292.運命の日の前日
そして審判の日の前日、イリィがニミと箱庭にやって来た。
結局、イグニス様始め神様たちは箱庭に居座ったまま、ここにいる。明日の朝、審判の日の朝までは箱庭で過ごして、翌朝に鎮魂の森に戻ると言う。
なんでかなって思ったら、どうやら箱庭は私の魔力で満たされているので、イグニス様の回復が早いんだとか。寝ていた間の記憶の継承にはとても体力を使うんだって。
精神も眠ってたから、色々と呼び覚ます為にも体力が必要だとか。で、箱庭はとても居心地がいい。だから帰らないって事らしい。
イリィと早速、外を散歩。足元にはハクとナビィ、肩の上にはブラン。ハクの背中にはベビーズ。
麗らかな日差しの元で見るイリィはやっぱり圧倒的にきれいだ。その顔をずっと見ている。
ん?と言うように首を傾げるイリィ。日差しに手を細めるイリィ、私に微笑むイリィ。
あれ、おかしいな…目が霞んできた。
私はイリィに抱きしめられていた。イリィも震えている。怖いよ、本当は凄く怖い…。戻れなかったら?忘れてしまったら…。考えないようにしてたけど、やっぱり考えてしまう。
だって私は何一つ、忘れたくないから。私が私でなくなる事が怖い。そうならないかも知れないけど、確実な事は何一つない。
残していくイリィを、思わない日は無いはずなのに…その記憶すら無くしたら?
その温もりを、手放したく無い。でも、決めた事だから…。そう思っても涙はなかなか止まらない。
イリィはただ静かに抱きしめてくれている。その体も震えている、私と出会わなければ…イリィはずっと笑っていれたかも知れないのに。ごめんね…。
「違うよ…それは違う。僕はアイじゃなければ、こんな風に笑えなかった。お父様だって、アイがいなければ…もう生きて会えなかったかも知れない。だから…アイだから。アイじゃなきゃダメなんだ」
ごめんね、イリィ。何度、そう言ってくれても…やっぱり私は、わたし自身が自分を認められないのかも知れない。
でも、もう私たちは出会って愛し合って唯一無二の存在になってしまったから。だから…。
「そうだね、私のイリィ。弱気になっちゃったよ。もう大丈夫だから、お散歩しよう」
手を繋いで、どちらからとも無く走り出す。爽やかな風が吹き抜ける。明るい日差しの元で、イリィとハクとブランとナビィと、ハクの背中ではベビーズたちが。みんな一緒だよ。
だから、この日のことをどうか覚えていて。私を忘れても、楽しい日があった事は忘れないで。
どうか、どうか…。
お昼ご飯は一緒に外でね!バーベキューだよ!美味しいお肉と美味しいお魚と野菜、味噌だれと醤油だれもあるよ。スープは敢えてのお味噌汁。この味を覚えていて欲しいから。
たくさん食べてね!
…たくさん食べたね?みんな。何人前あったかな?無くなったよ。流石の神様たちも、今日は乱入せずに大人しくしてるのにね?
ハクが膝に乗って甘えまくってる。珍しいな。その首元をもふる。うん、相変わらずもふもふだね。可愛い。
眉間を撫でて、耳を揉んで背中からお尻を撫でてしっぽも撫でて、ついでにお尻に顔からだいぶ…スーハー。うん、ハクの匂いがする。
大好きなハクの匂い…忘れないよ。例えハクを忘れても…この匂いはきっと忘れない。
ブラン…小さなブランのその胸毛をほわほわする。可愛い。ふかふかの胸毛に何度癒されただろう。柔らかくて暖かくて…。
人型のブランは俺様だけど、そんな姿もとにかく可愛くてね。
ティダにもお礼を言っておいてね。
ティダは一度、郷に帰ってるから今はここにはいない。明日には合流するから、その時にまたお礼を言おう。
ナビィおいで…。大きくて温かくて、可愛い可愛いナビィ。私を繋ぎ止めてくれる大切な存在。垂れた耳を撫でて背中から柔らかなお腹を撫でる。お尻も撫でて、やっぱり顔からだいぶ。うん、ふわふわだね、あぁそのしっぽも…顔の前でふぁさふぁさいいね!大好きだよ、ナビィ。待ってて。唯一、アイリでもアイルでも私を知る存在。ナビィがいてくれるから、私は私でいられる。その頭にキスをした。
ハル、ナツ、リリ、ルイ、リツ…パパだよ!
たくさん匂いを嗅いで、私の匂いを覚えていて。また会えるから…きっと。それまでハクとナビィの言うことを聞いて、大きくなるんだよ。
それぞれの背中からお腹までを撫でて、顔を埋める。まだ柔らかくて短い毛はとても滑らかで気持ちいい。
覚えておいて…。
そのままイリィの膝に甘えて、甘えられて…あっという間に夜になった。
イリィにはだいたい前もって色々と渡したんだけど、衣類とか、生まれてくる子の為の物は渡してなかったから。
「イリィ、これは私たちの子供に作った物だよ…ポーチの中に色々入ってるから…」
「アイ、名前…名前を決めて!アイに付けて欲しい」
「私が?でも…」
急には思いつかないよ。どうしよう、でも確かに名前は親からの贈り物だよね。
「アリスは?私とイリィの名前を合わせた」
「アリス…素敵だね。とても、いいと思…っアイ、嫌だよぉ…どこにも行かないで…僕のそばに、アイ…」
私はただ抱きしめることしか出来ない。ごめんね、イリィ。ひとしきり泣いて、顔を上げる。そして、涙を流しながら笑った。
「アリス…素敵だね。ありがとう、最高の贈り物だよ…」
2人で抱き合って…
「戻ろうか」
「うん」
今日の夜は豪華な食事だよ。日本食も洋食もイタリアンもなんでもありの食事。
みんなはたくさん食べて笑って、泣いて、また食べて飲んで…ちょっとばかりカオスだった。
楽しい夕食が終わって、イリィとお風呂に入る。そのきれいな体を見て、たくさん撫でて(洗って)、一緒にお湯につかる。
「ここのお風呂に入るのは、しばらく無理だね」
「そうだね…」
本来は私しか来れないからね。ゆったりとつかっているイリィの頬が赤く染まってとても可愛い。
「きれいだよ、イリィ」
「アイも…」
ふふっと笑い合う。こたらの世界に来たのが6月で今は10月。たったの4ヶ月、たくさんの人に出会って目まぐるしい毎日だった。でもすごく楽しかったよ。
また会おうね、イリィ。
抱きしめてキスをする。もっともっと、一緒にいようね。
お風呂から上がると冷たいフルーツ牛乳を飲む。2人して腰に手を当てて、笑い合ってまた抱き合う。
「寝ようか?」
「寝れるの?」
「ふふっ横になろうか?」
言い直したよ?でも私もね、寝てしまうのが惜しいなって思う。少しでも長くそばにいたいから。
「じゃあ一緒に夜明けを見ようか…」
「そうだね…」
「その前に、たくさん…ね」
こうして無情にも最後の、確実にアイルでいられる夜は優しく確実に…更けて行った。
翌朝の夜明け、箱庭だけどちゃんと夜があって朝が来る。
外に出て、手を繋いで並んで座る。もうすぐ夜が明ける。明けてほしくなかった、そんな気持ちもあったけど。ここまで来たから、後はもう運命に身を任せるしかない。
イリィ…一緒に見る最初の夜明け。もしかしたら最後になるかもしれない2人で見る夜明け。
「あっ…」
夜明けだ。その夜の色から変わる不思議な色は、今まで見たどんな景色よりも、圧倒的に美しかった。
その中で見るイリィももちろん、とてもとても美しかった。大好きだよ。
頷き合って軽くキスをして立ち上がる。家に戻って朝食作り。今日はこっちで良く食べたキビサンドとキビスープ。始まりの味って感じだから。
みんな笑顔で、でも静かに食べて行く。
『相変わらず美味いのぉ』
『そうだな、食べ納めにはせんぞ』
『また食べる』
『うん、必ずね!』
ふふっ神様たちもなんだかんだといい人たちだ。たくさん貰った加護が役立つといいけど。
朝食は私の周りだけ賑やかだ。膝の上にハクとナビィ、肩の上にブラン、今日に合わせて駆けつけたミストとミア。ルイは少し前から一緒だったけどね。
もふもふに囲まれて、イリィとロリィがいて、エリがいる。
最高に幸せで楽しい朝食だった。
ふう、いよいよかな。
『下界に戻る…。別れの時間は戻ってからじゃな』
シシラル様が近づいて来る。
『供物を待っているぞ、息災にな。小さき子よ』
「はい、また…」
頭を撫でられた。小さくないけどな。
グライオール様が目の前に来た。
『また美味しいものを頼む。必ずだよ』
「努力します…」
必ずとは言えないからね。
ルートヴィー様が抱きついて来る。
『またおやつ待ってる!』
「頑張るよ」
頭を撫でた。嬉しそうで何より。
『ではな…』
ヒュン
そこはもう鎮魂の森だった。でも知らない場所。目の前には大きな白い幹の木。これは、生命樹か…。なんて立派な。
『神聖国の世界樹。それ以外では、最古の生命樹だよ!』
しばらく目の中にいたアーシャ様だ。
とても清らかで威厳のある姿だ。
『この木はもう…な。若木の養分としよう。役目は終わったからの。さぁ、アイルよ、しばし時間をやる。別れを…』
イグニス様に頷いて、イリィを見る。
すでにイリィは涙目だ。そっと抱きしめてキスをする。
「イリィ、これ…」
私はポーチから本を取り出す。
「これは?」
「後で読んで…」
分かったと目に涙を溜めてイリィが頷く。その顔を見る。頬を撫でて、肩の上のミスト、ミア、ルイを撫でる。
最後にまたイリィの頬を撫でてキスをして
「またね、イリィ」
「ま、また…ね、アイ。愛してるよ…」
「私もだよ、待ってて」
「何年でも…」
こうしてイリィはニミとイグ・ブランカに帰って行った。
私はその光景を目に焼き付けた。
『さてと、これからの手順じゃな』
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