精たちも考え込んでしまった。そんなところで常識を振りかざすとは…まぁしかし、言ってることは一理ある。我は高貴であり、大切にされていた。
『大丈夫だ!我が頼んだのだから。その家とやらに連れ帰ってくれないか?』
我を見て入れないよね、と考えている。
(ライラは入れないよ?入り口は狭いから)
『案ずるな!』
(女の子は無理だよ。家には入れられない)
それはなんていうか、決まり事みたいな感じか?譲れない意志が感じられる。
『テントならいいんじゃない?』
(まぁあの割れ目の中のテントなら確かに)
むっ何やら家ではなくテントがあるらしい。
『安全な場所、できればそなたの近くであれば』
『あの岩窟の中ならアイルの感知範囲内だから大丈夫だよ』
アイルの近くにいれば、垂れ流している治癒の温かな魔力で治りも早かろう。
(僕の意見は?当事者なんだけど)
憮然とした顔をしておるな。
『アイルはね…』
『アイルだし?』
『アイルならな!』
(でもどうやって運ぶ?)
『我の背中乗せる。アイルが支えてくれたら大丈夫』
(いや、無理。女の子を持てる気がしない)
我は呆れた。慎重なのか、アホなのか…。
『パパ、僕が手伝うよ!』
生まれたばかりの聖獣の方がしっかりしているな!
結局…屈んだ我の近くまで聖獣が主を器用に自分の背中に乗せて運び、そこまで来たら我が主を浮かせて自分の背中に乗せた。人よ、要らなかったな。
『念の為な!』
フォローはしたぞ。
で、どこぞの岩の割れ目までやって来た。ここからどうやって運ぶの?と我を見るアイル。ふふっは!我は幻獣ぞ。
シュンッ
すでに岩の割れ目に入っていた。何が…?と我を見るアイル。ドヤ顔したった。もちろん転移だぞ。
進んで行くと広がった空間に出る。我は驚いた。
『まさか…』
絶句した。まさか、ここに…なんと神々しいお姿。
(どした?あぁ、目の前の大木な。岩の割れ目から突き抜けて空に伸びている。驚くよな?)
背中に主を乗せたまま、跪き頭を垂れた。
まさか、アイルの家がここにあるとは…。なんという偶然、いや、偶然ではないのか。
たまたま会った人間が治癒の魔力を垂れ流していて、解毒剤(効果抜群で呪いまで解呪する)を持ってるなんて、有り得ない。
『幻獣にとってここはいわば聖地』
妖精がアイルに言う。我にとってだけでは無い。主にとってはもっと意味がある場所。
(なんですと?!家を埋め込んだりしてる場合じゃなかった。いや、場所じゃなかったか)
しばらく頭を垂れていた我は体を起こすと周りを見渡し
『家とはあれか?』
壁面の水晶に埋まるようにある家を指す。
(そうとも言う…)
『畏れ多くて入れぬな。ここで良い』
まさかの聖域に、その輝ける水晶に家を埋め込むとかな。いや、その前に埋め込められるのか…?
アイル我から聖獣を抱いて飛び降りると、腰のポーチからテントを取り出す。袋から出したら跳ねて良さげな所に着地した。
我は唖然としたが、その入り口を鼻で開けると入って行った。
(待って、土足厳禁…。馬に土足ってあったっけ?)
浄化するから大丈夫だ、失礼な!
『ふふふっ、相変わらずアイルは斜め上だ』
『うん、本当にね!ライラが、テントに入れたことは驚かないなんて』
そうだぞ?土足の前に我がこのサイズに入れることを驚け。たかだかテントに空間拡張が自動で組み込まれるとか意味がわからん。
アイルは恐々とテントの中を覗く…広いのに驚いている。何故、自分で驚く。
『もちろん、空間魔法が組み込まれてるから』
『さらには快適な大きさになるよう自動調整機能付き』
自分でやったくせに妖精に…解説ありがとう、とか思ってるぞ。
テントの中に主をそっと降ろす。
アイルは寝袋(分厚いマット付き)に枕と毛布を敷いて、そこに魔法?でブーツとローブ、上着を脱がせた主を運ぶ。その体にそっと毛布を掛けるとおでこにキスをして、ガラスのポットに聖水をたっぷり注ぐ。
近くにコップと、お皿にも聖水を入れる。ポーチから果物をだしていくつかお皿に載せるとアイルはテントを出た。
我はそのまま主に寄り添う。主よ…瘴気毒があるこの場所を目指した理由。辿り着けずに朽ちると思った我々がここに辿り着けた。
神々しく岩を突き抜けて伸びる御神木。この霊峰にあるシュミランと呼ばれる木。この地方の古語で聖なる山がミュシュランテス、そしてシュミランは聖木だ。
まさか、岩の底に生えているとは。しかも、入り口は隠蔽されていた。
かなり高度な隠蔽だ。毒で力の弱った我や毒に侵された主では見つけられなかっただろう。
アイルは全く気にすることなく入って行った。掛けられていたのは隠蔽だけではなく、結界。
御神木に認められたものしか入れない場所。我や主があの隠蔽に気付いたとして、受け入れられたかは不明だ。
簡単に入れたのはアイルがいたから。彼はまたとんでもない。なのに、全く無自覚だ。
我の姿を見て、ひれ伏すものは多いが。助けなきゃとか土足厳禁とか真面目に考えるのはアイルだけだろう。
そう考えるとなんと愉快なのだろう。
逃亡を始めてから初めて、本当に初めて、心底愉快で堪らない。
なんと良き出会いであったか…
しかし、あの妖精は全てを知っていて彼を導いて来た。そしてアイルは疑うことなく、我を助けた。オークゾンビが迫ってる中で、怖さに体を震わせて。
ゾンビに対しては普通なら明らかに自分より強い聖獣と妖精を庇って。
こんなに澄んだ心持ちの人がいるなど知らなかった。
数多の精霊や妖精が集うのも納得だ。
彼の纏った服や装備にはこれでもか、と精霊や妖精の護りが付いていた。彼の周りにも力の弱いものからそれなりの輝きのものまで、たくさんの聖なるものが漂っていて。
彼の振りまく優しく色付いたあの魔力に触れたい聖なるものたち。それを無意識でやっていると言う。
我はしばし物思いに耽り、主のそばに寄り添っていた。
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