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異世界転移 残りものでも充分です〜  作者: 綾瀬 律
第6章 ピュリッツァー帝国

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302.鎮魂の森 その後

 若木は審判の日から5日ほどでかなり成長した。と言ってもまだ1メルくらい。ただ、茶色かった幹は青く、枝も広がって青々とした葉をたくさん付けた。

 成木になると幹が白くなるらしい。


『ほぼ根付いたか…。後少しであるな』

 ヒュランが言う。そうなのか…ならみんなも目覚める?

 思いの外順調で、ホッと息を吐く。

 氷の棺で眠るアイルを何とはなしに見る。そして異変に気がついた。

 これは…アイル、なにが起きてる?

 アイル!

 僕は棺に身を乗り出してアイルの頬に手を触れる。

 違う、()()()()()。今までと同じように穏やかな顔で眠っているのに。

 堪らなく胸が騒つく。


 何が…?アイル、アイル…戻って来て!

 なぜそう思ったのか分からない。でも、良くないことが起きている。それは分かる。

 嫌だ!アイル、行かないで…ここに戻って来て。

 僕はただ見守ることしか出来なかった。




 そんな時、イーリスがニミと共に転移して来た。

 僕はニミやイーリスをボーッと眺めていた。現実味がなくて、ただふわふわとするような心地で…彼の手を握っていた。



 パキンッ



 何の音…これは何が…?



『アーシャ…何が、何が起きてるの?』


 ニミがアーシャ様に詰め寄る。


『イグニス様が…繋がりが、生命樹とアイルの…繋がりが…』


 混乱したアーシャ様も言葉にならない。

 アイ、戻って来て!アイ…アイ!!

 静かな森にイーリスの悲痛な声が響く。




 シュン




 そこにシシラル様がいた。

 えっ…?腕の中にはイグニス様…?グッタリとしている。グライオール様とルートヴィー様まで。

 何が?

 ヒュランがいち早く反応し、シシラル様の腕の中を見る。

『イグニス様!』

 シシラル様が棺のそばに来た。するとふわんと水色に光った。イグニス様を見る。血?なぜ神がケガを?いや、今はとにかくケガを治さないと。

 僕はポーチからアイルが作った普通の傷薬を取り出して、シシラル様に渡す。


 シシラル様は驚いてその傷薬を見た。まぁアイルが作ったし、効くと思う。

 それを口に含むとイグニス様に口移しで飲ませた。

 するとさらに眩く光って、ケガは何処にあったか分からなかった。だって服すら元通りだったから。


「はっ…?」

「何が…」

「治った…」

 神様たちは唖然としている。私を見るので

「アイルの薬だから…当然」

「服も、元通りだが?」

「服もケガをしたから…治った」

 シシラル様は呆れている。

 胸元のイグニスは顔色も戻ってスヤスヤと寝ている。そう、寝ているのだ。


「マジかよ…」


 シシラル様は棺の中で眠るアイルを見る。白い顔は血の気がなく、人形のようだ。

 その髪に触れて

「早く戻れ…。待っているぞ」

 そう呟いてその髪にキスをした。同じようにグライオール様とルートヴィー様もアイルの髪にキスをする。



 アイルのその顔はほんの少し笑ったように見えた。




 でも、まだ胸騒ぎは落ち着かない。若木はあれからまた成長した。

 イーリスと僕、ニミとアーシャ様はシシラル様から神界で起きたことを聞く。

 そして先ほどのアーシャ様の話。


『うん、さっきはぼくも取り乱して…。イグニス様が繋げたアイルと若木が…繋がりが切れたんだよ。今、アイルを繋ぎ止めているのは若木との絆。それが失われるとアイルの魂は体に戻れなくなる。だからつい、ね』


『私も焦ったわ。アーシャは支離滅裂なことを叫ぶし、イグニスはケガするし…』


 ニミも続ける。


『でも…繋がりが一瞬、切れたのよね?』


 沈黙が落ちる。


『大丈夫!アイリは私のしっぽが導くよ!悪意なんて吹き飛ばす』



『森人の、今代の巫女が祈りを捧げている。途絶えた一瞬の間を埋めるように。彼の者を導き、願いと想いを伝える為。天に届くまでおよそ3日。それまで耐えきれば…』


 沈黙を守っていたグライオール様が言った。


『我の役目は終わった。神界に帰らねばならぬ』

『ん、私も…。もうイグニスは大丈夫。グライオールは残るのね?』

『そうだな…大地に祈りを込めよう。私の祈りで生命樹も力が湧くでだろう。巫女の祈りに力添えを』


 シシラル様たちは腕に抱いたイグニス様を僕に託して、神界に去った。

 どうしよう、イグニス様を何処に寝かせたら?


『彼の者の屋敷で…』


 ヒュランの言葉に従って、アイルの箱庭に入る。そこのベットにイグニス様をそっと横たえる。


『お前の言葉はきっと届く。母上と、呼んでやれ』


 私は頷いて

「母上、お目覚めをお待ちしております」

 そのおでこにキスをして、アイルの元に戻った。



 氷の棺にはイーリスが寄り添い、その隣にはナビィがくっ付いていた。リベールもブラッドも心配そうに見守る。

 向かい側にはグライオール様が目を瞑って祈りを捧げ、その隣にはニミがいる。私はナビィの隣に座る。

 アイル、早く戻って来て。そう願いを込めて、彼の冷たい手を握った。



 それからアイルは徐々に薄くなっていった。その姿が薄れて、手の先が透けて…今は肩の辺りまで透けている。

 この世界との繋がりが絶たれたその一瞬で、アイルの魂は彷徨っているのか?

 森人の巫女の祈り、そしてグライオール様の祈り。もう2日経った。まだその祈りは終わらない。

 だから私も祈る。棺から離れないイーリスに、食事を与える役割は僕とリベールが交互に、だ。

 イーリスは寝る時ですら()()手を離さない。

 あれ、彼…?


 棺とナビィにもたれるように寝ていたイーリスが目を覚ます。そしてハッとして棺の中を覗く。

「…」

 声にならない。棺の中でひっそりと透けていく彼。

 その存在が溶けていくような錯覚に陥った。


 そしてついて今日、グライオール様が祈り始めて3日目。彼の体が全身透け始めた。

 その顔も輪郭は分かるのに…透明になって行く。

 ダメだ、そんな事。()()…僕の大切な人だ。新しい人生をくれた人。きれいな体に戻してくれた人。生きる喜びを教えてくれた人。

 最愛の人…彼の名は、何故?なぜ思い出せない…大切な人の名前。

 嫌だ!行かないで…僕を、置いていかないで!! 





 アイル!


 

 …っそうだ、アイル!アイル、戻って来て…アイルアイルアイル…君を愛してる…僕を生き返らせた責任を、アイル!!





 ニミが僕を咥えてアイの元に転移してから二日経った。僕は片時も側を離れずにアイのそばにいる。そうしなければいけないと思うから。

 呼び戻さないといけないから。必死に願う。戻って来て、アイ。僕の人生を変えた人。たくさんの新しい事と思い出をくれた人。

 その全てが急速に失われようとしている。僕にはそれが感じられたから。見失わない為に、アイを。

 ふと忘れそうになる名前。2人でしたことの記憶。

 それらが何を指すのか、分かっているから。その名前をずっと呼んでいる。




 アイ、アイ、アイ…心から愛する人の名前。アイ、僕は決して忘れない。アイ…だから戻って来て。




 そんな僕の願いも虚しく、アイの体はどんどんと薄く透けて行く。アイを連れて行かないで!

 どうしても連れて行くのなら、僕も一緒に…1人なんて耐えられないよ。




 そして、グライオール様が祈り始めてから3日目。ついにアイの全身が薄く透け始めた。

 僕はアイの唇にキスをする。ちゃんとある。逝かせない…1人でなんて逝かせないから。






 その日、旧イグニシアの王宮近くで…眩い光が降り注いだ。それは光の柱。天から降り注ぐ光の柱は、しばらく続き…やがて収束した。

 それは圧倒的な光で、神々しく…何よりも優しい光だった。





 我は目を覚ました。何やら圧倒的な神力を感じたから。何だ、このチカラは。そしてここは…?


『目覚めたか…?』


 声を方を向けはヒュランがいた。ん、我は寝ていたのか?ここは何処だ…。

 何やら肌触りの良い毛布(アイル作のふわふわ毛布)が体に掛かっている。

 そしてハッとする。我は審判の日に負傷したのでは無いか?

 起き上がって腹を見る…。

 ん?服を捲る。あれ?


『ケガならエリアスがくれた薬で治ったぞ』


 治った?神のキズが…。あれは異世界の武器、ならば普通に治ることはない。ならばその薬は


『アイルの薬か?』

『そのようだな…服までケガ認定されて、元通りだ』


 我は服を見る。確かに新品のようだ。しかし、若木。アイルを呼び戻す為の繋がりは? 


『絶たれた』


 何?それではアイルの魂は予定外にあちらの世界に戻ってしまったのか、それでは回帰は…?


 本来なら若木が根付き、それを機にアイルの体と魂を切り離して元の世界へ魂を返す。

返しても体がないから彷徨ってしまう魂を、こちらは祈りの力で引き寄せる。

 その予定だった。それが我のケガでアイルと若木の繋がりが一瞬途絶え、その際に魂が分離してしまった。器だけが残り、魔力を若木へと注いだ。

 …何ということだ…それではアイルの魂は?


『ユーグ様が森人の巫女に託した』


 それは 

『巫女の祈りか』 


 森人の巫女の祈り、それは天に届く。故に神界にその声が、祈りが届くのだ。生命樹を通して世界樹へ。そして世界樹を通して天へ。その祈りは昇っていく。

 しかし、それには時間がかかる。


『間に合うか…』


 私はヒュランと共に、アイルの元へと急いだ。


 氷の棺の中で、彼の者は薄く透け始めていた。時間が無い。少しでもこの体を繋ぎ止めなければ。魂が体に戻るまで、なんとか。

 我はその頭に近づき、おでこを合わせる。逝かせはせぬ。我の子孫がお前を望んだ。あの子の蒼い血は、この者としか残せない。

 イズワットの深い愛情は生涯、ただ1人に捧げられる。だから彼の者はこの世界に。どうかあの子を…。

 切なる願いを込めて…どうか、どうか。

 巫女の祈りが、我の願いが、彼を慕う者たちの想いが…天に届きますように…どうか間に合いますように。






 その頃、バナパルトの王国では…



 王との会食がなんとか終わった。なのに何やら胸騒ぎがする。彼の名前を思い出せなかった。それが何を意味するのか。

 彼のした事さえも、なぜだか朧げになっている。彼の身に何か起きている。

 それは勘だ。急速に何かが動こうとしている。

 私は会食で着ていた服のまま、北の方に向かって手を組んで跪く。祈りはきっと届く。私がイズを諦めなかったように。強く確かな想いはきっと届くから…




 一心に祈る。どれくらいそうしていただろうか。




 アイル…そう、アイル!

 彼の名はアイル。大丈夫、だって彼のことを大切に思っている人が沢山いる。私もまた祈ろう。心から彼のことを想って、また会える日を願って。






 その頃、ゼクスにて…



 俺は1人、北に向かって祈っていた。

 先ほど、フェルがアイルの名前を思い出せないと言った。そんな筈はないのに、なのに。

 俺は忘れていない。いや、正確には忘れそうになった。忘れなかったのはアルテノから託されたあのペンダントがあったからだ。

 引き出しから取り出したペンダントは、水色に光っていたのだ。

 これは…彼の身に何かが起きている。それが分かった。そして、そのペンダントの光は私の記憶を留めるかのように。アイルの名を胸に刻み込む。



 アルテノは言っていた。

 アイルにこれを渡せと。例えどんな状態であっても、ここに連れて来いと。

 だからこれはアイルの為、彼を繋ぎ止めるもの。

 彼の希薄な存在を思い出す。あれだけのことをしておきながら、何処か淡く消えそうな彼の存在を。

 幻じゃない。アイルは確かに存在している。忘れてはいけない、決して忘れない。

 



 アイル…




 俺は遠く北の地に想いを馳せた。





時系列が分かりにくいので…


10月10日 審判の日

アイルやハクたちが魔力を捧げる為に眠る

イグニスが神界でケガをする


10月15日頃

シシラルたちがイグニスを連れて下界に降りる(神界と下界は時間の流れが違う)

アルテノが祈りを捧げる

イザークがペンダントにざわめきを感じる


10月18日頃

ダナンたちが王都を訪れ、会食

アーシャが神聖の森に伝言をする

若木が根付く?

アイルが透け始める



※読んでくださる皆さんにお願い※


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