32.今度こそ精油作り?
少し長め
そこからは順調に町まで帰って行った。大事なことだから2回言う。門が見えて来た。時間はまだ早い。貧民街の2人は身分証が無い。
じゃあ町の外に出られないかというとそうではない。身分証を持ってる人と一緒なら門を入れるし、子供達だけで外に出る時は衛兵に声をかけて出て行く。今回は私と一緒なので門を入るのも簡単だ。
身分証を見せると衛兵に止められる。え?何で?と思うと探索者ギルドから連絡があると言う。奥から別の衛兵が出てくる。肩の紋章が少し多い?そして
「明日までに必ずギルドに来るように、だそうだ。何かしたのか?」と笑いながら言う。
首を振る。伝えたからな、と奥に戻って行った。
ロルフ様かな?ギルマスかな?何にしても面倒だ。今日は行かないからな!
そのまま宿を通り過ぎて貧民街に向かう。到着。うん、結界に反応はない。何事もなかったようだ。レオ、ルドと一緒に入っていく。
そのまま私はイリィの部屋の扉を叩く。反応が無いので扉を開けて部屋に入る。作業机で夢中になって何かを使っている。邪魔しないよう部屋を出て行こうとすると、私に気がついたイリィが走って来る。
「お帰り。出来たよ!試作でアイのピアスを作ったんだ。見て!」
嬉しそうにそう言って私をソファに座らせる。ハクを探すと隅で丸くなって寝ている。
イリィは作業机からトレーを持ってくる。そして私の髪を耳にかけて今付けているピアスを外す。耳に触れる手がくすぐったい。イリィの手には螺旋の吊り下げタイプのピアスがある。下に向かって螺旋が大きくなって行く。ステンレスは幅のあるもので、凄くオシャレだ。しかも外れないように金具を掛けられるようになっている。キドニーだ。
それをイリィが付けてくれる。革ほどの軽さは無いけど、それでも金属にしてはとても軽い。それだけ薄く加工されているからだ。イリィの腕があってこそだろう。
次にポストピアスをトレーから手に取る。そこには紫水晶が嵌っている。ごく小さな結晶が敢えてだろう、不整形な形でカットされている。その分、結晶らしくて素敵だ。それを私の耳に付ける。
左耳の次は右耳。こちらも今ついているピアスを外して紫水晶のピアスをつける。そこで終わりかと思ったらもう一つ手に取る。そのまま右耳の、今つけているピアスより上、左耳とお揃いになる位置に突き刺した。
「ッ!」
「ごめん、痛かった?」
顔を至近距離で覗き込んでくる。だから近いよ!あと一つねと言って左耳の軟骨部分にピアスを突き刺す。
「ッ!…」
「うふっ初めての場所は痛いよね…?」
耳元で言うの止めて…
そしてソファに座る私の膝の上に、向かい合うように座る。いや、何でそうなる?
「僕の耳にも付けて?」
顔を傾げてこちらを見る。
すると私の胸元から鷹の雛が顔を出す。イリィは目をパチパチさせる。うわぁ、まつ毛から風が来たよ。
そっと雛に触れてわわわっ!と慌てている。
「レオとルドにオヤツ作るから」
とそっと胸を押すと膝から降りてくれた。ホッ…
ソファから立ち上がりイリィの部屋を出る。居間で寛いでいたレオとルドは私を見ると駆け寄ってくる。
「兄ちゃん、オヤツ?」
「オヤツ?」
頷いて台所に向かう。帰りがけに買った小麦粉と牛乳、卵をお皿に入れて混ぜる。少し水を足して緩めの生地をつくる。
浅い鍋を火にかけてこれも帰りに買ったバターを入れる。満遍なく行き渡らせて生地を流し込む。薄く広げて火を止めて余熱で焼く。それを4枚焼いて、ポーチからリル草の蜜を取り出して生地の半分に薄くかける。それをパタパタと折っていく。
そう、クレープ包みだ。皆んなに渡す。レオとルドは目をキラッキラにさせて豪快にかぶり付く。美味い!口々に言う。
恐々とイリィが小さく齧る。目を見開く。美味しい…。
そうだろそうだろ。シンプルなハチミツクレープ風だから。生地に砂糖は入ってないけど素朴な味で美味しい。パクパクと食べてあっという間になくなってしまった。
名残惜しそうに手を見つめるレオとルド…とイリィ。皆んなか!まだ生地は半分も使っていない。
出来たら蜜をかけて食べていいからと言って次々と焼いて行く。かけ過ぎると溢れるからと念を押す。蜜は貴重品だからね。結局残りの生地で6枚焼けた。私はもう要らないからと3人で2枚ずつパクパクと食べていた。
「ふぅ美味しかったよ、兄ちゃん。やっぱり兄ちゃんは強くて優しくて最高だよ!」
「兄ちゃんありがとう。僕こんなに美味しいの初めてだよ!」
「僕もこれは初体験だ!衝撃だよ…」
顔を赤らめて初体験とかやめて?イケナイコトしたみたいだからさ…そこで上目遣いもやめて…?
「僕も初体験ー!凄かったよ」
「俺もだよ!3人ともなんて、兄ちゃんやるな!」
…その会話だけ聞くと私が誤解されそうなんだけど?
聞こえなかったフリをして片付けを始める。ささっと洗い始める。
『僕のはないの…?』
『ハクごめん、犬だと思われてるからさ』
しょんぼりしてるのが伝わって来る。
明日一緒に出かけよう!周りに人がいないところで焼けば好きなだけ食べられるだろう。
『約束だよ?』
『あぁ約束な』
良かった、機嫌が直った。
『その雛はどうしたの?白大鷹だよね?』
『イノシシに襲われてて』
『匂いがついたか!アルは色々と引き寄せるねー』
『…勝手に寄ってくるんだよ…』
『まぁアルらしいね』
ハクと話をしながら片付けをしているとすぐに終わった。
そろそろ宿に帰るかな。その前に2人に報酬だ。
体を屈めて2人と目線を合わせる。
「今日はありがとな。助かったよ」
そう言ってポーチからお金と蜜の入った瓶を取り出す。1人ずつに銀貨2枚と瓶を渡して頭を撫でる。
レオはそのお金を見て驚く。
「こんなに貰えないよ!」
ルドはキョトンとしてレオと私を見比べる。
「その蜜だって2人がいたからたくさん採れたんだし。受け取ってくれよ」
「でも…」
レオは戸惑っていたが、横からイリィが貰っときなと言う。レオは考えてから頷く。
「兄ちゃんありがとう。俺、兄ちゃんみたいなカッコいい男になるから!」
そう言うとニカッと笑った。ルドは横でニコニコしている。2人の頭を撫でて、念のため2人だけで森には行かないよう言っておく。しっかりと頷いてくれた。
こうして採取を終えて宿に向かう。ハクが腕に飛び込んできたので、抱える。もふもふスーハースーハー。首に顔を埋める。あーハクの匂いだ。落ち着くなぁ。横では何故かイリィが私の服の裾を掴んでいる。気が付かないフリをして歩く。無言だったけど心地の良い時間だった。
宿に帰ってスーザンに声をかける。おぅと応えてくれる。少し話しいいかと言ってハクを降ろすと厨房に入れてもらう。肩掛けカバンから瓶を取り出して渡す。受け取ったスーザンは瓶を目の高さに上げてマジマジと見る。
「これは?」
「リル草の蜜だよ、香りが良くて美味しい。たくさんはないから家で使ってくれ」
こちらを見ると蓋を開けて匂いを嗅ぐ。そして一雫指に垂らして舐める。
「これは…!」
目を見開く。うん、美味しいよね!
「いいのか?」
頷く。
「今日も美味しいパンありがとな!」
黙って瓶と私を交互に見る、そして私の頭をクシャっと撫でておぅと頷いた。私は軽く笑うと手を上げて厨房を出て行く。後ろから後で夕食持ってくと声を掛けられた。振り返ってまた手を上げる。
厨房を出るとハクとイリィが待っていた。一緒に階段を上がって部屋に入る。ふぅ、今日も疲れた。
それからお互いに片付けをしてスーザンが持ってきてくれた夕食を食べ、交代でシャワーを浴びる。部屋に戻るとイリィがベッドに腰かけていて、サイドテーブルにトレイが載っていた。
「アイ、僕の耳にピアスをしてくれる?初めてだから…優しくしてね」
言い方!その言い方…誰かに聞かれたら誤解されるよ…イリィに分からないようそっとため息をつく。
「アイの膝に乗せてもらったほうがヤリやすいかな?初めてだと入りづらい?」
だから言い方ね!色々とアレなんだけど?
「いや、そこに座ってて。俺が横から耳に触った方がいい」
座っているイリィの横に膝立ちになる。屈んで髪を耳にかけてピアスを渡してもらう。先端が針のように尖っていて突き刺すようになっている。耳たぶに触れ、入れるよ!と声をかけて思い切り突き刺す。
「ッ!」
留め具でピアスを固定する。イリィはわたしの服を掴んで痛みに耐えている。涙目だ。
「馴染むまでは痛むと思う。時間が立てば痛みはなくなるから」
イリィのピアスは紫水晶だ。その髪と目の色にとても合う。反対に移動しようとするとイリィがこちらを向く。耳に髪をかけ、対象になる位置にピアスを当ててまた入れるよ、と声をかけて耳たぶにつきさす。
「ッ!」
「穴を開けるのが初めてか?」
「うん。痛いけど嬉しいよ。アイと一緒だからね」
そう言って私の髪に隠れた耳を触る。ゾクリとする。あぁまだ人に触れられるのは苦手だ。ベットから立ち上がって伸びをする。
あぁ今日も濃い1日だった。そろそろ寝る時間だけど…ベッドを見る。どうするかね?床で寝る?外で寝る?すると後ろからイリィが抱きついてきた。私の腰に両手を回してガシッと。えっ?
「今日もいっしょに寝よう。いいよね?」
出来れば1人で寝たいんだけどな…。
「一緒に寝てくれないならこのまま離さないよ?」
そう言って後ろから私の頬に手を当て自分の方に向かせる。至近距離で向かい合う形だ。相変わらず整っているその顔からつと目を逸らす。イリィは背伸びをして私の唇の端にキスをしてきた。どうするの?とその顔が聞いている。そのままの体勢は宜しくない。ほぼ体が密着していて目の前にイリィの綺麗な顔がある。
少し体を反らして分かったよと返す。このままイリィに迫られるくらいならまだ一緒に寝た方がいい。本当はどっちもお断りしたいんだけどな…目を細めてこちらを見ると私の手を引いてベットに入る。側に体温を感じながら目を閉じた。
アイルがイリィとベットに入る少し前。アイルたちの部屋の外を通りかかったスーザンの耳に途切れ途切れの会話が飛び込んでくる。スーザンのスキルでいわゆる聴覚強化だ。パッシブなので普段から音を良く拾う。
「初めて…優しくして…」「膝に乗せて…ヤリやすい…初めては…入りづらい」「横から触ったほうが…」「入れるよ…」「ッ!」「馴染むまでは…」「時間が経てば…」「穴を…初めて…」「痛いけど…一緒だ…」
それを聞いてこれは…そうか、あの2人は。応援してやらないとな!
ナニかを誤解したスーザンだった。誤解だよね?
隣のイリィはこちらを向いて横になっている。目を閉じていても視線を感じるのだ。目を瞑ったまま寝ないのか?と聞くとアイが寝たらね、と言う。目を開けてイリィと反対の方向へ寝返りをうとうとすると頬に手が触れる。ビクッ。視線を感じるがそちらを見ないでいると、イリィが体を起こして上から私を見下ろす。鼻が触れるくらいの距離で。そのまま頬を指の背で撫でながら
「僕はね、昔から良く攫われたんだ。何度も。いつもはすぐに助けて貰えたんだけど、一度だけ。しばらく見つけて貰えなくてね…酷い目にあったんだよ。その時はどうしてそんなことをするんだろうって思って凄く嫌だった。けど…今は少しだけ、ほんの少しだけ分かる気がする。あの変態男はこんな気分だったのかなって」
頬を撫でる手は温かくてどまでも優しくて…。
僕が感じるアイの色…今は黄色。警戒の色。怖がらせてるかな?あの時の、攫われて蕩けるような目で眺めまわされた僕みたいに。大丈夫、僕は君を傷つけないよ。その唇にキスをする。初めは触れるだけの。離れてまた触れる。何度も…何度も…アイは抵抗しないけど体を硬くしている。そして今の色は白。困惑。
困らせてる?ねぇ、僕は困らせたくなんか無いんだよ?頬を撫でながら唇を重ねる…僕を…見て…?
イリィが話を始める。静かなその声は耳に心地よい。攫われた?酷い目に?イリィはそんなに辛い目に会ってきたのか…すると変態男の気持ちが少し分かると…言って徐にイリィの唇が降って来た。
初めは触れるだけ優しいキス。頬を撫でながら何度もキスをされる。混乱し過ぎて体が動かない。どうしよう。まだ怖い。人と親しくなるのが怖い。でもイリィの体温は心地良くて流されそうになる。どうして私なんだろう?
「アイが僕を僕として接してくれたから…僕にとって特別なんだよ」
「だから…僕の気持ちを受け止めなくてもいい。ただ受け入れて…君は何を怖がっているの?」
私はまた失うのが怖いんだ。あちらの世界から隔離されて、家族も親友も19年積み重ねた全てが奪われた。当たり前の日常が崩れてしまったのだ。怖くないハズがない。また失ったら?次は立ち直れないかもしれない。
イリィには分かっていたのかな。敵わない。
「失うのが怖いんだ。何も出来ずに自分の手から溢れていくのが…」
「ただ受け入れて…今はそれでいいから。待ってるよ。そしていつか誰かの想いを受け止めてもいいと思えたら…僕を思い出して」
私はイリィを見つめる。窓からさす月の光に照らされて、その顔は本当に綺麗だった。
私は手をイリィの頬に当て、もう片方の手でそのサラサラとしたら髪を梳く。少し起き上がるようにして、自分からその唇にキスをした。
イリィは目を開いたあと、少し細めてほんのり笑う。そしてまた唇が降って来た。その唇は温かくて優しくて…そして柔らかかった。
抱き合って眠る。
「今はこれが精一杯」
そう言ってアイが自らキスをしてくれた。掠めるような淡いキス。落ちる前に感じたアイの色は薄いピンク…好意だった。
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