298.閣下との話
後一話で第4章が終わります…
はぁ、盛大なため息をバージニアが吐く。
「だから嫌だったんだよ…」
「今更だろう?彼に関わった以上は」
そう言うシスティアもふっと息を吐いた。
ここは王宮の控えの間だ。すぐに帰れるとはもちろん、思っていなかった。しかし、まさか…。
ダナンは自分もふぅと息を吐いた。
「会いたいものだのぉ…」
閣下の一言が王にどう響いたのか。
「災害は誠に不運であった。余はこの国の現状をしかと見届けねばならぬ」
嫌な予感がした。でも、まさか…な。
「新年の祝賀が終われば、しばらくはゆるりと出来るであろう。各地を視察せねばならないな」
イリリウム閣下がニヤリと笑う。
「ちょうど我ら第一師団がたまたま訓練で、北部に向かう予定であったのです。新しい諸々の道具にも慣れるための。護衛を兼ねてお供仕しましょう」
「良いな、我の視察に魔術師団の同行を命ずる」
「はっ」
閣下に腰に後ろ手を当て、腰を折る。
「ダナン、そしてシスティア…歓待を期待する」
「「はっ!」」
それ以外に答えようが無いのだ。
それらの打ち合わせの為と留め置かれ、今日は王宮に泊まることとなった。
はぁ、なんでこんなことに。
思い出してまた息を吐く。
バージニアが
「あー、だから嫌だったんだよ…。あんな貴重なもんをたくさん送りつけやがって」
「ジニーはまだマシだ。私など未来の子供のために、と涎掛けまで蜘蛛シルクだぞ?なんならオムツもだ…」
「そ、それは…また」
「我が家もだ。アイリーンの為にとな。これでもかと蜘蛛シルクだ。ふわふわした枕などはブラン様の羽毛が入ってるだとさ」
本当に彼は、何と言えば良いのか。それがすべて善意なのだから。
ダーナムやサリナス、ロルフからの知らせでは新しい町の中にも楽園が出来たとか。もちろん、精霊たちの楽園だ。そして、そこにも白蜘蛛や虹蝶が住み着いたらしい。
しかも、だ。魔鳥の卵すら彼にかかればだ。まさか魔鳥を飼育して卵を採るなど思いもつかない。それをまたやってのけるのが彼だ。
順調に増えた魔鳥は卵を産む個体がすでに5体いる。
魔鳥の卵を使った卵サンド(彼がレシピ登録した)は濃厚な味とボリュームで、大人気だ。
それが宿に併設された持ち帰り専門の店で買える。有り得ない。
冬の楽しみに良かったら、と贈られたのは…楽器。嫌な予感がする。案の定、神楽器だった。何やってるんだよ!
見た途端に全員が突っ込んだ。
(創世の神が吹いたとされる楽器 特級遺物)
その鑑定内容を見て、倒れなかった私を褒めて欲しい。それくらいの驚きだった。もう驚かないぞ?そう思った自分を猛省した。
―今、自分たちは北に向かっています。詳しくは言えないけど。新しい町で登録した物があるので、贈ります。
そうそう、ラルフ様が魔術師団に助けられたとロルフから聞きました。なので、お礼?を兼ねて…試作した物を贈ります。
それは毛織物のエンブレムです。下地は蜘蛛シルク、その上に羊毛を敷き詰めて、蜘蛛の糸に虹蝶の羽を埋め込むように刺繍しました。国の紋章に、数字、それは師団の数字。
で、数字の周りにある模様は自分の故郷の古語で「壱」です。国の紋章に組み込んだデザインにしました。イリィはいないので、自分で考えて。自分の案なので地味になったけど、色々と機能を付けたのでお礼に渡して下さい。
聞いたのは第一師団と第三師団。でも第二もあるだろうし、その上にもどなたかいるかな、と。―
そう彼の手紙に書いてあった。
もうどう突っ込んでいいのやら、だ。
まずだ、薄いその毛織物の紋章。見るからに高級だ。虹蝶の羽…この国の誰もが見たことすら無いくらいの珍品なのだ。それをエンブレムに埋め込むとか。
それを、だ。第一、第二、第三とそれぞれ5個、そして更に格が違う逸品。そこには全ての数字が刺繍されていた。
まさにイリリウム閣下に相応しいエンブレムだ。
普通、ここまでしたら国王のためにエンブレムを作る。しかし、彼に取っては関わりのない国王よりも関わりのある他人なのだ。
これは、しかし託された以上は致し方ない。
「そのエンブレムが?俺ももらったぞ?探索者ギルドの剣と盾の紋章だ。そこに、ZGMって文字か…なんか、故郷のカッコイイ文字らしい。それをよ、贈ってきた。ゼクスのギルドマスターって意味らしいぞ?なんで糸が虹色に輝いてるんだよ…」
バージニアが頭をくしゃりとする。
分かるさ、我々も貰ったからな。
「サファイアは?」
「んあ?」
「サファイアは縫い付けて無かったか?」
「…マジかよ?ダナン様たちのは、サファイアが?」
頷く。侯爵家の紋章の中央に燦然と輝いているのだ。サファイアが。
(大変透明度の高いサファイア 国宝級だよ!)
…鑑定がおかしいか?
(彼のスキルに感化されて…自我が芽生えたよ!)
何をどう突っ込んでいいのやら。頭を抱えたのは我々もだ。
もっともシスティアよりはマシか。あちらは孫が聖獣様のお子様と兄弟だ。全く末恐ろしい。
部屋の扉が叩かれる。バージニアが扉を開ける。そして扉を開いて人を招き入れた。
入って来たのはイリリウム閣下とその後ろには魔術師団のローブをつけたダウルグスト殿であろうしっかりとした体躯の男性、そして同じく魔術師団のローブをつけたハウラル殿であろう若い男性だ。
立ち上がって軽く頭を下げる。
閣下はひらひらと手を振ると
「良い。無礼講だ」
「「「はっ」」」
奥のソファに3人が並んで座り、手前側に私を真ん中に左にシスティアが右にバージニアが座る。
閣下と共に入って来た従者の少年が、部屋の端に供えられた茶器で紅茶を淹れて配るのを、沈黙したままみんな見つめていた。
「さて、まずは先ほどを言ったが…我が師団が世話になったな」
私に向かって言われた言葉だ。
「わざわざ王都から来て貰ったのです。物資の提供は出来ませんから、せめて過ごしやすくなればと思ったまでです」
「ふっはっはっ。愉快よのぉ。戻った第一師団の隊長であるこちらのダウルグストがな、派遣の連絡の第一声に言ったのは予算を付けろだったわい。くっくっく…」
呆れたような顔で閣下を見ていた男性が
「お初にお目にかかる。魔術師団の第一隊長を務めるダウルグストと申す。以外、お見知り置きを」
「私がダナン・アフロシアだ。我が息子フェリクスがダウルグスト殿に、災害派遣の際には大変世話になったと言っていた。改めて礼を申す」
「与えられた仕事をしたまでだ。こちらこそ、貴重な技術を惜しみなく与えて貰った。感謝する」
「ふっそれぐらいにしておけ。しかしダナン殿。我ら魔術師団は、野営のあり方を変えるあれらを…とても評価しておる。それを我ら師団に優先的に販売をして貰った事は大変重い。我らは今後も、貴殿らの領地に何かあれば、最優先で駆けつけよう」
私は驚いた。それ程まで、なのか。そう言えばイズが
「これはもう野営ではなく野外宿泊だ…」
そう遠い目をして言っていたか。
私には分からないが、ありがたい事だ。
「覚えておきましょう、閣下」
「うむ。何やらこの者たちに用が?言伝を聞いてな、我も同行したのだ。ふっはっはっ」
確かにダウルグスト殿とハウラル殿に面会を願い出た。まさか閣下までしゃしゃり出て、おほんっ、出てくるとは思わなかったが。
システィアが私に頷く。
「私はシスティア・カルヴァンと申す。お初にお目にかかるな、魔術師団の方々。ダウルグスト殿とハウラル殿には我が息子が世話になった。礼を申す」
第三師団の若い男性が口を開く。
「お初にお目にかかる。第三師団上級研究員のハウラルと申す。以外お見知り置きを。時にラルフリート殿は息災であろうか?」
「其方が。息子は私と入れ替わりに領地で災害の後処理をしているよ。何か、変わったようだ。新しい出会いは…息子を変えた。良い変化だ」
「ならば良かった。優秀なご子息が2人、安泰であるな」
閣下が後を継いで、この件は終わりだ。
その目線は用向きを、と訴える。
「我が息子の、詳しくは言えないが…大切な者からお2人に荷が届いた。それを渡す為に。納めてもらえるか?こちらだ」
システィアが胸元からそれを取り出す。それを向いの3人はガン見した。
だよな?どこから出したんだって思うよな。
システィアは澄ました顔でダウルグスト殿とハウラル殿、そして閣下の前に包みを置く。それは白くてキラキラと輝く袋に入っていた。
ゴクリッ
誰かの喉がなる。もしかすると3人ともか。
「これは、我に…か?」
閣下が訝しげにシスティアに聞く。
「はい。ラルフを助けた師団に、お礼として渡して欲しいと。そして、偉い方がいると思うので…その方にもと預かっています」
閣下は驚いて、その袋を手に取る。
「なんと柔らかでなめらかな…」
気が付いただろう。それが蜘蛛シルクであると。
閣下は徐に袋を開けて、中からエンブレムを取り出す。
「これは…」
固まった。やはり彼は…歴戦の勇者であり、この国の魔術師の頂点に君臨するお方すら、翻弄してしまう。
閣下の手はそのエンブレムをそっとなぞる。すると、水色にふわんと光った。
システィアを見ると、もう色々と諦めた顔だ。彼の事だ。
―魔力が馴染むように…触れたら所有者登録をします。無くしても、手元に戻るように―
とか言いそうだ。
両隣のダウルグスト殿とハウラル殿も閣下の手元を凝視している。彼らも袋からエンブレムを取り出す。そして表面をなぞると…やはり水色に光った。
「「…!」」
なんとなく色々と入ってそうだ。だいたい、あんなに薄い物になんでテントとか毛布とか食料が入るんだ!
私たちのものと違い、サファイアではなく水晶が付けてある。
そしてそこには彼の魔力が。対になるように、エンブレムから垂れ下がる細い鎖の先にも水晶。
あれか、鎖を外して誰かに渡しておけば
探す為の魔力で居場所が分かるのか?
「良き物…であるな」
閣下をしても、その言葉しか出て来なかったか。
エンブレムを魔術師団のローブの胸元付近に持っていくと
「これはこのように付け…」
ギュン
ローブにしっかりと貼りついた。すでに元からそこにあったかの如く、しっくりとしている。
閣下はまた言葉を失い、しばしエンブレムを見ていた。
「ふはっはっはっ、ぐわっはっはっ…何とまぁ。ひぃ、まさか我が、顔を知らぬ者に泣かされるとは」
閣下の目には涙が光っていた。
「これで、隊員の安全は向上する…」
しかし、全員分は無いが?
「例え1人でも、このエンブレムを付けておれば充分じゃな」
閣下は共に戦い、散った戦友を思い出しているのだろうか。遠くを見つめるその目は、潤んでいた。
そしてソファからサッと立ち上がると、胸に手を当てて軽く頭を下げた。両隣の2人も追随する。頭を上げた閣下は
「彼の者を、彼の者の願いを…全力で支持致す。魔術師団総長の名にかけて…」
あぁ、やっぱり彼はとんでもない。そして、それがまた心地良いのだ。
そしてあれ、と思う。そう言えば彼の名前は…?
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