283.イグニス様の目覚め
そんな感傷に浸っていると、突然
『やっと見つけた!永く時が経ちすぎて匂いが薄まってしまった…』
そう呟いてヒュランが立ち止まったのは生命樹の幹から少し離れた場所だった。
そしてこちらを振り返る。
『準備はいいか?』
えっ、はっ…いやいや、まだ無理!だってほら、ナビィもまだ一心不乱に穴掘ってるし(そろそろ止めて?)
ハクはまったりとつぶれて後ろ脚を投げ出してるし?(神獣の威厳はどこに?)
ベビーズはその横でスピスピ寝てるし…(いや、この場面で寝るの…まぁまだ赤ちゃんだし?)
どう見ても準備はまだでしょ。それに私の心の準備がね…。
ヒュランは周りを見回して何故か頷き
『大丈夫だな…』
どこ見たら大丈夫なの…?待って待って、無理だから!
私の心の叫びは届かなかった。
ヒュランはその場所に座り、まるで祈るように頭を垂れた。これはマズイ。事が性急過ぎる。
心臓がバクバクして指先が凍りそうだ。
その時、私の手を握ったままのエリがしっかりと手を握る。大丈夫、僕がここにいる。そう言ってるみたいで少し安心した。
ハクは起き上がるとベビーズをまた器用に背中に押しやり、私を見るとしっぽをゆるく振った。
『大丈夫だよ、アル…僕もいる!』
いつの間にか穴掘りをやめたナビィが私を見てしっぽを振る。
『アイリー、大丈夫。私はアイリもアイルも知ってる!私が待ってるから、安心して。道標は私のこのしっぽ、黄金のしっぽだよー』
そうだ、そうだったね…ナビィ。ナビィがいれば私は孤独じゃない。
覚悟を決めてヒュランを見ると、ヒュランが頭を垂れている少し先の地面に異変が起きた。
ズゴゴゴゴ…
土の中からまるで棺のようなものが現れたのだ。それは七色に光っている棺、プリズムが煌めく透明な棺。
なのに中は見えない謎仕様。
あれは特級遺物。その中に眠るであろう人は1人しかいない。
創世の神、そしてここイグニシアの初代であるイグニシア王の母でもあるイグニス様。
棺の周りには眩いほどの光が溢れる。それほどまでに精霊や妖精が慕うもの。
その目覚めを希われる者。
力の弱い精霊や妖精はただ光のみ。なのに、棺の周りにはただ光るだけのもの以外のものがたくさんいた。それらの精霊や妖精は小さな人型をしている。
羽の生えた姿や天使の輪を付けた姿など、見目はそれぞれ違う。それでも、彼らの力が彼らの存在を高位であると知らしめる程度にはしっかりとした人型だ。
なんと言うか、慕われている。その一言に尽きる。ただ呆然としていた私と違い、ロリィはすぐさまそばによって棺を観察していた。早、ロリィ!
やっぱりロリィはロリィだった。探究心が勝るとは。体は細いのにその神経の図太さはやはり並じゃない。さらには蓋のない棺を覗き込み
「なんと美しい…」
えっと、色々早!
そして私の手を握っているエリはその手を離さないまま、跪く。胸に手を当てて。私の手は握ったままなのに、器用だね?
頭を垂れてその口からは小さな祈り乗り言葉が聞こえた。
「天に召します我らが創世の神、イグニス様…」
えっと、まだ天には召されてないかと。でもこの祈りは代々のイグニシアに伝わる祈りなんだろうな…。
無粋な真似はやめよう。
私はエリの祈りが終わるのを待って、その手を引いて棺に近寄る。
ヒュランは棺に前脚を掛けて中を覗き込んでいた。
私とエリも棺を覗く。そこには目を瞑って横たわる少女がいた…少女?
私は思わず三度見してしまった。見た目は私と同じくらいのお年の少女。えっ?若っ!
どう見ても14、5才くらいだ。創世の神?息子がいた…?世界の不思議かな。
青白い顔に輝く銀色の髪。装束は白。ワンピースのようなものを着ている。
両手は組み合わされて祈りのように、胸の少し下のあたりに置かれていた。
装束で足元まで隠されて、見えるのは顔と手先だけ。僅かに首元が見えるほどにしっかりと隠されている。
もしかしてこれも擬態?もしくは隠密か。ただ、神様なので不敬はしたくない。
これだけ見つめてもなお、洞察力が反応しないのがその証拠かな。
と思ったら
『ジャジャーン、アーシャだよぅ!』
またこの雰囲気をぶち破るベタな登場をしたアーシャ様だ。何故この厳かな状況でそれ?
『そこに眠っているのはイグニスの器。顕現するための入れ物みたいなものかな。とは言ってもね、器は誰でもいい訳じゃない。実際にその姿に入ってる時に眠りについたからね!本体も神界で魂として眠りについている筈』
入れ物、本体、魂…。情報が、キャパオーバーですよ、アーシャ様。
「つまり、その姿はイグニス様が人間界で顕現するための姿、仮初という事…。そしてこの子は、実在するイグニシアの末裔?」
ロリィが聞く。
『半分正解ー!その子はイグニシアとは関係がない。神聖国の子だよ!』
神聖国って、生命樹の大元となる世界樹がある国で、その周りに広がる不可侵の森、神聖の森の管理者がアーシャ様、だっけ?
神聖国については生命樹の総本山程度にしか知らないんだよな。そこの女の子?立ち位置が分からない。
でも長い眠りについていたのなら、目覚めたら肉体が崩壊しないのかな。
(入れ物となる体は魂と関連付けられている。起きても崩壊はしないが、若木の養分となる可能性もある)
えっとマジで?神を顕現する為に体を貸して、いつの間にか永い眠りについて、やっと起きたら生贄なの?
あまりにも過酷では?
(聖職者とは神の御心に沿うのが努め。誉でそこあれ、過酷ではない)
そうなのか、まぁそれが努めであると言われたらね。部外者が可哀想なんて言うべきじゃないよな。うん、独りで納得してしまった。
『では目覚めさせよ…』
ヒュランが言う。だから無理じゃない?目覚めて!とかで起きるならとっくに起きてるでしょ。
『強い気持ちが必要なのだ』
…イグニス様を目覚めさせる強い気持ち、私にあるかな?若木を根付かせる使命はある。でもそれとイグニス様との関連が良くわからない。その状態で強い気持ちをどう持てるのだろう。困ったな。
するとアーシャ様が
『ねぇ、もしナビィがなかなか目覚めなったら悲しいよね?そしたら起きてって願うよね?行動と共に。それをしたらいいんだよー』
えっと、ナビィを起こすように?えっ…それは流石にちょっとね。眠る女の子にするのはやっぱり。
一応、今は男子だし?だから
「それは流石に…だってね、寝ているのはまだ幼さの残る女の子だよ。私は男だし、やっぱりね?」
『ええぃ、小心者が!男たる者、乙女の目覚めには必要な事だろう、その程度で神職にあるものが動揺することはない!』
えっそうなの?本当に?だってさ、アレだよ…流石にやっぱりね、後で知ったらもうお嫁に行けない!とか言われそう。
「イル…大丈夫だよ、僕たちもしてるし」
ロリィが言うけど、してないよ?断じてしてない。ハクとナビィと、ベビーズくらいだよ?
どうしよう、本当にいいのかな。困った。
「えっと、ヒュラン…本当にいいの?かなりその、ね…尊厳とかさ」
『ええい、煮え切らないヤツめ!男なら覚悟を決めろ』
いや、意識は女だし。自分が寝てる間にそんなことされたらマジで発狂するレベルだよ。
ロリィが私の頬に手をやると徐に唇にキスをしてきた。はい…?何で今、キスなの。
私が戸惑っていると
「イル、これではない…?」
ロリィは流石に何かおかしいと思って、確認してくれたのか。もちろん違う!いや、キスも難易度が高いよ?知らない人だし。でも違うから!!
だから首を振る。それを見て流石にヒュランもあれ?と思ったみたい。だから確認のために
『う、こほん…念の為、だが。よもやキスでは無いのか?』
もちろん違う。ナビィを起こすのにキスなんてするかい。あちらはお犬様だよ?しないでしょ、普通。
「もちろん、違うよ…」
目を逸らしながら言った私は悪く無い。だってね、ナビィを起こす時はさ。
『くっ、言ってみろ!どうやって起こす気だったのか』
いやいや、待って。その非難するような顔はおかしいよ!だってナビィを起こすようにって言ったのはアーシャさまだよ?私は悪く無いよね…。だからなるべく平然と
「ナビィを起こすイメージって言われたから。まずお尻を撫でてお股を触って、背中を撫で回してからお腹に顔を埋めて…お股とお尻の匂いを嗅いで、おっぱいを触ってから首元をもふもふして頭にキス、だよ」
「「…」」
私の手を握るエリの力が強くなって、エリを見るとその白い頬を真っ赤に染めて目を潤ませて震えていた。
ロリィは驚いた顔で私を見て、目を瞑って考えて、目を開けて潤んだ目で頬を染めて私を見た。
「されてない、ね…」
ポツリと呟く。だからしてないって言ったよ。それと目を瞑って自分がそれを私にされてるのを想像して頬を染めるのはやめて?
ブラッドは直立不動だけど、絶対に笑ってる。ベルは目を輝かせていた。なんで?
ハクとナビィはゆるくしっぽを振って目をキラキラさせている。ブランも翼をはためかせて嬉しそうだ。
ティダは俯いている。あ、やっぱり変態って思われたかな…しょんぼり。
『ガッハッハ、なんと愉快な。ひーひー、久しぶりに腹が痛いわ!ぐはっ、ぐふっ…ヒュランよ、それは流石に不敬では無いかな?お尻を触って、ぐふふっ、股を撫でて、かはっ…お尻と股の匂いを嗅いで、おっぱいを…ワッハッハ…無理じゃな…ぐはっ…』
めちゃくちゃ笑われた。
ヒュランは憮然とした顔をしている。そして
『ま、まさかそのような…変態の所業を、我が分かるわけないわー!』
吠えられた。いや、だってね、ナビィだよ?お犬様の健康を見るのは飼い主の勤め。そら全身満遍なく撫でて触って匂いも嗅ぐよ。言ってないけど普段は頭の匂いや耳の中の匂いも嗅いでるんだし?さらにお尻に顔面だいぶしてお尻の柔らかさとケツ毛を堪能してるんだ。
それにお股を撫でて拭いてるんだよ。だから人には無理だって言ったのに。
男なんだからとか言われてもね?
しばらくは憮然とするヒュランと私。楽しそうなハクとブランとナビィ、頬を染めて目を潤ませるロリィとエリ、微動だにしないかだきっと笑ってるブラッドに目をキラキラさせたベル、そして大爆笑しながら転げ回るティダ。
カオスだった。
臭いチェックと全身撫で撫では飼い主の本分です…多分、きっと
そして、目覚めまで辿り着かなかった…
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