306.イーリスとナビィとロルフ
僕はまた泣いた。何度泣いても、涙は止めどなく流れる。アイがそばにいない…。
どうしてこんな事に。
今、僕はイグ・ブランカにいる。ニミと旧イグニシアの鎮魂の森から帰って来たのだ。ロルフはエリアスとブラッドとティダに乗って帰ってくるって。僕はベル兄様と一足先にここに戻った。
いまだに気持ちがふわふわとして、現実として受け止めきれていない。
あの日、忘れもしない10月10日、アイは若木へ魔力を流すために眠りに付いた。
そして10月15日、イグニス様が負傷して鎮魂の森に。シシラルさまが連れて来た。
イグニス様が繋ぎ止めていたアイは、若木との接続が一瞬で切れて…だからアイの魂は正しく元の世界に戻らなかったという。
アイの体は魂を迎えられずに透けて来て、全身が透け始めた時…
天から光の奔流が降り注いだ。
森人の巫女が祈りを捧げたと聞いた。巫女の祈りは天にも届く。だから聞き届けられた、そう思った。
その光が収まったらアイは元通りで、僕の名前を呼んでくれる。そう期待をして氷の棺を見ると、そこには誰もいなかった。
えっ…
アイ、アイはどこ?ハクは、ブランは、ロリィは…?みんなで氷の棺を見て呆然とする。
『ロルフ!』
ナビィが叫ぶと走り出した。
えっ…?
ロルフはいる?なら、アイも…どこ?アイの魔力を探す。アイ、アイ…どこにいるの?今、助けるよ!
この時の僕は、アイがすぐに見つかると思っていた。だってロルフがいるならアイだっているバスだから。
ナビィがロルフをその背に乗せて戻って来た。ロルフは青ざめた顔で
「イルは…?」
僕も驚いた。
「一緒じゃないの…?隣にいたのに」
ロルフは俯く。
「ごめん…」
違う、責めてるんじゃない。何が?
「ロルフ、なにがあった?アイは…」
「…分からない。確かにその温もりを、感じていた筈なのに、目が覚めたら、イルがいなく、て…」
そんな、一緒にいたロルフが分からないなんて。
エリアスは
「お母様、アイルは…」
「…分からぬ」
今、なんて言ったの?
「分からない?何で…だって戻れるって、だからアイは…戻れるって…」
僕の背中に温かな手が触れる。その手は震えていた。何があったの?
あの光は救済の光じゃないの?
「あの光は間違いなく天からのものだ。アイルの魂は戻った。それは間違いない。しかし…どこに行った?」
グライオール様が呟く。
そんな…戻れたって僕のそばに居てくれなきゃ意味がないじゃないか。
アイ、何処にいるの?アイはアイのままなの…?
「ハク様は…?」
ロルフが周りを見て聞く。あ、そう言えばハクもブランもいない。
ティダを見れば遠くを眺めるような仕草。ブランの場所が分かるの?
ティダは縋るように見る僕に気がつくと
『分からぬ、な。息子の居場所も』
まん丸な目で僕を見て、そう言う。そんな…。
あ、ナビィは?ナビィならアイの所に飛べる?
「ナビィ?」
あれ、さっきロルフを運んで来た時までは確かにいたのに。僕は少し大きな声で
「ナビィー」
呼んでみた。
でもナビィは何処にも居なかった。
みんな、何処に行ったの?僕は不安になってロルフに縋り付く。ロルフも僕をしっかりと抱き止めてくれた。
『魔力が…感じられないわ』
ニミが言う。でも、と続ける。
『箱庭はそこにある』
あ…確かに。イグニスさまが繋げたアイの箱庭は、まだそこにあった。ならアイは何処かにいるんだね!
僕はアイの箱庭に向かって走った。
アイ、アイ…
ヒュン
あ…。
箱庭は入ろうとした僕の目の前で、消えてしまった。そんな…アイ。僕はただ呆然と、アイの箱庭と繋がっていたその空間を見つめていた。
それからのことはあまり覚えてない。イグニス様が私たちに少し留まるように伝えて、グライオール様と消えた。
氷の棺があった付近にはロルフとエリアスと僕、ベル兄様とブラッド。そしてティダとニミが残った。
アイ、アイ…。悲しいとかそんなことよりも、ただ起きたことが理解出来なくて。
呆然としていたような気がする。
そして、気が付いた時にはベル兄様に付き添われてもうイグ・ブランカに戻っていた。そこは楽園。アイが作った楽園。
たくさんの精霊や妖精がいるはずなのに…とても静かだ。いつもなら光が舞っているのに。今はそれすら疎ら。
そばにはニミが立っていて、その体を私に寄り添わせている。ベル兄様は隣でただ僕を優しく抱きしめていた?
「大丈夫だって言ったのに…」
ポツリと言葉が溢れた。
『それは…』
ニミも口籠る。
「戻れるって…言ったのに…うっ、ぐすっ…アイ…」
ようやく、そばにアイがいない事が、ここにいない事が理解出来てしまった。
認めたくなかった。だってそれじゃあアイは?
どうしても、認めたくなくて。明日になったら当たり前みたいな顔して
おはよう、イリィって言ってくれると、そう思いたかった。
アイ、もう会えないの…アイ、嫌だよ。踞って泣く僕に気がついた誰かが、背中をそっと撫でてくれる。ベル兄様じゃない誰か。
誰…?体が強張る。
「私です、キリウス。エリアス様から連絡がありました。さっきニミ様からも聞いて…今は何も考えずに、もたれて下さい」
僕は顔を上げて、確かにキリウスであることを確認するとその胸に抱き付いて…声を出して泣いた。背中にはベル兄様の温かい手を感じながら。
******
私の金色のしっぽ、それはアイリの道標。アイリは私のしっぽを見つけたら、きっと追いかけてくれる。
アイリは私のしっぽも、私のお尻も大好きだから。
天からの光は偉大なる祝福。その世界に生まれ直したアイリへの、アイリがアイルとしてこの世界に生まれたことを祝福する光。
でも、その光は強過ぎた。
その光の奔流を浴び続けられる力はアイリには無かった。
ロルフはその類稀なスキルのおかげで弾かれただけで済んだ。
でもアイリはそれに耐えられなくて、アイリが自分とハク、ブランに掛けた防御がはたらき…飛ばされた。多分そう言うこと。
それなら私がすることは一つだけ。
アイリを探す旅に出る。
この世界に落とされて、アイリを探した。また同じことをするだけ。しかも、今回は魔力も使えるし、アイリがくれた服や帽子、靴だってある。
もしもの時用にって渡してくれた首元の小さなポーチには、アイリの魔力がたくさん込められた水晶やダイヤモンドが入ってる。
食事はアイリの魔力があるから大丈夫!
それに、食べ物もちゃんと入れてある。ふかふかの毛布とか、ナビィのお家だよって言ってね。ナビィが入れる安全な箱もくれた。アイリの箱庭ほどじゃないけどね。
だから私はアイリを探す旅に出た。ロルフを見つけてイーリスの元に運んで。
起きたことは精霊が教えてくれた。アーシャもアイリと一緒に消えた。
いや、違うかも。アーシャが飛ばしたのかも。
可愛いふりして腹黒だからな。いい機会だから、とか言って何処かに連れて行ったか。
でもそれは無いか…ならやっぱり事故かな?ケガはしてないと思うけど、少し心配。
アイリの色はとにかく目立つ。まだ少年だし、細いし、優しい顔だし。
早く見つけないと!
ハクとブランもバラバラに飛んだと思う。これは勘だけどね。そして、ティダ。ブランの行方を知ってる。
イーリスには言わないかも?何となく…起きたことが分かってて、ティダなりに何かを考えてる。
誰もがアイの居場所が分からないなら、私の出番。私のアイリサーチは優秀。それに、私には精霊が付いている。彼らがまた私を導いてくれるはず。
だって私はピュリッツァー帝国からこのバナパルトまで走ったんだから。
お友達(妖精)もたくさんいる。聞きながらアイリを探すの!待っててねー。
こうして私は意気揚々と鎮魂の森を駆け抜けた。西に移動すれば、帝国はすぐだ!
*****
僕は自分の手を見る。眠るイルの横で、眠りながらその温もりを感じていた。眠ってても分かる。大好きな人の温もりと魔力。
それはついさっきまで、確かにあったはずのもの。
あの光は祝福。触れたから分かる。間違いなくイルをこの世界が受け入れた。その喜びの光。
だからイルは生きている。
何処にいるの、イル…?
光に弾き飛ばされた僕を見つけたナビィは…すぐに何処かへ走って行った。その金色のしっぽを揺らしながら。
あぁ、探しに行ったんだね、ナビィ。羨ましいよ…全てを捨てて、探しに行けるナビィが。
でも当たり前か。ナビィは世界すら渡って、イルを見つけた。
またきっと見つかけんだろう。
ナビィは人ではないから、見つけてもここに戻ってくるから分からない。イルが、アイルの記憶を無くしていたら…ナビィは何も言わず、ただ寄り添うだろう。
僕は、どうしたら…いや、どうしたい?
イグ・ブランカはもう大丈夫だろう。若木をまた白の森に戻すなら、そちらももう大丈夫だ。
イルは居ないけど、僕も、そして多分、エリアスも森に入れる。
若木を植えたら、イーリスの家族はイグ・ブランカから白の森に帰るだろう。
僕は、僕のすべきことは…あぁ、そうだ。ゼクスに帰ろう。自分のやるべきことが見つかった。
イーリスも一緒に、だね。イルから頼まれたからってだけじゃなく。イルのことを話せる人が欲しい。
それは僕のため。
またイルが帰って来た時に、笑顔で迎えられるように。まずは、ユーグ様に会いに行こう。
そう決めた僕は、ニミにイーリスとリベールと先に戻るよう伝えた。
その後はエリアスに、鎮魂の森を出ると伝える。
「エリアスがまだ、ここにいたいなら、もう少し、ここにいようか?年が明けるまで…」
エリアスは涙を溜めて
「ありがとう、ロルフ。頼む」
イグニス様と話もしたいだろうし。気持ちの整理も…。それくらいなら待てる。
これからどれほどの時間、イルを待つのか分からないけど、それでいいと思うから。
時系列が分かりにくいので…
10月10日 審判の日
アイルやハクたちが魔力を捧げる為に眠る
イグニスが神界でケガをする
10月15日頃
シシラルたちがイグニスを連れて下界に降りる(神界と下界は時間の流れが違う)
アルテノが祈りを捧げる
イザークがペンダントにざわめきを感じる
10月18日頃
ダナンたちが王都を訪れ、会食
アーシャが神聖の森に伝言をする
若木が根付く?
アイルが透け始め、光に飛ばされて消えた
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