281.閉ざされた鎮魂の森
昨日飛ばしてしまいました…
私たちの足跡だけが聞こえる。アーシャ様に先導された(私の顔の横から指示を出してるだけ)ハクに付いて歩いて行く。
かつての王宮はかなり大きくて、その様子を見ながら進んで行く。
途中でエリが足を止める。
「ここは…」
白い息を吐きながら、廃墟の扉を開く。エリはふらふらと建物に入って行く。私の防御があるから大丈夫だろうけど、心配だからハクに
『エリについて行く。先に進んでて!』
と念話してエリに続く。
(イル…僕も行く)
ロリィは好奇心が抑えられなかったようだ。仕方ない。エリに続いて私とロリィ、後ろから小さくなったティダがロリィの頭に止まってついて来た。
建物の中は壁が壊れていたりしたけど、外から見るよりは荒れてなかった。
廊下を進んで突き当たり。その扉をエリは開く。そこは部屋だった。多分、居間のような空間。さらに奥と手前に扉がある。奥は寝室だろうか?手前は従者の部屋かな。
エリが手前の部屋を開ける。そこは茶器などが置いてある部屋で、シンクなどがあるから給仕部屋かな。
荒らされた様子はない。
エリが低めの棚を開ける。そこには茶器が仕舞われていた。
エリはその茶器を撫でると
「ここは僕の部屋の給仕をする所。誰もいなかったから、僕はいつも自分で紅茶を淹れてた」
他の棚には紅茶が入っていた。エリはその棚ごとカバンに収納した。
思い出を持って帰るんだね…エリ。その部屋には机と椅子もあって、エリはそれらもカバンにしまった。
そしてまた居間に戻る。
そこにはソファとテーブル、端に本棚があった。でもスカスカでほとんど入っていない。
「その棚は気がついた時からほとんど本が増えてない」
それはエリのここにおける待遇を意味している。
エリは歩いて奥の扉を開けると、そこはやはり寝室だった。がらんとした部屋にベットと書き物机がある。
クローゼットを開けると、そこには少しだけ衣類が入っていた。
「着る物だけはちゃんと与えられてたんだ…」
それでも、クローゼットは半分も埋まっていない。王子としては慎ましやかな量だ。エリはそれらも全て収納した。さっきは本も収納してたし、やっぱり色々と思うところがあるんだろう。
そのまま部屋を見回して
「寄り道してしまったね…」
「また、鎮魂の森に行った後に寄ろう!」
そう言えば儚く笑った。
来た道を戻る。ハクたちが進んだ道は足跡で辿れた。少し歩くと、立ち止まっているハクたちを見つけた。
ナビィは近くの雪の上をころころと背中をつけて楽しんでる。
私に気がつくと突進して来た。
押し倒されたけど、雪だから痛くない。ベロベロ顔中舐められたよ…だからナビィ、大きさ考えて?顔が凍っちゃうよ。
やっと満足したナビィを避けて立ち上がる。エリが体に付いた雪を払ってくれる。
『ここが鎮魂の森だ…閉じてるけどね』
アーシャ様が言う。確かにごく僅かな歪みのようなものが見える。
「入れるの?」
『多分、みんななら。アイル、僕と一緒に一歩進んで!』
また私のもこもこに潜り込んだアーシャ様と、その歪みを越える。行けたね?
『やっぱり大丈夫だね!みんなもおいでー』
アーシャ様が呼ぶ。私は振り向いてみんなを待つ。
ハクとエリに続いてロリィとブランが、次にブラッドとベルが、最後にナビィとティダが鎮魂の森に入った。
凄い!みんな入れた。アーシャ様を見るとなぜかドヤってる。なんで?
『本来は森が閉じると、人も動物も受け入れないんだ。でも、アイルもロルフもエリアスも、精霊の祝福がある。だから入れたんだよ!』
「ブラッドとベルは?」
『ふふっ僕の力?』
「それならイリィも入れるの?」
『入れるかもね?』
謎仕様だな。
『進むよー』
私の頬の横でアーシャ様がまた真っ直ぐ、とか少し左とか言うのでそれに従って進む。
あれ、なんだこの感覚は…。
「みんな止まって!」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。来る!
「みやぅ〜」
ん?あれ…みやぅ…?目を開けると、目線の少し上に白い斑ら模様が見えた。斑ら、の猫…かな。
木の枝にいるのは、普通の猫より少し大きいくらいの白に銀色の斑ら模様がきれいな猫?だった。太い脚に短い密度の濃い毛がみっしりと生えたしっぽの長い猫。
「猫…」
ポツリと呟くと、突然、エリが跪く。えっと…何?
『我は猫ではない!』
意外と渋い声が聞こえた。目の前の猫ちゃんと渋い声が全く噛み合わない。えっと…?
『だから猫じゃないわ!』
ムキーとした渋い声が響くんだけど、見た目は可愛いだけだから迫力がね?
『ぐわっはっはっ、神のみ使いであるヒュランもアイルにかかれば可愛い猫であるな!愉快だ』
ティダが豪快に笑う。
『ティダよ、なぜここにいる?』
嫌そうに猫、じゃなくて雪ヒョウ?のヒュランが聞く。
『用があるからに決まってるだろ!そこの人間は私の大切な子供の契約者なのだ』
ヒュランは目を細めて私を見る。
『そやつが、か?生命樹の養分ではないか』
ハクが唸り声を上げた。
『グルゥ、僕のアルを養分などと言うな!』
ヒュランはハクを見やると
『ふん、まだ何も知らない子供のくせに…』
ティダが割り込むように
『ヒュラン、お前がアリステラの味方なら…生かしておけぬな』
ヒュランは
『笑止千万!俺の主はイグニスだけだ。あんな紛い物など』
吐き捨てるように言う。
『ならば、アイルは生命樹の養分などにはせぬ』
ティダは私を庇うように宣言する。
ヒュランは私を見る。
『ここの生命樹にも栄養が必要だ。アーシャ様は分かってるだろ?』
『ジャジャーン、アーシャだよぅ。ここの生命樹はもう要らないよ!だからその力を若木に注ぐ』
ヒュランは瞳孔をまん丸に開いて固まった。
『なん、だと…?』
『だから君の役目も終わりー。もう鎮魂の森に縛られずに好きに生きていいよ!』
ヒュランは瞬きすると
『そう、なのか…?』
『もちろん、若木が育つのが条件だけどね!』
よく分からないけど、ヒュランはこの鎮魂の森を守ってたのかな?そしてヒュランの神の御使の「神」はイグニス様。
『それならそこの人間、アイルが鍵だな?ならば、イグニス様を呼び覚まそう』
…なんて?イグニス様を呼び覚ます…。はい?
『連れてって!』
アーシャ様、待って待って!全くついていけない。私にも関係あるんだから
「アーシャ様、説明して…」
ロリィが言ってくれた。私はテンパっててわたわたすることしか出来なかったよ。ロリィありがとう。
『えっ?だからイグニスを起こす』
…どゆこと?
「イグニス様…ここはイグニス様が眠る森で、イグニシアはイグニス様の眠りを守るために…ここに国を作った。そして、この森で生命樹を…イグニス様の力で維持していた。ヒュランは…イグニス様の守護者、かな…」
ロリィが考えながら呟く
『そうだよー』
アーシャ様、軽くない?歴史的な大発見なんだよね、これは。それをそんな簡単に軽くそうだよーって。ないわー、それはないわー。
『そうだ、そこの人間はしっかりしておるな。軽々しいアーシャ様とは大違いだ』
激しく同意。
『ここの生命樹の役目が終わったのなら、若木を育てるためにはイグニス様の力が必要だ。イグニス様を目覚めさせるのは、お主の役目だ』
なんかヒュランが私を見てる気がするけど、まさかね?後ろを振り返る…誰もいない。
『どこを見ておる?お前だ』
そーっと振り返るとヒュランを目があった。ハクはしっぽをブンブンしてる。ハクの背中でベビーズもしっぽを揺らしている。
ナビィのしっぽもブンブンしてる。ブランは目をキラキラさせて、ティダはなぜだかドヤ顔だ。
えっと、私?
ヒュランは大きく頷いた。
えぇーーー!




